第17話「ライトニング! だけど、ここは砂漠ッ」

※ 回想終わり ※


「に、ニャロウ・カンソーの血??」

「そ。思い出した?」


 あぁ、思い出した……。

 俺は光速のままにリズを救い、

 そして、その勢いのままにニャロウ・カンソーをぶち抜いたのだ!!


「ビックリしたわよ───。まさか、一撃であのニャロウ・カンソーがぶっ飛ぶなんて……」


 リズはそういうと、ニャロウ・カンソーの残骸から一際大きな武器を取り出すと空に翳した。


 なにやら、怪しく輝く長い長い得物───。


「それは?」

「……グエンの戦利品」


 ギラリと輝くそれは、たしかにニャロウ・カンソーの持っていた得物だ。


 ──二本の


「これは、伝説の槍───グングニルと、そして対となる銛、トリアイナ海洋神の銛ね」


 え……。

 グングニルとトリアイナ…………??

 

 あれ……? どっかで聞いたような───。

「…………うそ!? まさか、ち、超レアアイテムか?!」


「まーね」


 リズはギルドから肝いりで斡旋されただけのことはあり、そう言った情報に詳しいらしい。

 それにしても、まさか、ニャロウ・カンソーが伝説の装備を持っていたとは驚きだ。


「…………グエン。あなた本当に魔王軍の四天王を倒したのね」


 それはリズの手に触れたとたんシュルシュルと小さくなっていき、彼女のサイズに収まった。

 そして、ひとつ大きく息を吐くと、


「はい、あげる」


 ポイっと投げ渡されたを慌てて受け取るグエン。

「わ! な、投げるなよ!!」


 受け取ったとたん、またもやシュルシュルと長さと大きさを変える銛。

 あっという間にサイズを変えると、

 それはグエンの手にフィットするような大きさになると、ギラリと陽光を反射した。


「それがトリアイナ。それ一つで、城が買えるって代物よ? まさか、そのクラスの武器が二つも……」


 ビックリだわーと、リズが手にしたグングニルを羨ましそうに眺める。

 それを見ていたグエンは、


「あ……。り、リズもいるよな? 奴も二人で倒したんだしさ、それは君に───」


「あげる」


 ポイッ。


「え? いや、これは君の……」

「そう言うわけにはいかないでしょ? あんな化け物を倒すなんて、アタシじゃ束になっても無理よ。それはアンタのもの」


 そう言って、グングニルすら手渡してきたリズ。


 こんな誰も見ていないような砂漠ですら、リズは律義にドロップ品を渡してくれた。


 マナック達とは大違いだ。

 そう言えばあいつ等……。


 ズキ───。

「イタッ」


 今頃になって全身に激痛が走るグエン。

 ドサッ…………。

 思わず片膝をつき、手にした武器を取り落とす。


「ちょ?! だ、大丈夫───って、うわ! なにこれ……ひどい」


 リズがグエンの傷を見て顔をしかめる。


「アイツらこんなになるまで……」


 リズはグエンが刺されるのを見ていた。

 だけど、まさかこれほどの重傷だとは思っていなかったらしい。


「ぐ……! くそ、血を流し過ぎたみたいだ───」


 砂漠のクソ熱い外気の中、グエンの体は休息に冷えていく。

 せっかく助かったのに、このままでは───……。


「ちょ、だ。大丈夫?! いや、大丈夫なわけないよね───ど、どどど、どうしよう!?」


 リズがアワアワとしながら、体につけた装備をさぐっている。

 冒険者必須の回復アイテムがないか探しているのだろう。


 だけど、リズはニャロウ・カンソーに囚われた時にほとんどの装備を失逸してしまったらしい。

 グエンとて、光速飛行した時もそれは例外ではない。


「あぁ、もう! 乾燥薬草しかない! こんなんじゃ───」


 それでも、なんとか回復アイテムを引っ張り出すと、粉々に砕いてグエンに差し出す。


「飲んで! 気休めだけど……」

 

(あぁ、本当に気休めだな───)


 血を失い過ぎて暗くなり始めた視界。

 グエンは終わりが近いことを悟り始めていた。


 もう一度、あの称号で手に入れた「光速」系のスキルを使えばここを脱することもできるかもしれないが、このボロボロの体ではそれも無理だろう。


 そう考えつつも、弱々しくリズの差し出した薬草を口にするグエン。


「ゴホ、ゴホッ!」


 激しくせき込み、薬草を吐き出してしまうグエン。


 僅かに口にすることができたが、乾き切った体ではほとんど飲みこむことができず、むせて吐き出してしまった。

 リズは逡巡しつつも、それを含ませてくれたが、彼女も砂漠の果てで乾き切っている。


 そして、二人の手持ちに水はなかった───。


「ゲホッ」

「カハッ」


 結局薬草を飲み込むことができずに、体の傷からは絶えず血が流れ続ける。


「はは……ごめんよ、リズ。せっかく助かったのに……なんか、おれのスキルのせいで」

「ケホッ。ぐ、グエンのせいじゃないよ───不覚だったわ。自活できるように、道具は全部持ち歩いているつもりだったんだけど……」


 リズが、腰から外した水筒を見せて弱々しく笑う。


 そこには穴が開いており、水がポタポタと垂れていた。


「生憎、戦闘中に壊れたみたい───。アンタが失血で死ぬか、アタシが脱水症状で死ぬか……ふふ、アンタの方が早そうね」

「あぁ、……俺の方が速い」


 くくく。


 結局アイツらの思い通りか……。


 マナック達の笑い声が頭に響き渡る。

 グエンを囮にして、

 リズをも犠牲にして逃げたアイツらの声。


 マナックの高慢ちきな笑い声……。

 アンバスの小者のような引き攣った笑い声。

 レジーナの悪意に満ちた笑い声──────。



 そして、

 泣きながらポーションを差し出しつつも、

 結局グエンたちを見捨てたシェイラの───…………。




「ポーション!!」


「え?!」



 しまった!

 忘れていた!!


 俺の馬鹿野郎!!


「あった……。水分が……! ぽ、ポーションがあった!」


 懐を探ると、数本のポーションが。

 それは、見捨ててゴメン、と泣きながらシェイラが差し出したそれだ。


 そこそこに値の張る中級ポーションが数本と、一本は高級ポーション!

 これがシェイラなりの罪滅ぼし……。

 ふざけろよ…………!



「くそっ!」



 シェイラの泣き顔が目に浮かんで、

 それと同時に、恩をあだで返されたような怒りが燃え上がる。

 簡単には消えぬ激情を、目のまえに浮かんだシェイラの泣き顔を殴って霧散させるグエン。


「ど、どうしたの」

「いいから、リズも飲め!」


 リズにポーションを差し出し、グエンも………………一度目をつぶって、少し逡巡したのち、取り出した高級ポーションを一気に呷った。



 ぐびりぐびりぐびり…………。



 僅かに甘みを感じる滋味あふれる液体。

 安物のそれと違い、ほんのりと酒の風味すら感じられる。



 旨かった…………。



 ジリジリと照りつける太陽の中。

 砂に滲みこむ血と汗で、大量に水分を失っていたグエン。


 その臓腑に染み渡る水分のなんと甘美なことか。

 そして、傷を癒す魔法の力……!


「ぷはっ……!」


 ポゥ───とほんのりと傷が輝いたかと思うと、フワー……と淡い光が立ち昇り、全身の傷を立ちどころに癒していった。


「ゴホッゴホッ……!! ちくしょうッ」


 シェイラぁ……!


 あの女のおかげで助かってしまった。


 あの泣き顔のせいで、

 あの白々しい謝罪のせいで……!


「ぷぅふぅぅぅ……あー助かった。ま、一時しのぎだけどね」


 口の端からツーと垂れたポーションの筋をぬぐいながら、リズがホッと一息をつく。

 その頃には、グエンの体も癒えていた。さすがは高級ポーション。


「あぁ、だけど、遅かれ早かれ乾いて死ぬな……」

「あ、そのことだけど、」


 ニッとリズが笑う。


「忘れたわ。そのレアアイテムの効果を───」

「は? レアアイテム??」




 リズがグエンの手元にあるトリアイナ海洋神の銛を指さした。

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