第62話 白雪姫VSオオカミさん

 アッシュの狙撃用ビームライフルによってスカルへの強襲を阻まれたシャインは、即座に離脱を選択して上空へと飛翔する。

 強襲は一撃でターゲットを仕留めるから意味があるのであり、失敗してしまえばそこは敵に包囲された死地でしかない。



「逃がすかよぉ!!」



 一方でアッシュは狙撃用ビームライフルをアサルトライフルに持ち替え、シャインを追って急上昇する。

 上昇しながらエイムアシストを入れず、ライフルで正確に追撃してくる。


 それをランダムな軌道で動いて回避しながら、スノウはHUDの真っ赤なアラート表示を睨み付けた。



『騎士様、HPが残り30%! 危険です!』


「くそっ、かなりダメージがでかいな……」



 被弾した箇所がビームで焼け焦げ、バチバチと火花を上げていた。

 先ほどのの一撃のダメージは相当に大きい。

 まさか味方を傘にして身を隠し、さらにその味方機を貫通して狙撃をしてくるとは。大出力のビームライフルだからこそできる奇手。完全にスノウの考慮の外にあった。



 上空へと舞い上がったスノウは、上昇を止めて水平軌道に切り替えながら180度ターンして追って来たアッシュに向き直る。

 さあどうする……?


 残りHP30%の範囲でダメージを抑えて、アッシュを撃墜するか。しかし最近のアッシュはやたらと腕を上げており、たまにスマッシュヒットを入れてくることがある。

 元より自爆はするつもりだったのだし、リスポーン地点も近いのだから別に撃墜されること自体は構わない。しかし敵中枢まで来たのだから、なんとしても総指揮官のスカルは討ち取っておきたかった。


 ……よし、こうしよう。



「やあ、アッシュ。まさか待ち伏せしてくるとは思わなかったよ。さすがに飼い犬に落ちぶれただけのことはあるね、“待て”が上手になったじゃないか。次は何を見せてくれるのかな? “3回回ってワン”かい? わんわんわーん♥」



 とりあえず挑発である。

 相手をイラつかせてミスを誘う、口先三寸でそんなデカい効果を狙えるのならやらない手はない。


 煽りに弱いアッシュはビキビキとこめかみに青筋を浮かべたが、飛びかかるのを自制して距離を保っている。

 すぐに接近戦を挑んでくると見ていたスノウは、いつでもブレードを抜けるように身構えていた指を震わせた。予想をスカされ、はやる指が誤動作したのだ。



「抜かしな小娘! うかうかと飛びこみゃしねえよ! あと少し削り切れば俺の勝ちなんだからなぁ!!」



 そう言い返しながら、アッシュは中距離を保ってアサルトライフルでの削りを狙ってくる。空を疾走しながら、エイムアシストなしで狙ってくる正確な射撃。


 日に日に精度を増していくアッシュの射撃を避け、カウンターで“ミーディアム”の一撃を叩き込む。

 しかし連射が利かないビームライフルの軌道はアッシュに読まれている。既にこのビームライフルで何度も何度も撃墜されてきたアッシュには、もう単発の射撃は通じないのかもしれなかった。


 シャインとの戦いを繰り広げるブラックハウルは、他の【氷獄狼フェンリル】とは違って重力制御飛行できるレッグパーツを使っていない。あくまでもこれまでの【氷獄狼】が採用していた武器とパーツだけを使用していた。

 そんな彼こそが、【トリニティ】からの技術供与を受けたパーツに飛びついた有象無象よりも格段に手ごわい。


 スノウは強張った笑みを浮かべる。額からは我知らず、一筋の汗が垂れていた。



「おいおい随分悠長じゃないかアッシュ! そんなにのんびりとボクと遊んでていいのかな? ボクの役目はキミたちの足止めなんだ。ちんたらやってちゃ、レイドボスをおサルさんたちに食われちゃうぞ!」


「フン、そりゃこっちのセリフだぜ」



 アッシュはニタリと笑い、尖った犬歯をぎらつかせた。



「テメエこそ俺に構ってていいのかぁ? とっとと他の連中を落とさなきゃ、【騎士猿ナイトオブエイプ】が負けちまうぜ! ハハッ、俺としちゃ今日はずっとこうしてテメエと遊んでても構わねえんだけどよぉ!!」


「なるほどね、そっちの狙いも足止めってわけか……!」



 【氷獄狼】の足止めをするスノウと、そのスノウを足止めするアッシュ。

 まるでループしているような不思議な構図だが、言えることはただひとつ。

 このまま延々とアッシュの相手をさせられているのは確実にまずい。


 このまま中距離戦を続けていても千日手だ。何らかの手段を使ってアッシュとスカルを撃墜しなくてはならないが、さてどうする。

 スノウはアッシュとの牽制合戦の合間に、素早く周囲に目を走らせる。


 眼下には【氷獄狼】と【騎士猿】が入り乱れて混戦を繰り広げており、地形はほぼすべて平坦な岩肌と岩塊だけ。もう少し奥に行けば谷が見えるが、ここには使えそうなギミックは見当たらない。

 中距離戦はダメ、ギミックもないとなれば接近戦に持ち込むしかないが……。


 スノウはやりたくないぁと小さく呟く。



「でもやるしかないか……!」



 覚悟を決めたスノウは“ミーディアム”を撃った後、タップダンスのようにくるりと自機を回転させながらバーニアをフル稼働。

 飛翔するビームの後を追いかけながらブラックハウルへの突撃を敢行する。空中を疾走しながら青白い燐光を放つ高振動ブレードを抜き放ち、すれ違いざまのダッシュ斬りを狙う。



「いかん、シャインは接近戦が強い! 退け、アッシュ!!」



 総指揮官という立場から戦闘に加われず、アッシュとスノウの戦いを見守っていたスカルがアッシュに警告を叫ぶ。



「いいや、退かねえよッ!!」



 だがアッシュはギラリと瞳を獰猛に輝かせると、ブラックハウルを後退させることなく、むしろ前進させた。その手に握るのは接近戦用の武器、エレクトリックハンマー。相手に打撃ダメージと共に電撃を流し、機体をスタンさせる課金武器だ。


 握るだけで電光の火花を飛び散らせたその武器の危険性を察知して、スノウがひりついた笑みを浮かべる。恐らくあの武器で一撃を受ければ、こっちが撃墜される。



『騎士様、このまま突っ込んでも相討ち……いえ、一撃で致命傷を与えられなければ騎士様が撃墜されますよ!!』


「わかってるよ……!」



 ディミの警告を受けながらも、スノウはブラックハウルへの突撃を止めない。ブレードを抜き撃つ体勢のまま、待ち受けるブラックハウルにシャインが迫る!



「アッシュ!!」


「シャインッ!!」



 ブラックハウルに向けて一直線にダッシュしていたシャインが、重力を弱めつつバーニアの方向を斜め上に向けて急展開。不意に軌道を変え、空中で跳躍!

 ブラックハウルの頭上をわずかに飛び越え、その背後へと向かう。交差するその瞬間、コクピット越しにアッシュと直接目が合ったような気がした。


 ブラックハウルの背面に降り立ったシャインは、即座にその背中へと高振動ブレードの抜き撃ちを叩き込む。

 これがアッシュの一撃を喰らうわけにはいかなかったスノウの選択。ブラックハウルの頭上を飛び越え、背後からの一撃でカタを付ける!


 しかしブラックハウルはハンマーを振るうどころかそれを投げ捨て、ブレードを抜こうとしたシャインの腕を掴んでいた。



「なっ……!?」


「アッシュ! 手を放せ、投げられるぞ!!」


「いいや、投げられねえな」



 アッシュはニッと笑みを浮かべながら、スカルの警告を否定する。



「おいシャイン、いつものあの範囲がクソ広えバズーカレッドガロンはどうした? さっきスカルを襲ったとき、使ってなかったよなあ。今日に限ってお気に入りの武器を使わないのはなんでだ? ……使えないんだろ?」


「…………」


「そうだよなあ? 今日は【関節強化】を積んでねえんだ。だからヘビーウェポンは使えないし、お得意の投げもできねえ。んん? 違うかい?」



 ねっとりと糸を引くように優しい口調でアッシュは問いかける。まるで老婆のふりをして赤ずきんに語り掛ける狼のように。


 図星だった。

 OP【自爆】のコストは2。OPコストが3しかないシャインでは、OP【関節強化】を外すしかなかったのだ。だから今日のシャインは、“レッドガロン”も投げ技も使うことができない。

 そしてスノウの接近戦でのアドバンテージは、投げ技の存在によるところが大きい。だからこそ投げ技を封じられた今の状況で接近戦は避けたかったのだ。


 ブラックハウルは黒く強靭な腕でシャインの右腕を掴み、ブレードを振らせようとしない。投げ技もブレードも封じられた絶対的な危機で、シャインが笑う。



「でもまだ1本手が残ってるな!」



 シャインが突き出した左腕がショットガンを握る。

 その照準は、至近距離でこちらを見つめる魔狼の頭部に。その喉へと直接散弾を叩き込もうと、シャインが引き金を引いた。

 その瞬間。


 ブラックハウルの頭部が凄まじい速度で展開し、まるで質量が何倍にもなったかのように大きく膨らむ。まるで狼が牙を剥いたかのように、凶悪な輝きを放つ電磁ソーが火花を散らして犠牲者を睨んだ。



「忘れるなよシャイン。狼ってのは……本来かじり喰らうものなんだぜッ!!」



 ブラックハウルの顎がシャインの左腕をショットガンごと噛み砕く!

 メキメキと音を立てて、シャインの左腕がひしゃげた。



「うわああああああああああああああッ!?」



 捕食される恐怖に、スノウが絶叫を上げる。

 このゲームを始めて以来、これほどの負の感情を受けたことはない。生物としての生理的な反応が、スノウに叫びを上げさせていた。



『ひ、左腕の反応をロスト! ショットガンも失われました!』


「悪いなぁ、シャイン。これまで投げられっぱなしで見せたことはなかったな。本当は俺も近接戦が得意なのさ!」



 極上の肉を味わうかのように、ブラックハウルの大顎がシャインの左腕をもぐもぐと咀嚼そしゃくする。

 自機を手足のように使いこなせるだけに、スノウは本物の腕を食われたような錯覚に襲われ、恐怖に引きつった顔で目尻に涙を浮かべていた。



「ああ、その顔だ。その怯える顔がずっとずっと見たかったんだ……」



 アッシュはホログラム越しに、怯えるスノウを恍惚の表情で見つめる。



「さーて次はどこを齧り取ってやろうかな? 頭にするか、腕にするか。その真っ白なあんよもうまそうだ……」


『き、騎士様、しっかりしてください! それは本当の腕じゃないですよ!』



 慌てるディミがぽかぽかとスノウの頭を叩いて正気に戻そうとするが、スノウの反応はない。



『早くなんとかしなきゃ……ああ、でもどうすれば……!』


「よし、次は右腕にすっか。そのブレードは危険だもんなあ!」


『わわわわわわわ! た、食べられるのはいやーーーー!! 狼に食べられて死んだAIなんて前代未聞なんですけどーー!!』



 シャインの左腕をごくりと飲み込んだブラックハウルを前に、頭を抱えてあわあわするディミ。

 その混乱がスノウに伝わったのか、彼女は白く長い指先で目尻の雫を拭うと顔を起こす。スノウは他人が混乱すると、むしろ逆に冷静になるタチである。その視線は、じっとブラックハウルの大顎に向けられていた。



「あのさ。気になったんだけど、今【自爆】を装備してるよね」


『へっ? 【自爆】……ああ、そうですね! 騎士様、今こそ切りどきですよ! 潔く自爆する方が、狼に食われて死ぬよりマシですしねっ!!』


「いや、そうじゃなくて」



 スノウは小首を傾げた。



「【自爆】ってどこが爆発するんだと思う?」


『え……そりゃジェネレーターじゃないですか。ジェネレーターがオーバーロードして爆発するものだと相場が決まってますよね』


「OPの説明にはそう書いてなかったと思うんだよね」


『ええっと……今そんな悠長なこと言ってる場合じゃないですけど……』



 そう言いながら、ディミはOPの説明文に目を通した。



==================

【装備オプションパーツ】



〇【自爆】


装備パーツを任意に起爆させ、周囲に大ダメージを与える。

与えるダメージはパーツの生産コストによる。


装備コスト・2

==================



『……確かにジェネレーターとは書いてませんね』


「そうだよね。『装備パーツを任意に起爆』ということは、起爆させるかだけではなく起爆するのかも任意に選べるってことだもんね」


 そう言いながらスノウはホログラム越しにアッシュに笑い掛ける。

 その目尻にはまだ涙が残っていたが、笑顔は不敵さに溢れていた。



「アッシュ、そっちこそ忘れてるんじゃない? 童話のオオカミさんっていうのは、獲物を食べた後で腹が裂けるのがお約束だよ」


「は……!?」



 そう言ってスノウはお姫様スノウホワイトのように可憐な笑みを浮かべつつ、あんぐりと大顎を開けたアッシュオオカミに人差し指を突き付けた。



「ばぁーん☆」



 ブラックハウルの腹の中で、粉々になったシャインの左腕が爆発した。

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