第31話「よぅ……。仏の顔も三度まで、ってな(前編)」

「──そ、そうだ! おいシェイラ!!」

 突然、何かを思いついたかのように、マナックがシェイラを呼びつける。


(おいおい、まだあんのかよ?)


 いきなり呼ばれたシェイラは電気が走ったかのように体をビクリとさせると、青ざめた顔でマナックとグエンを交互に見る。


「ぼ、僕? な、なななな、なに?」

 ビクビクとしたシェイラに、

「おらぁ! お前の鑑定魔法で、この首を鑑定しろ──今すぐだッ!」

 マナックはシェイラの首根っこをつかむと、グィィとニャロウ・カンソーに押しつける。


「ひぃ!! や、やだぁ!」


 その途端にシェイラは悲鳴を上げ、バタバタと暴れる。と、同時に口元を抑える。

 どうも、あの時の恐怖でトラウマになっているのだろう。


 その様子だけでも、あの首が十分にニャロウ・カンソーのそれだとわかるのだが……。


「お、おえええええッ!」


 たまらず、びちゃびちゃと胃液を口から戻すシェイラ。

 よほど、恐ろしかったのだろう。

 だが、その様子に構うことなくマナックは耳元で、そら恐ろしい声で呟いていた。


「(わかってんだろうな……! うまくやらねぇと──)」

「ひぃぅぅう!」


 それだけを言うと、「おらぁ!」と、悲鳴を上げるシェイラを床に転がし、マナックは踏ん反りかえる。


「ティナさん! どうですー? まぁ、まずは鑑定魔法でみてみようじゃありませんか。それならこの首が本当かわかるでしょう?」

 ニィと笑うマナックに、意図を察したレジーナが追笑する。

「そ、そうね! ギルドの鑑定器より、うちの賢者・・・・・のほうが腕は確かよねー。ねッ────シェイラ?」


 ガシリとシェイラの肩を握って無理やり引き起こすレジーナ。

 その様子は、猛禽巣が小動物を捕まえる様に実に似ていた。

「ひ、ひゃぁぁ……!」

 そして、ギラリと光るレジーナの目にシェイラの身体が大きく震えだす。


「はぁ……まぁ──…………えっと、いいんですか? グエンさん」


 ティナは胡乱うろんな目つきで、マナック達を見ながらグエンに確認する。


 すでに彼女の中ではマナック達は黒判定なのだろう。ゆえに同じパーティのシェイラの鑑定魔法なんて端から当てにしていないに違いない。

 だから、グエンに確認さしたのだが───。


「いいですよ──と、言いたいとこだけど、別にギルドの鑑定器でもいいのでは? なぁ、シェイラ・・・・


「ぅ、ぅぐぅ……!」


 グエンから視線を向けられたシェイラが硬直する。

 しかし、なんとか答えろというマナック達の視線を受けてシェイラが苦し紛れに首を振る。


「ううううううううう……。だ、大丈夫……ぼ、僕、で、できるよッ」

 グエンとは決して視線をあわせず、シェイラはボソボソと溢す。


 これは、どうみても───。

「ほ~ら! こう見えてウチのシェイラは優秀なんですよー。それに、ギルドだってほんとのところ信用できるんですかね?」


 ニヤァ……。


 マナックは口の端を醜悪にゆがめる。

「…………ギルドが信用できない? ほぅ、それはどういう意味ですか?」

 表情を険しくしたティナがマナックの視線を正面から受けて立つ。


「どういう意味も、何も。俺たちは最初に言ったじゃないですか。リズのミスで窮地に陥ったって───」


 そういって、自らが語った調書のその部分を、コンコン! と、これ見よがしに指す。


「…………なるほど、そうですね」

 チラリと調書に視線を落としたティナ。


 だが、それだけだ。フト視線を上げたティナの目付きはもはや、軽蔑を通り越して、侮蔑のそれ。

 しかも、ティナの纏う空気が一層激しくなる。

「で───??……何が言いたいのですか?」

 口調は事務的だが、そこには怒りを感じさせた。

 だが、マナックは止まらない。


「へ! そのミスをしたリズを斡旋したのはギルド────……つまり、信用ならないのは、ギルドも同じ。ならばよー、鑑定器に細工をしていないと言い切れますかね。くくくくっ」


 完全な言いがかりだ。


 さすがにこれにはリズも気分を害したようで、怒気があふれそうになっている。

 

「言ってくれるわね、マナック。……アタシが鑑定器に細工するって? それとも、ギルドが?」

「は! どっちも──かもよ、なぁ! みんな」


「そうよ! 私も教会の権威に基づき公平を求めます。ギルドの鑑定器の真贋は当てにできないと──」

「そうだそうだー! こうへー、こうへー!」


 いや……だったら、なんでシェイラの魔法は信用できるんだよ!

 意味わからんわ!!


「…………いいでしょう。そういうことなら、わかりました。では、シェイラさん──お願いしても?」


 しかし、もう少し食い下がるかと思ったティナだったが、意外にもアッサリと引き下がった。

 ギルドや────リズの名誉までも傷つけられているにも関わらず、だ。


「お、おい、ティナさん───」

「いいんですよ。グエンさん、ここは任せて──」


 ティナに手で制されると、グエンとしては黙るしかない。

 証拠を示せと言われてこれだ。

 まぁ、いくらシェイラが天才でも、鑑定魔法に手を加えるなんて芸当がそう簡単にできるとは思えないしな……。


「だとよ。おい、早くやれ、シェイラ!…………とーぜん、わかってんだろうな・・・・・・・・・

「う、うん」


 ダラダラと冷や汗をかいたシェイラが魔法を練り始める。

 彼女の身体が淡く輝き、魔力があふれ出てくる。


 いつも以上に長い長い詠唱を唱えるシェイラ────。


(俺に魔法をかけたときは一瞬だったのに、えらく長いな……)


 じっと、シェイラを見ているグエンは、ふと彼女と目が合った。

 その目はまるで捨てられた子猫のように哀れで、助けを求めるものにも見えた……。


 見えたけど─────。


 グエンはただ一言。

「おい、シェイラ。わかってるのか・・・・・・・? 今からでも、俺はお前がどういう人間・・・・・・か見せてもらうぞ──」

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