第50話 アンチという名の限界オタク

「これはまずいわ……」



 メイドたちからの報告書を前に、天翔院天音は険しい顔を浮かべていた。

 それらの報告書には、【スノウライトFCファンクラブ】なる頭がメスガキに汚染されてどうかしちゃったんじゃないのと言いたくなるような珍妙な集団が結成されたこと、そしてその集団が1週間で勢力を拡大しつつあることが記されている。



「あの根暗市松人形、何やらかしてくれてんのよ」



 最後の報告書を読み切った天音が、ばさっとテーブルに投げ捨てるように置く。


 五島グループの系列企業のひとつから、後継者問題についての相談を受けたのは2週間ほど前のことだった。

 数年前から企業間の結びつきを強めるためにCEOの子弟間での政略結婚を進めていたのだが、思春期を迎えた娘が突然婚約者を嫌いはじめ、婚約を破棄したいと言い出したのだという。


 正直今の時代に政略結婚など時代遅れだと思うし、そもそもその経営者は娘は何でも自分の言うことを聞くと思っている節があって天音は好きにはなれなかったのだが、問題を解決できればグループ内での功績は上がる。


 諸手を挙げて引き受けたのはいいが、天音にも問題解決のための具体的なビジョンがあったわけではなかった。そもそも他人の婚約者との仲を取り持つなど、恋愛のプロですら難しい話だ。

 恋愛経験皆無の弱者オブ弱者、恋愛クソ雑魚スライム天音にできるわけがない。


 頼むほうも頼むほうだが、親としては遠縁だが一応親戚で、さらに歳上の女性で美人ゆえに豊富な恋愛経験もあるだろう天音ならば、その娘――早乙女凛花も説得に応じるのではないかという淡い望みもあったようだ。絶対間違ってるゾその判断。


 だがしかし、クソ雑魚スライムにはプレイを重ねた乙女ゲームと少女マンガという参考文献があった。

 仮想とはいえ多数の恋愛経験を積んだ天音は、いつしか自分を恋愛のプロだと誤認していたのである。妄想の中でいくら死闘を繰り広げても、所詮お前は実戦経験皆無のクソ雑魚だというのに。


 天音は参考文献を元に考えた。

 強大な敵を前にいがみ合う2人が手を取り合うのは王道の展開。戦いのさなかにお互いへの想いを再確認し、絆を深め合って強大な敵を倒すのだ。そして戦いの後、2人は幸せな結婚をして終了。



「読めた! ハッピーエンドへの道筋!!」


「さすが天音様ですにゃ! もうこのタマの教えることはないですにゃ!」



 天音とメイド隊は大喜びでハイタッチした。

 とりあえず強大な敵をぶつければ、なんとなく協力してうまくいくんじゃないだろうか。元々は兄妹のように仲がよかったという話だし。

 恋愛弱者ならではの頭にお花畑でもできてんのか? という杜撰な計画であった。

 そこで天音は自分が使える中で一番強力なカードであるスノウにメールを送り、凛花が演じる璃々丸恋に接触させたのである。

 恐るべきことに計画はなかなかに上手くいった。けしかけたスノウがあまりにも狂犬すぎてわざと負けてやるどころか、恋も婚約者も両方ぶちのめしてしまうというのは予想外だったが。


 スノウの狂犬ムーブに関しては結果的に恋がストレス解消してなんだか丸く収まったこともあり、天音がいつも通り都合よく解釈した。



「さすがね、シャイン。私が出した『わざと負けろ』という指示よりもうまく場を収められる方法を現地で見出し、実行するなんて。それでこそ私の盟友だわ!」


「「「な……なんだってー!」」」」



 ってなもんである。

 おかげで凛花と婚約者は仲直りしたようで、仲睦まじく何やら一緒に行動していると親からも感謝の言葉をいただいた。


 そこまではよかった。

 しかし凛花がスノウを気に入りすぎて、ファンクラブなど結成するなど、天音にとって完全に予想外である。


 しかもこんな気の狂った団体に誰が加入するのかと思いきや、意外に応募者がいるらしいのだ。

 会長である凛花が「絶賛暴れまくり中の“強盗姫”スノウライトを仕留めるために会員で戦闘情報を共有しませんか?」との一言を付け加えたところ、スノウに負けたことがあるエースたちが続々と加入を申し出たのだという。アッシュ? あいつ会員ナンバー3だよ。ナンバー1と2は恋とゴッドな。


 中にはスノウの可愛らしさや強さに惹かれたまっとうなファンや、メスガキムーブの虜になった変態も混じっているらしいのだが、スノウに一泡吹かせたいと思っている“腕利きホットドガー”が多数存在していることは確かだ。


 そして、エースプレイヤーが語るスノウとの戦闘経験とは、詰まるところ攻略情報の塊である。日夜語られる有益情報や、そのアーカイブを目当てに、スノウと戦ったことがなくても加入を申し出る者も現れているそうだ。

 さらにスノウ自身を知らなくても、名の知れたエースが目の敵にしているプレイヤーとなればどんな者なのかと興味を抱く者も現れる。


 結成からほんの1週間で、【スノウライトFC】のチャットルームはエースプレイヤーが集まる会議場となりつつあった。もちろん本人非公式で。


 さて、これは天音にとって大変に都合が悪い状況である。

 何が悪いって、名のあるエースたちがこぞってその首を狙うほどの“腕利き”として、スノウの知名度が上がり始めているのが大変まずい。


 今まではスノウの知名度など大したことはなかった。いくら本人が動画をアップロードしたり、ディミが匿名掲示板に書き込んで宣伝したところで、所詮は個人の活動にすぎないのだから。

 だから天音は好きなときに依頼を出したり、息のかかった依頼を斡旋したりすることができたのである。


 ところがスノウの名前が売れれば、そんな“腕利き”なら雇ってみようかという奇特なクランも現れる。性格が悪くて狂犬らしいが、まあ言うほどではなかろう。自分ならどんなプレイヤーでも御せるさ! 

 人間は何故いつも自分だけは特別だと考えるんだろうね?


 ともあれ、こうなるといつでも使える駒であったスノウに先約が入って使えなくなる場合が出てくる。いや、自由に使えないだけならまだいいが。



「あいつとは絶対に戦いたくないッ……!」



 天音は頭を抱えた。

 スノウの強さと容赦なさをよく知っているからこそ、戦場で敵として出会ったときの恐ろしさに身震いせずにはいられない。

 単騎でエースプレイヤーの集団を相手取って戦況を変えてしまうのも怖いが、真っ先に補給拠点を潰されて武器を持ち逃げされるのがとにかくタチが悪い。頑張って作った土台を台無しにする手口は、内政重視のクランリーダーにとって恐ろしすぎる。



「やっぱりあいつは在野のまま野放しにしてはおけないわ。なんとかして【トリニティ】に引き込むことはできないかしら。何かいい案はない?」



 天音から意見を求められたメイド隊は、うーんと首を傾げた。



「いい案と言われましても……。やっぱりお金を積むのがいいんじゃないでしょうかぁ?」


 白髪のメイド、シロが神秘的な雰囲気とは裏腹の即物的な案を口にする。金であのガキを縛れるようなら誰も苦労なんかしねえんだよなあ。でも積んだ金次第かもしれないから40点。



「かの御仁は人に縛られるのを何よりも嫌がるでしょうし。自発的に戦わせるのがいいのでは? 好戦的ですから、死闘を約束すれば喜んで参戦するでしょう」


 3色のメッシュを入れたメイド、ミケはかなり正解に近い案を出した。君はよくスノウをわかっている。80点。完璧なアイデアっすねぇ~、ペンデュラムの戦力が乏しくて死闘なんかそうそうできないって点に目をつぶりゃあよぉ~。



「ここはハニトラだにゃ!!」



 金髪のネコメイド、タマは頭がおかしかった。何言ってんだこいつ。0点。



「……どういうこと?」



 しかし天音は食いついてしまった。

 タマはふっふっふと笑いながら、人差し指を立てる。



「お忘れですか、天音様。あなたのアバター、ペンデュラム様は私たちメイド隊が絶賛するイケメンですにゃ! そしてシャインちゃんはお年頃の女の子! ペンデュラム様がシャインちゃんを攻略してメロメロにさせちゃえば、シャインちゃんは惚れた弱みでクラン入りしてくれるという寸法ですにゃ!」


「「そ……それだぁ!!」」



 シロとミケは目を見開いて同意してしまう。



「天音様、タマちゃんの言う通りです!」


「今こそ無駄に力を入れて作ったそのイケメンぶりを発揮するときではありませぬか!? いざ、ご出陣を!」



 さっきまでまだ知能があったのにこのザマだよ。君たちは何故色恋が絡むと途端にポンコツになるの? 全員クソ雑魚スライム級恋愛弱者なの?


 そこへ行くと、元祖キング恋愛雑魚スライムである天音は格が違う。同じ雑魚でもまだ冷静さを保っているのだ。きっと先日の婚約騒動を解決したことでレベルが上がったに違いない。



「でも、以前に私のものになれって迫ったときは容赦なく撃墜してきたわよ? あの子イケメンに興味がないんじゃないかしら?」


「イケメンが嫌いな女子なんていません!」


「その通りです! なんのかんの言って美少女が嫌いな男オタがいないのと同じです!」


「天音様……それは“ツンデレ”ですにゃ!!」


「ツン……デレ……!?」



 タマの言葉に衝撃を受け、天音が目を見開く。



「そうですにゃ! シャインちゃんはきっと素直になれない系ガール! だからあんなにあちこちに罵倒をバラまくんですにゃ!」



 それは単に魂までメスガキ気質なだけじゃねえかなあ。


 しかし天音は何か納得した風に、深く頷く。



「そうか……シャインがペンデュラムにつれない態度なのはおかしいと思っていたわ。実はペンデュラムのことを憎からず思っていたのね」


「そうですにゃ! ペンデュラム様を慕っていても、易々となびくことを女心がよしとしないのですにゃ!」


「なるほど。では、相当仲良くなった今ならば?」


「勝機あり……と見ますニャ!!」



 おおっ……! とメイド隊がどよめく。



「さすがタマちゃん……! 深いわ!!」


「タマ殿はいつも我らが気付かない視点を教えてくれますなあ」



 心を通じ合わせた主人とメイド隊は、みんなしてポンコツな理解をした。

 LVが1から2に上がったところで、所詮恋愛クソ雑魚スライムであった。

 ポンコツ女王である天音が、びしっと中空を指さして宣言する。



「よし、そうと決まればデートのお誘いをするわ! シャイン! 貴方の心をいただくわよ!!」


「「「キャーーーーッ♪ 盛り上がってまいりました!!」」」



 よりにもよって同じ女をたらしこむのが人生初のデート経験になるわけですが、それについてあなたたちは何か思うところはないのですか?



「これはひどい」



 その光景を横から無言で眺めていたメイドリーダー、クロが白目で呟く。

 しかし、それを面と向かって天音に指摘するつもりはなかった。


 何故なら人間とは深い思索の末に失敗を通じてこそ成長するものと、彼女は固く信じているからである。

 まず120%間違いなく失敗するだろうけど、その失敗を通じて天音が成長してくれることを願って、彼女はあえてスルーしたのだ。


 深い思索が欠けていると思うんですがそれは。




※※※※※※




 拝啓 スノウライト様



 青葉若葉のさわやかな季節、貴下におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。


 さて、今回筆を執りましたのは『七翼のシュバリエ』の電脳の街をご案内しようと思い立ったためです。

 『七翼のシュバリエ』内での一層のご活躍、私の耳にも届いております。貴下の獅子奮迅のご健闘のほど、私も拝聴するたびに賛嘆の念に堪えません。


 しかしながら、戦いばかりでロビーを散策されることについては、いまだ意識を向けられておられないのではないでしょうか。

 このゲームにおいて、娯楽の充実ぶりは目覚ましいものがあります。是非その繁栄ぶりをご覧いただきたく、お誘いさせていただきました。


 色とりどりの衣装スキンが並ぶブティックのショーウィンドウ、現実ではなかなか口にできない美味を味わえるリストランテ、巨大で壮麗なランドマークなどなど、お目にかけたいものは山ほどあります。


 差し出がましいようですが、案内にかかる費用の一切は、私が負担しましょう。

 スノウ様におかれましては、ただただ電脳の街の魅力を享受していただきたく存じます。


 是非ご一考いただければ、幸甚に存じます。


 草々 ペンデュラム


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次回、デート回!

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