第82話 メスガキ反省会
スノウがなんでコメントを自分で読まないか説明してなかったのに今更気付いたので書き足しました(2020/9/17)
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配信を終わらせたスノウは、バーニーのパーツ屋“
シャインから降りてふうと息を吐くスノウを見て、バーニーがすごい勢いで走り寄ってくる。
「あ、バーニー。ただい……」
「シャイイイイイインッ!! なんだあの配信はッ!?」
「え。なんだと言われても……よくなかった?」
きょとんとするスノウに、バーニーは大きく頭を横に振る。
「良かった! 良かったけど……ぐおおおおおお……ッ!! オレの、オレのシャインがオレ以外の男にあんな笑顔を……ああああああああああああ!!」
頭をかきむしらんばかりに苦悩しながら、どさくさ紛れにぐりぐりと頭をシャインの下腹部に擦り付けるバーニー。脳が破壊されていたのは
お腹の中に帰りたいのかいバーニーちゃん? お前そこから生まれてねーから!
バーニーが何に悶えているのかわからないながらも、とりあえずその頭をよしよしと撫でながら、スノウはにっこりと微笑んだ。
「あ、そういえばバーニー聞いてよ! なんだか視聴者さんが投げ銭っていうのをしてくれたみたい! これでバーニーからの借金を返せるんじゃない?」
「ぎゃああああああああああああッッ!?」
スノウの言葉にバーニーがのけぞって叫びを上げる。
「シャインが! シャインが、オレ以外の男に媚びを売って得た金でオレの借金を返してくるうううううう!? 脳が……脳が破壊されるうううッッ!!」
いやぁ、もう脳はとっくに破壊されてるんじゃないですかね。
「ねえディミ、全部でいくらもらえたの?」
『えーと……しめて2327万8130
バーニーのあまりの狂態にドン引きながら、ディミがおそるおそる合計額を口にする。その金額に、スノウはヒュウと口笛を吹いた。
「そりゃいいや。確かシャインを組むときの借金が2000万だったよね? あれからワイヤーを腕パーツに仕込んでもらったりしていろいろと増えたけど、傭兵としての稼ぎも合わせると余裕で返済できるよね」
『ええ、そりゃもう』
むしろ傭兵として稼いだ金額の数十倍のぼろ儲けなんですけど、これまで地道に稼いだのはなんだったんでしょうね? という言葉をディミは飲み込んだ。
エンタメ産業としての動画配信業が誕生してから約20年。いばらの道とも売れるのはひと握りとも称される配信業だが、うまくハマったときの爆発力は凄まじいものがあった。
手数料として運営に10%取られるが、事務所などに所属しているわけではないので投げ銭はほぼそのままスノウの懐に収まっている。
金銭感覚がイマイチ緩いのか、スノウはそりゃすごいとニコニコと微笑むばかりである。……いや、実際のところスノウはこう考えている。
(確かにすごい金額ではあるけど、しょせんゲーム内マネーだもんね)
スノウにとってJCは課金して購入するものではなく、ゲームで戦っていればもらえるものにすぎないのだ。実際それはプレイヤー層の多くを占める無課金や微課金のユーザーにとってはその通りで、レイドボスやエリア争奪戦をしていれば貢献度に応じて入手できるものである。
自機強化に必須のものではあるが、元がタダなので投げ銭に使うにもさほど抵抗はない。
企業クランの上位層ともなるとそれだけではまったく足りないので、リアルマネーを課金してJCを買うことになるのだが。え、どこぞのお嬢様やサッカー好きの坊ちゃんがやった500万JCの投げ銭はどうだったかって? もちろんリアルマネー課金で5万円ポンと払ったに決まってるじゃないですかーやだなー。
つまり富裕層や“腕利き”であるほどJCはリアルマネーと同等の価値を持つようになっていくのだが、スノウはそこらへんの感覚が非常に疎い。ゲームはあくまでもゲームと、現実とは割り切って考えている。
だからこそリアルマネーにして20万円もの借金も気軽にできるし、23万円もの投げ銭をもらっても平然としていられるのだ。
当然投げ銭も全部視聴者がゲーム内で戦って稼いだものだと考えており、まさか視聴者に現ナマぶっこんで投げ銭されているとは思いもしない。リアル事情を知ったら腰を抜かすことだろう。
そんなスノウは、ほくほく顔でディミの言葉にうんうんと頷いている。知らぬが仏である。
「いやー、これだけ儲かるんなら恥ずかしいのを我慢した甲斐があったかな。これなら次もまた配信してお金をもらってもいいかも」
「ダメだーーーーーーーーッ!!!」
バーニーが顔を上げ、すごい勢いで食いついてきた。
「自分の体を大切にしろッ! 嫁入り前の男が不特定多数の前で体をさらすなんてことあっちゃいけないッ!!」
『やっべえ、本格的にバグってるぞこの人……』
「バーニー、僕は男だからお嫁さんにはならないよ。それに別にいいじゃない、たかが配信だよ? 別に減るものじゃないし」
こわごわと震えるディミをよそに、スノウはよしよしとバーニーの頭を撫でる。しかしバーニーはスノウの手の感触に目を細めながらも、地団太を踏んだ。ついでに薄い胸に頭をスリスリして甘えた。
「減るッ! シャインの体における俺の
『あなたの発言が人間的に汚らわしいと思います……』
「ふふっ、バーニーは相変わらず面白いなあ。ボクの体はボクだけのものだから、シェアなんて存在するわけないのに」
『……騎士様も、これだけセクハラされてよく平気ですね?』
「? だって今は女の子同士だし、問題ないでしょ。それに元は男同士なんだからおふざけだよこんなの」
きょとんとした顔で小首を傾げるスノウに、んなわけねーだろと真顔になるディミである。
薄々わかっていたことではあるが、スノウは自分が誰かに性的な視線を向けられることに対して危機感がまったくの皆無であった。戦場で向けられた敵意に関しては敏感すぎるほど鋭いくせに。
その危機感の薄さたるやカカポやステラーカイギュウ、ペンギン並みである。なんなら密猟者相手に
そんなスノウを見て、バーニーは密かに拳を握りしめた。
「オレがシャインを
『一番やべーのは貴方なんだよなあ!?』
いやあ、最近はそうとも言えないんじゃないっすかね。配信中に最前線彼氏面してた人とかいますしね。
「まあそんなわけで、パーツ代はこれで返すね」
「くっ……愛するシャインが体を売って稼いだ汚れた金なんて……! だが、なんだこの一抹の興奮感は……!? オレの脳はどうなってしまったんだ!!」
『とっくに壊れてんですよ』
ビクンビクンと体を震わせながら返済を受け取るバーニーに、ディミは氷点下の視線を向けた。
そんな急速に関係性が悪化する2人をよそに、スノウはご機嫌モードである。
「よーし、これで新しいパーツも買えるね! ツケで!!」
『せっかく返し終わったのに、また借金するつもりなんですか?』
まるでローンを返済し終わった直後に新しいクルマのカタログを物色する夫を見る妻のような視線だった。
しかしスノウはまったく意に介した様子はない。つよい。
「そりゃそうでしょ、常に上を目指していかなきゃ! というわけでバーニー、新しいビルドをお願いね」
「んー……まあ、それはいいが。配信で稼いだ金は、返済として認めねえからな」
「え、なんで? お金はお金じゃない」
仏頂面を浮かべるバーニーに、きょとんとした瞳を向けるスノウ。
バーニーはキリッとした表情で、その視線を受け止めた。
「いいや! 機体の強化にあてる金は、戦って稼いでこそ意味があるんだ! バトル以外で稼いだあぶく銭が、お前の身になるとでも思うのか! 俺はお前のパイロットとしての成長を期待するからこそ、バトル以外で得た金を受け取るわけにはいかない!!」
「…………!!」
スノウはそのバーニーの言葉に身を震わせる。
かつての師匠のひとりの言葉に、深い感銘を受けていた。
「確かに……! バーニーの言うとおりだ! 強くなるのに、バトル以外の方法を頼ろうなんて……ボクが間違ってたよ!!」
「だろう? 危うく邪道に堕ちるところだったな、スノウ。これからも誠心誠意、戦うことに向き合うことだ。それがオマエを更なる高みへと導くだろう……!」
「うん! わかったよ、バーニー!! これからも頑張るからね!!」
腕組みするバーニーの手を取って、スノウは強く頷く。
麗しい師弟愛! その光景を見ながらディミは呟いた。
『良い言い訳を考えましたね』
「いいいいい言い訳じゃねーし!? 本当にそう思ってるし!!」
じゃあ何で動揺してんだよ。
スノウに手を握られて頬がにやけそうになってる時点でお察しじゃねーかオメー。
「……ま、次のビルドもまた考えとくわ」
「そんなに時間がかかるものなの? 前は半日ほどでやってくれてたけど……。パーツの取り寄せに時間がかかるとか?」
「んー……まあ今作る意味が薄いからな。もうちょっと苦戦を経験してからがいい」
そう言って、バーニーはポリポリと帽子の上から頭を掻いた。合わせてゆらゆらとウサミミ飾りが揺れる。
「苦境や敗北を味わうからこそ、自分に足りないものが見えてくる。そこを補強するビルドにすることで、全体的な強さが底上げされていくのさ。お前も前作じゃそうやって一歩ずつ強くなっただろう?」
「なるほど……」
バーニーの言葉に納得するスノウ。その言葉には、スノウをここまでのプレイヤーに育て上げたゲーマーの師としての重みがあった。
ただの変態じゃないんだな、とディミも密かに感心する。
『でもこれまでも結構何度かレイドボス相手に危なかったですよ? なんだかかんだ最終的には勝ててきましたけど……』
「いーや、あの程度じゃまだまだだな。いくら強かろうが、しょせんAIでしかねえわ」
バーニーはディミの言葉を一笑に付した。
「あの程度のボス、機体のスペックが上がればいずれ簡単に狩られるようになる。人間の最大の敵はAIじゃねえよ。人間にとって最大の敵はいつだって人間さ」
『騎士様以上のプレイヤーが現れる……と?』
「そりゃそうさ。シャインは最強なんかじゃねえ。【シャングリラ】の7位なんだぜ。前作ですら上に6人もいたんだ。『七翼』にもシャインを凌駕するヤツはいる。絶対にな」
『いますかね、そんな化け物みたいなプレイヤー。いるとしたら既に話題になってる気がしますが……』
「いる。単に見つかっていないだけだ。それが埋もれているのか、衆目から隠れてのかはさておき、な」
バーニーの言葉に、スノウは花が綻ぶような笑顔を浮かべる。
「そうかぁ……ボクを負かせてくれるプレイヤーがいるのか。それは……楽しみだね」
「ククッ。オマエならそう言うだろうと思ったぜ」
嬉しそうなスノウに、ニヤリと笑い返すバーニー。
その2人の笑顔に、ちょっとついていけないなあとディミは肩を竦めた。
『まあ騎士様が楽しめる相手が見つかるなら、それはそれでいいのかもしれませんね。騎士様のテクニック伝授もアレでしたし』
「あ、そうだ! それが元々の目的だったっけ!」
ディミの呟きを聞いたスノウが、眉を跳ね上げて尋ねる。
「ねえディミ、反響はどうだったの? ボクがあれだけ頑張って教えたんだから、みんなコツを掴んでくれたんじゃない?」
『え、それ訊きます……?』
「もちろん! ねえ、どうだったの? みんなの反応をダイジェストで教えて!」
口ごもるディミに向かって、期待でキラキラと輝く瞳を向けるスノウ。
『というか、配信中も思ってたんですけどなんで自分でコメント見ないんです?』
「だってぇ……なんか傷付くこと書かれてたら怖いし……」
『あー……』
もじもじするスノウを見て、ディミは察した。
スノウの内弁慶な一面が出ている。普段はテンション上がって誰彼構わず煽り倒しているが、素のスノウはとんでもなく臆病だ。戦闘中に殺気とやらを察するのも、他人の害意に敏感すぎるせいではないかとディミは疑っている。
そんなスノウが匿名のコメントのるつぼに脚を踏み入れるわけがないのだった。
『はいはい、フィルター通してわたあめみたいにふわっふわの感想投げ付けりゃいいんでしょ……』
でもなー、ダイジェストにすると……。
ディミは観念したように肩を落とし、コメント欄で一番多く見られた感想を総意として伝えた。
『えーと……みなさん、わけがわからなかった、と』
「えっ……」
感情のボルテージがみるみる落ち込み、無表情になるスノウ。
ディミはその顔を直視しないように顔をそむけ、言葉を続けた。
『何やらすごいことをしているのはわかったけど、何でそうなるのかさっぱりわからないとか。ちょっと人道的な観点からも真似ができないとか。なんか魔王みたいだったとか……メスガキかわいかったとか、ですかね……』
「…………」
肩を落としてうなだれるスノウ。
ぶっちゃけ聞き方が悪かった。
大体のプレイヤーとスノウの技量があまりにも隔絶しているのだから、一番多い感想を聞けば「わけがわからないよ」になるのは当然のこと。しかもスノウはほとんど説明らしい説明をせずに映像だけ見せているので、あれで理解しろという方が無茶であった。
だが一部のプレイヤーはそこから何らかのヒントを掴んだり、検証チームを立ち上げようとしている。注目すべきは総意ではなく、そうした上澄みなのだ。
しかしスノウ的には自分にできることは大体誰でもできうると思っているので、動画講座を配信すればすぐにみんなぱぱーっとできるようになると思っていたのだった。
(ンなわけねーだろ、お前が前作で流した血と汗の結晶がそんな簡単にマネされるような安い努力であってたまるかよ……)
バーニーは内心で呟き、ぽりぽりと頭を掻いた。
強くなるために不断の努力を欠かさない精神性。親友が持つその最大の美徳を、バーニーは密かに尊敬している。だからこそ自分の払った努力を軽視する一面があることを残念に思っていた。
しかしそれを決して指摘はしない。だって指摘したらもっとわかりやすい動画を配信しようとするかもしれないから。バーニーはこれ以上スノウを誰の目にも触れさせたくないのだ。
この
『あ、あの……。でもわからなかった人だけじゃないんですよ? みんなわからないはわからないなりに、なんとか理解しようとはしてたみたいですし! ごく一部の人には伝わったんじゃないでしょうか? 今すぐにレベルが底上げされたりはしないと思いますけど、いつか騎士様が理解される日もきますよ、きっと!』
そしてディミちゃん励ますのが下手ッ!!
事実としては確かにそうなんだけど、なんか売れない芸人に「お前のセンスって尖りすぎてて一般受けしてないよ」と遠回しに伝えるような言い方であった。
サポートAIには人の心がわからない……!
「もういい」
『えっ』
震える声で呟くスノウ。
ディミがその顔を覗き込むと、スノウは顔を真っ赤にしてぷるぷると涙目になっていた。
「もう配信なんか二度としない! ボクはあんなに恥ずかしかったのに!!」
『ええー……? でも総じて言えば、結構好評でしたよ!』
「みんなわけがわからなかったって言ってたのに!?」
『それはまあ……視聴者的にはわけがわからなくてもよかったんじゃないかと』
「どういうこと!?」
スノウには超絶プレイ動画を見てすげー!となる一般人の気持ちがわからない。何しろ国内トップクラスのゲーマーの動きを生で見せられて、じゃあ次はオマエもやってみろと無茶振りされてきたのだ。
虎太郎にとって超絶プレイとは見るものではなく、実践するものであった。
だけどそれを説明しても理解してくれないだろうなあ……。
というわけで、ディミは切り口を変えることにした。ディミ的に考えて、一番説得力があるもの……それは数字!
『でもほら、見てください! こんなに投げ銭が!! 視聴者が満足した証拠ですよ! やったぁ!!』
意気揚々とスーパーチャージしてくれた人のリストと金額を見せるディミ。
カネは……嘘をつかないッ!!
いかにもAIらしい価値基準であった。まだまだ人間の心を理解するには遠いな。
「いくらお金もらっても、テクニックが伝わらなきゃ意味ないじゃん!?」
『ええー……? この人めんどくさぁい』
「サポートAIが客に向かって言うことか!?」
『つまりそれほど高度なAIがサポートしているということですよ。神ゲーです』
「くっ、運営の手先ちゃんモードに入った……!!」
誰からもフォローを得られず、スノウはぽろぽろと泣きながら叫んだ。
「もういいもん! 二度と配信なんかしないもん! バカーーーっ!!」
こうしてスノウの初配信は大失敗に終わったのである。
……本人の中では。
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