第9話 課金武器が今なら100%オフ!
――いや、本当にいつまで続くんだ、これ?
手下たちの頭にその疑問が浮かんだのは、5分が経過した頃だった。
先ほどからアッシュの撃つ弾は、一発たりともシャインをとらえないまま、同じ光景ばかりが延々と繰り広げられている。
「アッシュさん、そろそろいいんじゃないッスか?」
「そうですよ、ガキをいじめるのもいいですけど今は作戦行動中ですし。
《トリニティ》の連中、集まり始めてるみたいで集合命令出てます」
「サクッとトドメ刺しちゃってくださいよ、もう飽きてきたッス」
「……ねえ」
「は?」
通信を聞き取れなかった手下が訊き返すと、アッシュは唸り声を上げた。
「当たらねえんだ、こいつ!
さっきからわざと外してんじゃねえ、狙ってんのに……一発も当てられてねえ!
全部避けてやがる!!」
「んなバカな……冗談でしょ?」
「俺がこんなクソッタレな冗談言うかよ! ボケが、何をされてんだ俺ァ!?」
ギリッと奥歯を噛みしめ、憎々しげにスノウを睨むアッシュ。
その視線を受けて、スノウは手足を振り回すのをやめ、武器を取り出した。
「そろそろ手足の慣らしはできたし、次行くかな」
だが取り出されたその武器は、なんと初期装備のサブマシンガン。
あまりにも非力すぎて誰も実戦で使わないような武器に、アッシュはゲラゲラと笑い声を上げた。
「オイオイオイオイオイ!! 何使ってんだおめぇ? とっととログアウトして、課金ガチャでも引いた方がいいぜ! もっとも、ログアウトする時間なんざ与えねえけどよぉ!」
「どんな武器でもダメージは入るでしょ」
「ハッ! やってみろや、避けるまでもねえ!!」
アッシュの機体はパーツ換装によって装甲もバッチリ高めた、タンクとガンナーのハイブリッド仕様。初期武器の攻撃をいくら当てられたところで、まったく痛くも痒くもない。
マッチョぶりを見せつけるように反らしたアッシュ機の胸元に弾丸が吸い込まれるが、スノウの画面に表示される敵機のHPゲージはミリほども減っていなかった。
アクションゲームとしてはバランスが破綻しているように思える光景だが、このゲームは
「ギャハハハハハ!! 無駄だよ、無・駄・無・駄ァァァ!!!
エース機様のパーツをナメんじゃねえよ、こちとらクソキツいミッションを何百回と繰り返して掘り当ててんだ! 初期装備のゴミ武器が通じるわけねーんだよぉ!!」
『ああああああ、謝りましょう! そうしたら少しは手心加えてもらえるかも……』
弱気なことを言うサポートAIをスルーして、スノウは首を傾げた。
「何百回? 自慢する割には大した回数じゃないな。浅すぎない?」
「あ゛? てめえ……!!」
それは「掘りが浅いんじゃない?」の一言である。
ハクスラにおけるプレイヤーの序列とは、ひとえにどれだけ試行回数を増やしたかということに尽きる。どれほどドロップ確率が低くても、試行回数が増えれば必ず落ちるのだ。(そういうことにしておこう)
それが出せないのは試行回数が足りないのであり、努力が足りないのであり、信心が不足しているのだ。
「掘りが浅い」とは、つまり相手の努力を完全否定する一言なのである。
「そういうのは誰も追いつけなくなってから自慢しなよ。自分はお山の大将ですって宣伝して歩いてるようなもんだよ」
そう言いながらスノウが構えるのは、やはり初期装備のブレード。
サブマシンガンよりはマシだが、しょせん初期装備の域を出ない弱い武器だ。
ただの1回もクリアしていないような初心者にナメられて、アッシュは血管がブチ切れそうなほどに激昂した。
「死にさらせよや、ガキがああああああああああああああ!!!!」
高周波振動ブレードを抜き放ち、スノウに向かって叫び散らしながら突進する。
アッシュが手にする高周波振動ブレードは、触れるだけで強靭な装甲パーツでさえもバターのように切り裂く高レア武器だ。初期装備のブレード相手なら、ただの一合でも触れればブレードはおろかその後ろのシュバリエまでも切り裂くだろう。
アッシュもナリと言動はチンピラ臭いとはいえ、仮にもエース。
もしも冷静な状態なら、気付けたかもしれない。
「サポートAI、さっき言ったよね。このゲームには落下ダメージがあるって」
『え? 言いましたが、それが……』
アッシュの振りかざした剣が衝突する寸前。
自分の初期装備を放り棄てたスノウは、アッシュ機の腕をつかみながら脚を払った。あまりにも巧みな重心の運び。
アッシュ機はゴテゴテと付けられたパーツの自重と、それを振り切るほどに加速がついたバーニアの加速を付けたまま、頭から地面に向かって叩きつけられた。
体落とし!!
「があああああっ!?」
『えっ……!? 何、これ……!』
「落下ダメージがあるということは、『一定以上のベクトルが付いた状態で固い物体に衝突した場合、速度に応じたダメージを受ける』ということだよね。
つまり投げ技なら、素手でもダメージを与えうるとみた」
スノウの言葉通り、アッシュ機のHPはゴリッと削れていた。
その光景をアッシュの手下たちは悪い夢でも見ているかのように見つめ、サポートAIはあんぐりと口を開いたまま固まって動かない。
「ん? どうしたの? もしかして仕様外の動作だったからフリーズした?」
『いやいやいや……えっ、何です、これ……?』
「だから落下ダメージの応用を」
『そうじゃなくて! 何してんです貴方!?』
「柔術だけど。何を隠そう、ボクはちょっと心得があるので」
えへん、とコクピット内で慎ましやかな胸を反らすスノウに、サポートAIが食ってかかる。
『柔術だけどじゃねーーー!! 銃弾飛び交うロボットアクションゲームですよ!?
何を平然と格闘戦してんですかああああああああああああ!!!
こんな攻撃したの、このゲーム始まって貴方だけですよっっ!!』
「それはたまたまやらなかっただけで、仕様的には存在してたんじゃないかなあ。だって実際にできたんだし……。
まあ、足腰が弱いならさすがに無理だったかもしれないけど、そこは装甲を上げておいたから丈夫で助かったよね」
できたのなら仕方ない。
武器メモリという仕様に完全にケンカを売っているが、ともかくそれでダメージが入ってしまった以上は仕様として認めねばならない。
ボコオッ!! と土煙を上げて、アッシュは埋もれた体を起こした。
「クソッ、わけのわからんことをしやがって! ボケカスザコガキがああああ!!
こんな手、二度と通じねえぞ! 遠距離からぶっ殺してやらぁあ!!」
「ああ、その心配はいらないよ。二度はない」
そしてスノウは、自分の武器をアッシュに突き付けた。
右腕には金色に輝くアサルトライフル。左腕には唸りを上げる高振動ブレード。
「そ、それは……俺のっっ!!!」
「駄目でしょ、自分の獲物から手を放しちゃ。手癖の悪い相手に奪われちゃう」
戦場に落ちている武器を拾うなら、武器ゲージはゼロでも問題はない。
本来ならば機体が撃破されたときに“うっかり”武器をドロップするような事態でもなければ起きないレアケースが、人為的に引き起こされた。
武器の所有権が強制的に上書きされ、スノウのものとして登録される。
チンピラまがいのプレイヤーですら、悪評が出回るのを恐れて二の足を踏むモラル破壊行為であった。
「く、クソがああああ! 返せ! 返せよ泥棒!! それは俺んだ!!
俺が天井課金して手に入れた期間限定SSR武器だぞおおおおおおお!!」
どぉん!!!
掴みかかろうとするアッシュ機の頭を、もはやスノウのものになったアサルトライフルから飛び出た銃弾が粉砕した。かつての所有者は、無残に頭部を砕かれ、同時にそのHPゲージはゼロになる。
ずしん、と音を立てて崩れ落ちるアッシュ機。
やがてその姿は朧気になり、粒子となって消えゆく。
このゲームは撃墜された後にリスポーンするタイミングを自分で選べるが、速攻でリスポーン地点に戻ったようだ。顔真っ赤である。
「ええ? わざわざこんな趣味悪い銃に課金したの? ちょっと引くかも」
その言葉に、時間を止められたように固まっていたアッシュの手下たちが色めき立つ。チンピラまがいの連中とはいえ、彼らにも友情というものはある。
リーダーを無慈悲に討たれ、そのセンスまでコケにされたとあっては友情にだけは篤い彼らの怒りを買うのも当然のことだった。
「よくもアッシュさんを!!」
「あの人を馬鹿にしやがって!! ぜってー許さねえ!!」
「金ぴかは正直どうかと思ったけどよぉ! あの人の自慢の逸品だぞゴラァァ!!」
そんな彼らを見て、スノウはちろっと上唇を舐める。
……ちょうどいい
チュートリアルは1分とかからず終わった。
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あとがき特別コーナー『教えて!AIちゃん』
Q.
課金武器が意図的に奪われるとか闇のゲームすぎませんか?
こんなクソゲーに課金する人なんているんですか?
A.
ご安心ください。このゲームは神ゲーです。
このゲームには課金限定武器というものはなく、すべての武器は無課金でも生産が可能です。アッシュさんは期間限定と仰ってましたが、正確には先行実装です。技術LVと設備さえ整えば、後で必ず生産可能になります。
無課金ユーザーにもフレンドリーですね。フレンドリーですから神ゲーです。
ただし生産にはそれなりの労力を払う必要があります。無課金勢が課金勢にタダで追いつこうというのですから、当然のことですね。追いつける機会を与えているのですから神ゲーです。
でもその多大なる労力は、なんと課金ガチャでスキップできてしまうんです。お手軽に最強クラスの武器が手に入っちゃうなんて、これはもう絶対に神ゲーです。
ですからお客様も、ぜひこのゲームは神ゲーだとお友達に教えてあげてくださいね。
……あの、ゲームマスター。本当にこのQ&A集は実用していいのですか?
どうにも煽っているようにしか思えないのですが……。
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SFジャンル日刊1位!
ありがとうございます。
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