第10話「すいません、それって人でなしじゃないですか?!」

「何やってんのよアンタたちは──────!」


 チッ、と舌打ちをしたマナックをグエンは見逃さなかった。


 もちろん、

 アンバスのイラついた顔も……。

 レジーナの冷酷な瞳も。


 こいつらの、次の魂胆も・・・・・──…………!


「だ、ダメだ。リズ──」


 こんな奴らでも長年の付き合いだ。

 とくにマナックとは……!


「黙れ、パシリ野郎!」

「まだ殺すなよアンバス」


 二打目を打ち込もうとするアンバスをマナックが止める。


 その目をみて、グエンは確信した。

 マナックの性格。今の状況、そして、グエンの勘……。


 だから、わかった。

 だから、勘付いた──────。


 そう。

 こ、コイツ等は……。


「……ぐふ。に、逃げろリズッッ!」

「黙れといっただろッ!!」


 ゴンッ!! と頭を打たれ、意識がもうろうとするグエン。

 そのまま力なく倒れるも、ボンヤリとリズを見て手を伸ばす……。



 に、げろ…………。



「あー。もういいわ、面倒くさい───拘束術式バインドッ」

「な?! あ、アンタ!」


 ずるるる……。


 闇から這い出るような黒いつた。それがリズに襲い掛かる。

 誰のものかは明白だ。

 神聖魔法の拘束術───つまり、レジーナの魔法の発動だった!


 それがあろうことか、騒ぎ続けるリズに向かって……。


「が……………。あぅ、なにを……!?」


 蔦に絡み取られ、魔力が彼女を拘束する。

 だが、微量の電気を流すようなビリビリとした痺れの中──リズが必死に武器を構えようとするが動けない!


「はぁ……。まったく信じられない馬鹿どもだわ。──とくに駄目ね、この女は。もういいから、コイツの口を封じるためにも置いていきましょう」

 冷酷な目をみせるレジーナが、ゾッとする声色でグエンに吐き捨てる。

 そして、

「……じゃあ、マナック行くわよ。生餌・・が二匹もあれば十分。早く荷物を回収なさい」


「お、おう……、おいアンバス、シェイラ行くぞ!」

「わ、わわわ、わかってる!」


 アンバスは言われた通りに荷物を回収すると、スタコラと遁走体制。



 そして、シェイラは……………………。



「何やってるシェイラ! とっとと行くぞ! はやく荷物を持てッ」


 バシンッッ! と小さな背嚢を押し付けられたシェイラは少しよろめくと、前を見た。

 そして、

 チラリとグエンを見て………………。


「ぁ────」


 また、一度だけ前を向き逡巡すると、もう振り返ることもなく───でも、最後にチラリとグエンを……。


(し、シェイラ───お前、まさか?!)

「ッ……」



 結局、



 ──い。

「………………………………い、今行く」


「しぇ……?」


 シェイラ?!


「………………しぇ、シェイ、ラ───!」


 う、うそ、だろ……?


 血だらけになったグエンは、シェイラに手を伸ばす。


 お、置いていくのか、────と。



「ご………………ゴメン」



《ギシャァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!》


「ひぃ!」

「「うおぉおおお?!」」

 悲鳴を上げるマナックたち。


「ほら行くわよ! 早くッ」


 レジーナは率先垂範。先頭に立って脱兎のごとく駆けだす。

 そして、

 マナック、アンバス───────シェイラ。



「ご……ゴメン、ゴメン! ゴメンね、グエン!!」



 涙を見せながらも首を振って、結局は駆け出すシェイラ。


 でも、一瞬だけ足を止めると、


「ごめん!!」


 荷物を地面に放り出すと中からポーションを数本取り出して、慌てて駆け寄る。

「お、おい! 待てよ! シェイラおま───」

「ゴメンね!!」

 それだけ言うと、ポーションをグエンに差し出し、手に握らせると、あとは………「ゴメン、ゴメンね!!」と、置き捨てるようにして、ついには駆けだしたッ!!



「あ…………」


 あ……。

 あ───。


 あ、

 あの野郎。


 あの野郎!!


「──あの野郎ッ!!」


 あのやろぉぉーーーーーーーーーーー!!


 あのやろぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!



 しぇ、


「──シェイラぁっぁぁぁぁあああああああAAAAA!!」



 がぁぁぁああああああああああああああ!!



 み、みみみみ……。


 み、見捨てやがった……!

 見捨てやがった!!


 見捨てやがった、あの野郎!!


 しぇ…………。

「───シェイラぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああ!!」



 あああああああああああああああああああああああああああああアンバス!!


 マナック、レジーナぁぁああああああああああああああああああああああああああ!!



 あああああああアイツ等ぁぁぁああああ!!



《ギシャアアアアアアアアアアアアアアア!!》


 そして、遠ざかる4人の背中にニャロウ・カンソーが吼える!

 まるで、「二度と来んなッ」と言わんばかりに───……あるいは餌をありがとうと言わんばかりに!!


《ギシャアアアアアアアアア!!》


 そして、ズシンズシンと、生餌に向き直ると、グエンを見て、リズを見て、トカゲ特有の長い舌をチョロリチョロリと出しては引っ込め、ニチャアアと顔を笑みに浮かべる。


 そう、奴のお気に入りに女の肉である。

 奴は、リズを見て…………さもうまそうに笑う。


「よ、よせ……!」

「が、かはっ……来る、な」


 リズは未だ拘束術式に囚われているらしく、身を捩る程度しかできない。

 いつもの彼女ならいくらでも抵抗できるはずなのに───。いや、それどころか彼女だけなら十分に逃げられる。


 に、逃げられるはずなんだ!!

 ……そう、逃げられる!


 ──グエンが餌になりさえすれば!!!


「この、トカゲ野郎! リズに手を出すな!」


 石を拾い投げる。

 ポーションの空瓶を投げつける!!


「俺を食え!! 食えよぉぉおおお!!」

 いくら叫べど、奴はリズしか眼中にしかない。


 グエン程度では、注意を引くことすらできない……!


「くそぉぉぉおお!! この野郎ぅぅぅうう!!」


 所詮……グエンは敏捷特化型の冒険者。

 しかも、パシリで──────役立たずのゴミだから。


 そう。だから!!


 オマケに負傷して……。

 オッサンで……ただの役立たずで、臭くて、クズのパシリで……荷物持ちで───敏捷特化のクソゴミやろう。


 だから!!


「くそぉ…………!」


 バンッ!!

 地面を叩きつける。


 だから!! だから!! だから!!


 何もできない自分に腹が立つ!!

 ───だけど、何かしないと!!!


「リズぅぅぅぅうううう!!」

「グエ、ン───」


 ガクンとリズの体が揺れる。

 ようやく、拘束術式が解けたようだ──────だけど、


《ギシャアアアアアアア!!》


 もう、ニャロ・ウカンソーは目の前だった!!

「きゃああああああああああああああああああああああ!!」


 リズの絹を裂くような悲鳴がこだます。

 だけど、ニャロウ・カンソーはそれすら楽しむと言わんばかりにリズにチロチロと舌をむけると──がぱぁぁぁああ! と口を開けた!

 

 その凶悪な口といったら───!!


 螺旋を描くような歯の並びはまるで地獄の入り口───……。


 い、

「いやっぁぁあああああああああああ!!」


 あまりに恐怖でリズがペタンと腰をついて倒れる。

 チョロチョロと失禁し、一歩も動けない───。


「た、助け……」


 や───、

「……やめろぉぉぉぉおおおおおおッッッ!!」



 グエンは立ち上がる。

 斬られた足から血が噴き出し、

 殴られた箇所の、折られた肋骨が突き刺さろうとも、立ち上がる!!


「ぐおぉぉぉおおおおおお!!!」


 ブシュウッと血が噴き出し痛みに気が遠くなる。

 バキバキッと肋骨が軋み、口から血の泡が出る。

 疲労と、恐怖と、怒りと、憤りと─────!



 ──ぎゃはははははははははははは!

 三回、回ってワンと言ってみろぉ!


 ──げははははははははははははは!

 おっせーんだよ、パシリが!


 ──うふふふふふふふふふふふふふ!

 逃げるためには仕方ないもの、ゴメンねグエンさん。



 マナック、

 アンバス、

 レジーナぁぁぁああああ!!



 ──きゃはははははははははははは!

 …………ご、ゴメンね、グエン───。



 シェイラぁぁぁぁああああああああ!!



「いやっぁあああああああああああああああ! 助けて。グエン…………」


 ああああ、リズ!!

 いま、行く!!

 リズ!!


 唯一自分を庇ってくれたリズ。

 助けに来てくれたリズ!

 新人で何もわかっていなかったのに、グエンに冷たくしなかったリズ!!


 一歩が遠い?

 それがどうした。


 足が痛くて走れない?

 それがどうした。


 パシリのくせに生意気だ?

 それがどうした。


 それがどうした!!

 だが、それがどうした!?



 俺は敏捷特化───パシリのグエン!!

 俺の敏捷は───「4385」じゃああ!!



 ダンッ!!

「うがぁぁあああああああああ!!」


 ブシュウウウウ!!──グエンは血を吹き出す足をもろともせず、リズに向かう!

 今まさにニャロウ・カンソーの毒牙に貫かれんとする彼女に向かって走る───!!


「リズ!!」

「いやぁっぁあああ……!」


 ボロボロの姿のリズ、


 それがさっきのシェイラに被って見え、心がザワツク。

 

 シェイラの声が頭に何度も反響するッ。

 「ゴメンね、グエン」

 ───黙れ!! 行く、今行く!!


 「ゴメンね」「ゴメンね」「ゴメンね」

 ───……あああああああああああああ!!



 うるさい、うるさい、うるさい!!



 シェイラの声。

 シェイラの声!


 ───シェイラの声。



 一度助けたのに、見捨てられた……。


 きっと、リズだって────。


「違うッッ!!」

 違う違う違う!!


 リズは、お前とは違うぅぅぅぅううううううう!!



   「ぎゃはははははははは」

   「げははははははははは」

   「うふふふふふふふふ!」



 マナック達の笑い声。

 レジーナの冷たい目が脳裏に浮かんでは消える──────…………。


   「「「見捨てちまえよ」」」



 わざとゆっくりとリズに迫るニャロウ・カンソー。

 悪趣味なアイツは獲物の恐怖を見て楽しんでいるかのようだ。

 グエンなど路傍の石程度にしか思っていない。だから、リズを甚振る様に……。



「ふ……」


 ───ふざけんなッ!!


「ふざけんじゃねー!! 俺を、お前ら・・・と一緒にすんじゃねぇぞーーーーーーーーー!!」


 グエンは今までの鬱憤をすべて吐き出すように叫ぶ!!


 俺は違うと、

 俺は、俺は、


 俺は─────────……。





 ───ぎゃはははははははは、



   「「「速く・・しろよパシリ」」」





 プッチン…………。

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