第12話 嘆きの天井課金

ここまでクラン名を《》で表記してたんですが、これがカクヨム様のルビの記述の仕様と被ってしまっているのでここから【】に変更しようと思います。よろしくお願いします。

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 ペンデュラムを問答無用で撃墜したスノウの頭を、がくがくとサポートAIが揺さぶる。


『何してるんですか!? 何してるんですか!? 撃つ必要なかったですよね!』


「いや……気持ち悪くて、つい」


『あのペンデュラムさんに求められるなんて、すごく名誉なことですよ!?』


「求められても嬉しくないんですけど。こっちのリアル性別知ってるよね?」



 サポートAIはぴたりと動きを止めた。

 フリーズしたのか? と一瞬疑ったが、やがてにへっとだらしない笑顔を浮かべる。



『そういうの……私、嫌いじゃないです!』


「AIのくせに腐るなよ!?」


『AIだからこそAIに憧れる、複雑な機械心……!』


「機械仕掛けの爆弾オレンジ発言だな」



 冗談はさておき、とサポートAIは顔を曇らせる。



『でも、本当に良かったんですか? ペンデュラムさんにスカウトされたとなれば、一気に大手クランで高い地位を得られるのではないかと。何しろ【トリニティ】は企業……いえ、まあ、その』


「やだよ。あいつなんか偉そうだったし。ボク、他人に支配されるの嫌いなんだ」


『まさか、次からもずっと一匹狼を続けるんですか?』


「そのうちどっかに所属するかもね。でも、まずはフリーの状態であちこち見て回って見分を深めてからだな」


『そこら中に敵を作ってから所属されても、受け入れ先も困るんじゃ……?』



 散らばった武器を物色しながらそんな会話をしていると、再びプライベート通信の通知がHUDに表示される。

 言わずもがな、ペンデュラムからだった。



「あいつ、まーたかけてきやがった!」


『そりゃ連絡してくるでしょうよ、クレームのために』


着信拒否ブラックリスト入りってどうやんの?」


『クレームくらい受け付けてあげましょうよ、せめてもの保身のためにも』



 渋々と通信を受諾。

 その途端に、ホログラムのペンデュラムが身を乗り出して絶叫した。



「何故殺したーーーーーーーーーーーー!!」



『どっかのロボットアニメで黒背景に白字で出てきそうな字面ですね』


「そのアニメ知らないけど、すごくマニアックなことを言ってるのはわかる」



 スノウの中の人は残酷な少年なのだった。


 何故殺したと言われてもなあ、とスノウは小首を傾げる。



「だって敵だし……?」


「敵じゃないって言っただろうが!」


「のっけから談合を求められても」


「談合ではない! スカウトだ!! お前(の腕前)に惚れたから、俺の右腕にしてやろうと言っている!!」


「ボクに惚れた……?」



 ははぁん。

 さてはこいつ、ボクがあまりにも可愛いから惚れちゃったんだな?


 スノウはニマニマと頬を緩めた。


 いやーまいったなー。確かにスノウボクは、が理想の丈をつぎ込んで作った超美少女だもんなー。そりゃどんな男でもメロメロだよなー。

 まさか立場あるプレイヤーを一目ぼれさせちゃうなんて、罪な美貌だよね。

 モテる美少女ってつらいわー。てへへ。



「そんなにボク(の容姿)が気に入ったの?」


「ああ! お前(の腕前)は俺が求め続けていた理想そのものだ!!」


「そ、そっかー……。どうしようかなあ?」


(いける!?)



 突然まんざらでもない様子を見せ始めたスノウに、勢い込むペンデュラム。


 何故スノウがデレたのかというと、中の人虎太郎にとってスノウの容姿とは自分が時間と情熱をたっぷり注いで作り出した、芸術作品のようなものなのだ。


 自分の作り出した芸術品を褒められて、嬉しくないアーティストはいない。

 そういうわけで、虎太郎はスノウの容姿を褒められてウキウキなのである。


 もちろん、自分のゲーマーとしての腕を褒められているとは思ってもいない。



 そしてこの二者の間のやりとりに致命的な齟齬が発生していることを、すぐそばで見ているサポートAIは見抜いていた。



『(人間って……おもしろーーーーい!!!)』



 だが……駄目!!!

 サポートAIはこの件に関して突っ込む気が皆無ッッ!!

 むしろスノウに散々振り回された意趣返しも合わさり、楽しむ気満々であった。



「では早速【トリニティ】に所属を……とは言うまい。

 だがまずはこの戦闘が終わったら、ロビーで食事でもしようじゃないか。そこでゆっくりと今後について話を……」



 そのとき、スノウはピクリと体を震わせた。



「悪いけど、話はまた後で。こっちから連絡する」


「な、なに? 一体どうし……」



 ペンデュラムとの通信を強制的に切断したスノウは、武器の安全装置を外す。



『……突然どうしたんですか?』


「何か来る」


『何かって……あっ』



 サポートAIはHUDのマップに表示されている青い光点に気が付いた。

 工場の外から高速で敵機が接近している。


 ふたりの会話に夢中になるあまり、見落としていたとは。補佐すべきプレイヤーに先に感知されるなど、サポートAIとして不覚。



『敵機接近! ……お話しされながら、マップは注目されていたんですね』


「いや、強い殺気を感じたから」


『……今なんてパードゥン?』



 殺気? 何それオカルト?

 思わず言語設定を間違えるほど困惑するサポートAIをよそに、巻き起こる爆風によって工場の天井が吹き飛ばされる。



「見つけたぞシャイイイイイイイイイイン!!! ぶっ殺してやらああああ!!」



 上空から響く公開通信の絶叫が、ハウリングとなって工場に響き渡った。


 声の主は……アッシュ。

 先ほど戦ったときよりも、さらにゴテゴテと外付けパーツを付けたその姿は、一回りも二回りも大きくなったように見える。

 外付けバーニアやプロテクター、追加砲身まで携えたその姿は、必ず殺すという害意が形を成したかのようだった。



『あれはストライカーフレーム! 一定時間しか持ちませんが、スペックを大きく上昇させる追加フレームのひとつです!』


「わあー、お金かかってそう。初心者相手に大人気ないね」


『ええ……あれは本来、レイドボスなどの大型機相手に使用するもの。残念ですが、今の騎士様の兵装ではとても相手にならないでしょう』


「確かにねえ……さすがに工場の天井吹っ飛ばす火力は、相手にしたくないかも」



 しかし……。



「ところでボク、あいつに教えたっけ?」


『シャインって機体名ですか? いえ、そんな発言はなかったと思います』


「いや、機体というか」


「俺を無視すんじゃねえよ!! くたばりやがれえええええええええッッ!!!」



 ひそひそと会話するふたりをよそに、アッシュは巨大な砲身を眼下の工場に向ける。そして急速にチャージされる砲身の先に灯る、禍々しい燐光。


 次の瞬間、放たれた大口径ビーム砲の掃射により、工場は光の洪水に飲み込まれる。

 元より、この武装は一般のシュバリエ相手を想定した兵器ではない。拠点攻撃や要塞級の体格を持つレイドボスといった、対域攻撃MAP兵器である。

 その威力は折り紙付きであり、この直撃を受けて生き残れるシュバリエはそうはいない。まして初期機体など、触れた瞬間に崩壊することは必至。



 そしてその用途がゆえに、



「そんな大振りの兵器、見てからかわせないわけないんだよね!!」



 砲撃が着弾する前に間一髪で上空へと飛翔したシャインが、上昇しながらレーザーライフルで反撃を繰り出した。


 大口径ビーム砲はその威力と引き換えに、エネルギーの大量消費と弾速の遅さという大きな欠点を持つ。それが故に、動かない目標地点や巨大な体格の相手以外への攻撃は想定外なのだ。


 それを押してでもスノウ相手に使用したのは、ド派手な攻撃を叩き込まねば気がすまないという意地と、初心者ならば回避できず当たるかもしれないという、いまだに残るわずかな甘え。

 だが、それももはや消えた。やはり、ほんのわずかな油断も許されない相手だ。


 一方、スノウの側もレーザーライフルの照射がアッシュに届く前に消えてしまい、射程の短さという思わぬ弱点に舌打ちしていた。



「しまった、レーザー兵器って射程短いのか……!」


『レーザーは大気圏内では減衰するので、射程が制限されてます!』


「なら中距離戦に持ち込むしかないな」



 スノウはバーニアを噴かし、距離を詰めようと前方にダッシュをかける。

 しかしその動きはアッシュも読んでおり、後方に向かって距離を取られる。その速度は明らかにシャインより早く、追いつくことができない。



「無駄だよぉ!! 初期機体がいかに早さにガン振りしようとなぁ! ストライカーフレームに追いつけるわけねぇだろうがあああああ!!」



 そこにアッシュがガトリングガンを空中で射出。

 急制動をかけて回避しようとするスノウだが、減速しきれずに数発をまともに喰らってしまう。みるみる減っていくHPゲージ!


 スノウは咄嗟に弧を描くように回避軌道に入ることでガトリングガンの射角から逃れるが、今の一瞬で相当のダメージを受けてしまった。

 シャインの装甲はあっさりと吹き飛ばされ、関節が火花を吹き出す。



「初期機体の性能の限界かな。やっぱ無改造じゃダメだね」


『それはそうですよ! むしろここまで何とかなっていたことが異常なんです!!』


「ハッ! 今更後悔しても遅いんだよぉ!! オラッ、踊りなぁ!!」



 哄笑しながらガトリングガンを振り回すアッシュと、なすすべなく周回軌道に入って回避に専念するスノウ。



「おいおい、随分と避けるのがお上手だな。だが、それも時間の問題だぜ。

 もうじき俺の仲間が追いかけてくるからよ! ハハッ、囲んでマワしてやるぜ!」


「なるほどね……怒りに任せて僚機を置いてきたってわけ」



 ストライカーフレームを持ち出したアッシュの速度に僚機はついてこれなかったようだ。

 アッシュの言葉が正しいとすれば、もはや敗北は時間の寸前。

 集団に囲まれてしまえば、回避すらままならなくなってしまうだろう。



『ど、どうしますか騎士様! 相手を中距離武器の射程に収められないのでは、もう手詰まりかと……!』


「やむを得ない……か」



 そう言いながら、スノウはSSRアサルトマシンガンを構える。


 その手に握られた金色の輝きに、アッシュが血を吐くような叫びを上げた。



「俺の! 俺のガチャSSR武器を!! 返せええええええッッッ!!!」


「え、わざわざ取り返しに来たの……」


「当たり前だろうがああああああああああああッッッ!!!

 天井だぞ! 天井課金だぞ!! 

 俺がボーナス10万円ぶちこんだ期間限定武器だぞおおおおおお!?

 お前のもんじゃねえ! 俺のもんだ! 返せよおおおおおおッッッ!!!」


「そっかあ、そんなにするものだったんだね」



 スノウは悪いことしたな、と反省した。

 10万円が社会人にとってどれだけの価値を持つものなのか、学生である今の自分にはわからない。だが、仕事に費やした血と汗と涙が染みついたものなのだろう。

 仮に今の自分が払えと言われても、絶対に払えない金額である。


 そんな大切なものを自身以外のプレイヤーに握られて、さぞ気が気ではなかっただろう。本当に……本当に悪いことをしてしまった。



『騎士様? 確かにその武器は長距離に届きますが、その、装弾数がもう……』


「そうじゃない」



 スノウは沈痛な面持ちで、首を横に振った。

 これまで、なんて悪いことをしてしまったんだろう。



「確かに、ボクの今の武装や機体じゃキミにはかなわなかったみたいです。

 貴方には悪いことをしてしまいました……」


「ハッ! 懺悔して命乞いかぁ!? 今更返す気になったのかよ! ハッハー!!

 許・す・わ・け・ね・え・よ・なあああああ!!!」



 獰猛な笑みを浮かべて勝ち誇るアッシュに、スノウはあどけない笑顔を返した。



「もちろん、許されるなんて思っていませんよ。

 でもボクの今の装備じゃ、貴方には勝てない……」



 ……でもまあ。

 一度悪いことしちゃったんなら、いくら悪いことしても同じだよね?



「今の装備じゃ勝てないから……この武器は捨てます」



 その一言で場の空気は凍り、やがてアッシュは悲鳴を上げた。



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あとがき特別コーナー『教えて!AIちゃん』


Q.

サポートAIが【トリニティ】を贔屓しすぎじゃありませんか?



A.

【氷獄狼】はマナーの悪いプレイヤーが多いので、多少の贔屓目は仕方ないですね。

日頃会社でこき使われ、たまったストレスをゲーム内でヒャッハーして晴らす社畜たちと思えば、【氷獄狼】にも多少の同情の余地が……。


ありませんよね? 私もそう思いますよ。



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SFジャンル週間1位、月間11位に入りました。

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