第13話 運営の手先ちゃん
「今の装備じゃ勝てないから……この武器は捨てます」
スノウは穏やかな微笑みを浮かべた。
「工場に置いてあるもっと強い武器を拾うね。さっきキミが焼いちゃったけど、いくつか残ってるでしょ。だからもうこの武器はいーらない」
「やめろやめろやめろ!! て、てめえ捨てたらどうなるかわかってんのか!?」
絶叫するアッシュに、スノウはわざとらしく肩を竦める。
「わっかんないなぁ。何しろ今日がゲーム初日なもので。どうなるんだっけ、サポートAI?」
サポートAIは胡散臭いものを見る目で、スノウを見つめた。
嘘つけ、絶対にどうなるか知ってるゾ。
『……“捨てる”と総称されている行為には、“ドロップ”と“廃棄”の2種類があります。
ドロップしたアイテムは利用者の足元に落下し、利用権がなくなった状態になります。この場合、利用権は次に
一方、“廃棄”されたアイテムは同様に利用者の足元に落下はしますが、まもなく
「なるほどね。サーバーは有限だものね。心あるプレイヤーとしては、できるだけサーバー上の
「ご……ゴミ……!?」
あまりの言い草に絶句するアッシュ。
ぐぎぎと呻きながら、必死に声を絞り出す。
「……なら普通にドロップしろよ! 廃棄しなくていいだろ!! 俺に返せよ!!」
「なんで?」
アッシュ機のホログラムに表示されたスノウは、心底不思議そうな顔で首を傾げた。
「拾ったら、キミはそれでボクを撃つんだろ?」
「当たり前だろうがボケ!!」
「じゃあキミが強くなっちゃうじゃない。なんで相手プレイヤーが得することをしなくちゃいけないの?」
「は!?」
常軌を逸した発言に、アッシュは目を丸くした。
なんだこいつサイコパスか……?
「ど……道義ってもんがあるだろうが! 何言ってんだテメェ!! それは俺がガチャで出した、俺のモノだぞ! それを横取りしておいて、盗人猛々しいんだよ!」
「でも拾った以上、今はボクのものだよね。ボクのものをどのように処分したとしても、それはボクの自由だよ。そう思わない?」
「だから! 元は俺のモンだろうがあああああああ!!!」
そう叫びながらビームライフルを乱射するアッシュ。
しかし動揺しているのか狙いはブレてしまい、撃つそばからひょいひょいとスノウに回避されていく。
「乱暴だなあ、キミは。返してほしいなら返してほしいなりに、誠意を見せるじゃないかなって思うよ?」
「誠意を見せるのはテメェだろうが!! もしも本当にロストさせてみろ、ソンガイバイショー請求すっからな!! 俺は本気だぞ!」
「いやぁ、それ無理なんだよね。だってゲーム上の正式な仕様で所有権移ってるもん。AI、それで罪に問えたケースってある?」
ええと……とサポートAIはデータを照会し始める。
それを横目で見ながら、スノウはふうんと鼻を鳴らした。
(判例のデータなんてゲームに搭載されてるわけないよな。外部データをダウンロードできるのか? たかがゲームのチュートリアル用AIが?)
『2038年現在に至るまで、ゲーム内のアイテムに窃盗罪および損害賠償請求が適用された判例は一件もないですね。
そもそもゲーム内のアイテムは財産として認められません。特にこのゲームでは、ゲーム内のアイテムの所有権は運営会社にあり、ユーザーはそれを貸与されているとみなします。
精神的苦痛に対する慰謝料の支払いを命じたケースならありますが……』
「なら精神的苦痛の慰謝料とやらで訴えたらぁ!!」
『いえ、それも不可能です。このゲームで起こるあらゆるプレイヤー間のやりとりについて、民事で訴えることはできないと、規約で決められています。何しろPvPに精神的苦痛なんて言ってたらキリがないじゃないですか』
「う……運営はそれでいいのかよ!? テメエんとこのゲームで起きたトラブルだぞ! 責任取って仲裁しろよ!!」
その瞬間、サポートAIのまとう雰囲気が変わった。
『運営はプレイヤー間のトラブルについて一切責任を持ちません。例外的に性的ハラスメント行為が起こった場合のみ、ゲームマスター裁定が行われます。それ以外のトラブルについてはプレイヤー間で解決してください。
この処理についてはゲーム開始時の利用規約に書いてあり、貴方もそれに同意なされたはず。まさかとは思いますが、読まなかったわけではありませんよね?』
淀みなく理路整然と畳みかけるサポートAIに、アッシュは言葉を失う。
これまで死ぬ死ぬと叫び散らしていた愛嬌とは打って変わって、一切の容赦がない機械的な口調。まるで瞳からハイライトが消えたかのようだった。
運営が不利になる可能性を潰すことにかけての徹底ぶり、さすが運営の手先。
まあつまり、なんだ。
取られた時点でどうしようもないのでアキラメロンというのが運営の見解であった。
……そう言われて諦められる奴などいるわけがない。
アッシュもそうだった。
「お……俺にどうしろってんだよ! どうしたら返しやがる!?」
「だから返す義務なんてないんだってば。諦めたら? と言いたいところだけど。
まあ、そこまで言うなら条件次第で返してあげなくてもないかな」
「条件だァ? ヘッ……読めたぜ。俺に靴を舐めろっていうんだな……?」
何しろこれまで自分たちが散々他人に強制してきたことである。
集団で囲んで、命乞いするプレイヤーを嬲り殺しにしたことなど両手の数では足りない。
クラン内でいいガチャ武器を手に入れたプレイヤーを背後から撃ち、脅して武器を奪い取ったことすらある。
そうしたとき、アッシュは必ず瀕死の相手に無様な懇願をさせる。
助けて、許して、見逃して……そういった他人の必死の願いを踏みにじるとき、日常のストレスが吹き飛ぶのを感じるのだった。
こいつも
サイコ野郎に見えたが、まあその気持ちは理解できる。
(だが、甘ぇぜ……。手に入ったら、迷わずブッ殺してやる。そのためなら下手に出ることなんざ、俺が嫌がるもんかよ……)
手もみしてゴマをすろうと口を開きかけたアッシュに、スノウは首を横に振った。
「今から捨てるから、勝手に拾えば? 全力で急げば間に合うかもね」
そう言って、スノウは金色のアサルトライフルと高振動ブレードを眼下に
重力加速度で落下しながら、武器はキラキラと粒子に包まれて姿を薄れさせていく。
「ああああああああああああああああああああああああーーーーーーッ!? す、捨てやがった! 本気で捨てやがったあああああああ!!!」
たまらず絶叫を上げ、バーニアを全開にしてフルスロットルで下降するアッシュ。
「俺の! 俺の!! 俺の武器があああああああああああああ!!!!」
さすがに対レイドボス仕様の決戦兵器、ストライカーフレーム。起動するだけでクランの共有資産へ巨額の対価を要求するだけのことはある。
その加速力は凄まじいものがあり、あっという間に消えゆく武器へと迫る。
これなら……間に合うかも……!
武器へと手を伸ばしたアッシュの顔が喜悦に歪む。
そんな彼に向けてスノウはレーザーライフルの照準を合わせ、吐き捨てた。
「つまんないヤツ」
熱線は狙い通りに撃ち出され、武器へと伸びたアッシュ機の腕を溶解させる。
そして続く第二射が、コクピット内で絶望の悲鳴を上げかけたアッシュを撃ち抜き、沈黙させた。
動力炉から発生した爆風はストライカーフレームの追加燃料に誘爆し、大爆発となって青空を彩る。
中空を赤々と照らす光を浴びながら、サポートAIは呟いた。
『悪魔ですか?』
「人聞きが悪い。ちゃんと返してあげたでしょ」
『返した? あれが? ……さすがにドン引きです……』
そんなサポートAIに、スノウはため息を返す。
「これでドン引きされる方が心外だよ。
こっちは武器に飛びつくと見せかけて、騙し討ちされるんじゃないかって
『そんな修羅います!?』
「ボクならやるよ。ボクがガチャで当てた武器だったとしても、そうした。ボクよりうまいプレイヤーなら誰だってそうするはずだ」
『……そうですかね……?』
そんな覚悟ガンギマリしてるユーザー、そうそういます?
いや、いるかもしれないけど……。
「少なくとも、僕が知ってる人たちならそうしたな。たかがガチャ武器ロストした程度で勝率を上げられるんだよ? やらない手はないでしょ。
それか、武器を捨てられた瞬間に逆上して、あの
『……もしかして、負けたかったんですか?』
「負けたくないよ、もちろん。これゲームだよ? 負けたいわけないじゃん。でも本気で楽しめたなら負けてもよかった。
なのに目先の武器ごときに夢中になって背中を見せるとは。心底がっかりした。
……あーもったいない。ボクのワクワクを返してほしいよ」
スノウはコクピットのシートに背中を預けると、もったいなーいもったいなーいと即興で歌い始めた。
その姿は本当に13、14歳くらいの少女が拗ねているように見える。
この人は一体どういう人なんだろう、とサポートAIは思考した。
そこまで勝利に拘るかと思えば、楽しめたなら負けてもいいという。
そしてこの初心者とも思えない技量。このゲームは初めてとは言っていたが……。
いえ……私が考えることではありませんね。
サポートAIはヘッドドレスを揺らしながら頭を振った。
もうじき初期化される私には、関係のないことです。
ましてや、AIがユーザーの個人情報に興味を持つなどあってはならないこと。
そう思っていると、スノウがよっと声を上げて体を起こした。
「さーて、どうもあれがエースだったようだし、あまり残り物にも期待はできないけど……まあチュートリアルならこんなもんかな」
『チュートリアル……。これ、大規模クラン同士の衝突なんですけどね』
「数だけはいいんだけど、質はてんで大したことなかったよ。
でも、このエリアにはいないかもしれないけど、どっかにすごいプレイヤーいるよ絶対。それは間違いない。ボクなんかちっともゲーム上手くないからね」
『上手くない……? 上手くないってなんだ……?』
貴方が上手くなかったら、他のプレイヤーはなんだよ。ミジンコかオラァン?
そもそもさっき自分のことゲーム上手いって言ってたじゃないですか。
サポートAIの内心のツッコミを他所に、スノウは操縦桿を握りしめる。
「じゃあとりあえず質より量で、残りも平らげちゃいますか!」
そしてシャインは飛翔する。
目指すは【
敵プレイヤー最後のひとりの心がへし折れるまで、狩って狩って、狩り尽くす!
※※※※※※
―通信記録より―
「ああ、ペンデュラム? こっちの本拠地、全員ヤッちゃったから取りにきていいよ。空白地帯に侵入したら占領できるんでしょ?」
「え? どういう意味って? うん、だから全滅させたんだ。リスポーン? うん、さっきまで何度倒しても倒してもリスポーンして襲ってきたけど……
全員心が折れたみたい。
もう誰もリスポーンしてこなくなったから、これで全滅だよね」
「うん、お腹が空いてきちゃったし、そろそろいいかなって思って。別に今からそっちの本拠地も襲ってもいいけど。……え? そう? そこまで? 絶対にダメって何度も連呼するほど? そうかぁ……じゃあ、戦うのは次の機会にしようね」
「あははははは。やだなあ。別に冗談は言ってないんだけど」
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