第80話 コギツネメスガキグモ(学名)
【
元々勝ち目がない戦いだとわかっていた。
小さなAI開発企業を母体とする【桜庭組】は企業クランとしては中規模で、所属するプレイヤーの人数もけして多いとはいえない。
ゴクドー自身は割と腕に自信がある方だが、所属プレイヤーの多くは母体となる企業の技術者が二足の草鞋を履いている状態で、本業はともかくゲーマーとしての腕は平凡だ。
そんな【桜庭組】が、数日前にボーナスエリアを手に入れる幸運に恵まれた。たまたま所有していた特にこれといった特徴もないエリアに、ある日突然10倍ものボーナス倍率が付いたのである。
ボーナスエリアは運営が定期的にランダムで指定するエリアで、該当エリアを占拠しているクランには所持エリア数にボーナスが付く。規定エリア数を維持することでプレゼントされる“ごほうび”をもらいやすくなるので、大手クランによる争奪の対象となりやすい。
それを労せずして手に入れた【桜庭組】のクランメンバーたちは降って湧いた幸運に喜んだが、ゴクドーは喜び半分、苦々しさ半分といった気分だった。中規模クランが分不相応に所有しているボーナスエリアなど、大手クランにとっては格好のエサでしかないからだ。
ゴクドーはボーナスエリアを死守しようと即座に防衛体制を整えようと動いたが、その成果が出る前に大手クラン【シルバーメタル】が襲い掛かってきた。その戦力規模は【桜庭組】の2倍以上。
この時点でゴクドーは防衛はまず不可能だろうな、と内心で諦めていた。
ゴクドーは防衛にあたって母体となる企業から経営資金を融通してオートパイロットの防衛設備や社外からのプレイヤーの雇用を打診していたが、その成果が実る前にはあまりにも時間が足りなさすぎた。
だが相手の戦力が圧倒的に上だからといって、何もせずに逃げ出したのではメンツが立たない。だから彼はせめて一矢報いるつもりで、部下たちを総動員して勝ち目のない戦いに赴いたのだ。
そこで彼が見たのは、たった1騎で百騎以上にも及ぶシュバリエを相手どる正体不明の化け物パイロットだった。
自分を子ぎつね系配信者と名乗る
「若! 最前線の機体が全滅しやした!」
「くっそ、あのガキ……! なんて卑劣な戦い方をしやがる!!」
「散っていった連中の仇を取りやしょう!! 若、下知を! あのガキの首を獲れと命令してくだせえッ!!」
最前線にいた戦力がたちまち溶けていくのに歯噛みしながら、クランメンバーたちが威勢のいい言葉を並べ立てる。
前線の後方で指揮していたゴクドーは、部下たちの言葉を聞きながら腕を組んだ。
「いいや、手を出すな。こっちから攻めるんじゃねえ」
「若!? 何故です! まさか臆病風に吹かれやしたか!?」
「このままじゃ組の代紋が廃りやすぜ!! 散っていった奴らが浮かばれやせん!!」
「黙ってろ、ダボどもがッ!! ナメてるとブッ殺すぞッ!!」
ゴクドーの堂に入った恫喝に、周囲のクランメンバーたちが口をつぐんだ。
はぁ……、とゴクドーは眉間を揉んでコクピットの中でため息を吐く。
(こいつら、
任侠映画と戦国時代をテーマにクランの色を決めたのは、ゴクドーの個人的な趣味によるものだ。元々父親がその手の映画が好きで、彼も子供のころから一緒に見ていた。
そして自分のクランを立ち上げるときに、何かテーマがあった方がいいかと思い任侠と武家をモチーフに選んだ。武者甲冑のようなシュバリエの統一デザインも、彼が決めたものだ。
しかしまさか遊び気分で設定したロールプレイに、周囲のプレイヤーたちの方がハマってしまうとは。
どいつもこいつも率先して鉄砲玉になりたがる脳筋プレイばかりするようになってしまい、ゴクドーは密かに閉口していた。お前らリアルだとモヤシのくせに。
まあそんなリアルの事情はともかく、今は目の前の異常事態だ。
正体不明の配信者が乱入して、戦場をめっちゃめちゃにかき回している。
社運のかかった闘争を邪魔されたことと謎のパイロットの煽りに部下たちはカンカンに激怒しているが、ゴクドーは冷静だった。そもそもゴクドーにはメスガキ煽りなぞ効かない。
「あれは何もかもブッ壊す大嵐だ。だが俺たちにとっちゃ神風になるかもな」
彼はそう呟くと、部下たちに告げる。
「あいつの相手は俺がするッ! テメエら誰一人として手を出すんじゃねえぞッ!! 俺が負けてもだ、いいなッッ!!」
その言葉に、部下たちがおおおっとどよめく。
「さっすが若様だッ! 獲物は一人で狩るおつもりでしたか!!」
「そうこなくっちゃあ!! みんなの仇を取ってくだせえッッ!!」
「いよっ! 日本一!! 任侠の鑑でさあ!!」
やんややんやと盛り上がる部下たちの大喝采がゴクドーを包む。
味方の損害を抑える口実としての方便だったが、部下たちのロマンシズムは大いに満たされたようである。大将が自ら一騎打ちを申し出るとなれば、
出撃の準備をしながら、ゴクドーはひとりコクピットの中で再びため息を吐いた。
(ホント、なんでこうなっちゃったのかなあ……)
※※※※※※
両軍の敵に襲い掛かられたスノウだが、彼女には一対多で戦うための切り札があった。
ひとつは新しくミッション課題として入手したバズーカ砲“ドレッドガロン”。弾速は遅いものの広大な爆発半径を持つこの武器は、敵機が集団になればなるほど効果を発揮する。
直撃すれば即撃墜を狙えるダメージを与えられるが、さすがに弾速が遅くマトモに喰らう相手の数はそう多くはない。しかしドカンドカンと巻き起こる爆風が、範囲ダメージとしてじわじわと複数の機体にダメージを蓄積させていった。
「クッソ、こいつ! 範囲ダメージで攻めてくる気か!」
「落ち着け! 数が多い方がどうあがいても有利なんだ、数で押せ! 囲め!!」
「直撃を取られなければ撃墜はされねえッ! いくら瀕死に追い込まれても死ななけりゃ安いんだよッッ!! 俺らを甘く見るんじゃねえぞクソガキが!!」
確かにそうだ、死ななければ安い。
どれだけダメージを受けようが、機体が動くならば逆転のチャンスはある。
ただしそれは相手が尋常なプレイヤーの場合に限る。
「にっひっひ、本当にそうかなぁ?」
スノウはキツネ耳をピコピコさせて笑いながら、シャインの両腕を掲げた。白い腕にヒビのように走る漆黒の蜘蛛の巣が、ギラギラと禍々しい輝きを見せる。
そしてシャインは迫りくる敵機のうちの1騎に近付くと、素早くその頭に手を触れて腕パーツの特殊武装を発動させた。
「“スパイダー・プレイ”!」
シャインの腕部から発射された大量の糸が、みるみるうちに敵機を包み込むと繭に包んで身動きを封じる。
「な、なんだ!? 何が起こった!? 真っ暗だ!! 機体が動かない……どうなってる!? 誰か!!」
「ふふっ、ちょっとおとなしくしててね!」
これがウィドウメイカーMVP撃破報酬の腕パーツ“スパイダー・プレイ”のもうひとつの効果であり、一対多の戦いを可能にするもうひとつの要因。
接敵した敵を繭に包み、身動きを封じるという疑似的なスタン効果だ。
通常の相手には数秒で振りほどかれてしまうが、瀕死の相手に使えば数分に渡って身動きを封じ続けるという隠し効果が付与されている。
見たこともない効果に動揺して動きを鈍らせた別の機体にも接近し、さらに数騎を繭に包み込んでいく。
「た、助けて!」
「ひいっ! 繭が! な、何も見えない!!」
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『怖っ!? 何コレ!?』
『妖怪やんけ……』
『狐なのか蜘蛛なのかもうわかんねえなコレ』
『ほほー。ウィドウメイカーが使っていた、繭で敵を包む特殊攻撃ですな。なるほど、レイドボスの定員内MVP報酬はそのレイドボスの攻撃を再現できるというわけですか……? ウィドウメイカーだけなのか、他のレイドボスもそうなのか好奇心がそそられますな。まあ大体情報は秘匿するものなのですが』
『この子、手に入れたそばから情報ダダ洩れにしてるけどいいんですかね……』
『畜生、いいなあそれ!? クッソ、俺も戦ったんだから俺にもくれよ!!』
『アッシュさんはガチャ回してどうぞ』
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「こ、このっ!? 面妖な真似を……!」
「撃つな! 味方に当たるぞ!!」
ここに至り、敵機の集団は撃つ手を鈍らせた。
それは助けを求める味方の声が恐ろしく聞こえたせいでもあり、下手に撃つと流れ弾で繭に包まれた機体を攻撃してしまいそうだと判断したせいでもある。
「はい、ちゅうもーく!」
警戒した様子を見せる敵機の集団を前に、スノウは繭に包まれた敵の上に腰を下ろしながら通信を入れた。
「安心してください! 繭で包んだみなさんのお友達は無事です! 数分間放置すれば繭は溶けて自由になりますし、みなさんの手で接触すれば中から引きずり出して救出することもできますよ!」
それを聞いて、何割かのパイロットが安堵の息を漏らす。
そしてさらに何割かのパイロットは、厄介さを悟って顔を引きつらせた。
その洞察を裏付けるように、スノウはクスクスと笑う。
「でも忘れちゃダメだよ? ここには本来敵のパイロットもいるし、そのパイロットにとって瀕死の相手が身動きも取れずに転がってるなんてとってもオイシイ状況なんだってことをね。さーて、敵パイロットは見逃すなんて温情をかけてくれるかなぁ? 思い出してほしいんだけど、キミたちの本来の敵ってボクじゃないんだよねぇ♪」
スノウのその言葉に、ハッとしたようにシュバリエのカメラアイが互いを見つめる。
確かにその通り。シャインを撃墜することは、彼らの本来の勝利条件とは何ら関係ない。シャインを撃墜したところで、敵軍に負ければ何の意味もない。
そして今はたまたまシャイン憎しで共闘するような形になっているが、本来の敵がこの機に乗じて動けなくなった味方を撃墜しないとも限らないのだ。
「さあさあ、早くお友達を助けてあげないと敵にやられちゃうぞ。お兄ちゃんたち、がんばれがんばれっ♥」
そう笑いながら、シャインはさらなる犠牲者を求めて動揺する敵機に飛びかかる。
爆風ダメージが蓄積していない機体はそこにはなく、そのすべてがシャインの犠牲になりうる状況であった。
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『マ ジ 悪 魔』
『何が“魔王の寵児”だよ! 完全に魔王のやり口じゃねえか!!』
『疑心暗鬼を誘うこのムーブ……参考になるわぁ』
『いや、何の参考にもなるかこんなもん』
『スノウ……キミはちょっと不特定多数を敵に回しすぎじゃないかな?』
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「ほーら、キミも繭で包んであげるよぉ♪」
「ひいいいいいいっ! 来るなッ! 来るなああああああッ!!」
シャインが笑いながら接近すると、悲鳴を上げてシュバリエたちが逃げ惑う。
『わあー、まるで鬼ごっこみたーい……』
白目を剥いてディミが状況を端的に表現する。
まるで鬼ごっこのような光景だが、追われるシュバリエたちはガチの恐怖に苛まれてパニックに陥っていた。
そんな中でも勇気ある者はシャインを潜り抜け、仲間を助けようと繭に取り付く。
「クソッ! 今助けるぞ! 繭をこじ開ければ……!」
「よ、よせっ! 後ろ! 狙われてるッ!!」
別の仲間の叫びに振り替えると、シャインがバズーカ砲の紅い銃口をこちらに向けて照準を合わせていた。
「――――ッ」
「はい、お仲間もろともドカーンだッ!!」
硬直するシュバリエを“ドレッドガロン”の直撃が襲う。
凄まじい熱量が巻き起こり、助けようとした機体ごと爆風が包み込む。その熱量ダメージに耐えきれるわけもなく、2騎はたちまち蒸発して消え去った。
その凄惨な光景に、周囲のシュバリエたちがさらに動揺する。
放置されれば仲間を敵に撃墜されるリスクにさらし、助けようとしたら無防備になったところを自分が撃墜される。
二律背反の状況に、シュバリエたちはさらに恐怖を掻き立てられた。
ただひとつ言えることは、シャインに捕まったら最期ということ。
そしてそんな恐怖を抱えた状況で、普段通りに戦えるわけがない。
しかも敵陣営の機体がいつこちらに攻撃してくるのかもわからないのだ。
今や両軍のシュバリエたちには、シャインは圧倒的な力を持つ“
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『発想がエグすぎる……』
『各個撃破の良い的がみるみる増えていってる』
『殺さずに戦力を奪って転がしておくことで敵の脚を引っ張る……ゲリラ戦術の基本だなあ』
『自分がこの子の敵じゃなくて本当に良かったわ』
『こいつ傭兵だから、いつでも敵として現れる可能性があるんだよなぁ……』
『やだぁ! 帰ったらクランリーダーに契約してもらうように頼むぅ!』
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もはや最前線はパニックと疑心暗鬼に襲われ、両陣営の戦力は機能を麻痺させている。
恐怖を煽りながら戦場に君臨するスノウは、ちょっとあっけないなと不満げな顔になった。
「うーん、敵が弱い。これじゃ物足りないかな……」
『貴方が弱くしたんだよなぁ!?』
「でもこうも敵が弱いんじゃ動画映えしなくない? 録れ高なくて困るな」
『この上何を求めてるんですか……?』
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『いいぞ、AIちゃん! もっと言ってやって!』
『これ以上やったらガチでホラー動画じゃねえか』
『ほ~ら、意識他界他界~』
『誰か……誰かこいつを止めてくれ! 敵がかわいそうだよぉ!!』
『ああああああああ!! 今すぐ帰って乱入したいいいいいいいい!!!』
『同じ装備があっても真似できんわこれ。サラッと動きがやべーぞ』
『突然の自由落下でロックオンを切ってる……なるほど……』
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果たして戦場はこのままこのメスガキに支配されてしまうのか。
いや、そうはならない。
何故なら……!
「そこまでだ、不埒者めがッ!!」
漆黒の蜘蛛の恐怖を切り裂いて飛来する、
人の心の希望を体現するかのように、そのパイロットは叫ぶ。
「【シルバーメタル】クランリーダーが愛機、“
決めポーズを取りながらのその名のりに、コメント欄が沸騰する。
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『勇者様かオメー!?』
『逃げてー!! 逃げてーーー!!』
『勇者VS魔王! ファイッ!!』
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あ、当然瞬殺されました。勇者様が。
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