第24話「よぅ……! 教えてくれよ」

 シェイラぁぁぁあ……。

 シェイラ、シェイラ、シェーーーーィラぁ。


「ひッ、ひぃ、ひぃぃ……」


 ゆっくりとにじり寄るグエンに、おびえ切ったシェイラが腰が抜けたまま後ずさる。

 しかし、すぐに背後は壁となり、彼女の頭がゴツンとぶつかった拍子に完全に逃げ場を失ったと気づく。その時にはすでにグエンはシェイラの前に中腰になっていた。

 

 二人の距離は近く、互いの吐息すら感じられるほどだというのに、そこには色気など一切ない。


 それどころか──。


「よぅ……」


 ──ドン!!


 グエンは壁を叩くように、シェイラの顔の傍に手をつく。

 衝撃で、シェイラがさっきまで眺めていたであろう依頼板クストボードから依頼の紙が数枚パラリと落ちた。


 いわゆる壁ドンなのだが、誰がそこに色恋を想像するというのか──。


 グエンは壁に手をつき、まるでシェイラを捕食するように壁との間に彼女を拘束すると、


「久しぶりだな────……ってほどでもないか? いや、それにしても元気そうだなぁぁあー、シェイラぁぁ……」


 空いた片方の手で、シェイラの顎を掴むと、目をそらそうとする彼女を逃さない。

 しっかり目を見ろと言わんばかりに固定して、ゆ~~~~っくりとシェイラを睥睨するグエン。


「グエン……周りの人もみてるから、その──」

 その様子を「あちゃー」といった顔で見ているリズ。


 彼女だって見捨てられたのには違いはないというのに、グエンほどの恨みはないらしい。実際に手をかけたわけではないし、あの状況なら逃げても仕方がないと、リズは思っているのだろう。

 ま。

 もっとも、拘束術式をかけたレジーナと顔を合わせてまで同じ態度でいられるかはわからないけどね。


「なぁに、時間はかけねぇよ────だろ? シェイラ」


 「はいはい……」と、半ばあきれ交じりの声でリズが一歩引く。

 やはり、彼女なりに思うところはあるのだろう。決して止めようとはしないだけに、リズの静かな怒りを感じる。

 しかし、それを感じさせないのはさすがだ。


 いずれにせよ、リズのサッパリした性格は暗殺者ゆえのドライさが原因だろうか?


「……ひぃぃぃぃい!」


 グエンの声を真正面から受けたシェイラは腰をぬかし、ペタンと女の子座り。

 そして、憐れみを誘うように、グエンに懇願するように手を組んで目をウルウルとさせる。

 その怯える姿を見て、人知れずゾクゾクするものを感じてしまうグエン。

 あんなにも、パーティ内で散々グエンを小バカにしていたシェイラが怯えているのだ。


(ふん……。悪気は感じているらしいな)


 年相応の子供並におびえているシェイラをみて、多少なりとも留飲を下げるグエン。

 シャイラはシェイラで、どうやらよほど堪えているらしい。


「ほどほどにね~」

「わ~ってるよ」


 そりゃあ……ねー。

 ちょっとくらい意趣返ししたって罰はあたらないだろう?


 それよりも──。

「で──なんだっけ?」

「ひはッ?!」


「…………よく生きてたって言ったか? くははは。そりゃあ、おかげ様で──。とはいえ、誰かさん・・・・を助けに戻ったのに、まさかそいつに置き去りにされるとは思わなかったけど、――──なッッ!」


 ダンっ!!


 と、わざと音を立てて、空いた手を壁に叩きつけ、シャイらを完全に壁に追いつめたグエン。

 その音と、グエンの表情におびえ、ビクリと震えて縮こまるシェイラ。


「ひぃぃ……!」


 床に落とした魔法杖を拾い、体を守るようにプルプルと震えている。


「ご、ごめんな──」

「おかげでッッ!!」


 ダァンッ!!


 今度は足。


 さらに、大きく一歩を踏み出したグエン。

 今度は、その一歩がシェイラを踏み抜くギリギリのところに打ち下ろされる。


「──……おかげで、俺は生まれ変われたよ、シェイラぁ」

「く、くぅ……」


 目を閉じて、いやいやと首をふるシェイラ。

 だが、グエンはそっと彼女の前にしゃがみ込むと、


「──なぁ……?」


 クイっと顎を掴んで無理やり上を向かせる。

 だが、それを嫌がってシェイラが顔を背けるも――グエンは許さない。


「……何をそんなに怯えてるんだ? ちょっとは、喜んでくれよ──」

 大切な仲間が返ってきたんだぜ──と皮肉を込めていると、

「──も、もちろん!!」


 コクコクと首肯し、シェイラは慌てて取り繕うように笑みを作る。


「…………だけどッッ!」

「ひっ!」


 ジッと彼女の揺れる目を真正面から見つめるグエン。

 周囲が好機の目で見ているのも、どこ吹く風──。


「――──…………落とし前はつけてもらうぞ」


 ツン!! と軽く、そして少しの痛みを与えるようにシェイラの額をつついたグエン。


「痛ッ!」


 その感触にビクリと震え、ついには大粒の涙を流すシェイラ。


「ご、ごえん……!」

「ああ゛?!」


 ボロボロと涙をこぼすシェイラは堰を切ったように謝りだす。


「ごえん!! ごえんなさい……! ごめんなざい~」


 ボロボロと泣き始めたシェイラを見かねたリズが、グエンの肩に手を置く。

 それをうっとうしそうに振り返るグエンだが、リズはその視線を真正面から受け止めると軽く首を振った。


 (もういいでしょ……)と――。


 その意味するところは分からなかったが、グエンとしてもこんなチビを追い詰めて楽しむ趣味はない。

 それに同じように見捨てられたリズがもういいというのだ。

 グエンだけが意趣返しをするのもおかしな話だ。


 ち……。


「………………わかったよ」


 ……まぁ、どのみち、

 もうシェイラの逃げ場はない。


 ここにシェイラがいるということは、都合のいいことに全員が揃っているのだろう。


「ふ。ふふふ……」

 ならば面白いじゃないか──。


 シェイラは謝った。

 恐怖に震えながらでも、自分のしでかした・・・・・ことを自覚しているから謝った。



 自分が恐怖に飲まれて逃げたことを悔いて謝った────。



 ならば……?

 ならば、アイツら三人は────?


 グエンとリズに手をかけてまで、逃げようとしたアイツらは??


 ……アイツらなら、一体なーんて言うのだろう。


「──シェイラ」

「ふぁ、ふぁい!!」


 グエンの言葉に過剰に感応するシェイラは、ブルブル震えながらも顔を上げると涙と鼻水でグジョグジョのそれでグエンを見る。


「…………てめぇの仕置きは、ひとまずあとだ。それよりも、まずは──」

 そう、まずは──……。






「マナック達はどこだ」

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