第47話「ダークエルフは、不機嫌です」

 ぷしゅー……。

 と、煙を立てているのは、アンバスの転げていった跡。


 その痕跡を茫然と見ていたレジーナがわなわなと、

 

「な、なんてことをぉぉおお!!」


 アンバスの背後から逃げておいて、レジーナはいけしゃあしゃあと宣う。

 だが、今のグエンがそんな言葉に耳を貸すはずもない。


「この人殺しぃぃぃいい!!」

「──お前にだけは言われたくない。っていうか、かろうじて生きてるよ」


 殴りぬいた瞬間、一応急所は外しておいた。


 まぁ、あんまし変わらないと思うけど。


「さって、残るはお前ら二人……。&有象無象ども」


 ポキポキと、拳を鳴らすグエン。

 その先には、腰が抜けたシェイラがペタンと女の子座りでへたり込んでいる。

 一応魔法杖を持っているが抱きしめるばかりで、戦うそぶりはない。


 ギロッ。と視線をよこすとプルプルと首を振る。


(ふん……。こいつは無視してよさそうだ)


 ギロッ! さらに視線をよこすと、今度は冒険者連中ががくがく震えて武器を取り落とす。

 大半はいつのまにかリズに制圧されていたようだが、それでもまだ結構な数が残っていた。


 だが、アンバスのありさまを見て戦意喪失。

 わきでギルドマスターがギャーギャーと叫んでリズとの戦闘を継続していたが早晩ケリがつきそうだ。


 ならば────……。

 ギロッ!!


「このぉッ!」


 グエンの視線に真っ向から歯向かうのはレジーナただ一人。

 こいつだけはそう簡単に降参するタイプではないわな。


 だったら、とことん…………。


「く! わ、私に手を出したらどうなるか────!!」


 さっと、首から下げていたロザリオをかざすレジーナ。

 それは聖女教会のシンボルで、世界規模の教会勢力の象徴ともいうべきもの──……つまり、


「──権力を笠に着て、命乞いか? それで俺が許すと思ってんのか? あ゛?!」

「ふひひ。だったら、やってみなさいよ……! わ、わわわ、私が一声かけたら世界中の教会がアンタを許さないんだから──!!」


 は。くっだらねぇ。


「そんなやつが聖女だの枢機卿だのを務める教会なんざこっちから願い下げだ。いいぜ……やってみろよ」


 ダンダンダン……!


 足音も荒々しく、グエンがレジーナに迫る。

 そして、顎を掴むと、ギリギリと締め上げた。


「テメェの聖女面にはうんざりだ。……何が教会だ。何が枢機卿だ────ただの腹黒女だろうが、よ」


 がしゃあああ!!


「きゃああああ…………あ、れ?」

 勢いに任せてグエンはレジーナを床に転がし、がれきの山に突っ込ませた。

 いや、正確には突っ込ませようとした。


 しかし、それを止めたものがいる。


「あ、あんた……」

「お前…………なんで?」


 レジーナが瓦礫の山に突っ込む寸前に、彼女の法衣の裾に短刀を放り投げ地面に縫い留め拘束した奴がいる。


 そして、そいつはグエンの背後に着地すると、拳に手を添えフルフルと首を振り、せっかくのさらなる追撃をと、拳を振り上げたのをやんわりと止めた────。



 その不届き者は──────……リズ?!



「……そこまでよ、グエン。それ以上はアタシが許さない」

「なっ?!」


 り、リズ?!


(君が、どうして俺を止める?! なぜ!?)


 グエンの動揺が顔に出ていたのだろう。

 敏感にそれを感じ取ったリズがニィと口をゆがめていった。


「どうしてって顔ね? ん~……。わっかんないかなー」


 スッ……と、腰の短刀に手をかけるリズ。

 それはグエンとの戦闘も辞さないという意味だ。


「リズ…………ッ!」

(く……!)


 折り畳みスコップを逆袈裟に構えたグエンも戦闘の意思を──。

 ここにきて、レジーナを庇うリズと戦闘になるとは……!


 くそッ。


「ちょっと、グエン……。そう殺気立たないでよ。悪いけど────」


 スー…………シュラン!


 ゆっくり鞘引く短刀。

 それが逆手に彼女の手に──……。


「──悪いけど、コイツはアタシの獲物・・・・・・よ」


 シャキィン!!

 そして、二手に構えられた短刀がクロスにされ、グエンを指向する。


 その状況に気づき、

 リズがグエンを止めたことに気づいたレジーナがニチャアと笑う。


 そして、ズルズルとリズの元まで這っていき、あの足に縋り付くとグエンを見上げた。


「ふへ……。ふへへへへへ! み、みたぁ! これが権力よぉ! これが教会の力よぉ! いいわぁ、リズさぁん! 貴方にはたっぷりとお礼を──」


お礼・・?」


 ニコッ。

 かわいらしい笑みを浮かべたリズがレジーナを見下ろす。


 そして、グエンも軽く笑う。


 (あぁ、コイツはアホだ──)……と。


 だって、そうだろ?

 この期に及んでリズが味方になると??


 どうやったら、そんなおめでたい思考にたどり着くんだ?

 親の顔が見てみたいぜ。



「そう、お礼・・よ、御礼!!──たっっっっっぷりと、あぎゃああああ!」



 ぐっしゃぁぁああ……!



 鋭い悲鳴を上げたレジーナ。

 見れば、リズがレジーナの手を踏みつけグリグリと……。




お礼・・をしたいのはアタシのほうよ、レジーナぁ」




 ニィ……!


 その瞬間、リズの背後からブワッ! と闇のようなものが溢れるのを見たグエン。

 もちろん目の錯覚なのだが、今やSSS級と認められたグエンでさえ背筋が凍るような思いを感じるほどの恐ろしい空気。


 そう。

 リズがレジーナを許すはずがない……。


 彼女は忘れたとでも??


 あの魔族の領域で、リズを餌にしようと拘束術式をかけた性悪女のことをリズが忘れると────??


「アンタ、もう忘れたのぉ? アタシに大きな借りがあるじゃーーーーーん」

「…………………………はへ?」


 ポケラーとしたレジーナの顔。

 この顔は本当に忘れていたのだろうか──……あぁ、救えない。


「チッチッチ……! 駄目ね、レジーナ。アンタが忘れても、このアタシが──」


 ……ハッ!!

 

「──忘れるわけないじゃなーーーーーーーーーい!!」



 アーーーーーーハッハッハッハッハッハッハ!!



「ひぃぃぃいいいいいいい!!」


 黒い瘴気のようなものを纏ったリズの哄笑がギルドに響き渡った。




 …………この女ども、こえーーーっす。

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