第119話 その手の温もりをまだ信じている
今回は過去編になります。
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「勉強しろ、怠けるな、落ちこぼれるな」
それが大国虎太郎の父親の口癖だった。
とにかく人と比べて劣等感が強く、他人と比べて劣っていると自覚させられることが我慢できない。かつては将来を嘱望されたエリート官僚であり、決して能力で他人に劣っていたわけではなかったのだが。
2022年に発生した“ジャバウォック事件”と呼ばれるサイバーテロ事件でのあおりを受けて将来を閉ざされた彼は、デジタル文化に深い憎悪を抱くようになった。“ジャバウォック”さえいなければ、ネットなんてものが存在しなければ、自分は輝かしいエリートの地位を追われることはなかった。
そんな彼が、急激に高まっていく反ネット運動に加担するのは当然の流れだったのかもしれない。中央を離れた彼は、妻と幼い息子を連れて“特区”行政府の官僚となり、そこで出世した。やはり能力がないわけではなかったのだ。
しかし、エリート街道を逐われたという耐え難い屈辱は、彼の精神を決定的に歪めてしまっていた。
彼は息子が落ちこぼれることに強い恐怖を抱き、幼少の頃から英才教育を叩き込んだ。息子が遊んでいると烈火の如く怒り、怠けると他人に置いて行かれる、決して落伍するなと口うるさく吹き込み続けた。
そんな父親の教育を受けた虎太郎は、とても真面目で潔癖な男の子に育った。
他人を管理する側に立たなければ落ちこぼれだという父の意見を受けて、委員会活動も中高ともに指導委員に入った。
これはいわゆる風紀委員のようなものだが、校則を守らせるのではなく生徒が“特区”の思想を遵守しているかを監視する。口さがない子供は、陰で思想警察だのゲシュタポだのと呼んでいた。
虎太郎が高1のときの、ある日の夜。
「最近帰りが遅いようだな。どこかで遊び歩いているのか?」
夜9時に帰宅した虎太郎に、父は猜疑心に満ちた視線を向けた。
いつもは帰りが遅い父に見咎められ、虎太郎は一瞬顔を歪める。
「前に言ったとは思いますが、友達の家の道場に通っているんです」
「どこの道場だ」
「稲葉道場です」
嘘はついていない。
実際虎太郎はこの日、稲葉道場に行っていた。
より正確に言えば、稲葉道場が併設されている
【シャングリラ】のメンバーとなってから、虎太郎はちょくちょくバーニーの道場に入門して稽古をつけてもらっていた。ウチで技を身に着けたら、きっとゲームの中でも役立つぜとバーニーが勧誘してきたからである。
それまで割ともやしっ子だった虎太郎だが、バーニーの教え方がいいのか格闘技は結構面白かった。何よりゲームの中で役立つというのがいい。
それに、稽古の後はバーニーの家でマンガやアニメを見せてもらえるのだ。バーニーは密かに膨大な数のコレクションを持っていて、娯楽に飢えた虎太郎にとってはたまらないご褒美だった。
鍛えた分だけゲームの中でも強くなり、ご褒美に娯楽も待っている。
これが楽しくないわけがない。好きこそものの上手なれとはよく言ったもので、虎太郎はわずかな期間でめきめきと力を付けている。教える側の才能と、教わる側の容量の良さ、そして何より楽しさという要素が奇跡の噛み合い方を見せていた。
だが、他人がうまくいっているときに水を差したがる人間というのはどこにでもいるのだ。場合によっては家族の中にすら。
「ああ、稲葉流か……。要人SPの必修だとかいう」
「はい。その稲葉流です」
「本格的すぎないか? 体を動かすならもっと軽いものでいいだろう」
「…………」
反射的に他人を否定するところから入るのが、この男の癖だった。
だが、一度口にしてから思い直したらしい。
「まあ、いい。指導委員ともなれば不良に体罰を与えることもあるだろうしな。お前も少しは心得があっても悪くないだろう」
「はい」
「だが、それで成績を落とすなんてことは絶対に許さんぞ。いいな。スポーツを始めたからといって、決して勉強をおろそかにするな。他人から落伍するな。人並みの人生というのは、他人から落ちこぼれていない人生のことを言うのだ」
「わかりました」
殊勝な顔で虎太郎が頷くのを当然のような顔で見やってから、彼は踵を返して居間へと戻っていく。
「おい! ビール!」
いつものように母に頭ごなしに命令する父の言葉を遠くに聞きながら、虎太郎はふうっと深いため息を吐いた。
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翌日。
【シャングリラ】のロビースペースの片隅で、虎太郎はカリカリとシャーペンを走らせて宿題を片付けていた。
VRゲームを密かに提供する地下ネットカフェだが、ロビーは意外と静かなものだ。VRポッドは密閉性が高いので音が外に漏れないし、このロビーも結構広いうえに明るくて居心地がいい。
さらにドリンクバーや軽食も用意されていて、小腹が空いたらいつでもつまめる。とどめにオーナーのtakoの好意で、中高生のメンバーは飲食代がタダである。
勉強をするにはいたせりつくせりの環境で、実際学生のメンバーの中にはここを自習スペースにしている者も少なくなかった。わからないところが出てきたらそのへんの年長者に聞けば、機嫌がよければ教えてくれるし。
「やあ。やってるね」
虎太郎が座っているテーブルの向かいに誰かが腰かけたのを見て、虎太郎は視線を上げる。
「あっ……クランリーダー! こんにちわ!」
慌てて立ち上がって会釈しようとするのを、教授は笑顔で制した。
「ああ、いいよいいよ。そのまま続けてくれ。別に邪魔をしたかったわけじゃないんだ」
「あ……はい」
そう返しながら、虎太郎はそわそわした。
クランで一番偉い人に声をかけられて、何事もなかったように勉強に集中できるほど虎太郎の胆は据わっていない。
むしろ虎太郎の方こそ、クランリーダーと話すなんていう滅多にない機会が急に舞い降りてドキドキしていた。
クランに加入して1カ月程度の自分みたいな新人にとっては、雲の上の人だ。そんな人が話しかけてきてくれるなんて、どういう用事なんだろう。
教授は緊張している虎太郎を温和な瞳で見つめて、にっこりと笑う。
歳の頃は60歳前後。人が良さそうなふっくらとした顔立ちだが、何より瞳に宿る知的な光の印象が強い。それでいて、なんだかそばにいると不思議と安心感を覚える雰囲気をまとっていた。
「入ったばかりでハルパー君にケンカを売った子がいると聞いてね。さて、どんなはねっ返りの新人が入って来たのかなと思ったが……」
「あ、はい……」
虎太郎は頬を赤くして顔を俯けた。
そんな少年を見て、教授はふふっと笑う。
「予想に反して頑張り屋さんのようだ。ちょっと驚いたな」
「いえ……そんな大したものでは」
「謙遜することはないよ。自分の努力は素直に認めてあげなさい。うちのトップ7の子たちから……とりわけtako君から集中的にしごかれて、それでも食らいついていってるっていうのは本当に大したものだと思うよ」
教授が自分のことを前もって知っていたことに、虎太郎は目をしばたたかせた。自分のような新人なんて、何の興味も持たれていないだろうと思っていたのに。
教授は穏やかな瞳で虎太郎を見つめている。
「反骨精神は人間の心の成長に欠かせないものだが、実際に行動に移すにはたくさんの心の力が必要だ。だから負けないぞという気持ちで成長している自分を、いっぱい褒めてあげなさい。褒めるということは、肯定するということだ。これは結構難しいもので、人間は無駄に偉くなるほど素直に肯定することができなくなる。でも、それは他人や自分の心を育てるうえで欠かせない栄養なんだよ」
だから、と教授は穏やかな笑みを浮かべながら続ける。
「頑張ったら、まずは自分を褒めてあげるといいよ。自分というのは、世界で一番近しい友達だ。そうして自分を褒めて育てることが、いつか君の自信となり、本当の力になってくれるからね」
「……はい」
これまで言われたこともないことを言われて、虎太郎はどぎまぎした。
虎太郎は自分に自信を持てないタイプだ。父の教育方針が彼をそう育てた。
それが、この人は自分を褒めて育てろ、自信をつけろという。
その言葉は終始穏やかで、ゆっくりと心に染み入ってくるようだった。
「何でこんなことを急に言うのかびっくりしたかな?」
「あ、ええと……」
虎太郎が言葉を探してどぎまぎしていると、教授はにっこりと笑った。
「これはエールだよ。私はこのクランに入って来た子には、何かひとつ応援の言葉を贈ることにしていてね。せっかくクランに来てくれたんだ、口も利かず言葉も交わさず、ただVRポッドに横たわってゲームするだけの関係じゃ寂しいだろう? まあ、今のご時世そっちの方がいいって人も多いけど……」
「…………」
「私も古い人間だからね。コミュニケーションの力ってやつを信じてるんだ。そんな時代遅れの老骨からの、ささやかな贈り物だよ」
「そんな、時代遅れだなんて」
教授の自嘲を否定しながら、虎太郎はその言葉の意味を噛みしめた。
つまり教授は、クランメンバーひとりひとりのことをよく知ったうえで、どういうエールを送ればいいのか考えているということ。
どんな悩みを、コンプレックスを抱いているのかを知ったうえで、それに抗うための助言を嫌味にならないようにかけて回る。クランメンバーは100人を超えているというのに。
それはどれだけ大変なことなのか、虎太郎には想像もつかなかった。
「……教授は」
「うん?」
つい漏れ出た言葉。
虎太郎自身、何を訊こうと思って言ったわけでもない。
穏やかな笑みを浮かべながら、教授は急かすでもなく静かに虎太郎の次の言葉を待った。
自分は何を訊きたいのか虎太郎は考えて、それから質問を決めた。
「教授はどうして僕みたいなやつのこと知ってるんですか」
「いやいや、キミは有名人だよ? ハルパー君にいつか追い抜いてやるなんて面と向かって言い放つ子はあんまりいないよ。tako君のシゴキに耐え抜く子もね。ただまあ……訊きたいのはそういうことではないか」
教授は手にしたカップの中身を啜り、喉を潤す。
「どうしてみんなのことを知ってるのか、という話だろう? 私は割と留守にしがちで、みんなとあまり交流もしてないからね。無論、tako君や娘から人となりを聞いたんだよ」
「娘……エコーですか」
「そうだね。tako君は本当にみんなのことが大好きだから、ひとりひとりをよく見ている。エコーも話好きだしね。みんなからの情報を集めてプロファイリングすれば、どんな悩みを持っているのかはわかる。……私だって無駄に歳を食っているわけじゃないからね。助言の引き出しのひとつやふたつは持っているんだよ」
そう言って、教授はカップを飲み干した。
「ま、私も他人に説教できるほど偉い人間ってわけじゃないが。無駄に馬齢を重ねてしまったんだ、せめて少しくらいは若人の力になれたらいいよね」
そんな苦笑を浮かべる教授から、何とも言えない安心感を感じて。
虎太郎はなんだか、この老人のことが好きになってしまった。
あまりクランに顔を出さないけど、教授はみんなから父親のように慕われている。祖父のように、ではない。父親だ。
クランという言葉が血縁による【氏族】に由来するのであれば、その長である教授はみんなの父親に他ならない。
ハルパーやエッジみたいなひねくれ者でも、教授を悪し様に言う者はひとりもいない。その理由が、虎太郎にもわかった気がした。
この老人が悩みに的確な助言を与えてくれるというのなら……訊いてみたいことがある。
だが、言葉を交わしてあまりにも日が浅い。ほぼ見知らぬ他人同然の人物に、自分の抱える悩みをぶつけて重いと思われやしないか。
虎太郎が言おうか言うまいか悩んでいると、教授は白いものが混じったグレーの眉を上げた。
「何か悩みがあるのかな」
「……何でわかるんです?」
「実は私は超能力者で、他人が何を考えてるのかわかるんだ」
そう真面目な顔で言ってから、教授はなんてなとおどけた。
「まあ、それは冗談だが。昔取った杵柄で、ちょっと他人の心理には詳しいけどね。キミみたいな若者が真剣な顔してたら、悩みがあるんですと言ってるのと同じだよ。……いいよ、話してごらん。おじいさんが何でも答えてあげよう」
「はい……あの」
虎太郎はうまく説明できるか不安になりながら、言葉を探した。
「他人から落ちこぼれないことって、そんなに大事なことですか」
「ふむ?」
「父さんが、いつも言うんです。他人から落ちこぼれるな。他人と違うことをするな。他人がやっているのと同じことを、他人よりうまくやることだけ考えろ。そうじゃないと失敗するぞ、誰からも見捨てられて、負け犬の人生になるぞって」
「……ほう」
「だからずっと、他人からはぐれないようにしてきました。だけど、最近わからなくて。他人と同じって、普通ってどういうことなんでしょうか。小中学生のときにはなんとなく見えてた『普通』が、わからなくなってきたんです」
「なるほど。まあ、高校生にもなると人間性も多様化するからね。普通という言葉の定義が見えなくなってきたわけか」
「……はい。僕、どうしたらいいんでしょうか」
「そうだなあ……」
教授は空っぽになったカップを手の中で弄びながら、虚空を見上げる。
「僕はキミの人生に責任を持てないし、ご家族にはご家族の教育方針があるからね。だからこれはあくまで僕個人の意見として聞いてもらいたいのだが」
「はい」
虎太郎は姿勢を糺して、教授の次の言葉を待った。
「『普通』の人生って生きててもあんまり面白くないぞ?」
「はあ……」
意外なことを言われて、虎太郎は目をぱちくりさせる。
「人生って面白いとかつまらないとかそういう基準で語ることなんでしょうか?」
「そりゃそうだよ。人生ってのは面白いに越したことはない」
「でも、父さんは人間は仕事をするために生きてるんだ、それ以外は余分だって」
「キミのお父さんは工場部品でも生産してるのかね? 社会の歯車を出荷するのが生きがいなのだとしても、そこにキミが付き合う必要は感じないな」
「え……」
絶句する虎太郎に、教授は語り掛ける。
「キミを育てたのは確かにお父さんだろう。だけど、キミの人生はお父さんの人生ではない。だから好きなように生きていいんだよ。自分が面白いと思うことを追求していいんだ。それが社会通念に反することでない限り、誰にもキミを止める権利はない……」
そう言ってから、教授は苦笑を浮かべた。
「いや、“特区”の思想には反しているか。まったく息苦しい土地だね、ここは。子供から娯楽を奪って思想を統制して、意のままになる労働力を生み出す。まさに社会の歯車の生産工場だ」
“特区”の指導委員として思想教育を受けてきた虎太郎には、教授の言うことはまるで“特区”が批判する社会悪そのもののように聞こえる。無条件で処罰されるべき対象。警察に通報したら即刻投獄されて当然の批判。
だけど、今の虎太郎には教授がそんな“悪”には思えなかった。
「……いいんですか、そんなこと言って。思想違反ですよ」
「良いも何も、私はもう60年近く生きてきてるんだよ? 後から出てきた頭のおかしい連中が、やれゲームは頭を腐らせる病巣ですだの、ネットは人間を洗脳する悪魔の発明ですだの、勝手なことを言いだしたのさ。ゲームをプレイしたら頭が悪くなるってんなら、ゲーム好きの私が国立大で教授にまでなれたのは何だって言うんだ? まったく、後から出てきて勝手な妄想を押し付けるんじゃないよ」
「………………」
言われてみれば当たり前の理屈に、虎太郎は衝撃を受けた。
【シャングリラ】に加入してから徐々に崩れかけていた、親や教師に植え付けられていた常識に明らかな亀裂が入る。
「教授って、本当に教授だったんですか」
「まあ、“元”だけどね。アーリーリタイアして、今はただの無職さ。研究者を放棄したつもりはないが、もう教鞭を執ることはない」
そう言って肩を竦めてから、教授は軽く笑った。
「だけどね、これは仮にも教育者としてたくさんの人間を見てきた経験から言うんだが……。本当に飛び抜けて優秀な奴ってのは、はみだし者ばかりだよ?」
「えっ」
「これはマジだ。私が見てきた教え子の中で、本当の意味で優秀な人材っていうのはどいつもこいつも常識からズレていた。もちろんはみ出し者が必ずしも優秀なわけじゃない。だけど、人並み外れて優秀な奴はみんなどこか常人の枠からはみ出しているんだな。だからこそ誰もが目を疑うような成果を挙げる。なかでも私の一番優秀な教え子ときたら、本当に……」
教授は一瞬視線を頭上に向けてから、首を横に振った。
「いや、まああの子のことはいいか。とにかく私が言いたいことは……『はみ出すことを必要以上に恐れるな』ってことさ」
「はみ出すことを、恐れない……」
オウム返しに呟く虎太郎に、教授は頷く。
「ああ。もちろん社会の常識は遵守すべきだ。研究のために犯罪なんてもってのほかだよ。だけど、ときには間違ってるのは社会の方なんじゃないかって疑ってみてもいい。何より自分がやりたいことをやれた方が、人生は絶対面白いんだ。勝ち組ってのは、面白く人生を生きれた奴のことだと、私は思うよ」
「そういう、ものですか……」
「まあ、あくまでも私個人の意見だからね。そういう視点もあるという参考程度に捉えてくれればいいよ」
そして、教授はニカッと笑みを見せる。
「キミにもそういう『優秀なはみだし者』の素質があるかもしれないぞ。なんせハルパー君に堂々とケンカを売れるんだ、なかなかできないことだからね! はっはっは!」
「僕も……はみ出し者になれる……?」
まじまじと自分の掌を見る虎太郎に、教授は優しい瞳を向けた。
「どうかな? 少しは悩みは晴れただろうか」
「……はい。ありがとうございます!」
「そうかそうか。それはよかった。老骨にもできることはあったようだ。……というわけで、キミもはみだし者の第一歩を踏み出してみようじゃないか!」
おもむろに教授はリモコンを手に取ると、ロビーの壁一面を埋める大型モニターに映像を映し出した。
そこに現われるのは、パースがめっためたに崩れまくったアニメーション。低予算と人手不足と迫る納期が奇跡のマリアージュを起こして誕生した、地獄のようなクソアニメだった。
ああ! パースが狂って異様に長い後部ドアになった自動車が、作画ミスで歩道を爆走している!!
「え? え? ええ???」
ぽかんと口を開ける虎太郎の前で、教授はエキサイトしながら絶叫!
「これよりクソアニメ十三話連続上映会を決行するッ!!」
『こらーーーーーーーっ!!!』
当時の新人声優が演じるキャラが何かを口にする前に、エコーがモニターに割り込んできた。真っ白な病室を背景に、パジャマ姿の少女が身を乗り出してくる。
『せっかくいい話だと思って見ていれば! お父さん、新人の子に手あたり次第クソアニメを勧めるのはダメって言ったでしょ!』
「何を言う! クソアニメはいいぞ! 人生の哲学が詰まっている!」
『詰まってないよ! あるのは無駄な時間を過ごした徒労感だけだよ! アニメ慣れしてない“特区”の子が、それが普通のアニメだと勘違いしたらどうするの! アニメなんてくだらないって一生見なくなったらお父さんのせいだよ!!』
「比較対象を知らずして、どうしてそれが良いものだと理解できようか!? 私は悪しきものと良きもの、その両者をあえて与えたい!」
『じゃあ先に良いものだけ見せろよ!? っていうかクソって自分で言ってるし、悪しきものだって認めてんじゃねーか!!』
「当たり前だろう、私の審美眼は極めて常識的だよ?」
『常識って言葉を辞書で100回引いてよ、このはみだし者ォ!!』
親子がぎゃーぎゃーと言い争っていると、ヌッとtakoが姿を現わして教授の腕を万力のような腕力で掴んだ。
「教授……コタくんの勉強の邪魔をしないでくださいませんかぁ? 宿題が終わったら私がみっちり訓練をつけてあげる約束をしてるんです~」
「ひいッ!? tako君!?」
「それに、ロビーを変なアニメの上映会で勝手に占拠しないでくださいって、前に何度も何度も何度もお話しましたよね~? 今日もちょ~っと向こうでお話しましょうか~?」
「た、助けてくれエコー! ああああああ……」
ズルズルとバックヤードに引きずられていく教授を眺めながら、虎太郎はくすっと笑う。
心が随分楽になった気がする。
長年縛り付けられていた鎖から解放されたかのように。
ありがとう、教授。
……僕のもうひとりのお父さんになってくれた人。
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VRポッドの中で寝落ちしていた虎太郎は、体を起こした。
寝ズレ防止機能と空調が完備されているVRポッドは、寝落ちしたとしても体は痛くならない。
むしろ外よりもずっと快適だが、やっぱり睡眠を取るときはベッドで寝た方がいいだろう。
体は痛くないが、なんだか頭痛がする。
最近ダイブしているとき、頻繁に頭が痛くなるのだ。
……夢を見ていた気がする。随分懐かしい夢。
教授と初めて話したときの記憶だ。
tako姉は教授がみんなを殺した犯人だって言うけど……。やっぱり虎太郎にはそう思えない。
あの温和で優しいお父さんが、みんなを殺したなんて絶対に信じられない。
ズキッと痛みが頭を走る。そんな虎太郎の弁護を戒めるように。
……それでも、虎太郎はその痛みに抗う。
どれだけtakoが主張しても、虎太郎だけは教授を信じたいと思っている。
教授の手で解き放たれた魂の翼。
自由に、面白く。思うままにはみ出して生きてもいいのだと教えてくれた。
その解き放ってくれた手の温もりを、虎太郎はまだ信じている。
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次回よりゴクドー編になります。
最近まとまった時間が取れていないので、しばらく書き溜め時間をいただければと思います。
よろしくお願いいたします。
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