第61話 ダンサー・ウィズ・ウルブズ

今日も定時に間に合いませんでした。うごご……。

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 “黒鋼クロガネ峡谷”は深く入り組んだ谷から成っており、その名が示す通り無数の鉄鉱石の結晶が峡谷の壁面に埋もれているエリアである。採掘すれば素材が得られるが、このエリアで採掘するような命知らずはいない。


 そもそも現在の峡谷の壁面はそのほとんどが白い粘液に覆われており、どこが鉄鉱石なのやら見当もつかない。地面や壁には時折膨らんだ粘液が白い繭を形成しており、その大きさは5メートルを優に超える。


 壁面と壁面の間には時折粘液の糸が張り巡らされており、これには決して触れてはならないというのが峡谷を進む者の常識である。

 この糸は高感度のセンサーとなっており、触れたが最後、繭から飛び出してきた機械の子蜘蛛にたかられて撃墜される羽目になるだろう。



 “強欲グリード黒鋼の鉄蜘蛛ウィドウメイカー”。


 無数の子蜘蛛を撒き散らす、黒鋼峡谷の女王蜘蛛。

 恐らく黒後家蜘蛛ブラックウィドウ死傷兵器ウィドウメイカーのダブルミーニングで名付けられたと思しきこの怪物は、上位レイドボスの中でも未だ撃墜報告が上がっていない強敵である。


 これまで難攻不落と呼ばれた理由は主に3つ。

 堅牢な装甲を持っており、ダメージがほとんど通らないこと。

 無数の子蜘蛛を生み出すことができ、多くの機体による力押しに対して極めて強いこと。

 そして数多くのセンサーに守られた峡谷の奥深くという、非常に攻めづらい地形を根城にしていることである。


 多人数による力押しでなら倒せるレイドボスはいくらでも存在する。しかしこのレイドボスの仕様は、なんとしても力押しの勝利を封じようという底意地の悪さを感じられた。

 故にこの谷に棲まうは、人知の及ばない死の怪物。リリースから半年を待たずして禁足地として知れ渡るようになったのも無理からぬことであった。


 そんな立ち入る者すべてに死を与える峡谷を、今30騎の機体が往く。




「いやあ、絶好のハイキング日和ですね!」



 そんな呑気なことを言うのは、彼らのリーダーであるチンパンジー1号氏である。

 そこから少し離れた位置を飛ぶ副クランリーダーのネメシスは、仏頂面のまま鼻歌など歌っていた。7人の小人が仲良く行進するときに歌うあの曲である。


 はい、緊張感さんが死んだ! 今死んだよ!



「よ、余裕ぶっこきすぎじゃありませんかね?」



 一行の中でもチンパン度が低い1人が、心底肝を冷やした顔で言った。

 何しろ張り巡らされている無数の糸の1本にでもひっかかれば、即座に鋼鉄の子蜘蛛が押し寄せてくるのだ。1体相手にするのですらシュバリエ1騎を持っていかれかねない殺人機械オートマタである。

 それが何百何千と襲ってくれば、30騎の集団などひとたまりもないだろう。



「まあ肩の力抜けし。そんなガチガチだと、かえって引っかかっちゃうよ」



 彼が属する遊撃部隊の小隊長、メルティショコラが気楽な口調で言う。口にくわえたポップキャンディの棒がぷらぷらと揺れた。



「し、しかし……」


「何しろウチら、こんなところ何回も飛んでるし。もう庭みたいなもんだよ」


「まったくその通りです」



 1号氏が2人の会話に割り込み、ショコラを肯定しながら明るい笑い声を上げた。



「ははは! 我々先達が何度このルートを通って全滅してきていると思っているのですか。10や20では利きませんぞ?」


「それは20回以上やっても一度も生き延びられなかったということなのでは……?」


「そうとも言いますね、わはは!」



 脳内麻薬エンドルフィンが常人の5倍出てんのか? と疑うくらいに明るく笑う1号氏。



「まあそれだけの経験が蓄積しているということですよ。死にゲーを攻略するときの必需品ですな! 必要なのは死んだ経験、そしてそれを材料に考える頭ですとも」


「は、はぁ……」



 眼鏡を光らせながら陽気に笑う1号氏の言葉を聞いているうちに、チンパン度の低い新入りはなんだかびくついているのが馬鹿らしくなってきた。



「お、いいじゃん。肩の力抜けてきたね」


「ええ、まあ……」



 そんな新入りの顔を見て、ショコラが薄く微笑む。



「よしよし、可能な限りウチのお尻をバッチリついてくんだよ。ウチと同じ軌道で飛べば糸に引っかかることはないからね」


「アイ・マム」



 ショコラの隊の誰かが、ぼそっと呟いた。



「ギャルっぽい子が不意に優しくしてくれたときって、ママみ感じない?」


「わかる。普段女の子に冷遇されてると、思わず勘違いしちゃう」


「ちょっとそこぉ! 聞こえてんだからね! 勝手なこと言うなし!」



 顔を赤くしたショコラが、がーっと叫び返す。



アイアイ、マムはーいママ


「わかってますよマム」


「くっそこいつら……」



 ショコラ隊の他のメンバーは、上司に軽口を叩く余裕があるようだ。結構なことである。

 そのやりとりを聞きながら、ネメシス隊のメンバーがぼやく。



「遊撃隊はいいよなあ、あんな可愛い反応してくれる上司がいて。ネメシス姉さん、僕らにももっと優しくしてくれたっていいんですよ?」


「ほう? 死闘の前に無駄口を叩く元気があってよろしい。今すぐこの銃で口を2つにしてあげましょうか。さぞおしゃべりしやすくなるでしょう」



 薄く微笑みながら目だけは笑わないネメシスに、部下たちが苦笑いを浮かべた。



「ノーサンキュです」


「あーおっかねえ。銃を握ってるときは氷の女だわ」


「イイ……」



 陽気におしゃべりしながらも、彼らは触れれば死を呼ぶ蜘蛛の糸を慎重に潜り抜けていく。

 “どんなときも楽しく遊ぶ”。1号氏がこのクランを設立してから、その身を模範として示し続けてきた精神がクランメンバーの中に息づいていた。

 その様子を見ながら、1号氏は頬を緩める。


 クランメンバーたちの士気は高い。子蜘蛛および敵クランを水際で食い止めるために編入した、予備の16人も含めて今度こそ勝てると信じている。

 これまでの全滅を元に集めたデータ通りならば、戦力的にも抗えるはずだ。


 あとは敵クランの侵入をいかに防ぎ、強力な決戦兵器を届けるか。



「頼みましたぞ、シャイン氏」



 1号氏は彼が知る限りで最強のパイロットの仇名を、まるで祈るかのように呟いた。




※※※※※※




 “黒鋼峡谷”の入り口付近では、【騎士猿ナイトオブエイプ】所属の50騎のシュバリエが守りを固めていた。彼らの任務は峡谷の入り口付近にある攻略拠点の死守である。

 撃墜されても持ち込んだ修理用物資を消費して攻略拠点からのリスポーンが可能なので、その防衛の層は50騎という見た目の数以上に厚い。


 しかしそれは攻め寄せる敵クランにとっても同じことである。攻略拠点にタッチしてリスポーン地点を設定できれば、彼らは自分たちが持ち込んだ物資を消費して復活が可能となるのだ。

 あまつさえ攻略拠点には、今回のレイドボス戦で最重要となるストライクフレームが設置されている。


 なんとしても攻略拠点に敵を近付けないことが、彼らにとって最重要の命題だった。


 そして今、150騎に及ぶ【氷獄狼】のシュバリエが峡谷に向けて殺到する。



 スノウは後方から“ミーディアム長距離ビーム砲”を発射して【氷獄狼】の機体を撃ち落としながら、【騎士猿】たちの悲鳴を聞く。



「くそっ! 【氷獄狼】の連中、がっつり機体強化してきてやがる!!」


「なんだあの慣性を無視した動き!? エイムアシストが対応できない!!」


「落ち着け、手動で狙え! 何騎か墜としてデータを収集すればエイムアシストがアップデートされるはずだ! ……ぐああああああっ!?」



 彼らの言葉通り、【氷獄狼】の機体は2カ月前とはまるで別物だった。


 武器の火力は上がり、その種類も大幅に増えている。元より【氷獄狼】の機体はまるで統一が取れておらず、プレイヤーによって外見も武装もまちまちだったが、新技術の導入によってその傾向はさらに上がっている。


 それは統率の取れた行動がやりにくいということでもあるが、使われる武器が多様であるが故に対策を取りづらいということでもあった。

 特にこうした乱戦は【氷獄狼】にとって得意の戦場である。


 一方、【騎士猿】の機体は自由にやるというクランのモットーとは裏腹に、銃士をモチーフにした統一感のあるデザインが採用されている。おそらく1号氏かネメシスあたりが、統一のとれた銃士スタイルってかっこよくない? とロマンを炸裂させたのだろう。

 マントを翻して軽装で身軽に立ち回る彼らは、一撃離脱や集団で銃を並べての一斉射撃を得意とするが、こうした死守命令にはあまり向いていなかった。



「オラオラオラオラァ!! もっと突っ込め!! 相手の陣形に穴を作って浸透するんだよッ!! 命を惜しむな、どうせてめえらの命なんざクソみたいな価値しかねえんだ! せめて有効に使って一華咲かせて散れやぁッッ!!」


「「応ッ!! ヒャッハアアアアアアアアーーーーッ!!」」



 ドクロの頭部に巨大な数珠を首から下げ、肩にはスパイクを生やした大きな体躯の指揮官機が叫ぶ。血髑髏スカルが駆る機体、“ヘッドバッシャー”。

 その数珠なんなんですか。本当にお寺の関係者じゃないんですよね?


 派手に戦って死ねという命令を受けて、配下のチンピラプレイヤーたちは嬉々として【騎士猿】に特攻ブッコんで諸共に撃墜されていく。

 炸薬を詰め込んだ釘バットが唸りを挙げて銃士の首を叩き潰し、別の銃士がチンピラプレイヤーの頭部を撃ち抜き、その銃士の体を別のチンピラのショットガンが引き裂く。


 熱に浮かされたように死に急ぐ、チンピラプレイヤーの群れ。

 思わずそう感じずにはいられないのは【氷獄狼】の中に混じっている一部のプレイヤーのせいだった。



「【氷獄狼】万歳! 【トリニティ】万歳! ヘドバンバンザァァァァイ!!!」


「俺らの死が【氷獄狼】の未来を創るんだ! ウハハハハハハハーーーッ!!」


「カイザー様のために命を捧げろォッ!! 喜んで死ねえッッッ!!」



 まるで宗教的な熱狂に憑かれたかのように、誰よりも先陣を切って死地に飛び込んでいく彼ら。【騎士猿】を道連れに撃墜されていくたびに、別の狂信者が歓喜の雄叫びを上げる。その興奮はヘドバンのシンパではない者にも伝播し、集団が異常な狂奔へと駆り立てられつつあった。


 その情熱を目にした【騎士猿】は、思わず気圧されてしまう。

 一言で言えばドン引きであった。

 これまでも【氷獄狼】は大概頭がおかしい連中ではあったが、それはあくまでも良識がなくなっているという意味である。こんな異常なテンションの自殺志願者の集団ではない。


 命を惜しまずに突撃してくる死兵に、分不相応な武力供与。日本の歴史で言えば、まるで加賀一向一揆のような危険な集団が誕生していた。



「な、なんだこいつら……。どうなってるんだ……」



 【騎士猿】のひとりが、怯えた声を上げる。


 まずいな、とスノウは表情を歪ませた。



「何だか知らないけど、相手のテンションが異常に上がってる。このままじゃ向こうのペースに飲まれるな……」


『どうします、騎士様?』


「決まってる。盤面をコントロールするしかないでしょ!」



 そう言い返して、スノウは後列から最前線へと飛び出す。

 白銀の機体が、太陽の反射で煌めいた。

 その光に引き寄せられるように、数騎のチンピラたちがシャインに殺到する。



「ヒャッハァ!! お嬢ちゃんがのこのこ出てきやがったゼェーーッ!! 」


「ウハハハハハハハーーーッ!! 死ね! 死ね! 死ねェェェェッ!!」



 しかしあまりにも眩しい光源に近付く者は、その身を光に焼かれるのが定め。

 その反応を見越して発射されたバズーカの一撃が、チンピラたちをまとめて爆炎に包み込む。


 だが爆炎にまかれた者すべてが撃墜されたわけではない。後ろの方にいた機体は他の機体がうまく風よけになって即撃墜を免れた。シャイン愛用の“レッドガロン”ならば一網打尽にできただろうが、今回持ち込んだのは火力控えめの代替品だ。

 彼は焦げ付いた腕を動かして青く輝くブレードを抜刀すると、シャインに挑みかかる。



「ぐああああっ!! ク、クソッ! せめて道連れに……!」


「キミだけで行きなよ」



 即撃墜を免れる機体がいるまでが、スノウの予想の範囲内。いや、あえて撃墜させない機体を作っていたのだ。

 その腕をねじり上げてブレードを奪い取ると、返す刀でトドメの一撃をくれてやる。南無三!



「おっと、これはいつだったかペンデュラムにもらった万能工具じゃないか」



 何でもスパスパ切れるし硬い床も掘り進める青白い刀身をヒュンヒュンと振り回し、スノウは久々のカンを取り戻す。



『高振動ブレードは工具じゃないんだよなぁ……』


「ナントカとハサミは使いようって言うだろう? 使う人が使えば立派な工具さ」


『なるほど、ナントカに刃物と言いますからね。さすがナントカな方は言うことが違うなぁ』


「今回は周囲の敵の方が頭おかしいから、ボクは相対的にマトモと言えるね」


『私から見れば絶対的に貴方がおかしいですよ』



 そんなやり取りを交わしながら、シャインは高振動ブレードの光る刃をきらめかせて他の敵へと躍りかかる。


 抜けば玉散る氷の刃! ブレードが青白い光の軌跡を描き、威圧的なスパイクで装飾した敵機体をいともたやすく切り裂いていく。


 慌てて周囲にいた機体が銃の照準を向けようとするが、シャインは敵の群れの合間を踊るようにスイスイとすり抜けていくのでうまく狙いを付けられない。あまりにも乱戦になりすぎて、外せば味方を誤射フレンドリーファイアする状況なのだ。



「おっとっと、味方に当たっちゃうぞ! いいのかな?」


「こ、このガキ……!!」



 スノウの警告とも挑発ともつかない煽りを受けながら、敵が銃口をさまよわせる。しかしそれはあまりにも愚かな行為だ。

 猛獣を前にして撃つのをためらうなど、殺してくださいと言っているようなもの。シャインの無慈悲な剣閃が、その敵を袈裟掛けに斬りつけながら通り過ぎていく。



「あっはっはー♪ 踊り子さんには手を触れないでください~♥」



 シャインは歌うように煽りながら、次々と敵を切りつけてダメージを与え続けていく。


 その様子を遠くから見たスカルが、焦れたように叫んだ。



「馬鹿どもッ、何やってんだ! 撃てッ! 味方もろとも撃てッ!!」


「だ、だけどフレンドリーファイアが……」


「いいんだよ、死ねッ! 味方ごと死にさらせッ!! シャインを潰せりゃ死んだ味方ごと大金星だろうがッ!!」



 そもそもなんで至近距離で銃なんか使ってんだ、あのアホども……! とスカルは歯噛みしながら叫んだ。

 もっともな指示である。

 ハッとしたチンピラどもがシャインに向けて釘バットを、コンバットライフルを、ショットガンを、それぞれの獲物を構えて味方もろともに襲い掛かろうとする。


 しかしいくら何でもその指示は遅すぎた。

 シャインが攻撃しようとした1騎の腕を斬り落とし、ショットガンをすり取る。



「あっ! この野郎ッ……」


「おっといいもの持ってんじゃん! お兄さん、これもらっちゃうねッ♥」


 そう言いながら、シャインがショットガンを敵騎の群れに向けて乱射した。一発あたりのダメージは少ないショットガンといえども、それまでにダメージが蓄積されていればそれは敵を撃墜するトドメの一撃をなりうる。


 剣の舞でダメージを蓄積させた数騎をまとめて葬り、シャインが上空へと飛翔する。



「アハッ♪ のろまなお兄ちゃんたち、こっちだよっ♪」



 眼下に向けて挑発すると、【氷獄狼】のチンピラどもが一斉に唸り声を上げた。



「クソッ! 墜とせッ! シャインだけは必ず殺すんだ!!」



 スカルの叫びを受けて、チンピラたちが上空のシャインを撃ち落とそうと手持ちの武器で射撃を始める。

 弾幕と化したその射撃の嵐を、シャインは白銀の翼をひと際白く輝かせ、重力制御でスイスイと避けていく。



「それにしても、なるほどね。【トリニティ】から技術供与を受けたってのは本当みたいだ……」


『高振動ブレードに重力制御飛行、他にもまだありそうですね。私たちが頑張って倒したアンタッチャブルの技術を敵に使われるなんて、ちょっとモヤッとしますが』


「なーに、どうせどんな技術もいずれは普及するよ。やろうと思えば誰だってあんなクマ倒せるさ」



 そうかなぁ……? とディミは小首を傾げるが、スノウはケラケラと笑うばかりだ。



「重要なのは今この瞬間に、敵よりも秀でた技術を持っていることだ。ほら見ろ! あいつら自分が重力制御飛行ができるようになったのはいいけど、重力制御で飛ぶ敵を撃墜するためのデータは蓄積されていないようだね!」



 スノウが言う通り、【氷獄狼】の射撃はシャインにかすりもしない。

 “アンチグラビティ”で飛行するシャインをエイムアシストの射撃で撃墜するにはデータが足りていないのだ。自分たちでもっと模擬戦していればデータも集まっただろうに、与えられた技術を受け取るばかりで、まだ振り回されてしまっていた。



「どうしたの、お兄ちゃんたちぃ? チンパンジーの方がまだお利口だよ。やっぱり飼い犬に成り下がった狼さんたちじゃ、お猿さんには勝てないのかなぁ~?」


「「ほざけやクソガキがぁぁぁぁぁあぁ!!!!」」



 スノウの挑発に激昂した【氷獄狼】が、一層ヒートする。

 ディミはそんなスノウに、ちらりと視線を向けて肩を竦める。


 日に日に言動がメスガキっぽくなっていることに、果たして本人は気付いているのかな?



「さて、と……。いい感じに注意は引けてるな。このまま囮をしてもいいけど……」


 そう言ってスノウは唇をちろりと舐める。

 スノウがこうやって目立って敵を煽っているのは、単に性格が悪いメスガキという理由だけではない。


 眼下の戦場のそこかしこで、スノウを狙っている【氷獄狼】の機体が横から【騎士猿】の攻撃を受けて次々と撃退されているのが見える。

 スノウが囮となって敵の注意を惹き付けることで、【騎士猿】のメンバーは【氷獄狼】を撃墜することができていた。【氷獄狼】の熱狂もわずかだがトーンダウンしているように思える。


 このまま囮をすることもできるが、いずれは敵も徐々に不利な状況に追い込まれていることに気付くだろう。

 そうなる前に、スノウがすべきことは……。



「あいつが総指揮官だな」



 指揮官を優先して撃墜する。【氷獄狼】はワガママなプレイヤーが多いが、それでもゲーマーの習性として命令には従うことが身に付いているはずだ。指揮官を潰せば残りは烏合の衆となるのは、およそどんな世界の軍隊でも同じはず。


 スノウは敵陣の後方に控えるドクロ頭の機体に目を向けると、ブレードを手に構える。さすがに無数の敵に狙われたまま狙撃するのは難しい。

 ならば速攻で敵に接近して、近距離戦から仕留める!



「ボクにつかまってなよ、ディミ! フルスロットルで一気にぶっ飛ばすぞ!」


吶喊とっかんですね!! やっちゃいましょう!!』



 ディミがスノウの頭にしっかりと抱き着き、サラサラの髪に頭を埋める。



「いっけえええええええええええええええッッ!!」



 シャインが白銀の翼を輝かせ、バーニアフル稼働でヘッドバッシャー目掛けて一目散に飛翔する。まるで見えないゲレンデを直滑降で滑り落ちるような動き!

 青白いブレードが光の軌跡となって空を斬り裂き、死神の刃となって舞い降りる!



「……シャインッッ!!」



 白銀の機体が自分の元へと突撃してくるのを見つめ、スカルが叫ぶ。

 彼を守ろうと、周囲の【氷獄狼】が壁となる。


 その壁となった機体がバズーカでまとめて吹き飛ばされ、その空いた穴へとシャインがブレードをきらめかせながら迫る!



「もらったぁ!!」


「お前をなァァァッ!!」



 ブレードを手にしたまま、シャインがビームライフルの直撃を受けて宙に舞う。


 ヘッドバッシャーからやや離れた位置、複数の敵機体に覆われた群れの中から伸びる狙撃用大口径ビームライフルの銃身。

 機体の群れに紛れてシャインの目を欺き、味方機体を貫通させて撃ち抜いたビームの一撃が、シャインに渾身の一撃を叩きこんでいた。


 狙撃手は今すぐにでも飛び出したい衝動を抑え、辛抱強く耐えに耐えて、仇敵がスカルに近距離戦を挑むのを待ち続けていたのだ。


 スノウはぶすぶすと焼け焦げる機体をなんとか空中で姿勢制御させつつ、狙撃手に目を向けて引きつった笑顔を向けた。

 彼女を撃ち抜いた狙撃手が、狙撃用ビームライフルを収納して獰猛な笑みを浮かべる。



「待ってたぜェ、シャイン!」


「アッシュ……!!」

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