第101話 シャイン

「ハルパーさんはここで一番強いんですよね。僕もいつか貴方みたいになれますか?」



 大国おおくに虎太郎こたろうが瞳をキラキラと輝かせながらそんなことを訊いたのは、【シャングリラ】に入って間もない頃だった。

 ただでさえ小柄な身長は3年前はさらに小さく、中学生か下手すれば小学生かと間違えるほど。近くの有名校の制服を着ているから高校生だとわかるが、そうでなければここは小学生の来るような店じゃないと門前払いを食わされたかもしれない。


 いや、そもそも【シャングリラ】は一見では入店できない会員制のネットカフェなので、バーニーが連れてこなければ決してここに立ち入ることなどできなかったが。

 何しろこの店はヤバい。外界につながるネット回線を保持しているというだけでも危険なのに、ゲームなどという精神を堕落させる悪魔の発明品を客に遊ばせているのだ。お上にバレたら思想犯として逮捕されてもおかしくはない。


 そんなアンダーグラウンドのヤバい店なので、当然集まっているプレイヤーも一癖も二癖もあるちょっとネジの外れた連中ばかりだった。

 しかし加入したばかりの虎太郎は、律儀にもそんなイカれた連中に1人ずつ声を掛けて挨拶周りを敢行したのである。怖いもの知らずというかなんというか。


 少なくともゲームに触れたばかりの虎太郎にとって、彼らは超人的な技術を持つ集団であり、親から厳しく礼儀を教育された虎太郎は絶対に挨拶しておかねばおかねばならないと思ったのだろう。


 そんな敬意と憧れに満ちた瞳でトッププレイヤーを見上げる虎太郎だが、好意が必ず好意で返されるとは限らないことを、彼はまだ知らなかった。


 声を掛けられたハルパーは銀色に染めた長髪を揺らめかせながら振り返り、ギロリと不機嫌そうに虎太郎を睨み付けた。その目つきはまるで指名凶悪犯のように鋭く、子供が見たら一目で泣き出すだろう。子供は自分を傷付けるものに敏感なのである。

 当然ビビリの虎太郎は肉食獣にロックオンされた小動物のようにビクンと体を震わせたが、すんでのところで泣き出さずに踏みとどまった。もう涙目だけど。



「はあ? ふざけんのかクソガキが。テメエみたいなモンが俺様みたいになれるわけねーだろ。どっから迷い込んだか知らねえが、とっととこの店から出てけ」


「えっ……」



 まさかクランのトッププレイヤーからこんな攻撃的な態度で拒絶されるとは思ってもみなかったのか、虎太郎は言葉を詰まらせた。

 ハルパーはゲーミングチェアから立ち上がると、190センチはある上背で小柄な虎太郎を傲然と見下ろしながら続ける。



「あのな、【シャングリラ】は日本で最高峰のプレイヤーが集まる場所なんだよ。そんなところにお前みたいな素人がノコノコやってきて、俺様みたいになれますかだと? バカにしてやがんのか? いや、バカにしてるよな。俺様が積み上げた努力と天賦の才能を、ズブの素人が一跨ぎに追い越せると言いやがったんだからよ」


「あ……僕、そんなつもりじゃ……」



 虎太郎は顔を曇らせて、しゅんと俯いた。

 可愛い男の子を見るとキュンキュンするどこぞのお姉様変態が見れば思わず抱きしめたくなるような殊勝な態度だが、それも相手による。ハルパーのような輩は、弱っている相手を見るとさらに攻撃的になるのである。鬼畜め。


 弱い者いじめのクソ野郎ことハルパーは虎太郎を見下ろしながらさらに言葉を続ける。



「大体テメエに何ができるんだ。これまでの人生でゲームに触れたこともない一般人だろうが。お前に何か輝くものがあるのか?」


「輝くもの……ですか」



 絶対強者であるハルパーに問われ、虎太郎はおどおどと長めの前髪から覗く瞳で彼を見上げた。

 その卑屈な態度への軽蔑も露わにハルパーは鼻を鳴らし、ガリガリと頭を掻いた。



「ここにゃ俺様みたいにわざわざ危険をおして『外』から来たトッププレイヤーもいれば、生まれつき異常な身体能力を持ってる奴、武術のエキスパートの家に生まれた奴、生まれたときからゲーム漬けの生活を送ってるクソニートなんてのもいる。だがどいつもこいつも、ゲームで戦争するうえで輝く才能の持ち主ばかりだ。全員『特別』な連中ばっかなんだよ、特にトップ7はな」


「はい……」



 虎太郎はおずおずとその言葉に頷いた。

 それは言われるまでもないことだった。虎太郎の目には、【シャングリラ】の先達たちはまばゆく輝く才能の塊として映っている。

 今、敵意に満ちた目で傲然と自分を見下ろすハルパー1位の男も。


 これまでの人生で触れたこともない、『ゲーム』という新たな地平。

 その新世界を自由闊達に飛び回るゲーマーたちは虎太郎にとって偉大な先達であり、クランのトップ7ともなれば人知を越えた神のようなものだ。

 そんな神々のトップに君臨する最強の男は、地を這う虫ケラのような小僧に指を突き付けて言い放つ。



「それで、テメエに何ができる。何もできねえだろうが。ここはこれまでゲームに触れたこともないようなお坊ちゃんが来るような場所じゃねえんだ。わかったら家に帰って、これまで通りお勉強でもしてるんだな。ゲームなんかするより、勉強していい大学入って、いい会社で働いてろ。それがテメエの幸せなんだよ」



 言いたいことを言ったハルパーは、頭をかきかき椅子に座ろうとした。

 バーニーは何でこんなのを拾って来たんだとぼやきながら。



「……嫌です」


「あ?」



 振り返ったハルパーの視界の中で、取るに足らない虫けらの小僧がプルプル震えながらこちらを見つめていた。



「帰りません。親の言う通りにもなりません。僕はここでトップを目指します」



 その瞳に湛えた涙を今にも零しそうになりながら、虎太郎は両手の拳をぎゅっと握って、必死にその場に踏みとどまっていた。

 ハルパーは、はぁとため息を吐いてもう一度虎太郎を見下ろす。



「……あのなぁ。そんな甘いもんじゃねーって俺様言ったばかりだよな。素人が入って来れるような領域じゃねーんだよ、【シャングリラここ】は。ゲームがやりたきゃ大人しく勉強して、『外』の大学に行くなり会社に入るなり……」


「親の言う通りになんか、もうなりたくない! 他人に強制された生き方なんて、嫌なんだ! そんなの全然楽しくない! 生きてる気がしない!」


「聞き分けのねーガキやなこいつ……!」


「僕は自分がなりたい自分になってみせる! 貴方みたいに輝いてやる!!」



 虎太郎はついにぽろぽろと涙を零しながら、彼にとって全能の神のような男をキッと睨み付けた。

 泥土に塗れた地べたから光差す天上を見上げ、その理不尽なまでの差を覆してやろうと目論む瞳の色。


 その瞳に宿る愚かで身の程知らずな意思の輝きが、どういうわけかハルパーの胸をざわめかせた。



(なんて眼で俺様を見てやがる!!)



 反射的に振り上げられたハルパーの右腕は、振り下ろされる前に背後からガシッと何者かに掴まれた。

 まるで万力のような握力で宙に縫い留められ、微動だにしない。



「はい、そこまで~。店内で喧嘩しちゃダメよ~」



 恐ろしい力でがっしりとハルパーの腕を掴んだ人物は、気の抜けるようなおっとりとした声でハルパーを諫める。



「それに弱いものいじめも感心しないなー。新人には優しくしなきゃだめよ? ハル君だって最初から一流だったわけじゃないでしょー」


「……店長。わかったから手を放してくれ」


「もう喧嘩しないなら離してあげるけど」


「しねえよ」


「じゃあ離すわー」



 ふっと自由になった腕を、ハルパーは薄く脂汗を掻きながら触る。軽く青痣ができていた。


 彼の背後でニコニコと笑う女性は、女性ながらにかなりの長身だった。流れるようなロングヘアの黒髪を腰のあたりで留め、店のロゴが入ったエプロンは胸元で大きく膨らんでいる。

 豊満な胸に比べて手足はスレンダーで、先ほどまで大の男の腕を宙に縫い留めていたような膂力が到底あるとは思えなかった。



「店長、腕は商売道具なんだからこういうのはやめてくれ。折れたらどうすんだ」


「あらー? 私にとっては新人育成も立派な商売なんだけどなぁ。弱い者いじめで潰されちゃうのを見過ごすわけにはいかないもの」



 そう言いながらネットカフェ【シャングリラ】の店長、takoは長身を屈めて虎太郎の頭を撫でた。



「よしよし、悪いお兄ちゃんが怖かったねー。こんなのはほっておこうねー。虎太郎くんはちゃんとお姉ちゃんたちが一人前に育ててあげるから」


「……マジでその足手まといを育てるつもりなのか?」


「もちろん。新人入れなきゃ先細りだもの。こんな立地の悪い土地なんだから、貴重な新人はちゃんと育ててあげなきゃ」


「わざわざ【特区】に店を構えておいて言えた口かよ……」



 そんなハルパーのツッコミには応えず、takoはふふっと笑う。



「ハルくんはこの子に輝くモノがないっていうけど、私はそうは思わないなぁ。少なくともガッツはあると思わない? さっきの啖呵は結構好きだなぁ」


「身の程知らずでクソ生意気だな! 全然気に入らねえよ」


「つまり同族嫌悪ってことだよね~」


「んなッ……! ふざけんな、そんなガキと俺様を同列にすんじゃねえよ!」



 口元を引きつらせるハルパーの抗議を背中に受けながら、takoは虎太郎に訊く。



「さっきの言葉、本気かなぁ? 虎太郎くんは本気でトップに立ちたいの?」



 手の甲で涙を拭いながら、こくこくと頷く虎太郎。

 takoは慈母のように優しく微笑むと、ぎゅっと彼を抱きしめた。



「!?!?!?////////」


「じゃあ明日からは私のノウハウをありったけ叩き込んであげるね。ちょっと厳しい指導だと思うけど、私を信じて付いてきてね!」



 突然エプロン越しに素敵なお姉さんの豊満な胸に顔を包まれた虎太郎は、真っ赤になってあうあうと言葉を失った。

 逆に顔面を真っ青にしたのはハルパーである。



「!? 今すぐこの店から去れ、クソガキ! 店長のマンツーマン指導なんぞ受けたら再起不能にされるぞ!!」


「えー? 失礼なことを言うなぁ……ハルくん、それは営業妨害だよ?」



 ぷくーっと可愛らしく頬を膨らませるtakoに、ハルパーはいやいやと首を激しく横に振った。



「テメエの指導はシゴキなんだよ!! 何人潰したと思ってんだオイ!!」


「潰したりなんかしてないよぉ。ちゃんと二軍を支える戦力に成長したじゃない」


「目が死んでんだよアイツらの! テメエの基準で人を育てようとするのはやめろ、お前の『できて当然』の拷問についてけない連中の心が殺されるんだよ!」


「それはできない子が悪いんだと思うなぁ。私は誠心誠意教えてるんだから、教わる側もちゃんと本気で付いてきてくれるべきだと思うの」


「……お、おう……」



 徹頭徹尾自分の言うことが正論だと信じ切っているその眼を見て、ハルパーはそれ以上何かを言うのはやめた。暖簾に腕押しどころではない。高層ビルに腕押しするくらい不動で不毛であった。



「ねー、虎太郎くんはしっかりお姉ちゃんに付いてきてくれるもんねー? お姉ちゃんの指導を受けてくれるでしょ?」


「う、うん……」



 巨乳にぎゅうぎゅうと埋もれて窒息しそうになりながらも、虎太郎は必死で返事をする。

 ハルパーが色仕掛けに惑わされて哀れな……という目で彼を見た。


 いやこれ色仕掛けなのか? 実はもう拷問は始まっているのではないか?



「あ、そうだ。ところでハルくんは虎太郎くんに追い越されたら何をしてくれるの~?」


「は?」



 思い出したかのようにtakoが口にした言葉に、ハルパーが目を丸くした。



「何言ってんだアンタ」


「だってハルくん、さっき虎太郎くんいじめたじゃない。お前なんかが俺様に勝てるわけがないーみたいなこと言ったよね。そこまで言って負けたら、当然何か報復を受けるべきだと思うの」


「いや、意味がわからん……あのな、何で俺様がそんな」


「怖いの?」


「あ゛?」



 takoはクスクスと挑発的に笑いながら、ハルパーに視線を向けた。

 虎太郎に向ける慈愛の笑みとは真逆の、他人の心を掻き乱す酷薄な笑み。『魔王』の称号を持つ者にふさわしい笑顔だった。

 お気に入りの虎太郎がいじめられたことに、内心ハラワタが煮えくり返っていたのだと思われる。



「虎太郎くんに負けるの怖いんでしょ。そうだよねぇ、ズブの素人とバカにした虎太郎くんなんかに負けちゃったら、面目丸潰れだもんね。『外部』から来た自称一流プレイヤーさんとしては」


「はああああああああ?」



 額にビキッと青筋を浮かべ、ハルパーは瞬間沸騰した。



「ざっけんな誰がそんなガキに負けるか! 俺様がこいつに追い越される日なんて来るわけがねーだろうが!!」


「ふーん。そう言うんだから、負けたら何か相応のことをしてくれるんだよね?」


「ああ何でもしてやるわい! 何ならテメエらが大好きなうどんでも鼻から食ってやろうじゃねえか!」


「えっ、本当? 『外』のスーパーで売ってるようなぶよぶよので逃げようとしない? 私たちが好きなのは、しっかりとコシの入った地元のうどんよ~?」


「ハッ、上等だよ。どうせ負けることなんかあり得ねえんだからな」



 鼻を鳴らすハルパーから視線を離し、takoは胸元で溺れかけている虎太郎に訊いた。



「ということをのたまってるけど、虎太郎くんはどんなうどんが好き?」


「釜揚げのバターしょうゆうどん、ネギと天かす大盛りで」


「このガキさりげなくハードル上げてんじゃねーよ!?」



 ハルパーの抗議をよそに、takoはスマホを操作してトップ7全員にメッセージを送った。



『みんなー、ハルくんが虎太郎くんに負けたら鼻から釜揚げバターしょうゆうどんを食べてくれるってー!!』


『えええええええっ!? やったあああああああ!!!』



 途端にその場にいたトップ7全員が振り向き、なんならゲームしていた連中も即座にログアウトして集まってきた。



「マジですかハルパーさん。虎太郎に負けたら鼻からうどん食べてくれるんですね! 俺、3時間かけてとびっきりのうどん打ちますから楽しみにしててください!」



 先ほどからせわしなく様子をうかがっていたバーニーが、ぐっと逞しい腕を筋肉で膨らませながら陽気に笑い掛ける。



「フヒッ、うどん嫌いのハルパーさんのうどんデビューっすかwwww どうせならハルパーさんが大好きなたこ焼きもセットで付けたらどうっすか? プッwwww かっこつけイケメンが鼻からたこ焼きうどんwwww 最高www」



 手入れがされてないボサボサの髪の下から、エッジがおどおどと陰気な引き笑いを浮かべる。自分磨きを完全放棄したクソニート女子は自分で口にした内容にバカ受けである。



『ハルパーのうどん芸かぁ。それを見たら私も元気でちゃうかも!』



 モニター越しに映った真っ白な病室の中で、入院着姿の少女が儚げに微笑む。大病を患って入院中のエコーは、いつもモニターの向こうから【シャングリラ】の仲間たちのバカ騒ぎを眺めている。なお儚い容姿とは裏腹に性格は畜生だ。



 どこからともなく集まってきた仲間たちに、ハルパーはわなわなと体を震わせた。



「き、貴様らぁぁ! そんなに俺様が嫌いか!?」


「いや、別に嫌いってほどじゃないですけど虎太郎(ダチ)いじめたのは許せねえので」


「とりあえず弱み見せたら殴っとくでしょwwww」


『次にいつ殴れるかわからないしねー』



 トップ7は仲間の弱みを見つけては殴ることに余念のない畜生ばかりであった。まあこれは彼らのいつものコミュニケーションなので、特にハルパーが嫌われているというわけではない。



『大体ハルパーは素直じゃないよね。あー、虎太郎くんだっけ? 本当に嫌ってるなら勉強していい大学入れなんて言わないだろうし、この人の言うことは額面通りに受け止めなくていいよー』



 エコーがさらりと言うと、ハルパーが顔を赤らめてガルルと吠えた。



「てめえエコー! 何俺様を本当はいい奴みたいな空気に持ってこうとしてんだ!?」


「あー、なるほどなあ」


「ハルパーさん、男のツンデレとか需要ねっすよwww しかもハタチも超えた俺様系無職がショタ相手にイキリ散らすとか、フヒッwww 草生えちゃうんすよねwwww いや、あーしはそーいうの大好物ですがもっとやれ」


「無職じゃねーわ! プロゲーマーだっつってんだろクソニート腐女子が! ナマモノに発情してんじゃねーよ!!」


「ひっ」



 自分に敵意を向けられるや否や、エッジはささっとバーニーの巨躯の後ろに隠れる。



「す、凄んだって怖くないですからね。早く虎太郎くんに負けちゃえ!」


「この野郎は……」



 パーカーを目深に被ってプルプル震えるエッジに、ハルパーは怒りを通り越して呆れた目を向ける。



「いつ負けてくれるんですか! ハリー! ハリー!」


『……というか、私たちも彼にいろいろテクニック教えれば、もっと早く差を縮めてくれるんじゃないですか?』



 エコーの言葉に、バーニーはぱちんと指を鳴らした。



「おっ、それいいな。じゃあ俺も師匠になるわ。tako姉さんが戦術とか機動とか教えてくれるだろうし、俺は格闘戦でも教えよっかな」


『じゃあ私は情報戦のやり方でも』


「フヒヒ、あーしのエイム技術が火を噴くぜ?」


「あらーいいわね~。カリキュラムは後で教授にまとめてもらいましょうね」



 何だか知らないが自分を倒させることに力を合わせ始めた仲間たちを見て、ハルパーは額を押さえた。



「マジかよ……店長だけじゃなくてお前らも教えるのか? 大丈夫かよ……頭ぐちゃぐちゃになりそうだが」


「だいじょぶだいじょぶ! ハルくんは越えるべき最強の敵としてどーんと構えてて! そして派手に負けて死んで!」


「負けねーし死なねーわッ!!」



 ちなみにここまで虎太郎以外全員ゲーム内のキャラネームで表記しているのは、【シャングリラ】の店内では互いをキャラネームで呼び合うルールだからである。つまり。



「そもそもキャラネームに本名付けるようなガキに俺様が負けるわけねーだろうがッ!!」


「え?」



 びしっとハルパーに指を突き付けられた虎太郎は、目を丸くした。



「本名付けちゃダメなんですか?」


「いや、付けねーよ普通は。小学生かよ」



 ハルパーの言葉に、うんうんと一同は頷く。



「そういえばそうねぇ。ここは【特区】だし、身バレしちゃいそうな名前は良くないわねー」


「本名プレイもそれはそれで微笑ましくて良かったですけどね」


「まーキャラネも変えなきゃダメっすねー。珍しい名前だし」


『じゃあ折角だし、ハルパーが付けてあげたら?』



 エコーに言われて、ハルパーは眉をひそめた。



「なんで俺様が……。あのなあ、俺様はこいつに挑戦されてる敵なんだが」


『だってわざわざそう言うってことは、なんかいい名前考え付くんでしょ? センスいい名前見せてよ。ダメダメなセンスなら笑い飛ばしちゃうけど』


「……チッ」



 嫌そうな顔をしながら、ハルパーは顎に手を置いて真剣に考え始めた。


 みんなわかってて指摘しないが、ハルパーはエコーのお願いには弱い。

 というかバレバレであった。

 わざわざ指摘しないのは、言わない方が面白いからである。



 そんなハルパーを、虎太郎はキラキラした目で見つめる。

 たとえ邪険にされたとしても、やはりハルパーは虎太郎にとっての憧れの対象だった。彼に名前を付けてもらえるとなれば、内心喜ばないはずもない。

 内心どころか、全身から期待してます! というオーラを出していたが。

 小型犬なら尻尾をパタパタさせているところである。


 ややあって、ハルパーが口を開く。



「『シャイン』とかどうだ?」


「……あー、なかなかいい感じじゃないですか」


「なんか思ったよりも……まっとうですね?」


「ハルくんもやればできるのね~」



 ネタに走るんじゃないかと思っていた一同は、予想外にまともな名前が出てきてちょっと微妙な顔をした。

 ハルパーはうむ、と頷いて続ける。



「このクソガキ『SHINE死ね』と思ったので付けた」


「……はぁー、そんなこったろうと思いました」


「感心して損したッスね」


「やっぱりダメダメね~」



 一同の反応にハン、と鼻を鳴らしながらハルパーは口角を上げる。



「あと、こいつの目が涙でキラキラしてるからな。泣き虫のガキにはピッタリだろ」


「余計にダメじゃん……」


「もうちょっと真面目にやってほしいっすよねこの無職」


「クソニートに言われる筋合いはねえなあ!?」


「ひっ」



 犬歯を剥き出して威嚇するハルパーに、エッジがまた体を震わせてバーニーの後ろに隠れる。

 あらあらとtakoは苦笑を浮かべながら、虎太郎に訊いた。



「どうするー? もっとマシな名前考えてあげようか?」


「いえ、その名前がいいです。『シャイン』でお願いします」


「本当に? ハルくんの面子なんて立てなくていいのよー。どうせボコボコにするんだし」


「未来永劫されないが!?」



 抗議の声を上げるハルパーをまっすぐに見上げて、『シャイン』は言う。



「だってこれで少なくともひとつは『輝くものシャイン』が手に入ったじゃないですか。最初のひとつが手に入ったなら、後は天に届くまで積み上げていくだけです」



 まっすぐに、まっすぐに、至高天の御座みざを見上げる挑戦者の瞳。

 その眩しさにハルパーはチッと舌打ちして、思わず目を逸らした。



「そうそう届くと思うなよクソガキ。地に叩きつけられて心折れないように覚悟をしておくんだな」


「はい! 僕、頑張ります!」



 シャインはぎゅっと拳を握って、力強く宣言する。



「そしていつかハルパーさんに鼻からアツアツの釜揚げバターしょうゆうどんを食べさせてやりますから覚悟してください!!」


「何で俺様に鼻からうどん喰わせることにこだわるんだテメエらは!?」




 それは遠い日に彼が手にした、最初の輝きのお話。



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後日


ハルパー「……あれ? 途中から来たあいつらが、その前の俺と虎太郎のやりとりを知ってるのっておかしいよな……?」


教授「気付かない方がいいことはこの世にたくさんあるのだよ、ハルパー君」




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告知コーナー


お久しぶりです。


何も言わず休眠してしまって申し訳ございません。




この度は休眠期間に書いていた新作『催眠アプリで純愛して何が悪い! 』の投稿をスタートさせた告知がてらの投稿となります。


こちらは小説家になろう様、ハーメルン様での投稿となります。直リン貼るわけにもいかないのでぜひググってみてください。


ジャンルは恋愛、味付けはSF+コメディ。


『七慾』のSF部分を気に入ってくださっていた方はぜひお手にとっていただければ。序盤はごく普通の現代劇ですが、きっと気に入っていただけると思います。


『七慾』と違って最後まで書いてるのでエターも休眠もないですよ!




『七慾』も書き溜めして再開しますので、その間『催眠アプリ』の方もよろしくお願いします!

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