第8話 初陣即落下

「うわっ!? ウソだろ、スポーン地点が空中!?」



 戦場に出撃した瞬間、突然都市の上空に投げ出されたスノウはさすがに焦った声を上げた。シャインは重力に引かれ、加速度的な速度で虚空を落下し始める。

 サポートAIはスノウの頭にしがみつき、ガクガクガクと激しく揺さぶった。


『<フライトタイプ>は初期スポーンが空中ですから、スタート時点からバーニア噴かし続けてないといけないんですよ!

 早く! 早くバーニア使って! 落下ダメージありますから!!』


「ええ? 初耳なんだけど」


『チュートリアルすっぽかしたの貴方ですよねえ!?』


「そりゃそうだ。さて、バーニアはどれかなっ……と」



 スノウはコクピット内のレバー類をガチャガチャと弄り始める。



『それはロックオン! それは内部火器のトリガー! 違います、足!

 足です、フットペダル踏み続けて! ダメです、姿勢制御もしてください!

 逆さまになってバーニア噴かしたら落ちる速度上がる一方ですからああああ!!』


「なるほどね、バーニアと姿勢制御でバランスを取るのか……。こりゃ操縦にコツがいりそうだな」


『だから言ったんですよ、チュートリアル受けろって!

 やだー!! ヘンテコプレイヤーにさらわれて転落死とか、サポートAI界のダーウィン賞取りそうな死因はやだーーーーー!!』


「AIの死生観ってよくわかんないなあ。……そうぎゅーってしがみつかないでよ、操作しにくいじゃん」



 真っ逆さまに落下するシャインだが、あわや地面に激突というところでなんとか態勢を立て直した。

 墜落すれすれの状態から急減速し、ホバリング状態に落ち着く。

 現実なら急激なGによる意識喪失ブラックアウト必至のアクロバットだが、これも痛覚のフィードバックに制限があるVR空間ならではの機動と言えよう。


 サポートAIはぜぇぜぇと荒い息を吐き、スノウの頭の上に乗りながら左右を見回した。



『た……助かった……?』


「いや、どうかな」



 スノウはレーダーマップをちらりと見て、先ほど探り当てた武器のトリガーの位置を確認した。

 レーダーマップには、複数の青い光点が取り囲んでいるのが表示されている。青い光点は《氷獄狼フェンリル》所属の敵機を示すマーカーだ。



「おいおいおい、なんだぁ? いきなり墜ちてきたマヌケがいると思ったら、全身初期パーツのヒヨコじゃねえか」


「おやおや、今日が初陣の赤ちゃんでちゅかぁ? へへへ、可愛いねぇ」


「見ろよこいつの色、《トリニティ》でも《氷獄狼俺ら》でもねえぜ」


「ってことはゲームのルールもよくわかってない新入りニュービーかぁ? かわいそうになぁ」



 中のパイロットのニヤケ面が伝わってくるような、悪意に満ちた公開通信がやり取りされる。

 そして、包囲している敵機の中でもひときわ高そうなパーツでゴテゴテと全身を飾った1騎が、ギラギラと金色に輝く「俺は高レアですよぉ!!!」と主張しているかのようなアサルトマシンガンを片手に進み出た。



「クククッ、こういう身の程をわきまえない新入りにはベテランプレイヤーがきっちりとゲームのルールを教えてやらねえとなあ。喜べよぉ? この《氷獄狼》きってのエース、アッシュ様が身をもってレッスンしてやるんだからなぁ」



 いかにもガラの悪そうな声を上げるリーダー格の機体に、手下たちが追従する。



「おっ、出たっ! アッシュさんの初心者狩りチュートリアル!」


「アッシュさんも好きっすねぇ」


「運が悪いねぇ、あの新人も」



 一方、サポートAIはガタガタと震えながら頭を抱えていた。



『あああああ! 《氷獄狼》のアッシュ! だめだ、終わった!』


「なんかすごいチンピラ感出してるけど、あれ強いの?」


『大型クラン《氷獄狼》でも五本の指に入るエースですよ! 初心者狩りが大好きで、モラルにいささか以上の問題があるプレイヤーですが、実力は本物です!』


「へえー、あんなにチンピラ臭いのに。人格と実力って、つくづく無関係だよねぇ」


『《氷獄狼》が特別なんですよ。基本ああいうプレイヤーしかいませんから』



 ちなみに言うと、この『七翼のシュバリエ』はプレイヤーのモラルは割と悪い。

 プレイヤー人口が多いので、もちろん良識的なプレイヤーも相当数いるのだが……。

 そもそも対戦型ロボットアクションゲームは、2010年代以降にゲームセンターで奇声を上げるようなプレイヤーが集うことで“動物園”と揶揄されたゲームの流れストリームを受け継いでいる。

 VRの普及によってゲーセンがなくなりつつある昨今、彼らのようなゲーマー層の受け皿となったのはこのゲームなのだ。そして20年近くの時を経て、その意識は悪い方に純化してしまっている。


 何を隠そう《氷獄狼》は、そうした悪質なプレイヤーのたまり場クランでもある。


 つまり《氷獄狼》のモラルは世紀末ヒャッハー!なのだ!!


 初心者でも構わずホイホイ食っちまうような彼らは、基本後進を育てるという意識とは無縁。

 むしろ初心者を好んで痛めつける有様で、せっかくVRポッドとセットでゲームを購入したのに、トラウマを刻まれてログインしなくなったプレイヤーも続出しており、良識的なクランからは問題視されている連中なのである。



『ああー、もうダメだあああ!! 何が勝負運はある方ですか、この嘘つきー!』


「痛い痛い」


 涙目でぽかぽかと頭を叩いてくるサポートAIに、スノウは困り顔を浮かべた。

 そんな2人の声に興味を持ったらしく、悪質プレイヤーのアッシュは通信回線をつなぎ、スノウの顔を見るなりうほっ♪と歓喜の声を上げた。



「へへへ、上玉だなあオイ! そのキャラメイクにどんだけ時間かけたんだ? このゲーム、エロゲーじゃねえから! 無駄な努力だったな、ハハハハハーーーッ!」


「そっちは随分と悪党顔だね。品性は顔に出るってやつかな。リアルの顔からスキャンしたらそうなったの? 今からでも遅くないから整形チケット使ったら? ゴリラの顔写真でもスキャンしたほうがずっとイケメンになると思うよ」



 スノウの可憐で儚げな容姿から飛び出した毒舌に、アッシュは露骨に鼻白んだ。



「……随分と先輩への態度がなっちゃいねえなあ、オイ?」


「あ、ごめんね。比較されて失礼しちゃったかな? ボク、ゴリラ大好きなんだ。

 体格は大きいのに、とても紳士的だからね。キミらごときと比べるなんて、ゴリラにはとても失礼なこと言っちゃったね。謝罪するよ」


「クソガキが!!」



 アッシュはアサルトマシンガンのセーフティを外し、セミオート射撃を繰り出した。



「くっ……!」


『危ないっ! 避けて!!』



 スノウはとっさに身をかわしたものの、弾丸が当たった地点がボコッと音を立てて抉れ、小さなクレーターを生み出す。直撃すれば初期パーツで組まれた機体などひとたまりもないに違いなかった。



「ハッハッハーーーッ!!! 俺様のレア武器にビビったかぁ? 口ほどにもねえなあ、クソガキィ!!」


「よっ……と!!」


『きゃーーーっ! 当たる当たる当たるーーーっ! もういやーーーー!!』



 調子付いたアッシュはさらにスノウに向かってセミオート射撃を繰り出す。

 スノウは必死でかわすが、その避け方といったら手足をバラバラに動かしながらバーニアだけでなんとかかわしている、というばかりの不格好なもので、操作にまるで慣れていないことが丸わかりだ。



「げははははは! 見ろよ、盆踊りでも踊ってるのかぁ?」


「こんなダッサい避け方見るの初めてだぜ!」


「いよっ! アッシュさん、日本一のDJ! もっと踊らせてやってくださいよぉ!」



 素人丸出しのあまりにもみっともない避けぶりに、アッシュの手下たちが下品な笑い声を上げる。

 シャインの脚を狙って等間隔にテンポよく繰り出される射撃音は、確かにビートを刻むかのようだ。



「ギャハハハハハ! 踊れ踊れ!! 悲鳴を聞かせろ!!

 俺を喜ばせるために美少女にキャラメイクしたのかぁ? アーハッハッハァ!!

 これじゃ俺がリョナ系エロゲーやってるみたいだよなぁ!!」



 バラ撒かれる銃弾とアッシュの哄笑、そして不格好に手足を振り回して逃げまどうシャイン。この宴はいったいいつまで続くのか……。




 ――いや、本当にいつまで続くんだ、これ?



 5分が経過した頃、手下たちはじわじわと沈黙に支配されつつあった。

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