第102話 鬼ママ、大いに怒る
お久しぶりです。
書き溜めないんですが、オクト編が終わるまでは頑張って毎日投稿したいです。
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スノウが仕掛けた爆弾に吹き飛ばされた瞬間、どういうわけかかつて見た光景がオクトの脳裏をよぎった。
平穏で楽しかった、【シャングリラ】の皆とすごした日々。
家族のように通じ合った……いや、takoにとっては家族よりも心を通わせ合っていた仲間たち。
【シャングリラ】は実力重視のクランでありながら、アットホームな雰囲気を重視していた。オーナーであり店長でもあったtakoが、そうした居場所を望んでいたからだ。
みんなが兄弟姉妹のように時にじゃれ合い、時にケンカし、互いに腕を高め合いながら勝利に向かって協力する。そしてtakoは彼ら彼女らの母親のように子供たちを見守り、疑似家族となれる場を提供し、守り抜く。
それはtakoにとっての友人たちとの理想の関係であり、彼女がそれまで生きてきた25年間の人生で最も幸福だった日々でもあった。
できることならいつまでも新しい家族との幸せな生活を続けていきたかったし、あんなことが起こらなければ『創世のグランファンタジア』がサービス終了した後も仲間たちと新しいゲームへ移住していただろう。
本当に、本当に楽しく幸せで、かけがえのない家族。
だからこそ、takoはそれを奪った者たちを許せない。
裏切り者も、襲撃者たちも、いずれ必ず報復しなくてはならない。
その身に流れる血が沸々と煮えたぎり、流血で奴らの罪を贖わせろと叫ぶのだ。奪われた分だけの絶望と悔恨を刻んでやらねば収まらぬと吼えるのだ。
奪われたものが大事であれば大事であるほど、彼女の憤激は燃え盛る。
そして家族を奪った者たちと同じくらいに、奪われた家族を騙る者を許すことはできない。
それは彼女の家族を侮辱する行為だ。あの輝ける日々を嘲笑う非道だ。
速やかにその正体を暴き、八つ裂きにして二度と立ち直れないトラウマを刻んでやらなくてはいけない。
「待っていろシャイン!! 今すぐ暴いてやるッ!!」
オクトは頭を振って過去の甘い幻を脳裏から振り払うと、バーニアを噴かして爆風の衝撃から機体を立て直す。
さらにそのまま一気にブースターを起動して土煙の中に飛び込み、強烈なGに耐えながら逃げたシャインを追跡した。
(機体のダメージが溜まっているが……まだいける!)
先ほどの爆風とシャインとの戦闘前のレイドボス戦によって機体には相当なダメージが蓄積していたが、まだHPゲージは半分ほども残されている。
それにシャインも手負いのはずだ。オクトの前に現われる前に部下たちとの激戦を潜り抜け、あまつさえ半ば自爆めいたトラップで爆風を受けている。ほぼ瀕死のダメージを受けているのだから、後ひと押しで撃墜できるだろう。
「本物か……偽者か……」
もくもくと視界を塞いで立ち込める土煙の中を飛翔しながら、オクトはひとりごちる。
2年ものブランクがありながらシャインの腕前は『前作』の頃とほぼ遜色がなかった。だが、だからこそオクトは疑う。
【特区】で2年過ごした間、ゲームに触れる機会はほぼなかったはずだ。それなのに当時とほぼ変わらない腕前というのが引っかかる。このゲームを始めてからの短期間で、既にリハビリは済ませたというのか。
むしろ当時の腕を再現した
しかしシャインはトップ7ほぼ総出の英才教育の結果とはいえ、わずか1年でビギナーから国内最高レベルまで上り詰めた逸材だ。
その噂を聞き始めてから2カ月になるが、それだけあればブランクを埋めるには十分とも考えられる。
あまりにもシャインが特異な存在ゆえに、オクトはその素性を図りかねていた。
異常者に異常扱いされるメスガキとは。
そして何よりオクトに疑念を抱かせているのは、通信ウィンドウのスノウの頭に座っていたあの妖精ともメイドともつかない
――
あんな高度な知性を持つペットAIが現時点で存在するはずがない。
オクトがとあるツテから得た情報では、高知性型ペットAIが解禁される予定こそあれど、それは当分先のことになるという話だった。
そして何よりもあまりにも
声質は違う。口調も違う。顔と姿は論外だ。
だが少し話しただけでもわかるくらい、エコーと性格が似ている。
だからオクトは、ディミこそが『シャイン』の本体なのではないかと疑っている。2年前のシャインを模した
あのGMならばそういった悪趣味なことをしても不思議ではない。
だとすれば、それは二重の意味での『偽者』ということになる。
仮にそうなら、決してその存在を許してはいけない。
母親である私は、家族を侮辱する存在の悉くを滅さなくてはならない。
「見つけた……ッ!?」
土煙が晴れた先、シャインは天井に大きく開いた穴から地上へと逃れようとしていた。
だが、その有様はオクトを絶句させるものだった。
美しく白銀に輝いていたボディは爆風に焼け焦げ、もはや満身創痍。
ブースターが破損しているのかこれまでオクトに見せてきた機敏な動きは今や見る影もなく、機体の制御もおぼつかないほどによろよろとした動きだ。
あたかも脚の先をもがれた蟻が、なんとか生き延びようと這い歩いているかのような、見る者の憐憫を誘うようなみっともない動作。
「何ということだ……」
オクトの胸中に真っ先に浮かんだ感情を一言でいえば、それは『失望』だった。
なんて無様で、情けない動作だ。
確かに
内心で怯えれば怯えるほど、その怯えをバネに無駄に強がって虚勢を張るような子だった。どうしようもないほど怖がりだが、しかし相手から見下されたままでいることだけは許せない、その矛盾こそがシャインだ。
そのシャインがどれだけ窮地に追い込まれようが、断じてこんなみっともない醜態を晒すはずがないのだ。
「こんなものが私の
次にオクトの胸に燃え上がったのは激しい怒りだった。
真っ赤に燃える紅蓮の感情が脳裏を埋め尽くすほどに燃え上がり、操縦桿を握る指をぶるぶるとわななかせる。
ついに化けの皮を剥がした。
恐らくこれほどまでに瀕死の状態に追い込まれることを想定していなかったのだろう。シャインを模した戦闘AIはここに至って馬脚を露わし、本物がとるはずもない無様な動作を取り始めた。
しかしそれがなんと神経を逆撫ですることか。
愛する家族を名乗り、その帰還を騙り、オクトにもしかしたらと僅かな希望を持たせておきながら……それを裏切り、みっともない本性を晒す存在。
許せない。
許せない。許せない。許せない。
その名前が、仕草が、言動が、醜態が、すべてがオクトの堪忍袋の限界を超過している。
ならばどうする。
激情に震えていたオクトが、すっと無表情になった。
「……丁寧に殺そう」
シャインがにわかにこちらを振り返り、わたわたと無様な動作で慌てて地上へと逃れる。
オクトは無言でその後に続き、天井に開いた縦穴から地上に向かった。
怒りが収まったのではない。
高温すぎる炎が赤から青くなるように、その憤激は最早オクトの臨界点を超えていた。
もはやただ殺しただけでは殺したりない。
その手足の1本1本をゆっくりともぎ取ろう。
腕と脚で四ツ。胴で一ツ。銀翼で一ツ。頭で一ツ。じわじわと順番に引き千切り、最後に恐怖に震えるコクピットを抉り取って一ツ。
都合八ツに裂いて、本物のシャインへの
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縦穴をくぐると、無数の柱が立ち並ぶ大広間に出た。
もはや逃げきれないと悟ったのか、シャインは唐突に振り向いて“
確かに先ほどの狭い縦穴で迎え撃つよりは、広い空間で戦う方が戦いやすいだろう。だが、それはオクトにとっても同じことだ。
むしろ今の満身創痍の
オクトは最早何か口にするのも馬鹿らしく感じ、無言で弧を描くように機体を移動させてその無謀な突進を逸らした。
決死の突撃をいなされた白銀の機体は、間髪を置かずブレードとビームライフルを抜き放って八裂に向かって飛びかかる。
乾いた遺跡の空気の中を切り裂いて2騎のシュバリエの機影が交錯する。
片方は流線形のボディを持つ白銀のシュバリエ。
そしてそれを圧倒するのは、ごつごつと節くれだった四肢を持った真紅のシュバリエ。白銀の機体よりもひと回り大きなシルエットの肩に刻まれた“8”の数字が闇の中で揺れる。
ブレードとビームライフル、そして蹴りを混ぜ合わせながら、果敢に真紅の機体へと攻めかかる白銀のシュバリエ。攻撃のパターン化を防ぎ、相手の意表を突くことを狙った本気の攻撃。
しかしその攻撃のことごとくが、真紅のシュバリエには通じない。
左右にゆらゆらと機体を振りながら白銀のシュバリエを追尾し、繰り出される攻撃を陽炎のように避けてしまう。
精密極まりないはずの白銀の機体の攻撃が、すべて先読みされてしまっていた。
……確かにシャインを再現しようとしただけのことはあるのだろう。
ビームライフルのエイムはさほどではないが、ブレードと体術の組み合わせはまあまあのセンスを感じる。これが人間なら【ナンバーズ】へのスカウトを考えてもよかった。
しかし『シャイン』としては赤点もいいところだった。
オクトはバグったAIの必死の抵抗を見切り、かわしていく。カウンターを入れれば即座に叩き潰せるだろう。しかしそれではまったく気が晴れない。
その気になればいつでもお前を殺せるということを示してAIに恐怖を与えるために、オクトはあえて防戦を貫き、じわじわと追い詰めていった。
「弱い」
何十回目かの攻撃を回避してから、真紅の機体のパイロットがため息をつくように呟いた。
「単調な攻撃だ。本当にこれで当てようと思っているのか?」
「……ッ」
白銀の機体の中で奥歯を噛む
その合間にも繰り出され続けるシャインの攻撃をかわしながら、彼は呟く。
「がっかりだな。これで私の弟子を名乗ろうとは」
「くっ……! まだ終わってないッ!」
そう叫びながら繰り出される、シャインのブレードの一撃をなんでもないようにスウェーでかわし、真紅の機体のパイロットは煩わしそうに眉をひそめた。
「お前にしゃべっていいとは言っていない。弱者がさえずるな、耳が穢れる」
その言葉と共に真紅のシュバリエが前蹴りを繰り出し、シャインの腹部をしたたかに蹴り付けた。体重の乗った蹴りに、シャインが後方へと吹き飛ばされる。
「ぐうっ……!」
背後にあった柱に叩き付けられたスノウが呻き声を上げる。
そして彼女が視線を上げたとき、既に正面には
「消えろ、偽者」
次の瞬間、ブレードがシャインに向かって振り下ろされる。
大上段の左右から2ツ、横薙ぎに1ツ、斬り上げて1ツ。
別方向からまったくの同時に繰り出される4つの斬撃は、たとえ相手がどれほどの達人だったとしても決して逃すことはない。これこそがオクトの必殺技。
もはやシャインに逃れる術などなく、4本のブレードはシャインの手と脚を刎ねた――。
「なんてな」
「……何?」
スノウの声色から恐怖の欠片も感じとれず、オクトは眉をひそめて四肢をもがれたシャインを見下ろした。
いよいよ本格的にバグったか?
……いや。待て。手ごたえが変だ。
関節を狙って斬ったのに、斬ったときの手ごたえが想定より固い。見た目と実際のサイズが一致していない。
違和感にひやりと背筋に汗を浮かべたオクトが見つめる先で、刎ね飛ばしたはずの腕と脚がみるみる黒く、別の形へと変化していく。
そうだ、そもそもおかしい!
シャインは右肩を破損していたはずなのに、先ほどは両腕を十全に使って戦っていた。
それにブースターが破損したとしてもシャインがあんなよろけた飛び方になるわけがない。何故ならあの機体の銀翼“アンチグラビティ”は重力制御によってブースターなしでも飛行が可能なのだから!
「しまっ……!?」
「必殺! グラビティ……『メスガ』キィーック!!!」
スノウとディミの叫びと共に、一時的に増大した重力を乗せた一撃必殺の飛び蹴りが上空から“八裂”の背中に突き刺さる!
「うおおおおおおおおッッッ!?」
すんでのところで背後からの殺気に気付いたオクトは、急いでバーニアを起動して前方に跳躍することで威力を減衰させるが、それでも痛烈なダメージによってHPゲージがガリガリと削れていく。
渾身の一撃を叩き込んだ『本物』のシャインは、距離を取るオクトを油断なく睨みながら、四肢をもがれた『偽者』のシャインのそばにしゃがみこんだ。
「ありがとう、ミケ。何もかもキミのおかげだよ」
「フフ……拙者ごときでも役に立てましたか。死兵となった甲斐がありましたな」
『偽物』のシャインがまとっていた擬態が解けて、頭部と胴体だけになったミケの機体が姿を現わす。
その腹部に抉られた穴に埋め込まれたウツセミキューブが地面に転がり落ち、カチンと澄んだ音を立てて粉々に砕け散った。
本来なら幻影を投影した瞬間に決めていたポーズしか取れず、その場から動くこともできないチープな変装道具のウツセミキューブだが、例外はある。肌身離さず携帯し、常時幻影を更新し続けるという方法だ。これによって別の機体に化けることすら可能である。
しかし両腕は本物のシャインから借り受けた武器を手にするために塞がっていたので、どうしてもウツセミキューブを収めるためのスペースが別に必要だった。そのために彼女は切腹を行ない、そこにウツセミキューブを埋め込んだのだ。
スノウの自爆覚悟のトラップによって巻き起こった煙の中で、密かに待機していたミケとスノウがすり替わり、ミケは必死に『偽者』を演じてオクトと死闘を繰り広げたのである。
本物のシャインによる必殺技でオクトを追い詰める、ただその目的のためだけのミケ一世一代の演技であった。
本物のシャインから武器を借りていなければ、騙しきれなかっただろう。
怒りの臨界点を超えたオクトがじわじわと嬲り殺す気になっていなければ、あっさりと叩き潰されて終わりだっただろう。
オクトの性格を嫌というほど知り尽くしたスノウと、主人のために犠牲を含めたあらゆる方法を取る覚悟があるメイド隊が、頭を突き合わせて真剣に悩み抜いたからこそオクトを騙しおおせたのである。
真相を察したオクトはこめかみに青筋を浮かべ、慎重に距離を取りながらミケの機体を見つめた。取るに足らない虫けらに、まんまといっぱい食わされた。
騙された怒りと、自分の迂闊さに新たな怒りがこみあげてくる。
「替え玉だと……!? シャインに化けて私と戦ったのか、ペンデュラムの無能な取り巻き風情が!!」
「おや、カイザーの取り巻き風情が面白いことをおっしゃる。無能な拙者に騙された貴方はド無能ということになりますな?」
コクピットの中からミケはクックッと心から愉しそうに声をあげる。
そしてオクトにニヤリと笑い掛けた。
「そうやって他人を見下してかかっているから、足元を掬われるのです。主君のために忠を尽くし、身命を賭してこそ本懐を為す、そんな戦い方もあるのでござるよ。貴方のような不忠者には決してわからぬでしょうがね! ああ、ようやくムカつくジジイに一矢報いれた。まっこといい気分でござるなあッ! あーはははははっ!!」
「…………ッ!!」
オクトは無言でビームライフルを取り出すと、哄笑を上げるミケ機のコクピットを撃ち抜いた。
高圧熱線の直撃を受けたミケの
「おやおや?」
『おやおやおやおや?』
そんな余裕のないオクトを見て、スノウとディミが笑みを浮かべる。
「どうしたのtako姉? 悔し紛れにトドメを刺しても、ミケに騙された事実は消えないよ」
『うぷぷ、もしかしておしゃべりする気力もなくなっちゃったんですかね?』
「少し黙ってろ、末っ子ども……余計なことを口にすると、その分だけお仕置きが痛くなるぞ」
『……末っ子?』
こきゅんと小首を傾げるディミの頭を撫でてから、スノウは通信ウィンドウ越しにオクトに指を突き付けた。
「あれれ? もしかしたらボクたちこのまま勝っちゃうよ、tako姉。何しろ奥の手を無駄打ちしちゃったんだもん」
そう口にするスノウのスクリーンには、4本の腕を下げた“八裂”の姿が映し出されていた。
甲虫を想起させる“八裂”のごつごつしたフォルム。その特徴を最も示す肩部のパッドを押し上げて隆起するのは、先ほどまではなかった2対の巨腕。
予備の武器と共に肩部に格納された副腕を起動し、瞬時に同時攻撃を繰り出すことこそがオクトの必殺技の正体だった。
追跡中の攻防でも出さなかった奥の手を『偽者』に使ってしまったオクトは、スノウの不意を打つ唯一の機会を空費してしまったことになる。
わからん殺しを仕掛けるチャンスを逃して、ねえねえ今どんな気持ち?
オクトはふうっとわずかに息を吸うと、ビームライフルを肩の武器庫に収めてブレードに持ち換える。
そして大小2対4腕のブレードをシャインに向けて言い放った。
「ぬかせよ小娘。最早葬るのに小細工は不要。真っ向から挑んで切り捨てられぬ道理なし」
「ふーん。だけどそこまでHP削れりゃ、まぐれでも2、3発当てればボクの勝ちだよ?」
「私を追い詰めたとでも? 追い詰められたのは依然として貴様だ。もはや逃げ場はない。いざ覚悟して……散るがいい」
シャインはブレードとビームライフルを構え、“八裂”は4本のブレードを手に互いを睨み付ける。
互いに満身創痍、技量だけが試される薄氷の上を渡る戦闘。
「「いざ、尋常に!!」」
薄汚れた白銀と赤熱する真紅、同時に距離を詰めた2つの機影が交錯する!
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