第51話 たこ焼き食うだけでデートと言い張る

「やったー、タダで遊べるぞぉ!」



 ペンデュラムからのメールを受け取ったスノウは、喜び勇んでOKを返した。

 ひゃっほいと能天気に喜んでいる顔からは、デートに臨む意気込みなど微塵も感じられない。明らかに奢りで遊べるということしか認識していない顔だった。



「いやぁ、電脳街って一度は行ってみたかったんだよね。有料コンテンツがいろいろあると聞いてたけど、お金ないし。いやー楽しみ楽しみ」



 ディミは指摘しようかどうか迷ったが、【こいつは面白いことになりそうだ】<【ペンデュラムが可哀想】という式が彼女の中で成立したので一応言っておくことにした。



『あのぉ……まさか、パイロットスーツのままで行くつもりなんですか?』



 言われたスノウは、きょとんとした顔で自分の服装を見下ろす。

 このゲームにおいて、デフォルトの衣装はキャラクター作成時に選択したパイロットスーツだ。

 ぴったりとした肌に吸い付く生地をイメージして設定されており、ボディラインがくっきり見えるデザインは主に男性プレイヤーからは好評を得ている。女性プレイヤーは大抵JCジャンクコインが貯まり次第ゆったりとした服装のスキンに着替えるのだが。



「だってボク、服のスキンなんて持ってないもん。そんなJCお金があったらとっととバーニーに借金返して、新しいパーツ買ってるよ」


『えぇ……。だってデートですよ? 設定上は女の子なのですから、もう少しデートに臨むにあたって準備とかしません?』


「デート?」



 スノウは目を丸くした。案の定これがデートのお誘いなどとは思ってもみなかったようである。



「ディミ、何言ってるの? ほら、メールよく見て。こんなビジネス用文書みたいなメールでデートに誘う奴なんていると思うの?」


『えっ……まあ、それはそうですけどぉ』



 天翔院恋愛クソ雑魚スライム天音は男からデートに誘われたことがないので、デートに誘うメールの書き方がわからなかったのである!!

 大体の乙女ゲーは「あっ! デートのお誘いのメールだ!」と主人公が口にすることはあっても、その文面まで書いてはくれないのであった。


 仕方なくいつもよく目にしているビジネス用メールのテンプレを流用して誘うあたりがなんとも不憫で、ディミは「おお、もう……」と目頭を押さえる。



『でもペンデュラムさん的には、これデートのつもりだったんじゃないですかね……?』


「そうか……デートか……」



 スノウはいやー、参ったなーと頭をかく。にへにへとだらしなく頬を緩ませていた。



「やっぱスノウボクって世界一カワイイもんなー。僕の力作なんだから当たり前なんだけど。ペンデュラムが夢中になるのもわからなくはないな」


『何言ってんだこいつ……』



 思わず素で呟くディミである。



『騎士様の価値はその戦闘力全振りだと思うんですけど? むしろそれ以外に何の価値もないような……』


「やれやれ……ディミは所詮AIだな」


『お? ヘイトスピーチか? そのケンカ買っちゃいますよ、私のAI差別絶対撲滅パンチがうなるぜ』



 シュッシュッとシャドウボクシングするディミを、スノウはふふんと鼻で笑う。



「ディミにはボクから溢れ出す魅力が伝わらないんだな。やっぱりこういうのは人間の男性にしかわからないんだよ」


『ほう。人間の男性に』


「そうそう。豚に真珠、馬の耳に念仏、猫に小判。ボクの美しさは価値がわかる人間にこそ伝わるものなんだよ」


『なるほどなー』


「わかった? しっかしボクの美しさも罪だよなー。ふふふ、ついに黙っていても貢がれる姫プレイの領域に突入したか……!!」



 得意満面で姫プレイを満喫するつもりのスノウに、にっこり微笑み返すディミ。

 その笑顔の裏で、やっぱり何もアドバイスしないことを決意したのだった。




※※※※※※




 そしてデート当日。

 ロビーのステーションエリアに足を運んだスノウは、初めて見る電脳街の光景に目を丸くした。


 とにかくすごい数の人、人、人。

 現実リアルの繁華街にも負けない数の人がそのあたりを行き交っている。上京して以来、まだ渋谷や原宿といった現実の繁華街に行ったことがない虎太郎にとっては、かつてない人の数であった。


 ゲーム内ということもあってか、リアルよりも娯楽に寄っているのが電脳街の特徴である。噴水広場の周辺には何人ものパフォーマーが集まってジャグリングなどの芸を披露したり、アーティストが音楽を演奏したり、似顔絵書きが客のアバターの似顔絵を描いていたり。


 かと思えば様々な屋台が軒を並べて、クレープやらたこ焼きやらタコスやら洋の東西も無視して好き放題な食べ物を売っていたり、『中古パーツ売ります』と立て札を立てていたりと、まるでお祭りのような有様だった。

 面白いのはそうしたパフォーマーや店員のほとんどがNPCではなく、PLプレイヤーであることだろう。


 都会に来た田舎者がまず感じるであろう、多数の群衆というものがもたらす威圧感にスノウは圧倒される。



「時間通りに来たか。さすがだなシャイン、時間を守るのはビジネスの基本だ」



 人の群れに動揺するスノウを見つけたペンデュラムが声を掛けてくる。

 何だその第一声、もうちょっとデートらしい声の掛け方しろよ。



「あっ……ペンデュラム! よかったぁ、来てくれて」



 しかし群衆を前に心細さを感じていたスノウは、ペンデュラムを見てほっと表情を緩めた。

 それを見たペンデュラムは、デートに誘われたのがそんなに嬉しいのか……! とまんざらでもない笑みを浮かべる。一周回ってお似合いですね?


 今日のペンデュラムの服装は、白のシャツにえんじ色のデザイナースーツ。頭にはスーツの色に合わせたハットを被り、足元はウィングチップの革靴。胸元をやや開き、固すぎない程度に砕けた姿は絵に描いたような伊達男。


 手にした薔薇の花束にチュッと口付けると、それをスノウに手渡した。



「さあ、お嬢さん。今日一日たっぷりと街をご案内しますよ。夢のように楽しい1日にしましょう」



 完全に乙女ゲーからそのまんまパクってきただろ、そのムーブ?



「あ、うん」



 とりあえず花束を受け取ったスノウは、手の中のそれを見て固まる。



「……この花束、どうすればいいの?」


「えっ」



 ぶっちゃけ邪魔であった。

 思わぬ対応に言葉に詰まるペンデュラム。


 乙女ゲーでは主人公が攻略対象から花束を受け取って「うわぁ……素敵!」と目を輝かせる。天音もこれは嬉しいと大満足のシーンである。しかしゲームでは花束は次の瞬間どこかへ消えてしまうのだ。どこに行ったのかは一切語られない。

 次のシーンまでの間に、そのへんのコンビニのゴミ箱にでも突っ込んだんじゃないんスかね?(鼻ほじ)



「えーと……とりあえず歓迎の気持ちだ。アイテムボックスにでも入れておいてくれ」


「うん、わかった」



 幸いこれはゲームなので、アイテムボックスに片づけることができた。もしかしたら乙女ゲームにもアイテムボックスがあるのかもしれない。



「シャイン、今日のお前は一段と美しいな」


「え? そう?」


「ああ、特に……ええと……」



 とりあえず定石としてデートのために自分磨きをしてくれた相手を褒めようとするペンデュラム。しかしスノウは髪型も服装も、一切いつも通りであった。

 褒めるところがねえよ!



「あー……なんだかいつもより可愛い気がする!」


『早くも漂うヤケクソ感……!』



 物陰からその様子をうかがっていたディミがツッコミを入れる。

 そのそばにはメイド隊3人の姿もあった。



「いえ、むしろ無理やりにでも褒めようとするペンデュラム様の意気を汲んでいただければ!」


「口説くペンデュラム様はカッコいいですなあ。あれが拙者であればと思わざるを得ませぬ」


「ミケちゃん、嫉妬はいけないにゃ! 当事者ではなく、見守るからこそ深くなる味わいもある……! 傍観者としての醍醐味を味わうのにゃ!」


「「奥深いなあ……!」」


『深いのは奥ではなく業では?』



 頷くシロとミケに、ディミが冷ややかに突っ込む。

 今日は自分からOPオプションパーツから外れたディミは、メイド隊にコンタクトを取って一緒に観察することを申し出たのだった。やだこのサポートAI、アクティブすぎる。


 一方、スノウは空回りするペンデュラムをよそに改めて広場を見渡していた。



「ロビーって初めて来たけど、こんなに人がいるものなんだね」


「あ、ああ。現実の繁華街よりも人が集まっているという話だ」



 街を案内するという建前を思い出したペンデュラムが、スノウに解説する。



「何しろ日本全国のプレイヤーが集まる街だからな。これでもまだチャンネル分けされているんだ。実際には目に見える数倍のプレイヤーがアクセスしている」


「へえー……! そんなにいるんだ……」



 スノウは目を丸くして、雑踏を眺める。



「なんか露店出したり、パフォーマンスでおひねりもらったりしてるPLもいるね」


「ああやってJCを集めているのさ。特に露店は食中毒の恐れもないから、誰でも料理を作って提供できるのでな。料理の腕前によって味には差が出るようだが」


「ふーん……」



 スノウは料理を出している露店をじっと凝視する。

 その視線をおねだりと解釈したペンデュラムが、涼やかに笑いながらスノウの手を取って屋台に向かおうとする。



「そんなに食べたいなら、まずは腹ごしらえといこうか? あのうどんの屋台がいいのかな?」


「えっ?」



 しかしスノウは眉をひそめながらその手を振り払い、首を横に振った。



「いや、見てただけだよ。悪いけど、うどんは大嫌いなんだ」


「そ、そうか……すまないな」



 何故嫌いなのに見ていたんだ、とペンデュラムは内心で呟きつつ謝る。

 さすがに理不尽だと気付いたのか、スノウはえへへと繕うように笑いかけた。



「何か奢ってくれるって言うのなら、その横のたこ焼きがいいな~♪」


「そ、そうか! わかった!」



 失点を取り戻せそうだと、ぱあっと顔を輝かせたペンデュラムが屋台へ向かう。

 その背中にぴったりとスノウがくっついてくることも、足取りを軽くさせた。

 実際には単に人ごみの中ではぐれそうだと思って、ぴったりくっついているだけなのだが。



「すまない、たこ焼きをもらえないだろうか」


「あいよっ! おっ、兄ちゃんええなぁ。可愛いお嬢ちゃんがべったりやんか。よっ、この色男!」


「う、うむ……」



 人懐っこそうなたこ焼き屋の店主に笑いかけられ、ペンデュラムが居心地悪そうにする。改めて自分が男性で、エスコートしているのが女の子という事実を自覚して、中の人天音がギャップに軽くめまいを感じていた。



「それで、おいくつ包みましょ。8個、10個、12個があるで」


「…………ええと」



 口ごもるペンデュラム。

 実のところ生粋のお嬢様である天音は、これまでの人生でたこ焼きなんて庶民的なものを食べたことがない。いくつ買えばいいのかさっぱりだった。



「んー、じゃあ8個。1舟でいいよ」



 固まるペンデュラムの背後から出てきたスノウが、代わりに個数を告げる。



「おやおや、8個でええんかいな。ウチのたこ焼きはおいしいでぇ? 外はカリッと中はトロトロや。いっぱい買わんと損するで!」


「この後は高級レストランでフレンチでも御馳走してくれるらしいからね」


「さよか! ほな仕方あらへん。さすがにウチの自慢のたこ焼きも、高級フレンチにはかなわんわな」



 そう言いながら、店主はさっと生地をプレートに流して焼き始めた。



「作り置きしないんだね」


「そらそうよ、作り置いたら外がふにゃふにゃになってまうやん。折角ゲームの中の道楽でやっとるんやから、一番おいしいのを食べてもらいたいんですわ」


「粋だねぇ」



 スノウと店主がそんな話をしてる間にも、店主は鮮やかな手つきでたこ焼きをひっくり返していく。



「たこ焼きって、目の前で作ってるのを見るのが楽しいよねー」


「ははは、こんなもんでよかったらいくらでも見てってや。マヨネーズどうしましょ」


「いるいる」



 焼きあがったたこ焼きを紙のパッケージに詰め、ソースを塗ってかつぶしと紅ショウガ、青のりをぱらり。最後にマヨネーズを乗せて、出来上がりである。



「ほい、お待ち。美男美女のカップルやから、2個おまけしといたわ」


「えっ、いいの? ありがと!」


「なーに、高級フレンチの前に腹膨らせたろ思てな」



 ニヤリと笑う店主に、あははと笑い返すスノウ。

 つんつんと肘でペンデュラムをつつき、小さくほら、お勘定と呟く。

 凍り付いたように固まっていたペンデュラムの時間が動き出した。



「あ、ああ。いくらになる?」


「50000JCでんな」


「うむ。これで頼む」



 真っ黒なカードを差し出すペンデュラム。

 それを見て、店主が苦笑を浮かべた。周囲からカードが見えないように受け取ると、小声で囁く。



ブラックカード限度額無制限でっか……。お客さん、それはこんな人ごみの多いところで出すようなもんやあらへんで。悪いことは言わへんから、あとでもっと限度額の低いカード作っときなはれ」


「う、うむ?」


「悪い奴はどこにでもおりますがな。ゲームの中にでもね。……いや、このゲームの中だからこそ欲望はタガが外れるんですわな」



※※※※※※



 親切な店主に礼を言ってその場を後にしたスノウとペンデュラムは、公園に移動した。

 ベンチに並んで座り、たこ焼きのパッケージを剥く。

 鼻をくすぐるソースのいい香りに、はぁーとスノウはため息を吐いた。甘酸っぱいソースの香りを嗅ぐだけで、口の中に涎が溢れてくる。



「うわぁ、美味しそう! この再現度すごいねえ、VRゲームの中とは思えないよ」


「そうなのか? あいにく食べたことがないのでな……」


「……マジで? たこ焼き食ったことない人間なんて日本にいたの?」



 カルチャーショックを受け、スノウが目を丸くする。

 遠回しに世間知らずだと言われたペンデュラムが肩を落とす。



「というかペンデュラムって、案内するって割には屋台の買い物とか慣れてないよね」


「話だけは聞いていた。屋台で実際に買い物するのは初めてだ」


「あはは、じゃあいい経験ができてよかったじゃない」



 そう言いながら、スノウはたこ焼きに楊枝を突き刺した。

 それを口元に運び、小さな唇をわずかに開いてかじりつく。


 途端に中からとろりと白いペーストが流れ出て、口の中で表面のソースと混じり合った。出汁の効いたペーストと甘酸っぱいソースが舌に絡み、その味わいが口中に広がる。一瞬後にソースの芳醇な香りが鼻に抜けて、うまさが爆発した。



「おいしー! これはいいたこ焼きだよ。外のカリッとした食感と、中のトロトロ感のギャップもいいね。確かに言うだけあるよ」



 ふうふうと息を吹きかけて残りを冷まし、口の中に運ぶ。

 タコの新鮮さを感じられるぷりぷりとした食感。噛みしめるほどに染み出るタコの味わいが、白いペーストと互いを引き立て合う。ペースト、ソース、タコの3つの味が口の中でひとつになる。まるで口の中がキッチンだ!


 幸せそうにもぐもぐとたこ焼きを咀嚼するスノウを見て、ペンデュラムは「そんなにおいしいの……?」と怪訝な顔をした。



「これすっごくおいしい! ペンデュラムも食べてごらんよ」


「ううむ……」



 食べ方の作法がわからず、ペンデュラムは戸惑った顔を浮かべる。

 そんな彼をじれったく感じて、スノウは別のたこ焼きを楊枝で刺して、ふうふうと息を吹きかけた。



「ほら、こうやって食べるんだよ。ほら、あーん」


「!?」



 スノウがペンデュラムの口元にたこ焼きを差し出す。

 それを物陰から見ていたメイドたちが、ガタッと総立ちになった。



「キ、キター! デートの定番、あーんして♥ですよぉ!」


「むうっ! ペンデュラム様がエスコートするのとは逆の流れになっておりますが、これはこれでアリですな!?」


「本来ならリバはご法度が鉄則……! でもこれでご飯3杯いけるにゃ! ご飯ないからたこ焼き食べるけど! あっ、これ本当においしい」


『……盛り上がってますけど、絶対あれ幼児かペットにご飯食べさせてる感覚ですよ』



 ディミの考え通り、スノウはまさに手のかかる子供にご飯食べさせてる気分であった。メスガキのくせに無自覚に母性だしやがって。


 差し出されるたこ焼きを前に、またしても固まるペンデュラム。

 だがいつスノウの気が変わるともわからない。


 意を決したように、ペンデュラムはばくりとひと口でたこ焼きに噛みつく。



「あっ」


「あちゅいいいいいい!?」



 アツアツの中身に飛び跳ねるペンデュラム。


 熱を感じる神経は、痛覚と同一のものである。

 本来VRポッドは痛覚をプレイヤーに伝達しない。しかし料理に関しては、味をきちんとプレイヤーに伝えるためにその熱さに例外処理がされている。



「お茶! 冷たいお茶飲んで!!」



 公園に入るときに買った冷たいペットボトルのお茶を勧めるスノウの声を聞きながら、ディミは深々とため息をついた。


 なんつーか、恋人を目指す以前の段階じゃないっすかね?



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たこ焼き食ってるだけで1回終わった!(白目)


デート回まだ続きます。デートの合間に出てくるVR世界の文化にも注目してくださいね。

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