第43話 とどろけ悪名!

前話から作中時間で1カ月が経過しました。

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 “因幡の白兎ラッキーラビット”。

 そこは看板だけはパーツ屋だが、不精な店主による万全の検索避けで誰も訪れることがないバイナリ上のデッドスペース。

 サービス開始以来、店主以外は誰も訪れたことがなかったこの店は、この一か月というものほぼ毎日のように客を迎えていた。



 コーヒーテーブルの上のバカでかい籠に盛られたクッキーを摘まみつつ、ツナギに身を包んだこの店の主・バーニーが鼻歌まじりにオブジェクトをこね回している。

 クッキーをばりぼりと咀嚼しながら、歌に合わせて小刻みに頭を揺らす。そのたびにメカニック帽に付いたウサギの耳がぴこぴこと跳ねた。


 見るからにご機嫌といった様子だが、その原因はその向かい側でソファに座っている少女だ。

 光の加減で紫にも青にも見える不思議な色合いの髪に、童話の妖精かお姫様かと思えるような可憐な顔立ち。触れば折れそうな華奢な肢体。

 それでいて戦場に出れば卓越した技術と悪辣な戦術で他のプレイヤーの心をへし折って回る、悪逆非道の傭兵プレイヤー。その名をスノウライト。


 SHINEシャインの方が通りが良くなりつつある彼女は、肩の上に乗せたメイド服姿のサポートAI・ディミが操作するインターフェイスを一緒に眺めている。この一か月の間、スノウは毎日のようにこの店を訪れては、店内でだべっていた。



「よーしできた!」



 バーニーが手を打ち鳴らして注意を惹く。

 しかし目の前のスノウとディミがインターフェイスに見入っているのを見て、ぷくっと頬を膨らませた。



「おい、こっち見ろよオマエら! オレの傑作が誕生したんだぞ!」


「ちょっと待って、今このライブ実況がいいとこなんだ」


『うわぁ……! こんな攻撃してくるんですね……!』



 スノウとディミが見ているのは、『七翼のシュバリエ』のプレイ実況動画だ。このゲームでは外部の動画サイトだけでなく、ゲーム内でも動画配信することができる。

 今見ているのはあるプレイヤーのライブ配信で、野良のレイドボスとの戦いぶりをリアルタイムで届けてくれていた。


 このゲームにおいて攻略情報はかなり貴重なものだ。大手クランの多くが企業クランである関係上、情報はなかなか流出しない。しかしこのプレイヤーは企業クラン所属ではないうえに技量も高く、その戦いぶりはスノウの目からしても見ごたえがあった。しかもアバターは作り込まれた美少女である。


 スノウとしてもプレイ動画を見るのは大好きだ。というか上級プレイヤーと呼ばれる人種は、大体他人のプレイ動画を観察してテクニックを研究するのが習性となっている。持ち前の反射神経のよさやエイム力も重要だが、それだけで一流プレイヤーになれるわけもない。



「今のカウンターいいね。攻撃の出足のタイミングをよく研究してる」


『えー、こんなに弾をバラまくんですか……これは避けるの大変ですね』


「見たところ軌道ランダムだからなあ。耐久が鉄板だけど……あー当たったか」


『集中切れですかね? いえ、被弾した僚機に気を取られたのかな』


「惜しいなあ。でもまだまだいける。ホントこの緑茶さんってプレイヤーは魅せてくれるよ」



 熱心に動画を見ながら、感想を語り合うスノウとディミ。

 そこにむすっとした顔のバーニーがジャンプして飛び込んできた。コーヒーテーブルを軽々とまたぎ、スノウの頭上にフライングボディアタック!



「うわっ!?」



 さすがのスノウもびっくりして、ダイブしてきたバーニーを慌てて受け止める。

 スノウに馬乗りになったバーニーは、頬を膨らませながら駄々をこねるように小さな体を揺すった。



「そんなブスどーでもいーだろー! オレの方がずっとすごいんだからこっち見ろよなー!!」


「えー? 仕方ないなあバーニーは。何作ったの?」



 そう言いながらバーニーの両脇を支える腕を下ろすスノウ。

 バーニーはへへっと嬉しそうに笑うと、くるっと反転してスノウの膝の上に座る。機嫌良さそうに足をプラプラさせつつ、机の上に置かれていたドールを指さした。



「ほら見ろ! オレのお手製おしゃべりAIだ!」


『こんにちわ! 私ぼーぱるばにーちゃん!』



 机の上のバニーガール衣装の美少女ドールが、ぴょんぴょんと飛び跳ねて自己紹介してきた。

 ……どうやらドールではなかったようだ。



「お、自分のAI作るって言ってた奴が完成したのか」



 身をかがめて、しげしげとぼーぱるばにーちゃんを眺めるスノウ。



『うふん!』



 スノウに見せつけるように、バニーAIが髪をかき上げてポーズをとる。

 おっぱいがどーんと盛られたボンキュッボンのプロポーションはとても煽情的だ。率直に言ってしまえば、精巧なエロフィギュアが動き出したような感じである。


 スノウは細い顎に白魚のような指を添えて、ふーむと感心した声を上げた。



「よくできてるなあ。肌の質感や胸の盛り具合もそうだけど、この表情がなんともいえない。いい感じにデフォルメして生意気そうな感じが出てる」


「だろぉ? そこが一番気を遣ったんだよな。やっぱバニーガールは高飛車な感じがないと嘘だぜ。AIの表情ってのは顔立ちのデザインだけじゃねえんだ、中身のAIの調律もうまくないとな。そこがフィギュアと違うところなんだ」


『クスッ、何をじろじろ見てるのお嬢ちゃん? お姉さんにいじめてほしいのかしら?』


「おー、いいなあ。外見と中身の合わせ技だ。さすがバーニーだよ」


「へへっ、そうだろ? もっと褒めろよ」



 スノウの腕の中でえっへんと薄い胸を反らすバーニー。

 そんな幼女に悪戯心を起こしたスノウは、にやっと笑うとこちょこちょとお腹をくすぐってみた。

 途端にバーニーはびくんと体を震わせ、笑いながら体をよじる。



「こちょこちょこちょ……」


「あははは、やめろよシャイン! くすぐったいだろー!」



 バーニーは身をよじりながらなんとか体を180度回転させる。

 しかしそこにすかさず伸ばされる、スノウの細い指。バーニーの背中や首筋をこちょこちょとくすぐり、あはははと嬌声を上げさせる。



「この野郎、やられるばかりだと思うなよぉ!」



 バーニーはニヤリと笑うと、スノウの体をこちょこちょとくすぐって反撃する。

 薄い胸や脇腹を触られて、たまらずスノウがあはははと笑いながら身をよじらせた。



「やったなーこのー!」


「うるせーギブアップしろ!」



 スノウに馬乗りになってくすぐるバーニーと、そんな彼女をくすぐり返すスノウ。

 そんな2人を真顔でじっと見ていたディミが、コーヒーカップを机に叩きつけた。



『女子か!!!』




「「えっ」」



 抱き合った態勢できょとんとする2人に、ディミがさらに突っ込む。



『なんなんですか貴方たちは!! 完全に百合女子ムーブじゃねーか!!』


「いや、別に百合ってわけではないんだけど? 高校の頃も割としょっちゅう組み合って遊んでたし……」


『えっ、それはそれで見たい……じゃなくて!』



 一瞬腐りながらも、ディミはツッコミ役としての使命を全うする。えらい。



『それ組み合うとかじゃなくて百合ですよね!? 妹の相手をするお姉ちゃんみたいな母性溢れる顔になってんじゃねえか!』


「そんな顔してるわけないだろ!?」


『オラッ! 鏡見ろ!!』



 ディミが操作するインターフェイスが、空中に像を結ぶ。


 バーニーを抱きしめるスノウの表情は、苦笑と母性が入り混じった柔らかいものだった。まるで「仕方ないなー」と言いながらやんちゃな妹の相手をしている姉のような風情である。



「うわああああああああああああああああああ!!!!?」



 バーニーを放り出したスノウは、頭を抱えて悶絶した。

 そしてスノウから取り落とされたバーニーもまた。



「ああああああああああああああああああああ!!!!」



 ダブルメスガキノックアウトである。



『ふっ……また勝ってしまった』



 勝者:クール系メイドメスガキ。


 勝ち誇るサポートAIの足元で、バーニーはソファに顔を突っ伏したままぶるぶると震える。



「オ……オレとしたことが、またしてもアバターに引っ張られて……!!」


『そんなアバターなんて使うからですよ。ロリコンですねー』


「好きで使ってねえしロリコンでもねえよ!? ロリコンがこんなAI作るか!?」


『私ぼーぱるばにーちゃん!』



 バーニーが指さしたのに反応して、バニーガールAIがぴょんと跳ねる。

 ディミはその媚び全振りで性能度外視の低能AIに氷点下の視線を向けてから、バーニーを顎で示した。



『でも先に作ったのはそっちのロリアバターですよね?』


「くそおおおおおおおお!! こっちのセクシーボディ先に作っとけばよかったああああ!!」


『その場合、貴方がバニーガール衣装になりますけど。痴女願望でもおありで?』


「あああああああああああああああああ!!!!」


口喧嘩レスバ無敵か……?」



 バーニーを手玉に取るディミを、スノウは恐々と見つめた。




※※※※※※




「で、最近どうよ。そろそろ借金返せそうか?」



 気を取り直したバーニーが、コーヒーカップから甘いカフェオレを啜る。



「うん、まあね。仕事は割と増えて来たよ」



 向かいに座ったスノウが、甘さ控えめのコーヒーを口に含む。

 最近のスノウは、VR内で甘いものを積極的には口にしないようにしていた。VRで甘味を摂取すると、脳が実際に糖分を摂取したと勘違いして軽い頭痛を引き起こすことがわかったからだ。

 しかしスノウの体はやたらと甘いものを美味しく感じるようで、完全に断つのは難しい。だから虎太郎はVRで甘いものを食べると決めた日は、ダイブ時にあらかじめ飴玉を口に含むようにしている。



『この一カ月、2日に1回は依頼を受けて出撃してましたからね』


「本当は毎日依頼を受けたかったんだけどね。まだまだ雇いたいって人は少なかったし、ペンデュラムも毎日仕事をくれるわけでもないから」



 最近のペンデュラムはペンギンに空中スキーを開発してあげるための調整に忙しい。

 そもそもからして、毎日ゲームをしているわけでもないようだ。重要度の高い局面に出撃して、効率的な戦果をもたらすのが彼のやり方らしい。

 その代わりとしてたまに仕事を紹介してくれるので、それはできる限りありがたく受けるようにしていた。



「掲示板とかプロフに傭兵依頼受けます、気軽に連絡してくださいって書いてはいるんだけどなかなか連絡してくれる人がいなくて。結局ペンデュラム経由で受けた仕事の実績が口コミで広まってるみたいだよ」


「なるほどな。まあ新しい事業なんてそんなもんだよな」



 納得したようにバーニーが頷くが、ディミはコーヒーカップを抱えたままふるふると首を横に振った。



『あれは口コミって呼ばないです……』


「……どういうことだ?」


『この人、相手をボッコボコにした後に全体チャットで“傭兵依頼受けまーす! ボクを雇ってリベンジする絶好のチャンス! 詳しくはボクのプロフを見てメールしてね!”ってバラ撒いてるんですよ……』


「あー、あれね。地道な宣伝活動って大切だよね」



 涼しい顔でコーヒーカップを傾けるスノウ。



『その全体チャット煽りを入れた後に味方側の空気が凍り付きましたけど? メールボックスは敵味方を問わずお便りファンメールでいっぱいになりましたしね』



 そのお便りの内容が罵倒一色で綴られていたことは言うまでもない。

 もっともスノウは心臓に毛が生えているので、ケラケラ笑って流してしまったが。



「でもボクの実力を売り込んだ甲斐あって、雇ってくれた人もいたしね。あ、それから動画で宣伝活動もしてるんだ」


「動画配信してるのか?」



 ディミはまたしてもふるふると首を横に振る。



『騎士様が蹂躙した一部始終を切り取って動画配信サイトにアップしたんです。“とっても可愛くて有能なボクを格安で雇うチャンスだよ!”って。でも、やられた相手の名前がでかでかと映り込んでるせいで晒し動画と呼ばれて炎上してしまって……』


「うんうん、ボクがエースプレイヤーも軽く倒せるってことを知らしめるには、やっぱり証拠を見せるしかないからね!」



 なお主な被害者はアッシュである。

 ことあるごとに無所属扱いで乱入してくるアッシュはもっともお手頃に戦えるエースプレイヤーであり、必然的に名シーンのアッシュ率は高くなるのだ。


 余談だが、この一か月の戦闘によって夜になるとアッシュの出現率は増す傾向にあることがわかった。戦って面白いうえに毎回課金武器をドロップしてくれるボーナスエネミーとして重宝している。

 最近は統計を取り、アッシュからドロップしたのがSSR課金武器である確率をアッシュ係数と名付けていた。新しい数学用語の誕生だよ!



『匿名掲示板でとんでもない煽られ方してて可哀想なんですけどねぇ』


「人気者になってるみたいでボクも嬉しいよ」


『そんな人気はまったく欲しくなかったと思うんですよ』



 無様に負けるところを晒されたエースプレイヤーはアッシュだけに留まらず、対戦した多くのエースが被害に遭っていた。

 そしてそのたびにスノウの悪名が轟く始末である。

 エースプレイヤーの間では、あいつに負けると武器を盗まれた上に負け姿まで晒される極悪プレイヤーとして認識されつつあった。


 だが悪名も名声のうちである。



『騎士様、今のあだないくつになったかご存じです? “強盗姫”“SHINE”“こそ泥野郎”“狂犬”“金次第で何でもする奴”“変節漢”と6つになりましたよ』


「ふふん。いいじゃない、悪名が轟けば轟くほど、ボクを雇いたいってクランも増えるんだし。この調子で増やしていこう」


『あ、“メスガキ”忘れてましたね。7つです』


「はー!? メスガキじゃないですけどぉ!?」



 いつものくだらないやりとりをするスノウとディミ。


 そしてバーニーはそんな2人をどこか眩しいものでも見るように眺めながら、コーヒーカップを傾けるのだった。



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Nash係数:流体のばらつきの大きさを表す係数

Ash係数:SSR課金武器の流出率を表す係数

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