第52話 純白の雪は染められやすい

 たこ焼きを食べ終わったスノウとペンデュラムは、ぶらぶらと電脳街のメインストリートを散歩する。多くの人が行き交う繁華街は、さまざまな喧騒で満ち溢れていた。

 スノウはペンデュラムから離れないようにぴったりくっついて歩きながら、物珍しそうに周囲を見渡して歩く。


 ぱっと目に付く現実との大きな違いといえば、通行人の美形率や髪色の豊富さだろうか。さすがアバターを自在にいじれるだけあって、こだわる人は容姿に全力でこだわっているようだ。

 まあ、その中でもボクの可愛さは抜きんでているけどね! と薄い胸を張ってふんぞり返りたいスノウである。


 それに、現実の街と違って自動車も自転車も走っていないし信号もない。長距離を移動したければ瞬間移動すればいいだけの話である。ロビーの中の任意の地点にマーキングしておけば、いつでもそこに移動することもできるようだ。


 他に気になる点と言えば……。



「街中にやたら広告が目に付くね」


「ああ、気付いたか」



 ペンデュラムはスノウの言葉に頷いた。

 建物の上の看板や電光掲示板に、多種多様な企業の広告が表示されている。企業ロゴからCMまで、さまざまなものが流されていた。もしもスノウが行ったことがあるなら、秋葉原のようだと思っただろう。



「あの広告は企業クランに与えられる特典のひとつだな。好成績を収めた企業クランは、無料で広告を掲示する権利を得られるのだ」


「へえー……。無料で掲示する権利ってことは、有料の広告もあるってこと?」


「うむ。何しろこのゲームは全国から大勢のプレイヤーが集まる場所だ。衰退著しいTVやWEB広告よりも目に留まる機会が多いからな。業種によってはゲーム内で広告を出した方が有効だろう」


「ふーん。その広告収入が運営の運営費になってるのかなぁ。ガチャやJCジャンクコイン売るだけじゃ物足りないってアコギだね」


「……いや。ここの運営にとっては金など正直どうでもいいのだろうがな」



 呟くようにそう言って、ペンデュラムは静かに顎をさする。

 スノウは上を向いてさまざまな広告を眺めていたが、やがて違和感を覚えた。



「あれ? なんか広告出してるのって、みんな日本の企業ばっかだね?」



 海外のスマホや家電、自動車など、現実では毎日のようにCM攻勢を仕掛けているメーカーの広告が見あたらない。一応探せば見つかるもののその規模は小さく、街の片隅にひっそりと掲示されている程度だった。



「ああ、それはそうだろう。ここは日本サーバーだからな、日本人のプレイヤーしか参加しておらんのだ。外資の日本法人が日本人を雇って企業クランを戦わせている場合もあるようだが、やはり日本企業は地元だけに優勢だな」


「そうなの!? 海外プレイヤーっていなかったの!?」


「まだスタートして1年程度だからな。現在は各国ごとにリージョン分けされていて、日本国内からは日本サーバーにしか繋がらんぞ」


「そうなんだ……。外人煽るために外国語勉強しようと思ってたのに」



 とんでもない理由で外国語習得へのモチベを燃やすガキもいたもんである。



「まあ煽れないのはいいとしても、世界の強豪と戦えると思ってたのに残念だなあ」


「ふむ。世界のプレイヤーと戦いたいのか?」



 ペンデュラムが訊くと、当たり前じゃないとスノウは肯定する。



「そりゃ戦いたいよ。強ければ強いほどいい。日本のゲームプレイヤーの質は、正直海外勢に比べると大したことないからね。やっぱり海の向こうは人口が多いだけあって、その上澄みの質もすごいよ。前作だと海外プレイヤーとも戦えたんだけどなあ」


「……あと1年か2年かあれば、リージョンロックも解除される。そうなれば、全世界のプレイヤーと戦えるようになるだろうな」


「ホント!? やったぁ! それは待ち遠しいなあ」



 ニコニコと微笑むスノウ。

 それとは逆に、ペンデュラムは憂鬱そうな顔でため息を吐く。



「それまでに俺が何とかせねばな……」


「どうしたのペンデュラム、顔色悪いね?」


「……いや、大事ない」



 顔を見上げてくるスノウに小さく微笑み、ペンデュラムは頭を振った。



「ああ、そうだ。折角だから露店以外の場所で買い物してみるか」


「おお……! 何を買ってくれるのー?」



 スノウは奢りチャンス!? という期待をありありと顔に出す。

 キラキラと目を輝かせる現金なスノウを、餌皿を持ち上げた途端にダッシュしてくる飼い犬を見るような微笑ましい瞳で見つめるペンデュラムである。

 お前らお互いに相手のことをペット扱いしてません?



「まあ、現実で手に入るものなら何でも売っているが……。そうだな、ではまずは服を選びに行こうか」




※※※※※※




「お待ちしておりました、ペンデュラム様」



 ペンデュラムが瞬間移動でスノウを連れて来たのは、スノウでも知っているような高級ファッションブランドの直営店だった。

 前もって連絡を入れていたのか、ずらりと並んだ女性店員スキンコーディネーターと黒服の従業員が深々と頭を下げてペンデュラムたちを迎える。


 店内には他の客の姿はない。高級店においてはチャンネル分けによってその客だけの貸し切り状態にするのがセレブ向けの接客とされている。そしてブランド直営店においては、AIではなく人間が接客するのが礼儀とされていた。人間よりもAIの方がコストがかかるのに、不思議な話ですね。


 鋭い目つきにびしっと決まったスーツ姿の女性店員が、ちらりとスノウに目を向ける。訪れたこともないような高級店の内装と、貴族を迎えるかのような店員の恭しい対応にびびってペンデュラムの後ろで身を縮こまらせていたスノウが、びくっと体を震わせた。

 普段は我が物顔に振る舞っているが、慣れない状況に放り込まれると緊張して臆病になるスノウである。猫かオメー?



「本日は若いお嬢様向けのカジュアルなスキンをお求めだとか」


「うむ、こいつだ。この娘に合う服を見繕ってほしい」


「かしこまりました」



 店員は薄く微笑みながら一礼すると、スノウに近付いてくる。



「まあまあ……これはお美しいお嬢様ですこと。さぞや高名なCGデザイナーにご依頼されたのでしょう?」



 早速採寸されながら、ぺたぺたと腕や腰を触られるスノウ。

 がっちがちに緊張して体を強張らせながら、なんとか店員に返事をする。



「あ、いや……自分で作りました」


「まあ、ご自分で! 素晴らしい腕をお持ちなのですね」


「え……まあ、それほどでも」



 褒められていい気になったスノウの体から力が抜ける。

 さらにさまざまなお世辞を投げかけ、そのたびにスノウは調子に乗っていく。気付けば緊張などすっかりと取れていた。

 さすがは一流の店員、客をリラックスさせる方法など百も承知である。



「それではスキンをお持ちしますわね」



 そこからはもうひとりファッションショーであった。


 この高級ブランドが作って運営に登録したスキンは、この1年でもはや1000点を超えている。お金持ちセレブが課金してJCを買わねば手が届かないような強気価格と紹介制という形でブランド力を確保した、自慢のデザインのスキンばかり。


 そんな次々に用意されるスキンを着ては外し、着ては外し。

 何しろスキンは現実の服と違って着せ替えが一瞬で済むので、その分同じ時間でさまざまな衣装に着せ替えることが可能なのである。しかも着替えても汚れないし、リサイズだって必要ないのだ。




「こちらはいかがでしょう? ガーリー感ある春ファッションです」

「ちょっとピンクが強いな。もう少しクール系に寄せられないか」


「5月の新モデル、グリーン系のボーイッシュでまとめました」

「オーバーオールにベレー帽か、可愛さとボーイッシュさの同居がいいな。しかし単体ならいいが、俺と並ぶとつり合いが取れん」


「なるほど、失礼しました。ではこのドレス系ではいかがでしょうか」

「ちょっとオトナ感ありすぎるな。服に着られている。別のはないか」



 審査員を務めるのはもちろんペンデュラム。

 スノウが新しい服に着替えるたびにふーむと唸りながら、腕を組んで顎をさする。何しろ中身が女性なだけに、その審美眼は厳しい。


 大抵の男はデートで女性のファッション選びに付き合うと、途中で「いや何着ても同じに見えてきたわ。あーはいはい。どれも可愛い可愛い」となってしまうものだが、ペンデュラムはいちいちそれに女性目線で付き合ってくる。

 えっ、私女性だけど彼氏にそんなこと言われたことないって? それは貴方の彼氏が本心を隠してエスコートしてくれる、デキた人なんですよ。大切にしましょう。


 実際いろんな服を着せられるスノウは、正直途中で飽きてきた。

 さまざまな服で自慢のアバターを着飾ってみたいとは思っていたのだが、まさかこんなにも時間をかけて服を選ばされるとは思ってもみなかったのだ。


 結局服を選び終わったのは1時間半後のことであった。


 選ばれたのは、ワインレッドカラーのドレス。縁には白いレースが装飾され、ところどころにパールが散りばめられたデザイン。日常ではまず着ないような服だが、スノウの際立って秀麗な顔立ちとはよく合い、えんじ色のスーツを着こなすペンデュラムとの色のバランスも良好。ぶっちゃけデート用の気合の入ったドレスである。


 鏡に映った自分を見つめたスノウは、ふーむと小首を傾げた。



「ボク自身はもうちょっと清楚系に寄ったほうが似合うと思うんだけど」


「確かにあの白系のワンピースも似合っていたが、こっちの方が貴様らしくてよい」



 ペンデュラムの言う通り、ドレスの色合いやデザインが妙になまめかしく、スノウの生意気な小悪魔としての一面を引き立てていた。

 つまりそれはペンデュラムはスノウのことを清楚系じゃなくて小悪魔系だと思っているということなのだが。



「はい、よくお似合いですわ! 色的にもペンデュラム様との釣り合いがとれていますから」



 満面の笑みを浮かべてペンデュラムに同調しながら、店員は納得いかない風情のスノウにそっと近寄り、その耳元に囁く。



「殿方のセンスに合わせてあげるのもレディの嗜みですよ、お嬢様。できた淑女というものは、殿方の色に染まってあげる余裕を持つものです。彼氏に花を持たせてあげてはいかが?」


「えっ……いや、彼氏とかじゃ……」



 でも金を出してくれるのはペンデュラムだしなあ。

 あんまりゴネて拗ねられるのもまずいか。むしろある程度言うとおりにしてあげれば、ペンデュラムも機嫌がよくなるのでは?

 うん、これも営業営業!


 一瞬で頭の中でそろばんを弾いたスノウは、にっこりと微笑んだ。



「……うん、やっぱりこれが気に入ったよ! ありがとう、ペンデュラム!」


「う、うむ。ならばよかろう」



 ペンデュラムは多少顔を赤らめて、視線をそらした。

 自分が最適だと思うドレスに身を包んだスノウの笑顔が、なんだかかつてないほどに眩しく思えたのだ。


 自分の色に染まってくれた彼女の笑顔に、心を動かされない男などいない。

 たとえそれが仮初アバターの性別であろうとも。




※※※※※※




「さあて、次はどこに案内してくれるのかな?」



 ペンデュラムの横をちょこちょこと歩きながら、ドレス姿のスノウが見上げてくる。


 そんなスノウを道行く人々がちょくちょく振り返っているのを、ペンデュラムは目の端に留める。美形ぞろいのオンライン生活に慣れた人々であっても、ハイセンスのデート服を着こなすとびっきりの美少女とくれば話は別だ。


 そんな彼らの視線を感じながら、ペンデュラムは無性に誇らしい気分になった。この羨望の視線こそ、かわいい女の子をエスコートする男の悦びである。

 中の人天音的には女性をアクセサリーのように感じるのはどうかとも思ってしまうが、しかしペンデュラムの心は嬉しいものは嬉しいと感じていた。


 まあ、実際にはその視線のうちの半分はお金持ちそうなイケメンをエスコートさせているスノウへの嫉妬でもあるのだが。美男と美女が揃って視線も2倍である。


 ペンデュラムは若干ニヤけながらも、次のプランを告げた。



「うむ……次は映画などどうかと思ってな」


「映画? ゲーム内なのに映画見られるの?」


「ああ。もちろん本物の映画だぞ」


「へえー……著作権切れた白黒映画とか?」


「白黒映画ももちろんあるが、話題作だって見られるぞ」



 そう言ってペンデュラムは、遠くに見える映画館の看板を指し示す。

 そこには最近ロードショウされたばかりの、話題の映画のタイトルが表示されていた。



「えっ!? あれ封切りされたばっかじゃん……!?」


「映画など映画館で見ようが自宅で見ようが、内容自体は同じフィルムだろう? ならば配給会社もリアルの映画館だけでなく、VRの映画館に配給しても同じことだと考えたのだな。現実の映画館とほぼ同じ価格で鑑賞できると聞く」



 そう説明するペンデュラムは、もちろんVR映画館に行ったことなどない。

 デートコースを考えたメイド隊からの受け売りの知識である。



「はー、なるほどなあ……確かにそうだね。VRで映画館行けるなら、リアルで行くよりお手軽だ」


「まあ映画に限らんがな。このゲームは大体の娯楽施設がある。オペラもコンサートもオーケストラも美術館も博物館もある。もちろん本物のオペラ歌手や楽団を招いているし、最近はアイドルのライブも行われているそうだぞ。現実と違って会場を移動しなくてもいいので、客だけでなく演者にとっても好評らしい」


「へえー……!」



 社会にVRが浸透しつつある一例を目の当たりにして、スノウは目を丸くする。

 田舎出身のスノウにとって、あまりにも地元とは文化が隔絶していた。



「さあ、では見ようか」


「うん! 映画館がどんなになってるのか楽しみだなぁ」



 そして、案の定映画館エアプのペンデュラムがチケットを買えずにまごついた。



「な、なんだ? どこに並べばいいのだ!? 何故カウンターがいくつも存在している! この映画はここのカウンターでは買えないだと!? あの席の図に描かれている番号はなんだ!?」


「……ペンデュラムって、世間知らずなの……?」



 田舎もんが何調子乗ってんだ。


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デート回、まだちょっと続きます。

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