第2話「すいません、やきそばポーション売ってません!」

「おら!! これ、焼きそばポーションじゃねーだろ!! 誰がコロッケポーションなんて飲むんだよ!!」

「ちょっとおぉぉお!! なによこれ、『午前の黒茶』っていったじゃん!? なに、これぇ? ただの黒豆茶じゃん~!!」


 パリン、ガシャン!


 次々に投げつけられる補給品の数々。

 パーティが丸々一棟借りている宿屋の集会所での出来事だ。


 コロッケポーションが気に入らないといっては、中身をわざわざぶちまけ、空瓶を投げつけてくるアンバス。

 味も分からない子供のくせに、午前黒茶ゴゼンチャを買ってこいと言って駄々をこねるシェイラ。


 そして、

 それらを投げつけられているのは、俺こと───グエンだ。


「いっだ! な、投げるなよ!! 悪かったから!」

「うっせー!! てめぇ、ゴラ! 役立たずのパシリのくせに偉そうに口答えしてんじゃねーよ!!」


 そう言って、新品のポーションを中身入りで投げつけるアルガス。

 重そうな騎士鎧を着ているくせに、ことにこういった時だけ動きは俊敏だ。


 パリーーーン!!


「がっ!!」

 狙い違わず頭部に命中してコロッケ臭が周囲に立ち込める。


「うわ、コロッケくさーい! ねぇ、もう、やめてよー! グエンってばただでさえオッサン臭いのにー」

 ブーブーと文句を言うのはちびっ子のシェイラ。

 魔女っ子ルックで、三角帽。見た目は可愛らしいのに、口が悪いので小憎らしいことこの上ない。


 荒々しい声に包まれる集会所では、他の仲間も次々にグエンの買い物の不手際に文句をぶつける。

 「秒で買ってこい」といった割に、無茶な注文ばかりなのだ。


「や、やめてくれよ! お金だってかかってるんだぞ? それに、こんな辺境じゃ───」

「おい、オッサン!!」


 パリーーーーーン!!


「うぐっ!!」

 破砕音とともに、頭部にクリーンヒットしたのは高価な『剣の手入れ油』の入った高級瓶だった。

 ちょっとやそっとの衝撃では割れないそれを、粉々になるほどの勢いで投げつけてきたのは、我らがリーダーのマナックだった。


「うるっさいぞ……! オッサンよ、お前のクエスト選択ミスでこんな辺境まで来ているんだ、四の五の言わずにもう一回買ってこい!」


「そ、そんな……?! それに、クエストの選択のミスったって、……お、俺は皆のために───」


 さらに言い募ろうとしたグエンだが、そこに怒り狂ったマナックとアンバスが、グエンのかき集めた補給品の入った袋を投げつけた。


 ガッチャーーーーーーーーン!!

 ばらばら……。


「ぐぁぁああ!!」

 それらが盛大にぶちまけられ、グエンの体を強かに撃つ。

 あまりの激痛に床でのた打ち回るその上に、容赦なく追撃の一撃が次々に降り注ぐ。


「へ! なぁにが皆のためだ! テメェが腰抜けだからだろうが!!」

「そうだ、そうだ! 俺たちは「SS」ランクだぞ? 魔王軍四天王だって、一番強い奴から倒せるに決まってるだろうが! それをよぉ、オッサン! テメェがわざわざ一番弱い奴から倒そうなんて言うからこんな辺境に───!!」


 冒険者ギルド全体に常時依頼されている魔王軍への攻撃。

 そのうちの特殊クエストにあるのが「四天王の撃破」だ。


 そして、最近になって魔王軍の動きが活発化してきたことを受け、ギルドがこの特殊クエストを前面に押し出してきたのだが……。


 当然ながら、そんなクエストを受けるパーティなどほとんどなかった。

 なぜって?


 ……もちろん、危険だからだ。


 魔物が闊歩する魔王の土地に踏み入って四天王を討伐するなんていう、無茶なクエストを誰が受けるというのか……。


 だが、最近ノリに乗っている(と一部でそう思っている)『光の戦士シャイニングガーズ』は一も二もなくその依頼に飛びついた。


 なにせ、依頼達成の特典が莫大な報酬に加え、ギルドでのランクアップがあるのだから当然だろう。


 すでに伝説級の強さを誇ると言われる『光の戦士たちシャイニングガード』がさらにランクアップすれば、本当の伝説である「SSS」に手が届くのだ。


 ならば、受けない理由がない。


「───それをテメェみたいな雑魚がよー! いい気になって口出ししやがって……。一番雑魚の四天王を倒したって言われればよぉ、ランクアップはできるけど、経歴に傷がつくだろうがよ!! この寄生虫ッ!」


 ドガッ!!


 アルガスのレガース金属製の靴を履いた足が、補給品を投げつけられ床で丸まっているグエンの腹に突き刺さる。


「ぐふっ!」


「まったくだ! オッサンのおかげで魔王軍四天王最弱、毒者の『ニャロウ・カンソー』何て奴を討伐をする羽目に! ほら、見ろこの忌々しい辺境と湿地帯を!」


 ドカン、ドカンッ!

 と八つ当たりにも等しい一撃をグエンに加え続けるマナック。


 彼らの言い分は、南部のリゾートに近い場所を荒らしまわっている四天王最強の『魔炎竜エビルドラゴン』討伐をしつつ、南の島でバカンスをしたいということらしい。


 だが、魔炎竜の強さは半端ではないし、

 バカンス気分で倒せるものではないことは明らかだったので、グエンが必死で全員を説得し、まずは四天王最弱の『ニャロウ・カンソー』から様子を見ようということに落ち着いたはずだった。


 もっとも、グエンからすれば四天王最弱であっても手に余ると思っていたのだが……それを言って聞き入れられうはずがない。


 所詮、グエンは古株なだけで、パーティ内での発言力はないに等しいのだ。


「ちょっと、皆!!」


 そこに救いの声が……!

 あ。あぁ、やっと来てくれた───。



「またグエンさんに酷い事を!」



「あっちゃ~。見られちまったか」

「げ、レジーナじゃん~……」


 タハハと頭を掻くマナック達と、バツが悪そうなシェイラ。


「大丈夫、グエンさん?」

「だ、大丈夫です……」


 ヨロヨロと半身を起こしたグエン。

 さすがは聖女教会のトップに君臨するという、枢機卿カーディナルのレジーナ。

 聖女の生まれ変わりではないかという噂も、あながち間違いではなさそうだ。


「ごめんなさいね。教会のミサに行ってる間にこんなことになってるなんて……」


 申し訳なさそうに目を伏せるレジーナに、

「い、いえ。レジーナさんが悪いわけじゃ……」


 慈愛の瞳にポーっとグエンが見惚れていると、軽く体を屈め、簡易回復魔法アースヒールをかけてくれる。

 ほわわ~と、微光する粒子が地面から立ち上り二人の衣服を軽く浮かせていく。


 そして、傷が……。


「あ、ありがとうございます」


 う……!


「よかった……。軽い打撲程度みたいだからこれで大丈夫よね?」

「は、はい」


 際どい所を見てしまったことを隠す様に慌てて立ち上がるグエン。

 赤くなった顔を隠す様にペコリとレジーナに礼をする。


 まだ若く。幼さすら感じる風貌だが、彼女は美しく……煌く金髪と同じ色の瞳をしていた。

 もうそれだけで、まさに聖女だ。


「ふふ。いいんです。いつも荷物持ちや雑用に、買い出しまでしてくれてるんですもの」


 そう……。


「グエンさんがいないとこのパーティはなり行かないんですから!」

「え、そんな?」

 ギュッと手を握りしめられ、グエンは顔を最大まで紅潮させるが、


「ケッ───ただのパシリじゃねーか。ポーションまで無駄にしやがってよ」

「そうそう。役に立たないんだから、黙って荷物持ちとパシリやってればいいんだよッ」


「僕、し~らないっ」


 誤魔化す様にどっかりとソファーに座りなおしたメンバーは、今度はクエストに文句をつけ始めたらしい。

 いそいそと床に散らばった補給品をかき集めているグエンを完全に無視しながらも嫌味をタラタラと。


「はぁ、つまんねぇクエストだぜ。いつまで待機してりゃいいんだ?」

「リズが戻るまで待て。斥候に出て、3日……。予定なら今日にも戻るはずだ───ああみえて、ギルドが斡旋してきた期待の新戦力だ。様子をみよう」

「わかったよ。……じゃ、明日はいよいよ?」


「そうだ。明日はいよいよ、四天王討伐───気合を入れていこうじゃないか」


 そういって、偵察に出しているリズの話題に。


 「リズ」

 褐色肌のダークエルフで、職業は暗殺者アサシン


 彼女は、ギルド肝いりの新戦力だ。

 斥候などの情報収集能力に欠けると判断したマナックたちが、ギルドに募集をかけたのだ。

 普段ならば、グエンが俊足パシリを生かしてこなしてきた任務だが、どうやら不満だったらしい。


 そのせいか、『光の戦士たち』には最近加入してきたメンバーでありながらも、

 無口ながらよく働く者として、概ねパーティの中では好評だ。


 ……すくなくともグエンよりは遥かに待遇がいい。装備も報酬も、ね。


 まぁそれは仕方がないこと。

 なにせ、グエン自身が普段やっている業務が被っていることもあり、二人で分担してこなしているため、実はほとんど関わりがなかった。最初に顔を合わせたくらいだろうか?


 むしろ、

 わざとそう言う風に、業務調整をされているのかもしれない。


 同じ業務を二人でやることほど無駄なことはないからな……。

 つまり、リズはグエンの上位互換。



 きっと、そう遠くないうちに、グエンは────……。



「やれやら、リズ待ちかー……。あーくそぉ、忌々しい田舎だぜ。せっかく南国で海水浴やら水着のねーちゃんが見れると思ってたのによー。やってらんねぇ!! おい、皆飲みに行くぞ」

「ちょっと、アンバスさん。昼間からですか? もう……」


 アンバスのあんまりな態度に眉を潜めていたレジーナ。


「あ、僕はリンゴジュース飲むぅ」

 そして、チビっ子のシェイラはジュースを驕ってもらえると聞いて喜々としている。


 結局、アンバスは散々グエンを詰り倒したあと「やきそばポーション忘れんなよ!」と言いおいて、補給品をグチャグチャにしてさっさと集会所を出ていってしまった。シェイラもチョコチョコと後をついていく。

 もちろん、飲みの誘いにグエンは含まれていない。


 そして、

「おい、グエン。ちゃんと買って来とけよ?! 今度は言われた通りにな!! それができなかったら、お前はクビだ!───こっちもいい加減我慢の限界だ。雑魚を雇ってる余裕はない! 幸い新しい人材も入って来たからな……ケッ」


 ペッと唾を吐きかけると、マナックは最後に床にぶちまけられた補給品の数々を、ガシャーーーーーン!! と、思いっきり蹴り飛ばして出ていった。

 あとには、ボロボロになって床に突っ伏すグエンが一人……。


 そこに、

「ぐ、グエンさん?」


 レジーナ?!

 ど、どうか、コイツ等に一言……!


「あの……。グエンさん、本当にごめんなさい。でも、石鹸を切らしてしまったの……補充、お願いしますね」


 すまなさそうに謝るレジーナ。


「ッ!」


(結局、パシリかよ……)

 …………しょせん、コイツ等は全員同じ穴の狢───。

 パーティの連中なんてみんな似たり寄ったりだということを忘れていた……。


 言いたいだけ言うと、マナックもレジーナも出かけてしまった。

 そして、全員が出かけてしまうと、グチャグチャになった集会所にグエンが一人。


「うっ、うっ、うっ……。くそぉ……!」


 どうしてこんなことになったんだろうと、涙ぐむグエン。

 昔はマナックとも仲良しパーティだったのに、と。


 情けなくて涙が出てきたグエン。

 そうして、遠ざかっていくパーティの笑い声が一層耳についた。

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