第68話「ダークエルフは、苦戦する」

「くッ……!」


 ──なんて数ッ!


 リズは眼前に迫りくる貧相な装備のゴブリンの一個分隊すべての首を跳ね飛ばすと、休む暇もなくオークの下士官に突撃する。

 そのまま抱き着くように首筋にかじりつくと、両手の持った短刀で頸動脈を掻ききった。


「グォォオオオオオオ…………ご──」 


 断末魔の悲鳴を上げるその巨体を蹴り飛ばし、それを足場に跳躍。ほんの少し距離を稼ぐ。

 そして、足元に散らばるゴブリンどもの武器を雑に投擲し、魔物の集団を威嚇した。


 そうして、少しずつ……少しずつ後退していく。


「これ以上は……限界かな?」


 最初に稼いだ距離は魔物の圧力によって徐々に徐々に押し上げられていく。

 取りこぼし魔物も多く、奴らはリズの脇を駆け抜け後方へ殺到していった。


 あの先にはグエン達がいる────。


 先ほど後方で巨大な雷光を確認したので、シェイラあたりが善戦しているのだろう。

 それは予想通りの展開でもあったが、そう長く続くとも思えない。

 所詮はシェイラは魔術師。火力こそあれど継戦能力はとても低いからだ。


「だから、本命は──グエン……。あんたにかかっているのよ」


 アタシも──……そろそろ限界!!


「たぁあ!!」


 取って置きの爆裂符術つきのクナイを投擲。

 符術武器は、これでしまいだ────……!



 ズドォォォォオオオオン!!



 密集した魔物の隊列に飛び込んだクナイが立て続けに爆発。

 ゴブリンにスケルトンどもを派手にまき散らした。


 幸いにも後続のこいつ等は雑魚ぞろいなので、数を除けば大したことはない────……ないが!


「小娘ガァァァアア!!」

「く!」


 ガキィィン!!


 突如爆炎を突き破って表れた大柄なオークの精鋭。


「ロイヤルガード?!」


 手にしたハルバードを遠心力を加えてリズに叩きつける。

 それを直接受け止めずに受け流すリズ。


 顔の横で盛大に火花が散る。

 髪の焦げる匂いに、よほど危うい一撃だったとわかる。


「オークロイヤルガード……。たまにこーゆーのが混じってるから厄介だわ」

 

 雑魚の集団と侮っていると、危ういのがこいつらの存在だ。

 SSSランクでさえ手を焼く上位個体。


 一対一ならなんとかなるかもしれないが、今は多勢に無勢。


 雑魚どもも、周りを取り囲まれれば油断ならない。

 そうして、今がその状況だ。


 ロイヤルガード直卒の兵が数十。

 負傷兵もいれば上位個体のナイトも見える。


「ち……」


 手持ちの武器も心もとなくなってきたリズ。

 ここに至り少し焦りの色を見せる。


「女の子一人に、大勢って──そりゃあ、ちょっとモテないわよ、アンタたちぃ!!」


 タンッ! と、勢いをつけてリズが低い姿勢で跳ぶ。

 まるで足を狩る勢いで低く、低く────……!


 まずは──……。

かしらをッッ!」


 リズの目標は一つ!

 オークロイヤルガード!!


「ソウ来ルト思ッタワァァアア!!」 


 ぶぉん!! と柄がしなるほどの勢いでハルバードをふるうオークロイヤルガード!

 リズの狙いは周囲の雑魚を盾としつつ一気に肉薄することであったが──……。


「コイツ?!」


 ぶしゃ!!──と、血しぶき。

 ゴブリンやスケルトンなど多数の味方がいるにもかかわらずロイヤルガードは長柄の武器を振るッ!!


「貰ッッタァァア!!」

「なわけ、ないでしょ!」


 低い位置からのバク転。

 リズはハルバードの一撃をなんなく躱し、着地の位置をその柄とする。


「ヌゥ?!」

「味方討ちありがとう────手間が省けたわ」


 タタタッ! と軽快に柄の受けを駆けると、手首──二の腕と、短刀の刃で切り裂きつつ、急所を狙う。


「コ、コノォ!!」


 そして、肩口で跳躍し、クルンと横に反転しながら遠心力を乗せて────……斬首!!


「ガッ!」


 ドン、コロロ……と、オークロイヤルガードの首を刈り取る。


「ふぅ……! さぁ、来なさい!!」



「「「ゴォォアアアアアアアアアアアア!!」」」


「ちぃ!!」

 勢いがそがれるかと思ったが、逆効果!

 ますますいきり立った魔物の群れがリズに殺到する。


「く……この!」

 リズの生業は暗殺者。

 闇に乗じ、物陰から魔物を狩るのを得意とするが、こうして陽のもとで大群を相手にするのはもっとも不向きである。


 だから、──────……圧殺されるッ!


「や、やめ! きゃあ!」


 一つ、二つを首を切り飛ばすも、その都度刃が鈍り勢いがそがれる。

 突き刺せば肉が固まり、引き抜くのに2、3の動作を要し、次に魔物に対処できない!


 1のオークよりも、10のゴブリンが厄介で、10のゴブリンより100のスケルトンが煩わしい!!


 バリリと、衣服が破れ、ブツリと皮鎧が削られる。


 そして、鈍い刃とボロボロの穂先がリズの柔肌を徐々に傷つけていく──!!


「「「ゴルァァアアアアアア!!」」」


 そうして、傷つく少女の姿を見てますますいきり立つ魔物が一斉に殺到した!

 リズの手数は二本の手!!

 それに比して魔物の群れは無数の得物を────!!



 もう、無理────……。


 グエン……!

「────きゃああああああああああああああああああああ!!」


 助けて──────!!


 無数の魔物がリズに襲い掛かり、


 ついに──────。




 ──キィィィイン……!




 リズの短刀が何度目かの攻撃で弾かれ空を舞う──……。


 その刀身が湿地帯の弱い陽光を受けてキラリと輝いた。




 …………キラリと?


 この弱々しい陽光のもとで輝いた??

 ……いや、──────違う!


 そんなわけがないッ!!


 そうだ!!



 この『光』は──────!!





 カッ──────!!



 ───ぼッんッッッッッ!!


 と、モンスターどもが一息つく間もなく、一直線に群れが消し飛ぶ。

 そう。それはまるで巨大な見えインビジブルざる神の鉈マチェット──……。



 ──この光はッッ!!



「待たせたな──……」


 来た!!

 来てくれた──!!



「グエンっっっ!!」

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