第38話 自慢の武器をここに掲げん
「「「「クワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワ!!!!!」」」」
喉を鳴らして雄叫びを上げながら、スキーレッグ装備のペンギンタンク部隊が【トリニティ】本拠地へと本日3度目の突撃を仕掛ける。
見た目はユーモラスだが、その実情はとてつもない破壊力を秘めた猛攻。
なにしろ彼らの機体は、そのスペックを装甲と砲撃能力に極振りしたガチガチの
そして本来ならば
さらにそのスペックから、機体コストが極めて高い。これはコスト差で占領判定が行われる『七翼のシュヴァリエ』では非常に優秀な占領要員となりうる。移動速度は速いがコストの低さ故に拠点占領には使いにくいフライトタイプとは正反対の、タンクタイプならではの強さを遺憾なく発揮していた。
見た目こそユーモラスだが、その機体構成は本気も本気。雪原マップにおいて、これより強力な強襲部隊は考えられない。
その強力なペンギンタンクたちが雪の上を疾走しながら、肩に背負った自慢の武器“フレアキャノン”の銃口を【トリニティ】の陣地へと向ける。高い破壊力を持つだけでなく、命中時には広範囲に延焼ダメージを撒き散らす拠点攻撃用兵装だ。
「ペンデュラム様! 突撃来ます!」
「ジルコンシールド部隊、前へ! 慌てるな、きっちり防げばそうそう落ちぬ!」
ペンデュラムの号令で、強力な耐火性能を持つ大楯を装備したシュバリエたちが陣地の矢面に立つ。その背後にはタンクタイプのシュバリエたちが陣取り、迫り来るペンギンタンクたちに照準を合わせていた。
耐火盾“ジルコンシールド”は延焼性能を持つ武器に対して、特別に高い防御性能を持つ片手武器である。
正面から受け止めることで延焼ダメージの発生を防げるだけでなく、パリィに成功すれば攻撃自体をノーダメージに抑えることが可能だ。しかしそれにはかなりの熟練度が必要とされる。
ガチガチと誰かが恐怖と緊張に奥歯を震わせた。もしも前面のシールド持ちがガードを失敗すれば、広範囲の敵に大ダメージを与えるフレアキャノンの一撃で背後のシュバリエもタダでは済まない。
いったん崩れてしまえば、そこを突かれて総崩れになってしまう可能性もある。そのときの責任を思えば、誰もが身を竦ませずにはいられない。
「案ずるな、俺が付いている」
その緊張を解したのは、シールド部隊の中心に立つペンデュラムの言葉だった。
自らも陣頭に立って皆を守りながら、ペンデュラムは心に染み入るような声色で仲間たちに語り掛ける。
「すべての責任は俺が持つ! お前たちは自分にできるベストを尽くせばいい。俺がお前たち全員を守る盾となろう! だから、俺に力を貸してくれ。お前たち全員が、俺のかけがえのない自慢の武器だ!!」
言葉に魔力が宿ることがあるならば、今がまさにそれだった。
先ほどまで重石のように身を竦ませていた緊張は嘘のように掻き消え、凛々と胸に闘志が燃え盛る。心からにじみ出るじんわりとした熱は、仮想の雪原の深い雪をも溶かすほどに全身を火照らせていた。
やってやろう。誰かがそう呟く。
戦闘力に優れたかつての仲間を引き抜かれ、弱体化してしまったペンデュラム軍。そこに残された者たちは、みな心のどこかで自信を失ってしまっていた。
逆説的な話だが、スカウトされなかった自分たちは、戦闘力がない弱い兵士だと思っていた。もちろん忠誠心と自分たちの特殊な技能には自信がある。だが、戦闘力で役に立てることはないと思っていた。だが、そうではないとペンデュラムは言う。
自分たちのことを自慢の武器だと言ってくれた。
その信頼に応えずして、どうして自らの
「フレアキャノン一斉開門!! 撃てーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!」
「ジルコンシールド構えッ!! 守り抜けえええええええーーーッッッ!!!!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」」」
ペンデュラムの配下たちの心がひとつになる。
その心の在り様は、一枚の巨大な盾に似て。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドン!!!!!!!!
九十を数える火線が【トリニティ】本拠地に殺到し、陣地にて炸裂せんとする。
そのうちの三十がパリィで弾かれ、五十が防がれ、十が防ぎきれずに後列を巻き込む爆発を引き起こす。
だがその十の穴は、すかさずさらに奥で待機していた砲兵によって埋められ、カウンターで重砲撃をお見舞いする。
もちろんシールドの後ろで構えていたタンクたちも遅れを取らない。闘志を漲らせた
ペンギンタンクたちの怒涛の猛攻を受けてなお一歩も引かない。むしろ逆に食い破らんとする闘志すら感じられる、予想以上の力強い抵抗。
逆撃の餌食となって炎に飲まれる配下たちを横目に雪原を滑走するペンギンリーダーは、予想外の展開に歯噛みした。
「くそっ……! どういうことだ!? この戦力で強襲を受けてなお、士気を維持していられるとは……!」
この重コストのアサルトスキー部隊は、まさに【鉄十字ペンギン同盟】の虎の子。雪原だからこそ可能な圧倒的なコストと砲撃の前では、どんな指揮官であっても膝を折る。攻撃を受けている途中で、これは勝てないと悟って諦めるのだ。
コストと火力の暴力はそれほどまでに絶対的な攻撃力を持っていた。
だが今回はそれがうまく機能していない。
火力での圧倒が通じていないわけではない。凄まじい火力は、じりじりと【トリニティ】の総コストを削り続けている。このままなら確実に
しかしペンデュラムと配下たちは、まるでここを死ぬ気で守り切れば光明が見えると確信しているかのように、高い士気を維持し続けている。
それが解せない。攻撃部隊をすべて呼び戻すには時間がかかるはずだ。それまでには必ず【鉄十字ペンギン同盟】が攻め落とせる自信がある。
ペンギンリーダー率いるアサルトスキー部隊は、【トリニティ】本拠地の横を滑り去っていく。このまま滑走して追撃を振り切ってから、高速でターンして別の角度から再度の突撃を仕掛けるつもりなのだ。何度も勝利をもたらした、必勝のメソッド。
彼らが向かう方向を見たペンデュラムは、ニヤリと笑顔を浮かべた。
「ようやくそっちに向かったか。ミケ! タマ! “ペンギンは海に落ちた”!」
「委細承知」
「アイアイサーだにゃ、ボス!」
雪原の上を滑走するペンギンリーダーは、ふと行く手の雪がキラリと輝いたような気がして目を細めた。
雪が陽光を反射して煌めくことも、舞い上がった氷の結晶がダイヤモンドダストとなって光を乱反射させるのもよくあること。
だが長年培ったスキーヤーとしての経験が、そこに何かを感じたのだ。
周囲に呼びかけるべきか、見過ごすべきか? だが今は攻撃の真っ最中だ。自分一人の考えでいまだ90騎を数えるこの集団に緊急停止させるのは……。
その逡巡が命取りとなった。
雪に埋もれて輝いていたのは、高密度ファイバーを寄り合わせたワイヤーロープ。
シュバリエの動きを阻害する特殊武器にも使用される透明な糸が、高速で滑走するスキーレッグに接触すればどうなるか?
「うわああああああああああああああああああああああああああッッ!?」
先頭を滑走していたペンギンのスキーレッグが切断され、加速がついたスピードをそのままに胴体より上の部分が転倒した。
「いかんっ! 全員、停止! 緊急停止しろ!!」
ペンギンリーダーが叫んだが、急停止するにはあまりにも遅すぎた。
「な、なんだ!? 何が起きたっ!?」
「うわあああああっ! よ、避けろ避けろ! スッ転ぶぞ!」
「避けろって言われても……! どこに!?」
「ペギイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!?」
止まり切れなかった数騎のペンギン兵が、スキーレッグを切断されて転倒する。
脚を切断された機体は数騎に留まったものの、後続の機体も転倒した機体を避けきれなかったものが続出し、みるみる将棋倒しを起こしていく。
「くそっ! トラップだと!? 止まれたものは転倒した機体を助け起こせ!」
「ぺぎっ!!」
配下に救護命令を出すペンギンリーダー。
残念なことに、ここで一般クランとしての弱さが出た。彼らはあくまでも一般社会に暮らすただのゲーマーである。決して企業クランのプレイヤーのように、戦闘のノウハウを叩き込まれてはいない。こうしたトラップにかかった経験も今までなかった。
だから犠牲者がブービートラップにかかった瞬間こそが最大の攻撃チャンスであり、罠にかかった側は速やかに防御態勢を整えなくてはならないという戦場のセオリーを知らなかったのだ。
「撃てーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
真っ白に塗装された十騎の騎士たちが雪原から身を起こし、コンパクトなライフルカービンを連射する。
その中にはペンデュラムの参謀……隠密のスペシャリストであるミケと、工作のエキスパートであるタマの姿も混じっていた。ワイヤーを張り巡らせたのがタマ、隠形を指揮したのがミケの手腕であることは言うまでもない。
「しまっ……!!」
腕でコクピットをガードしながら後退するペンギンリーダーをかばい、数騎のペンギン兵たちが前に出てHPゲージをみるみる減らしていく。だが、それもまた【トリニティ】側のフェイク。
「皆はリーダーは狙うな! 転んでいるやつらを狙うのだ!」
「うにゃーーーーーーっ!!! ブチまわすのにゃーーーーッ!!!」
転倒しているペンギンタンクにみるみる無数の弾痕が空く。
身動きが取れないペンギンたち数騎が炎上し、爆発。蒼く澄んだ雪原の空を焦がしていく。
そしてある程度ダメージを与えたところで、タマが銃を掲げた。
「OK、これで十分にゃ! 深追いは禁物、逃げるのにゃーーーーっ!!」
「「「おおおおおーーーーーーーーーっ!!!」」」
「ま……待てっ!! くそおおおおっ!!」
さっと踵を返し、飛翔して逃げ去る奇襲者たち。
ペンギンリーダーはブスブスと煙を上げる僚機を見渡し、歯噛みする。
動けるのは約70騎ほど。10騎は脚を切断され、10騎は転倒しているところに攻撃を受けて撃墜された。
こんなバカな、とペンギンリーダーはその被害に目を疑った。
噂に聞いていたペンデュラムの作戦とは思えない戦いぶり。
ペンデュラムはもっと正々堂々とした、自らのカリスマ性で兵を引っ張る戦い方が得意だったはず。良く言えば勇猛果敢、悪く言えば猪突猛進。部下の戦闘力が高ければ強く、低ければ与しやすい指揮官だったはずだ。
それが新たに策略を弄する知恵を得ている。これまでにも確かに策略を使ったことは何度もあるが、今回のそれは何か異質に思えた。一体何が起きたというのだ。
いや、だがまだ70騎。70騎残されている。これならまだまだ敵本拠地を襲撃するには十分な戦力だ。多少策略を弄されたところで……!
そのとき、配下から通信が入った。【鉄十字ペンギン同盟】本拠地に残してきた防衛部隊だ。ホログラム通信を受諾するかを尋ねるボタンに何か言い知れない不吉なものを感じたペンギンリーダーは、しばしそれを凝視する。
……やがて諦めたように押される受諾ボタン。
「た、大変ですリーダー! 本拠地が! 本拠地が襲撃されています!」
「なんだって?」
ペンギンリーダーは背後を振り返り、【トリニティ】の本拠地に目を向ける。
「【トリニティ】の本拠地が、ではなく? 我々の本拠地が?」
「我々の、ですっ! し、信じがたいことに……真っ白な、気持ち悪いぐにゃぐにゃ軌道をした変な機体が……たった1騎で! たった1騎で攻め込んできてます!」
「1騎!? バカか! そんなものわざわざ報告してくるやつがあるか! すぐ撃ち落とせばいいだろう!!」
たまにトチ狂った新人が、援護もなくたった1騎で敵陣に飛び込んでいくことはよくあることだ。もっともこのゲームはそんな甘いゲームではない。そんな無謀な吶喊はあっさりと数の力でねじ伏せられる。
たとえ【鉄十字ペンギン同盟】の主力が、【トリニティ】本拠地の攻撃部隊としてここに集められていたとしても。
大コストのガチタンクが軒並みここに集結しているため、【鉄十字ペンギン同盟】の本拠地には低コスト機体しかいないとしても。
まだまだ多くのフライトタイプとガンナータイプが防衛しているのだから、負けることなど絶対にあるはずが。
「それが……負けています!」
「……は?」
「ま、負けているんですよ……! すさまじい強さのエース機……い、いやエースじゃない。そもそも【無所属】カラーの……な、なんだ? なんだこれは!? なんなんだよ、こいつはぁ!! うわああああああああ!!」
「お、おい! 落ち着け!! 詳しい情報を……」
ブツン、と音を立てて通信が切断される。
通信相手が撃墜されたのだ。
何かわからないが、とにかく異様なことが起きている。
息を飲むペンギンリーダーの元に、新たに届くホログラム通信。
……ペンデュラムから。
震える手で受諾すると、黒髪の美丈夫がコクピットで長い脚を組みながら出現する。その表情は、歯をきらめかせるような自信にあふれた笑みを浮かべていた。
「やあ、皇帝ペンギンくん。もうそちらに報告が届いているかもしれんが……諸君らの本拠地は今、我々の攻撃にさらされている。まもなく陥落するだろう」
「ば……馬鹿な!? そちらの攻撃部隊が我々の本拠地に到達するには、まだまだ時間がかかるはず!」
「そんなことはないよ。諸君らとてひっそりと我々の後背に忍び寄ったではないか。こちらも同じことができないと言えるのかね」
「…………ッ。そうか、傭兵……。三日前の戦闘で、腕利きの傭兵が【氷獄狼(フェンリル)】を1騎で壊滅させたと聞いた。誤情報だと思っていたが……」
「ああ、俺が最も信頼する“
ククッと喉の奥で笑うペンデュラムの表情で、ペンギンリーダーは彼が何を意図しているのか悟る。
だが、それは……勝機を自ら手放すことに等しい。このアサルトスキー部隊による強襲は、奇襲だからこそ意味がある1回こっきりの必勝策。決して2度は通じまい。
そしてこの高コストのガチタン部隊がデスワープした場合、総コストへのダメージは計り知れない。最悪、そのダメージで総コストが尽き、敗北する可能性すらある。
そう、これこそがスノウが提案して、ペンデュラムがその意図を察した逆転の一手。相手のコストの高さを逆に利用し、同じく本拠地強襲という手段を以て命脈を断つ。
ペンギンリーダーは屈辱に震えながら、奥歯を食いしばる。
取りたくない。絶対に
それを避けるためならば、致し方ない……!
「……総員、
「ペギーーーーーーーッ……」
苦渋の宣言をしたペンギンリーダーのHPゲージがゼロになり、光の粒子となって分解されていく。それに続き、次々とペンギン兵たちが後を追う。
ペンギンリーダーとの通信が途切れたのを見ると、ペンデュラムは息を吐いてコクピットシートに背中を預けた。
「悪いが、チェックメイトだ」
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