第11話 エンゲージ

 《氷獄狼フェンリル》の爆破物解除班が、真剣な表情を浮かべながら兵器工場に仕掛けられた爆弾の解除コードを打ち込み終わる。

 ゴクリ……と誰かが喉を鳴らした。


 これで失敗すれば、兵器工場もろとも彼らはドカンとリスポーン地点送りである。

 何とも言えない沈黙の後、解除班はふうと安堵の息を吐いた。


「へへへ、これで解除っと……一丁あがりだぜ」


「ヒューッ、うまいもんじゃねえの! お手柄だぜ!!」


「これで兵器工場のブツは全部俺たちのものだ! へっへっへ、《トリニティ》もアテが外れたなぁ!!」



 《氷獄狼》のプレイヤーたちが、どっと歓声を上げる。


 《トリニティ》が遺棄した兵器工場には、彼らの置き土産として強力な時限爆弾が仕掛けられていた。

 兵器工場を占拠した《氷獄狼》がロールアウトした兵器に手を伸ばせば、工場もろともにこの世から消し去る悪辣なブービートラップである。


 ただ工場を燃やすだけでなく、少しでも敵兵を減らせるという一石二鳥の仕掛けだったのだが、残念ながら《氷獄狼》に看破されてしまった。


 こいつらはチンピラ風でいかにも頭が悪そうなのだが、あくまでもモラルが低くてほんっとうに頭が悪そうに見えるだけで、中身は普通のゲーマーなのでトラップを解除するという知恵を持ち合わせているのである。


 カラスも電車にクルミを踏ませて中身を食べる知能を持っているという。動物園の猿並みのモラルしか持ち合わせてない彼らにトラップを外す知恵があったとしても、何の不思議もないのだ!



「やっぱ略奪はたまらねえよなあ! 自分で素材を集めなくても武器が手に入るとなりゃ、自分たちでせこせこ生産するのがバカらしくなるぜ」


「まったくだ。へへっ、《トリニティ》の最新兵器ゲーット♪」


「ん? なんだ?」



 《氷獄狼》兵が搭乗するシュバリエたちが早速ロールアウトした武器を物色しようとしている中、ひとりの兵が本拠地からの通信を受信した。



「は? やべーのがこっちに来てるって? なんだそれ、ペンデュラムと取り巻きどもの精鋭部隊か? ……わからん? なんだよそりゃ。あっ、おい!」


「おい、どうした?」



 仲間に問われた兵士が、困惑した様子で答える。



「いや……なんか、正体不明のとんでもない化け物がこっちに向かってるって……」


「化け物? 《トリニティ》じゃねーのか?」


「いや、《トリニティ》所属じゃないらしい」


「ってことは第三勢力……傭兵? まさか《ナンバーズ》のオクトか?」


「いや、《ナンバーズ》は今回こっちについてるはずだ」


「じゃあなんだよ……。レイドボスでも突然沸いたってのか?」


「本部もよくわからんって言ってた。なんかアッシュがやられたらしい」


「アッシュが!?」



 驚きと同時に、兵士は笑いを浮かべた。



「はっはぁ! アッシュの野郎、ざまぁねえぜ! 大方不意打ちでやられたのが悔しくて、話を盛ってるんだろうぜ! ちょっと強いからって威張り散らしてるアイツにゃいい薬じゃね?」


「違いねえや! ぎゃははははは!!」


「まあここにゃこんなにたんまりと武器ブツがあるんだ。何が来たって俺が返り討ちに――」



 その瞬間、工場の壁が吹き飛び、近くにいた《氷獄狼》兵が派手に吹っ飛ばされた。

 爆風に巻き込まれて派手に吹っ飛ばされた哀れなシュバリエは、そのまま壁に強く体を打って爆裂四散。南無三!


 さらに壁の向こう側から間髪入れずアサルトライフルの射撃が繰り出され、煙ごしに《氷獄狼》兵を撃ち抜く。壁から離れていた機体は爆風に巻き込まれることはなかったが、突然のことに呆気に取られており反応が遅れた。


 ガチャSSR武器おおあたりアサルトライフルの威力はそれは凄まじいもので、元の持ち主アッシュから日頃散々自慢されていた彼らは、身をもってその威力のほどを知ることになった。



「いやー、びっくりした。まさかここまで爆風範囲が広いとは……。危うく仕掛けたボクが吹っ飛ばされるかと思った」


『だから言ったんです、アレは工場の爆破に使うための爆弾だって! 連鎖爆発させないと工場の全損には至らないとはいえ、奇襲に流用するなんて!』


「だって爆弾の解除とかできない? って聞いたら、できるって答えたのはキミでしょ。折角だし使わないともったいないよ」


『そんなところでもったいない精神発揮しなくていいんですよ! 日本人か!!』


「日本人なんだよなー」



 内部で何やらうるさく会話しながら壁の向こうを覗き込んだのは、まったくカスタマイズもされていないような初期の機体である。

 いわずもがな、スノウの仕業であった。



「な、なんだ!? どう見ても初期パーツばっか……!! そういうワンダリングモンスターか!?」



 射角の都合で危うく射撃を免れた《氷獄狼》兵は、混乱しながら正体不明の機体に銃口を向ける。


 いくらなんでも、こんなことをしでかした相手が尋常な相手ではないことは、チンピラ同然の彼らにもわかる。だが、じゃあこれはなんなんだ? ということはまったく見当が付かなかった。


 まさか今日始めたばかりの新人ニュービーが、兵器工場の壁を爆破して奇襲を仕掛けたうえに、煙越しの不明瞭な見晴らしの中、ガチャ高レア武器で狙撃してきたなどということがあるはずもない。


 そんなナチュラルボーンテロリストみたいな素人がこの世にいてたまるか。



 一方、スノウは装弾数の文字列を真っ赤に染めるゼロの表示に困っていた。

 さっきの射撃でついに最後の弾も撃ち尽くしてしまったのである。


 まあいいか、なんとかなるだろ。



「《トリニティ》の先輩方! 偵察しましたよー! 

 敵機は残り少ないみたいです、突入してください!!」


「何っ!?」



 入ってきた壁の向こう側に、隙だらけのパブリック通信で呼び掛けるスノウを見た《氷獄狼》兵たちは、慌てて注意を壁の穴に向けた。


 あからさまに新人極まりないこのプレイヤーが自分たちを奇襲したなどという戯言よりは、《トリニティ》の奇襲部隊がおとり兼偵察役(カナリア)として新人を先行させたという解釈の方が信じやすかったのである。


 パブリック通信から聞こえてくる声が、とても可愛らしい女の子の声だったというのも、彼らの油断に一役買っていた。



 そして注意が逸れた一瞬の隙を突いて、スノウの駆る機体が兵器貯蔵コンテナへと飛翔する!



「えっ!?」


「しまっ……!!」



 武器メモリを無視してガン積みされたバーニアを噴かし、フルスロットルでコンテナに突進するスノウ。衝突したコンテナは粉砕され、中身のさまざまな武器が中空にぶちまけられる。

 それらの中から適当に引っ掴んだスノウは、ニタリと可憐に笑いながら、硬直する《氷獄狼》兵たちに向けて武器のトリガーを引き放った。


 《トリニティ》が誇る最新式レーザーライフルから放たれる熱線によって、敵機は急激に熱せられ、悲鳴を上げることも許されないまま爆発四散!

 残る敵機にもレーザーを浴びせ、ばったばったと片付けていく。



「おお……なんかすごいエグい武器」



 粒子になって次元の向こうリスポーン地点へと退去していく《氷獄狼》兵たちを見ながら、ほっとひと息を吐くスノウ。



『……貴方よりエグい存在は、少なくともこのステージにはいないと思いますよ』


「新人プレイヤーになんて暴言を吐くんだ……! トラウマになってゲームを辞めたらどうするんだ。サポートAIとして許される言葉なのか!?」


『騎士様って本当に新人ですか? あからさまに手慣れすぎてません?』


「それは俺も聞きたいところだな」



 パブリック通信のままやりとりしていたふたりのやりとりに、別の声が混じる。


 黙って壁の穴の向こうに銃口を向けるスノウ。


 そこから現れたのは、真っ赤な騎士鎧のようなフォルムを持つ、1騎のシュバリエだった。装飾に凝った、一見して威厳を感じる風貌カスタマイズ

 人目を惹く赤いカラーリングは、戦場ですぐに僚機に見つけられるためのものだろう。明らかに高い地位を持つ者の機体だということは、一目で想像できた。



 そのシュバリエはパチパチと拍手する仕草を取りながら、ゆっくりとスノウへ向けて近付いてくる。



「素晴らしい……素晴らしい活躍だ、名も知れぬ闖入者よ。

 まさかたったひとりで、工場を《氷獄狼》兵から奪還してしまうとはな。手際を観察させてもらったが、実に鮮やかなものだった」


「無防備に近付いてくると撃ちますよ」



 冷たく警告するスノウに、ペンデュラムは優雅な一礼を見せる。

 まるで舞台役者のような、堂に入った仕草だった。



「そう警戒しないでくれ。俺は《トリニティ》で今作戦の総指揮権を握る、ペンデュラムという者だ」


「そうですか……それで?」


『き、騎士様! ペンデュラムさんですよ!』



 淡々としたスノウとは対照的に、サポートAIは興奮した様子を見せる。



「有名人?」


『それはもう! 《トリニティ》が誇る優秀な指揮官です! 一騎当千と名高い精鋭部隊を率いていて、女性プレイヤーにもすっごく人気があるんですよ!!』


「ハハハ……モテるというのもまた、辛いものだ。何しろ一挙手一投足を注目されるのだからな。それに、有象無象に関心を向けられたとて、俺の心は動かん。

 ……それより、お前の顔を見せてくれないか」



 ペンデュラムはそう言って、ホログラム付きのプライベート通信のアクセスを申し込んできた。これを受諾すると、相手の顔が見られるようになる。


 スノウはしばし指を中空にさまよわせてから、アクセスを受諾した。

 映し出されたスノウの顔に、息を飲むペンデュラム。



「……可憐だ」


「そっちは何というか……少女マンガから出てきたような顔してるね」



 顎が尖った端正な輪郭に、大きめの黒い瞳。

 あえて過剰な手入れをしていない長い黒髪はワイルドさを漂わせる。それでいて、実直さと誠実さも感じさせる整った目鼻立ち。

 まつ毛は男にしては少し長い。だが決してたおやかではなく、がっしりとした男性的な魅力を感じさせる絶妙のバランス。


 あっ、こういう少女マンガの王子役見たことある!



『それがいいんですよ! 何言ってるんですか!』



 こいつAIにしては意外とミーハーだな、と思いながらスノウは訊く。



「それで、わざわざ話しかけてきた理由は?」


「俺はお前のようなプレイヤーを探し求めていた。

 強く、挑戦心に溢れ、周囲をあっと言わせるような技量を持ち……。

 おまけに可憐で、しかも新人となれば、その希少さは計り知れない。

 ここまで条件が揃えば、もはやこの出会いは運命に違いあるまい」



 ペンデュラムはそこで感極まったように声を詰まらせ、手を差し伸べた。



「俺のものになれ! 俺がお前の運命の男だ!!」



 ちゅどーん!



 ペンデュラムはスノウのレーザーライフルに撃ち抜かれて撃墜!

 リスポーン地点に送られました! 結構なオテマエ!!



『何してるんですかああああああああああああああああああああああああああ!?』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る