第10話 おかわり所望します

「《氷獄狼フェンリル》が陣地を放棄して撤退していく……?」



 そんな奇妙な発言が諜報役から上がったのは、《トリニティ》の兵力がほぼ集結した頃だった。

 それを聞きとがめた他の警備兵が、諜報役に食って掛かる。



「何を言っているんだ、お前は。ここまで追いつめて何もせず帰るわけないだろ。一体何と見間違えたんだ?」


「い、いや……でも。ほら、《氷獄狼》の陣地がどんどん白く染まっていってるんですよ」


「だからそんなわけあるか。マップデータ送れ! ……本当だ……」



 ざわざわと次第に《トリニティ》の警備兵の間に動揺が広がっていく。


 部下からマップデータを送られたペンデュラムは、さてどういうことかと顎に手を置いて思考を巡らせる。


 もちろん常識的に考えて、《氷獄狼》が陣地を自ら手放すことなんて考えづらい。撤退するならするで、わざわざ占有権を放棄する必要はなく、単に自分たちの陣地の色にしたまま兵を下がらせれば済む話だ。


 ここで奴らが退く理由があるとすれば、何らかの事情で電撃戦をこれ以上続けられなくなったか、あるいはそう見せかけて、こちらを釣って窮地に引き込もうとしているか。後者の方がありそうではあるが、それにしても不自然だ。


 そんなペンデュラムの思考を、配下の兵が遮る。



「あ、いや待ってください。ほら、ここに白い点が1つだけ……。この点が移動したところからエリアが白く塗り替えられてます。もしかして、これが《氷獄狼》をなぎ倒している、とか……」



 次第に尻すぼみになっていくのは、自分でもそんな馬鹿なことがあるわけがないと思っているからだろう。


 確かにステルス迷彩も施していない《無所属》の機体がいるようだが、警備兵の推論が本当だとしたら、たった1騎で大手クランのベテランを次から次に蹴散らしてはエリアを占領して回っている機体がいることになってしまう。


 そんな化け物みたいな強さを持つ機体がいるわけはないし、《無所属》のまま参戦する理由もない。このゲームはあくまでも陣地争奪戦であり、決着時にいずれかのクランに所属していなければ、いくら戦ったところでゲーム内通貨のJCジャンクコインも素材ももらえないのだ。


 だから《無所属》機がいるとしても、それは何らかの欺瞞工作や第三者の諜報で飛ばしているカメラドローンか、あるいは野良の戦闘AIということになる。



「もしや……レイドボスか、ユニークでしょうか?」


「ああ、それもあるな……」



 レイドボスやユニークモンスターとの遭遇戦は、いずれかの戦闘エリアでランダムに発生するイベントだ。彼らは運営が用意した戦闘AIであり、あらゆるプレイヤーを分け隔てなく襲撃する。

 いずれ劣らぬ強敵だが、撃破すれば特別報酬がもらえることもあり、多くのプレイヤーには人気のイベントであった。こういった大作戦の最中に発生されると、はっきり言って邪魔でしかないのだが。



「だがレイドボスにしては小さくないか? 大体のレイドボスは、もっとバカでかい図体をしているはずだよな。かといってユニークがこれほどの数のプレイヤーを撃墜して回るほど強いわけもないし……」


「じゃあやっぱりドローンか、あれ?」


「よい。見てくればわかる」



 おもむろにそう言うと、ペンデュラムは単身でバーニアを噴かし始めた。

 最高司令官の唐突な行動に、周囲の警備兵が慌てて止めようとする。



「ペ、ペンデュラム様! おひとりでは危険です!」


「そうです! 私が一緒に……いえ、代わりに見てまいります!」


「いらん! 複数で行動したら《氷獄狼》に見咎められやすい。俺が直接見てきた方が早く済む。俺がいなくても、ここの死守くらいできるだろう?」


「それはそうですが……」


「案ずるな、すぐに戻る。それまでこの防衛線を動かすなよ」



 ペンデュラムはそう言い捨てて、高速で移動を始めた。


 ビルの谷間を縫って中空を走りながら、誰もいないところでため息を吐く。

 自分の配下たちは、少しばかり自分に頼りすぎている。自分が逐一命令しなくても、自分の判断で好きにやって結果だけを持ってきてくれれば助かるのだが。

 とはいえ、範を垂れなければ人が育たないのも事実だ。


 心の中で愚痴を垂れ流しながらも、視線はマップの白い光点に注がれ続けている。

 さて、これはなんだろう。

 強力な未知のモンスターか、迷い込んだドローンか。あるいは……。


 ペンデュラムは自分が常にもなく、鼓動が早まっているのに気付いた。



「なるほどな。俺は今、“ワクワクしている”という奴らしい」



 滅多にない心境に、ペンデュラムは口元を緩めた。



「俺をこんな気分にさせたんだ。何であろうが、楽しませてくれよ」



 光点は今、港湾付近の工場エリアへと向かっている。




※※※※※※




「そろそろ弾が足りなくなってきたかも」



 襲い来る敵小隊に並走しながら、その胸部を金色のアサルトライフルで矢継ぎ早に撃ち抜きながらスノウは、HUDヘッドアップディスプレイに表示されている装弾数を見つめた。

 武器を奪った際にチンピラアッシュが持っていたアサルトライフルの弾も根こそぎいただいたようなのだが、さすがに襲い来る敵機を武器ひとつでいなし続けるのは無理がある。

 そもそもこのゲームは複数の武器を場面に応じて使い分けて戦うスタイルになっており、いくら強い武器を1丁だけ持ちこんだところで、それだけで勝てるようにはできていない。


 できるだけ狙いを定めて弾を節約してはいるのだが、それにしてもそろそろ何とかしたいところだ。



「ひいいいい!! な、なんだあいつ!! さっきから正確に当ててきやがる!!」


「ああ! ジャッカルが動力部を撃ち抜かれた! くそおっ! いくら強いガチャ武器だからって、一撃で殺されるなんてアリかよ!! どんな目をしてんだ、あの化け物……!?」


「あ……悪魔だ!! 見られたら死ぬ系の悪魔に違いねえ!! お、俺たちが悪いことばっかしてっから神様が遣わしたんだ! か、神様ごめんなさいいい!!」


「ぎゃあああああ! まだ当ててくるううう!!」



 何やら小隊内通信で喚いている《氷獄狼》の敵機にサクサクとトドメを刺しながら、スノウはいい加減まずいかなーと呟いた。



「サポートAI、弾の補充ってどこでできるの? 別の武器に交換でもいいけど」


『基本的に、補給は所属しているクランの給弾所からできますね。武器の交換も所属クランの武器倉庫にいけば、プレイヤーが所有する武器から交換できます』


「クランに所属していない場合はどうなるの?」


『……ええと、ルールを検索します』



 メイド姿のサポートAIは、軽く目を閉じてルールを読み込んだ。



『無所属の場合は、他のクランの給弾所で弾を奪うか、武器倉庫に預けられている別プレイヤーの武器を強奪するか、他クランの兵器工場を直接襲う……!?

 嘘でしょ、こんな無法がまかり通るんですか!?』


「ルールで決められている以上は、どれだけ無法に見えても法は法だね。

 じゃあ、早速給弾所と武器倉庫と兵器工場の位置をマップに出してみて」


『……はい』



 サポートAIは渋々とマップに《トリニティ》と《氷獄狼》が所有するそれぞれの物件の座標を表示する。

 それを軽く流し見て、スノウはサクッと方針を決めた。



「給弾所と武器倉庫はやっぱりクランの本拠地に近いから、襲うのはちょっと危険がありそうだね。小隊規模で数騎ずつ襲ってくる分にはなんとかなるけど、さすがに数十騎で集中攻撃されたらまずいかな」


『なんで今日始めたルーキーが数騎ずつなら何とかなってるんですかね……?』


「だってボク、ちょっとゲーム上手いもん」



 えへん、とスノウはスレンダーな胸を反らして、自慢げに語る。

 サポートAIは本日数度目の懊悩に、頭を抱えた。



『ちょっと……ちょっとってなんだ……?』


「で、話を戻すけど兵器工場はどちらの本拠地からも外れた港湾エリアにあるね。狙うのならやっぱりここかな。多分敵が守ってるとは思うけど、武器さえ手に入っちゃえばまだまだ戦えるから、一気に奪っちゃおう」


『いいんですか? 戦闘に割って入って邪魔をするだけならまだしも、襲って物資まで奪ったとなると両クランからのヘイトは取り返しがつかなくなるかもしれません』


「何をいまさら」



 スノウは可憐な顔をほころばせる。



「つまり全員がボクを殺そうと死に物狂いで襲い掛かってくるってことでしょ?

 いいじゃない、歯ごたえがありそうで。ゲームは本気でヤらないとね」



 その笑顔は白馬の王子様を待ちわびる、夢見る姫君のように愛らしかった。


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