第83話 そっかー辻褄が合っちゃったかー
配信という自分の目的を終えたスノウは、
しかしそれで今回の戦いのすべてが終わったわけではない。プレイヤーは決してスノウだけではないのだから。
スノウに撃墜されたゴクドーは、本拠地でリスポーンするなり即座に配下全機に命令を飛ばした。
「総攻撃ッ!! 敵は疲弊している、今こそ奴らの首を獲れッッ!!」
ゴクドーの命令を受けて、【
「な……なんだとッ……!?」
【シルバーメタル】のリスポーン拠点で復活した指揮官は、勢いづいて突撃してくる【桜庭組】の鎧武者の集団の姿に顔を青ざめさせた。
そばにいた副官に慌てて迎撃態勢を取るように命令するが、副官は沈痛な面持ちで首を横に振るばかり。
「……無理です、少佐殿。こちらは先ほどの乱入者にズタズタにされています。とても止められません」
副官の言う通り、【シルバーメタル】は先ほどスノウに挑んで消耗した戦力も回復していなければ、打ち砕かれた戦意も癒えていない。
それはそうだ。シャインは【シルバーメタル】のリスポーン拠点もトランスポーターも破壊していったのだから、回復能力は壊滅状態。リスポーンした兵の補給もままならなくなっている。
加えて【シルバーメタル】の兵は指揮官の命令に従いスノウに襲い掛かって返り討ちに遭ったのに対して、【桜庭組】の兵はゴクドーの命令通りほとんどが後方に待機していたため、損害を受けていない。
元々は【桜庭組】の倍以上の戦力を有していた【シルバーメタル】だが、シャインという乱入者のせいで戦力差はすっかりひっくり返っていた。
「ゴクドーめ……! 意図的にあの乱入者を利用してこの図を描いたのかッ!」
【シルバーメタル】の指揮官が歯噛みする中、ゴクドーは本拠地から一直線に進撃する武者集団の戦闘に立って大地を駆け抜けていた。
シャインとの死闘に敗れたばかりで疲労しているが、この戦いを制するにはここが踏ん張りどころと自分を
【シルバーメタル】の指揮官の言葉通り、今の状況はゴクドーが描いた絵だ。
スノウライトという正体不明のプレイヤーの暴れぶりを知ったゴクドーは、極力自軍に損害が出ないように計らっていた。
自分が一騎打ちを申し出たのも、万一自分が勝てないようなことがあったとしても、自分の首を獲らせればそこで満足して帰っていくだろうと踏んでのこと。
「まさか本当に勝てないなんて思いもしなかったけど」
コクピットの中で不本意そうに首をひねりながら、ゴクドーは独りごちた。
思えばこの戦いは不本意なことばかりだ。
たまたまボーナスエリアが自分たちの領地に湧いたことも、大手企業クランに狙われたことも、準備が整わないうちに襲い掛かられたことも、正体不明のプレイヤーが乱入してきたことも。何も彼の思い通りには運んでいない。
ゴクドーの持論は『戦争の結末は戦う前から決まっている』だ。戦争はそこに至るまでの準備や交渉の時点でどちらが勝つか決まっていると思っている。プレイヤーの腕前などしょせん誰もが五十歩百歩、個人がいかに善戦しようが技量でひっくり返るような戦場などありえない。
だというのに……。
今日乱入してきたプレイヤーは、あまりにもイレギュラーだった。
たった1騎で戦場の趨勢を大きく狂わせ、片方の補給機能をズタズタに破壊して、両陣営のエースプレイヤーを叩き潰した。
ゴクドーにとって、そんなプレイヤーが存在するなどまったくの想定外。そんなことができる個人がいるなど、夢にも思ったことはない。
そして今、自分はその存在を利用して万にひとつもなかったはずの逆転勝利を掴もうとしている。本来のゴクドーのポリシーである入念に入念を重ねて盤石の準備を整えた確実な勝利とはまったく正反対の形で。
【桜庭組】にとってあれこそ神風。人知を越えて勝利をもたらす希望の追い風だ。同時に【シルバーメタル】にとっては理不尽極まりない絶望の大暴風でもある。
「気に入らねえな! 全然気に入らねえ、そんなものッ!!」
暴れ馬のように揺れる愛機“
今の戦況は確かに自分が描いた図だが、しょせんは変化する戦場のどさくさで掴んだものでしかない。入念な準備で得る彼の理想の勝利とは程遠い。
一騎打ちに負けたうえでおこぼれで勝利をもらうなんて、なんだか恵んでもらったみたいじゃないか。それともこれは敢闘賞だとでもいうのか?
だが、この状況で目の前に転がり込んだ
「スノウライトって言ったな。今日は甘んじてこの勝利をいただいてやるッ!!」
怒りと共に言葉を吐き捨て、ゴクドーは“サテライトアーム”で大小のブレードを抜き放つ。そして裂帛の気合と共に腕を飛ばした。
ゴクドーの視界の先には、怒涛の突撃を前に動けない敵の指揮官機!
「敵大将、このゴクドーが討ち取ったりッッッ!!!」
敵機の首を掲げるその雄姿に、我に続けと配下たちが咆哮を上げた。
※※※※※※
「あはは……勝っちゃった……」
未だそこかしこから黒煙が上がる戦場跡を眺めながら、戦の興奮から解き放たれたゴクドーは呆然と呟いた。
ゴクドーが【シルバーメタル】の指揮官機を倒した時点で、敵の総コストは大きく減っていた。元からスノウの手によって【シルバーメタル】の総コストは相当に削られていたのだ。
さらにゴクドーの活躍によって発奮した配下たちが殿に続けと命知らずな突撃を繰り返し、完全に戦意を砕かれた敵はただの狩られる獲物となり果てた。気付けば敵の総コストは枯渇し、【桜庭組】は勝利を収めていたのである。
戦闘前にはまさかありえるとは夢にも思わなかった大逆転勝利。
戦闘中にはアバターの影響もあって負けん気が非常に強くなっていたが、こうして我に返ってみると自分でも信じられない思いだった。ゴクドーの計算では、絶対に負けるはずの戦力差だったのだから。
「やりましたな、若! さすがのご活躍です!」
「それでこそ俺たちの若だぜ!! いよっ、日本一ッ!!」
「やっぱ若の武芸に勝てるヤツなんざいねえんだよ! さっきのガキも若が本気を出してないとも知らずにイキりやがって! ははははっ!!」
「この調子で俺たちの強さを他のクランの連中にも思い知らせてやりやしょうぜ!!」
「【桜庭組】ばんざーい!! 俺たちの栄光の歴史の始まりですな!!」
勝利に酔った組員たちが、上機嫌でゴクドーを讃えてくる。
ゴクドーは鷹揚な態度を装ってうむうむガハハと笑い返していたが、内心ではそんなうまいこといくわけないでしょと頭を抱えたい気分だった。
(これからのことなんて、まったく何も考えてないんだけど……)
何しろゴクドーの中では今日の戦いは負けているはずだったのだ。
防衛のために出陣したのはせめてものメンツを保つため。そしてあわよくばなんとか善戦してから降伏して、ボーナスエリアを譲る見返りに幾ばくかの資金や技術をもらう交渉に持ち込みたいという打算のためだ。
それがまさか勝ってしまうなんて。
完全に予想外すぎて、これからどうするかのプランなど考えてもいなかった。
かといって、今更【シルバーメタル】にこのボーナスエリアをくれてやるわけにもいかない。至急これからの計画を立てる必要があった。
何しろ【シルバーメタル】はボコボコにして追い返したとはいえ、このエリアを喉から手が出るほど欲しがっているクランは他にいくらでもいるのだ。
そうしたクランのいずれかにこのボーナスエリアを高値で売りつけるのも手ではある。だが、ボーナスエリアの恩恵をむざむざくれてやるのは惜しかった。
ボーナスエリアを所有する企業クランは、エリア数維持ボーナスに大きなブーストがかかる。具体的には素材の獲得数や技術研究ツリーの進捗に倍率ボーナスがかかり、さらに運営からの特別な“ご褒美”も獲得しやすくなるのだ。
ボーナスエリアを所有することは、大手企業クランにとって必要不可欠である。
そしてそれだけではなく、ボーナスエリアを大手クランから守り切ったという実績は大きな名声となってくれるはずだ。ただの中規模クランの【桜庭組】に手を貸してくれる者はいなくても、大手クランにも負けない実力を持つゴクドーの元になら人は集まることだろう。
たとえそれがたまたま吹いた神風がもたらした勝利だったとしても、内実など誰にもわかりようもない。
(この勝利は、私たちが飛躍するためのきっかけになるのかもしれない……)
ゴクドーは密かに拳を握りしめ、空を見上げた。
気まぐれな希望の追い風は、彼をあの空の高みへと連れて行ってくれるのだろうか。
「いや、行くぞ。行ってみせる。誰がその風を吹かせたかなんて関係ねえ。ただの町工場じゃ終われない……!」
ゴクドーは野心に満ちた瞳を空に向けて小さく呟いた。
その瞳は豪胆そうなアバターの顔立ちよりも、一層の若さに溢れている。
それにしても、とゴクドーはふと思い返す。
先ほどのスノウライトとかいう正体不明のパイロットは何だったんだろうか。
あの腕前はゴクドーをして心胆寒がらせるものがあった。
ゴクドーは現状このゲームにおいて戦いの勝敗を決めるのは戦力の多寡であり、個人の技量は大きな影響をもたらさないと考えている。あくまでもこのゲームでの戦いは集団戦なのだから、それは当然のことだ。
しかしだからといってゴクドーの腕前が誰かに劣るということはない。
現実で若くして修めた剣術はゲームの中でも通用しており、彼がタイマンで負けたことなどこれまで一度としてなかった。しかし今日出会ったパイロットは……。
数多の敵を葬ってきた、必殺の奥義“天地二段”。
あれを一度受けただけで見切り、背後から避けきれるようになるとは尋常な相手ではない。まるで背中に目が付いているかのような勘の良さだった。
これまで彼の絶技をああまでたやすくかわした者などいない。……いや、例外はいる。いるが、それは彼に技を伝授した師その人だ。まるで枯れ木と見まがうような老いた体躯に恐るべき気力を秘める師は、ゴクドーの攻撃を柳のようにかわす。曰く“殺気が籠った一撃など視線を向けずとも見えているが同然”だという。
だが、それと同じことをあの幼い少女ができるものなのか? 彼の師が数十年をかけて熟成させた境地に、あの少女が至っていると? ……ありえない。
あるいはアバターの中身は老人という可能性もあるが、あの言動を見る限り絶対にそれはないと断言できる。あの幼い言動は間違いなく中高生レベル、もしかしたら小学生かもしれない。
古来日ノ本の武芸に“表の
であれば、あれは一体何か。
「……AI」
ゴクドーはそう呟き、唇がかさかさに乾いているのを感じた。
そうだ、あの少女は頭の上に乗せたメイド姿の妖精AIと会話しながら戦っていたではないか。誰もがあの少女がパイロットで、メイド妖精がAIだと思っていた。
だが……逆だったとしたら。
メイド妖精の方が人間であり……あのパイロットこそがAIだったとしたら。
「全ての辻褄が合う……!!」
えっお前それ本気で言ってんの?
しかしゴクドーはしきりにうんうんと興奮した様子で頷いた。
「そうだ……そうに違いない! あの異常な技量! そして他人を屁とも思わないサイコパスなメスガキ煽り! あれは運営が極秘裏に開発している、最新式の対人用AIの試作機だわ……!!」
危ない危ない、うっかり騙されるところだった……と、ゴクドーは額に浮いた汗をポケットから取り出したレースのハンカチで拭った。
常人なら騙されたかもしれない。だが桜神流剣術の後継者であり、桜ヶ丘AI工房のCEOを務める自分の目を誤魔化すことなどできない。
本物の達人に師事した経験と、数多くの優秀なAIを調律してきた経験がゴクドーに真実を教えてくれていたのだ。
人間って本当に物事を見たいようにしか見ねえな!
ゴクドーはううむと唸って、コクピットの中で腕を組んだ。
スノウがただの人間なら彼は深い興味を向けることはなかっただろう。制御できない他人など、扱いにくくて仕方がない。
しかもメスガキ気質など、彼がいちばん苦手なタイプだ。同族嫌悪ってやつで。
だがそれがAIとなれば話は違う。彼にとっていかなるAIであろうともそれは制御可能な存在であり、利用できるコマになりうるのだ。
「スノウライト……あの子を手に入れることができれば、私が頭角を顕すための大きな力になる……!」
あの戦力は本当に魅力的だ。暴走していたのか性能試験だったのか誰かれ構わず襲い掛かる狂犬ではあったが、自分ならどんなAIでも御せるはず。
欲しい、必ず欲しい。野望に欠かせない手駒として手中に収めたい。
だが……だが、まずは目の前のことから。このボーナスエリアを維持することから始めなくては。
後ろ髪を引かれる思いだったが、ゴクドーはその未練を断ち切って今後の防衛計画を練り始める。
幸いボーナスエリア防衛に関しては、複数のクランによる波状攻撃で無理やり強奪されるのを防ぐための措置として、一度防衛に成功したら1週間はどこからも攻撃を受けないという特別ルールがある。
これを利用して時間を稼ぎ、防衛設備や兵力を整えよう。何なら本業のAI育成業を多少止めてでも、こちらに資金を回してもいい。“ご褒美”さえ手に入れられれば、その投資に見合う以上の利益を得られるのだから。
大丈夫。難しい仕事だが、できるはずだ……自分なら。
ゴクドーは有能な人物だ。地頭がよく、視野が広く、用意周到で文武両道。
にも関わらず肝心なところで致命的に抜けているのは、自分の興味がある分野に関しては極端に視野が狭くなるせいかもしれなかった。
まーた見ていて愉快な仲間が増えましたね!
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