第43話「なんだと……! クズばっかじゃねーか!」

 冒険者ギルド内部調査担当、監察局。


 通称:「監察かんさつ


 それは、ギルド内部の不正を調査し、それを徹底的に追求し、必要に応じた処分を下す内部自浄用の組織のことである。


 構成員の数は不明で、ギルドトップの直属でありながら、その統制を完全に受けているわけではない独立組織だ。

 良くも悪くも独善的。

 ギルド職員はもとより、冒険者たちの不正にまで目を光らせているという。

 いわば、ギルド内の超法規的組織。


 冒険者Gメン。

 そのメンバーには、外部から雇った腕利きや、金で動く傭兵なども揃えているという。


 そして、ギルドマスターは、

 その名称を聞いて、初めて顔を引きつらせる。

 そのままペタンと尻もちをつくと、口をわななかせながら──。


「か、監察だとぉ……!? ま、まさか───お、俺をぉ?!」


 まるで、化け物に出会ったかのような顔でリズを見上げるギルドマスター。

 だが、彼の懸念をよそに、リズは小馬鹿にするように彼を見下ろすと、

「んなわけないでしょ。誰もアンタみたいな小者なんて相手にしてないわよ」


「んな?! こ、小者だとぉ!」


 たちまち激昂するギルドマスターであったが、リズの冷たい視線を受けシオシオとその態度を収めていく。

 むしろ相手にされないことをこそ、喜ぶべきなのだ。

 ギルドで渡り歩いてきたギルドマスターなだけに、監察の恐ろしさを身に染みて知っているはずだ。


「──ふん。ま、監察が入るまでもなく、アンタなんて業績の悪さから、ほっといてもいずれ降格なんじゃない?」

「な、ななな、なんだとぉ!! 言わせておけばぁ!」


 反射的に口をついて不満の出るギルドマスターであったが、リズは頓着しない。


「ま……。今回の一件を見逃すほど、アタシは甘くはないけどね」

「く……! こ、このガキぃぃぃい……!」


 ギリギリと歯ぎしりをするギルドマスターだが、現状ではリズに歯向かうことはできない。

 マスター自身には、リズに敵うほどの戦闘力はなく、

 そして、戦力として期待できるはずの、子飼いのマナック達も呆気に取られて腰を抜かしているからだ。


「な、なら……。ならば誰を───……はっ!? ま、まさ、か…………!」


 ようやく合点のいったギルドマスター。

 反射的に振り向いた先には、マナックと仲良し3人が肩を寄せ合っている。


「そ。そのまさか、よ────……SSランクパーティの『光の戦士』さん方ッ」


「な?!」

「く……?!」

「へ?」


 マナック、レジーナ、アンバスの三者三様違った反応。

 それでも、主要メンバーたるレジーナは、リズのいわんとするところを理解していた。


「ど、どういう意味だ? レジーナ……」

「はぁ? まだわかんないの、この馬鹿ぁ! アイツはギルド内部のスパイよ! スパイ!! リズはねぇ、一般の冒険者やギルドメンバーの裏切り者なのよ! 薄汚い監察の犬なの!! く、くそぉぉ、昨日の時点で逃げておけば──」


「あらぁ、スパイだとか、裏切りだとか人聞きが悪いわね────不正も不正だらけのアンタたちに言われると、なお気分が悪いわ」


 吐き捨てるリズに、マナックまでもが激昂する。


「な、なんだとぉ! 黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって!! 俺たちがいつ不正をしたってんだ!!」

 マナックは完全に事態を把握しているわけでもなかったが、それでも果敢に反論に移ろうとする。

 彼らのプライドが許さないのだ。


 ──そうだとも、

 マナックたちがバレるような不正をするはずがない。


 グエンだって、それマナックたちの不正を聞いてもピンとこなかったくらいだ──。


 リズには、一体どんな根拠があって……。


「まったく……」

 やれやれと肩をひそめるリズ。


「───アタシが証拠もそろえずに糾弾するとでも思ってるの?」


 あきれ顔のリズ。


 だが、これで引き下がるならマナックではない。

 なんたって、マナック。どこまでもマナックだ!


「うるっせぇえ!! テメェが『監察』だとかなんだとかいうなら、まず証拠を見せろターーーーコ!」

「はぁ……。ま、こういうやつらよね」


 あきれた様子を隠しもせず、薄く笑った顔で、そっと懐から取り出した一枚の書状。


 それはリズの胸元から取り出されたのだが、彼女はチッパイゆえ、きっと今まで隠すのが大変だっただろう──ギロ!! おっと、げふんげふん。


 スー…………と、取り出したるは───。



「「そ、それは!!」」



 ギルドマスターとレジーナが同時に驚く。

 視線の先にあったのは、つらつらと文字の連ねられま一枚ものの羊皮紙。

 タイトルはシンプルに、『監察官外部委託書』。


 つまり、ギルドから正式に依頼された人間を証明するもの。

 リズが外部から雇われた監察官であることを、書面にて証明するものだった。


「ふふふ。驚いてるようね───。でも考えてみなさいな、『光の戦士』は、腐っても……いえ、腐ってるSSランクのパーティ。ギルド内から潜入調査員を送ろうにも、さすがにSSランクの冒険に付き合える要員がいなくってねー」

 で、

「───で、そーいうときに、アタシみたいなSSSランクが雇われるのよ」


 クルクルと書状をまるめると、再びチッパイの間に──……入らないので服に押し込むリズ。ギロッ!!


「あとは、そーねぇ。言い逃れしたかったら、どうぞお好きに? もう、とっくに証拠は押さえてあるから」

 そういって、腰の後ろの雑嚢から、『光の戦士』が所有する会計記録や、なんやらが記された紙束がぎっしり。。

 彼女がちらっと見せたその紙の表面をサラッと見ただけでグエンにも理解できた。


 これまでに『光の戦士』が達成してきた依頼の数々に隠された不正の山!!


 簡単なところでも、一部のギルド職員と結託して依頼の難易度を操作したり、他のパーティから手柄の横取りをしたりと、まぁたくさん……!!

 それが何枚もの紙に綴られているのだ。


 それだけにリズの調査能力の高さと、

 なによりも、『光の戦士』が、それ以前から目をつけられていたことがわかる。


「うぐぅぅ……」


 マナックもその書類に気づき顔を青くする。


「わかったら、大人しく沙汰を待ちなさい。そして、アンタも──」

 ジロリとギルドマスターを睨むリズ。

 だが、マスターはもう少々諦めが悪かったようだ。


  リズに睨まれ、一度はその視線に弾かれたように背筋を伸ばすギルドマスター。


 その様子を満足げにみつつ、

「ごめんね、グエン──騙してたみたいで……」

 本当にすまなさそうにリズが頭を下げる。


「い、いや……別に」

「うん…………今だから言えるけど、アタシは最初はアンタが主犯だと思ってたの。なにせ、ギルドの下調べなんかは全部やってたのアンタだし──」


 あー……うん。

 そう思うわな。


「でも、違ったわ。アンタは最後まで誠実だった。普段馬鹿にしてくる女の子シェイラを助けるために身を挺することもできるし──」


 その言葉にシェイラがビクリと震える。


「自分が傷ついても、アタシのために命をかけてくれた──……だから、謝らなきゃ」


「いや、い、いいさ! そんなこと──」


 そうだ。そんなこと──……だ。

 グエンには、リズがいう以上に彼女に恩義を感じている。

 リズはグエンを守ってくれた、

 いつかも、あの時も、そして今も────……!


「───本当は黙ってるつもりだったのよ。証拠はそろってるし、昨日のままなら衛兵隊に拘束されると思ってたから……」

 でも、違った。

「だから、これはアタシのミス───落ち度、」


 実際は、マナックかレジーナが保釈金を払うなりして、釈放の目を見たのだろう。


 そして、反撃に出たと──。


「───でも、結果的にこのギルドのうみもだせたわ……」

 ジロリとマスターをみるリズ。


「うぐぐぐぐ……き、き、きっさまぁ──!」


 膿と呼ばれたギルドマスター。


 額に青筋を浮かべたギルドマスターが、親の仇でも見るような目でリズを見上げた。

 その目は赤々と燃えており──……。





「かくなるうえはぁぁあああああああああ!!」

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