第81話 最前線彼氏面
【シルバーメタル】の指揮官はビシッとポーズを取ってドヤ顔した瞬間に、あっさりとシャインに狙撃されて一撃で撃墜されていった。
「卑怯者ぉぉぉぉぉぉッ!! 決めポーズの瞬間を狙うなど恥を知るがいいッ!!」
「『ええ……?』」
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『なんで決めポーズの間に敵が待っててくれると思ったのか、これがわからない』
『ちょっと面白かったから、そのままほっといたらどうするのか見てみたかった』
『こんなんが上司とか可哀想』
『あいつ普通に戦ったら割と強かったんだけど。まあ倒せるときに倒さないとな』
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コメント欄もおおむね仕方ないね、という空気が漂っていた。
そんな一発キャラの勇者様だが、撃墜されてもしっかりとクランメンバーへの指示は残していく。
「殺せっ!! あの卑怯千万なクソガキをブッ殺すんだ!! 総攻撃で血祭りに挙げろぉぉぉッ!!」
だからこのメスガキ相手に頭に血を登らせたら負けだというのに。
司令塔を失っていればなおのこと、烏合の衆と化したシュバリエなど恐怖で他人を操るスノウにとっては格好の獲物である。
「あはははははははっ! どうしたの? 逃げまどうばかりじゃ勝てないよ、よわよわお兄ちゃん! ほらほら、もっと本気でかかっておいでよっ! じゃないと……ほーら、また1人捕まえたぁ♪」
「た……助けてッ!! 嫌だあああッ!!」
恐怖に引きつった顔でじたばたと暴れる【シルバーメタル】のメンバーが、シャインに頭を掴まれてまた1騎繭に包み込まれていく。
スノウはぐるりとシャインの首を巡らせると、遠巻きにその光景を見つめているシュバリエたちを値踏みするように眺めた。
「さーて、次はどのお兄ちゃんを捕まえちゃおうっかなぁ……?」
「ひ……ひいいッ……!」
その視線を受けて、蛇に睨まれた蛙のようにガタガタと震えあがるパイロットたち。
パイロットたちが恐怖と混乱に竦みあがるほど敵の動きは鈍り、シャインが繭で拘束できる数と殲滅速度は向上していく。
ある程度繭で包んだら、まとめて“ドレッドガロン”で焼いてしまえばいい。
もはやこの戦場はスノウが制圧したも同然であった。
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『夏のメスガキホラー劇場』
『そう、スノウライトは貴方の後ろに“いる”かもしれません』
『やめろ、なんか肌寒くなってきた』
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そうして意気揚々と獲物を物色していたスノウが、ふと背後を振り向きながら機体を大きく後退させた。
途端にシャインがいた場所を一迅の銀色の疾風が斬り裂く!
スウェーして初撃をかわしたシャインだが、さらに後背から斬撃が繰り出され、さすがにそちらは避けきれずに背中を切り裂かれてしまう。
「なっ……!?」
突然の攻撃を喰らい、スノウは目を細めて襲撃者の姿を探す。
気配もなく忍び寄って前方と背後からの二連の斬撃を繰り出した者の正体。
それは大小一対のブレードを握って浮遊する、2つの大きな黒い腕。
襲撃者の本体から離れて行動する両腕が、シャインに向かってさらなる斬撃を繰り出そうと飛びかかる!
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『ロケットパンチ!?』
『いや、むしろビットじゃね?』
『ほほう、あれはサテライトアームですぞ!』
『知っているのかイッチ!?』
『“
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流れるコメントを見る余裕もなく、というか最初から見てもいないのだが、スノウは油断なく迫りくる腕パーツを眺めながらちろりと下唇を舐めた。
腕パーツは流れるような動きで左右に分かれて展開すると、右腕は前方上段、左腕は後方下段からシャインに迫る!
スノウには知る由もないことだが、それはある二刀流の剣術流派において奥義とされる技。
まったく別方向から上段と下段への攻撃を行っているように感じられるという、常人には原理の把握すら不可能な必殺剣。それをこの使い手はリモコン操作の腕を使うことで再現していた。
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『どんなパーツも使い手次第です! この腕パーツの使い手、なかなかの剣術使いですぞシャイン氏ッ!』
『おい、速いぞ!? これ避けきれるのか!?』
『シャインッ! こんなのに負けたら承知しねえからなッ!!』
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“天地二段”……それは正面上段からの一撃への対処に気を取られたが最期、背後下段から迫る一撃が容赦なく脚を切り落とす絶技。歴史上、数多くの剣豪がこの技の前になすすべもなく命を落としたとされる大技である。
しかしこの技が絶大な威力を誇ったのは、まさかそんなことが生身の人間にできるわけがないという思いこみと、人間は地上にいるものという前提があってのもの。
「最初の一撃で決められなかったなら、もうタネは割れてるッ!!」
そう叫ぶとスノウは機体を急上昇させ、高速で襲い来る両腕の上へと飛び上がる。そして1秒にも満たない刹那の後、シャインがいた場所を浮遊する両腕の連撃が空振りした。
初手でスノウを仕留められなかったのならそれはスノウにとって既知の技。背後から攻撃が来ることがわかっているのなら、いかに奥義と呼ばれる絶技であろうともそれを連続で使って当たる道理はない。
いや、相手がこのメスガキでなければ連続で使っても当たるかもしれんけど。
「本体はどこだ……!?」
スノウは素早く下方に視線を巡らせて襲撃者の本体を探す。
人探しをするのに、上空から俯瞰するほど見つけやすい方法はない。
そしてそうやって探しても見つからない場合は……。
「上だねッ!!」
「チッ、勘が鋭いなッ!!」
それは、相手が自分よりさらに頭上から俯瞰しているということ!
シャインの頭上から急降下キックを繰り出そうとしていた敵機のパイロット、ゴクドーがスノウの勘の良さに舌打ちする。
振り下ろされた具足風の脚パーツの底から、電磁ブレードが青白い紫電を上げながらシャインの頭部を狙って襲い掛かる!
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『なんだそれ!?』
『こいつ剣術だけじゃなくて暗器も使うのかよ!?』
『いいですな! 両腕の剣術だけに頼らない、合理的なビルドですぞ!』
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それを瞬間的にバーニアを稼働させ、空中を蹴るような動きでシャインが宙返りして回避する。
しかしゴクドー機は猛攻を止めず、両脚の底から飛び出した電磁ブレードで連続回し蹴りを繰り出してシャインへの攻撃を狙う。まるでタップダンスのような連続キックの嵐!
生粋のインファイターならではの、射程圏内に入った相手は確実に仕留めるというなりふり構わない連続攻撃だった。
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『は、速い……! なんて攻撃速度だ……!!』
『目が追い付きませんわ……! どういう動体視力で避けてますの、これ?』
『攻撃する側も守る側もおかしいぞ、これ! 俺は避けきれる気がしねえ……』
『ちっ、シャインには分が悪い相手だな……。脚の方が単純に腕より射程が長いうえに、ブレードによるリーチもある。インファイトの間合いで投げ技を使うシャインじゃ、掴みができねえ……!』
『こいつシャイン研究の第一人者かよぉ!?』
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めっちゃ早口で言ってそうですねアッシュさん。
そんなシャインオタク筆頭の某A氏の指摘どおり、スノウは得意の投げ技を使うことができず防戦一辺倒に追い込まれていた。切れ味鋭いどころか文字通りにブレードが仕込まれたキックが、凄まじい速度でシャインを切り刻もうと襲い掛かる。
それを紙一重でかわしながらも、スノウの口元には笑みが浮かんでいた。
『き、騎士様!? そうやって笑うってことは、逆転の策があるってことですよね!?』
「いや、特にないよ!!」
『な、ないんですかッ!? それ笑ってる場合じゃないですよっ!!』
「ボク笑ってるの? まあいいや。ともかく、まだかわせてる。かわせてるってことは、これは膠着状態だってことだよ!」
『めっちゃ押されてて何言ってるんですか!?』
いつ一撃を喰らうかとハラハラして見守るディミに、スノウは視線を向けることなく笑い掛ける。
「まあ見てなよ。これは根比べだ。ボクが集中力を切らせて負けるか……それとも相手が有効打を与えられないのに焦れるか」
スノウの言葉通り、進まない攻防に焦れたのはゴクドーの方だった。
シャインの背後からこっそりと両腕が忍び寄り、陽光の反射を受けてギラリと凶悪な光を帯びる。
「はあああああッッッ!!」
気合
その誘いに乗ったが最期、背後からシャインの背中に両腕の斬撃が繰り出され、致命傷を与える凶悪なフェイントだ。
しかしスノウは、既に背後からの一撃というゴクドーの得意技を知っている!
シャインがすかさず空中でしゃがみ込むと、予想外の動きに対応できずにその頭上をゴクドー機の両腕が薙ぐ。
「くっ……何故避けられるッ!? 背後に目でもあるのかテメエはッ!?」
「キミは不意打ち一辺倒だよッ!! それじゃ見切られても仕方ないよね!!」
そう叫びながら、片足立ちになって硬直しているゴクドー機の脚の上に飛び乗ったシャインが、その勢いのままに膝蹴りをゴクドー機の頭部に叩き込む!!
『あっ……! こ、これは……スノウライト選手必殺の“
いつの間にかマイクを手にしたTシャツ姿のディミが、首に掛けた黄色いタオルを振り回しながら絶叫を上げた。
頭部への衝撃にぐらつくゴクドー機に指を突き付け、スノウが笑う。
「攻撃は臨機応変に! プロレス技で反撃されるとは思わなかっただろ?」
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『シャイニングww ウィザードwww シャインだけにwwww』
『俺はいったいいつの間に格闘マンガの世界に迷い込んでしまったんだ……。投げ技にプロレス技、わけのわからん剣技……。こんなの俺が知ってる七翼じゃない』
『こんなことできたのかよって情報が惜しみなく開陳されていく……』
『伝説の配信になるぞこれは……!』
『おいシャイン!! なんでこれまでその技を俺に見せなかった!? テメエ技を出し惜しんでんじゃねえぞ!!!』
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ふらついた頭を振り、ゴクドーが駆るシュバリエ“
黒光りする鎧具足風のそのシュバリエが他の【
一目見て誰もがわかる、大将首の証。
他の機体よりも大きな両腕には大小のブレードを携えている。このゲームには刀という種別の武器が存在しないが、これが刀ならさぞ似合うはずだ。ついでに言えば、得物が刀だったならゴクドーの中の人が現実で体得している剣術もさらなる冴えを発揮したことだろう。
デフォルメされた大きな甲冑はどこか愛嬌を感じさせながらも、そのデザインには優美さも感じられる。だが先ほど具足の先からブレードを出して襲ってきたように、どこに暗器を隠しているとも知れない危険な機体でもあった。
そんな恐るべき敵が体勢を立て直すのを、スノウはじっと見つめている。
「……何故追撃してこない?」
「いや、もったいないと思って」
訝し気に問いかけるゴクドーに、スノウは微笑みながら答える。
「もったいないだと? 何がだよ」
「決まってるじゃないか、キミの存在がだよ。キミはこの戦場で唯一の“アタリ”、それも大当たりだ。サクッと叩き潰しちゃうのはもったいない。ボクの楽しみのためにも、録れ高的にも」
そう言いながら、スノウはほうとため息を吐きながら両手を頬に当て、薄紅色に染まった頬に陶然とした笑みを浮かべた。
「ボクともっと愉しもう。いっぱいいっぱい殺し合おう?」
その笑みは、いっそ艶めかしいと表現できるものだった。
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『エッロ……!』
『なんてカオ……してやがる……!』
『ガキがしていい
『ああああああああああ!!! シャイイイイイインッ!! テメエなんて顔を見せてやがる!! 俺以外にッ、そんな顔を見せるんじゃねえええ----ッッ!!』
『あっ……この人、脳が破壊されてる……』
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そして、その笑みを向けられたゴクドーの中の人は引きつった表情を浮かべていた。
「ええぇ……冗談じゃないんですけどぉ……」
※※※※※※
結局、ゴクドーは敗北した。
背後からの奇襲は通用しないと見たゴクドーは作戦を変更して、両腕を飛ばしてシャインの機体を拘束する戦術へと切り替え。
手数重視の剣技によって多少のダメージを覚悟でインファイトに持ち込み、隙を突いてシャインを拘束。さらに腕を飛ばした後の本体側のジョイント孔に仕込まれたガトリングキャノンで至近距離からの猛攻を叩き込み、一気に削り切ろうとした。
不意打ち上等の華麗な剣術から、肉を切らせて骨を断つを地で行くなりふり構わない骨太の戦法への大胆な転換。
それはスノウの予想を大きく裏切り、だからこそスノウに大ダメージを与えられた。しかし両腕によって拘束したのがシャインの腕部分だったことが災いして、“スパイダー・プレイ”によって数秒間のスタンを喰らってしまう。
ほんの数秒もあれば、スノウが脱出するのには十分。
シャインはガトリングキャノンの一斉射撃を受ける前に桜歌をワイヤーで掴んで、得意の投げ技による落下ダメージを叩き込んで逆転勝利を収めたのである。
そしてその戦いの全体を通じて、スノウが終始極上の笑顔を浮かべていたことは言うまでもない。
地面にめり込んで微動だにしなくなった桜歌を見下ろす、傷だらけになったシャイン。そのコクピットの中で、スノウは蕩けるようなため息を吐いた。まるで美味しくて美味しくて仕方のないスイーツがなくなってしまったのを惜しむ幼い姫君のように。
「ああ……終わっちゃったぁ。ゴクドー、ね。キミの名前は覚えておくよ。本当に楽しい戦いだった。また遊ぼうね?」
『向こうは絶対にお断りだと思ってるんじゃないですかねぇ……』
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『シャインッッ!! 敵と戯れるのはやめろォォッッ!!』
『『お前が言うな』』』
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今、コメント欄のみんなの意思がひとつに!! 奇跡か!?
※※※※※※
両陣営のクランリーダーを倒したことで、敵の士気は最低に落ち込んだ。
スノウは知らないことだが、ゴクドー個人の強さは周辺のクランにも轟いており、それが凡庸な零細企業クランでしかない【桜庭組】が中規模の勢力になれた理由でもあった。
【シルバーメタル】は今回の戦いではゴクドーが最後まで大暴れするだろうと警戒していたのである。
それが一騎打ちの末に倒されたとあって、【シルバーメタル】のパイロットたちはもはやスノウに挑む気力を喪失していた。ゴクドーですら手に余るのに、その上をいく存在にどうして立ち向かえようか。
親分を倒された【桜庭組】も何故か仇討ちに来るでもなく事態を静観しているので、もうスノウに向かってくる機体がいなくなってしまった。
「うーん、もう敵はいないか。残党を倒して回ってもいいけど、これ以上は弱い者いじめになっちゃうな。それはつまらないや」
『これまでは弱い者いじめじゃなかったんですか……』
「ボクはそんなつもりないよ。そりゃ挑まれれば誰の挑戦でも受けるけど、怯える相手を蹴散らして回っちゃ可哀想だもん」
『怯えさせたの誰ですかねぇ!?』
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『あーなるほど。わかるわー』
『それじゃ動画映えもしねーしなあ』
『戦うならやっぱり強い相手がいいよな!』
『えぇ……このコメント欄の人たちどっかおかしくない……?』
『そりゃ大半が大手クランの“
『どこにもそんな動画説明なかったんですけどぉ!?』
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コメント欄をざっと眺めたディミは、ここらが潮時だろうと判断してスノウに進言した。
『騎士様、そろそろ切り時じゃないですか? もう挑んでくる相手もいないみたいですし』
「あっ……そっか、そういえば配信してたんだっけ。ゴクドーとの戦いが楽しすぎて忘れちゃってた」
『あの、騎士様。発言に気を付けてください。某A氏が発狂しすぎて面白いので』
「?」
コメント欄に絶叫が書き込まれているのを眺めて半笑いやないかディミちゃん。
そんな事情を知る由もないスノウは、改めてカメラを向けられているのを思い出してガチガチになりながら、ぎこちなく手を振った。
「え、えー、もう戦う相手もいなくなったっぽいので終わりますね! そんなわけでっ、いかがだったでしょうかー。ボクの教えたかったことがみなさんに少しでも伝わればいいな……なんて。えへへっ。そ、それじゃ楽しい『七翼』ライフを!」
ぶつんっ。
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『唐突に終わった』
『スパチャ読み上げとかしねーの?』
『まあ初配信だし、大目に見ようや』
『いやーよかったな。あまりにもすごすぎて何が何だかわからんかったが!』
『俺も。ちょっとレベル高すぎてついていけんかったが、とにかくすごいのはよーくわかった』
『空戦の回避テクニックが普通に参考になるのが解せん……。こりゃ1回見ただけじゃちょっと吸収しきれんぞ。何度も見直して検証する必要があるな。ファンクラブで検証班を結成しようぜ』
『推し認定したわ! ファンクラブなんてあるん? どうやったら入れる?』
『スノウライト
『ファンになりました、今度うちに来て罵ってください』
【メテオコメットさんが500万JCでこの配信を応援しました!!】
『配信終わってからスパチャするな』
『シャイン!! 次は俺が行くからな!! いつもこんな都合よく行くと思ってんじゃねーぞぉぉぉぉ!! ……あ、でも仕事が……』
『こんなとこガン見してっから残業終わらねえんだよぉ!』
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