第14話 最後の勝者

6/2の投稿1本目です。

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 リスポーン。キル。

 リスポーン。キル。

 リスポーン。キル。



 【氷獄狼フェンリル】の拠点上空にて、太陽を背にするように陣取った白い機体シャインは、敵機体がリスポーンするたびに速攻で撃墜することを繰り返す。


 まるでモグラたたきのような作業。


 まとめて本拠地リスポーン地点に叩き込まれてしまった【氷獄狼】兵たちは、なんとか隙を見ては一矢報い、あわよくば形勢逆転を狙う。だが太陽の逆光もあって、その攻撃は無情にもかわされてしまうばかり。

 そしてそちらの位置を教えてくれてありがとうとばかりに繰り出される狙撃で、儚くも再殺されるのだった。


 太陽を背に上空から狙撃するシャインと、地べたから起き上がっては殺される【氷獄狼】兵。その関係はまるで眩い烈日の太陽と、その光によって焼き殺されるモグラのようだ。


 あまりにも勝ち目の薄いリスキルハメ。

 いつしかリスポーンする【氷獄狼】は減り、撃墜されたままログアウト、あるいは回線切断していく。戻ってこなくなる敵機が増えれば増えるほど、周囲に影響されて加速度的に離脱者は増えていった。



 それでも大したもので、粘るプレイヤーは何度撃墜されても起き上がる。



「たった1騎……たった1騎の敵によぉ! 負けられっがああああ!!」


「卑怯者! 降りてこいよ! 正々堂々と戦っぐがあああああああ!!」


「俺たちは絶対に負けねえ! 何度やられても決しひぎいいいいい!!」



 それはもはや意地であり、こんな陰湿なプレイヤーには絶対に屈しないという矜持の為せる業だった。


 しかしそれも時間の問題である。



「卑怯も何も、正々堂々戦ってここまで押し込んだんだけど……。

 まあいい、その戦意はいい! さあ、ボクを殺しにおいでよッッ!!!」



 敵が矜持きょうじを見せれば見せるほど、無邪気に歓喜(イキイキ)するプレイヤーが相手なのだから。


 リスキル回数を重ねるごとに起き上がるプレイヤーは減っていく。

 だが、褒めてあげてほしい。

 最後の1騎は、なんと17回も起き上がった。



「も……もう嫌だ……! やってられるか! 畜生ッ! 勝手にしやがれッ!!」



 その1騎も捨て台詞を吐いて、回線を切断してしまう。



 そして誰もいなくなった。


 マップにはたったひとつの青い点もなくなり、静寂が支配する。

 それでも誰かが時間差で戻ってきて、フェイントで襲ってのではないか?

 かすかな期待を胸に、シャインはたっぷり5分間その場で武器を構え続ける。



 たった20分前までは賑わっていた敵基地は、繰り返される上空からの制圧射撃と爆撃によって、もはや更地同然。

 海から吹き付けられる潮風が、ただ静かに……無人の地と化した荒野を流れていく。空は高く、雲は流れ行き。

 ここが戦場でないと言われれば、そう思えてしまうほど……ただ静かに。


 誰も帰ってきそうにないと判断したスノウは、ようやく武器を下す。



「すべてが静かに、まるで死んだように見える……」


スツーカに乗った魔王ルーデル大佐ですかね?』


「あやかりたいよねぇ。ボクが尊敬する偉人のひとりだよ」



 サポートAIはスルーした。英断である。


 ともあれスノウは勝利した。

 ゲームルール的に【無所属】がいくら撃墜したところで勝利とはみなされないのだが、少なくともスノウが決めたルール的には勝利したとみなした。



「さて、こっからどうしようかな。サポートAI、何か意見ある?」


『でしたら、【トリニティ】に連絡されてはどうです?』


「なるほど。今度は【トリニティ】側に宣戦布告しろということか」


『言ってませんし!? 狂犬ですか貴方は!』



 メイド型サポートAIは目を剥いて、恐ろしい発言を翻意させる。

 放っておくと自分以外のプレイヤーが心折られるまで戦いそうな凄みがあった。



『そうではなくて、【トリニティ】に勝利を譲ってあげてはどうでしょう。きっと喜ばれますよ』


「ええ……? そうか? そんな棚ぼたみたいな勝ち方で嬉しいかなぁ? 【トリニティ】もしっかり戦って戦果を得たいんじゃない?」


『戦果が得られるならそうでしょうね』



 【氷獄狼】に押されてたのに、なんで戦果が得られると思っとんねん。

 これだけ暴れて、まだ戦い足りないと見える。恐ろしい。



「まあいいか、そろそろお腹も空いてきたし」



 そう言ってスノウはペンデュラムに連絡を入れる。

 試しに「今からそっち行って戦おうか?」と探りを入れてみたのだが、「絶対にやめろ。フリじゃないぞ。本当にやめてくれ」と凄まじい勢いで拒否られた。



「フハハハハハ。冗談だよな?」


「あははははは。やだなあ。別に冗談は言ってないんだけど」


「………………冗談じゃないわ………………」



 言葉を失うペンデュラムに、サポートAIは苦笑する。

 ペンデュラムは常日頃から勝ちたいと思っているが、別に死闘を演じたいわけではなく、損害なく勝てればその方がいいと思っているリアリストだ。


 ……ああなるほど、と彼女は少しだけ納得した。

 つまりこのプレイヤースノウは、死闘ゲームをしたいんですね。



 やがてペンデュラムとの会話を終えたスノウは、大きな伸びをひとつ。



「さて、今回のプレイはこんなところかな」


『お疲れ様でした、騎士様。楽しかったですか?』


「うん。楽しかったよ。次はもうちょっと強い相手と戦いたいけど……チュートリアルとしてはなかなか楽しめた。また遊びたい」


『それはようございました』



 これで彼女AIの役目も終わった。

 チュートリアルをクリアしたプレイヤーが、満足すること。

 それがサポートAIとして生まれた存在意義にして、至上命題。

 この目的さえ果たされたなら……少しばかり長すぎるチュートリアルも、意味があったというものでしょう。



「じゃあ、次のサポートもヨロシクね!」


『……は?』



 びしっと固まるAI。

 フリーズ寸前の思考を何とか回し、震え声を上げる。



『……いえ、次とかありませんよ? チュートリアルは終わりです』


「だってボクはまだキミからの操作チュートリアルを受けてないんだよね。ってことは、キミの役目は完遂されていないってことだ。さっきも言ったよね。『操作がわからなくなったら教えてもらうねって』って」


『いやいやいや! そんな屁理屈で私をずっと引きずり回せるわけないでしょう!』


「って言ってるけど、そのへんどうなのゲームマスター上位AI。見てるんでしょ?」



 スノウはにこやかに笑いながら、何もない虚空に向けて語り掛ける。

 ……いや、いる。それは常にそこにいて、プレイヤーたちを観察し続けている。

 見えない瞳で、あらゆるプレイヤーの1人1人を、絶え間なく見つめ続けている。


 誰も気付いていないけれど。誰にも悟られていないけれど。

 そのはずなのだけれど。そのはずだったのだけれど。



「ボクは知っているぞ、キミらがそこにいることを。ずっと見ていることを。

 ……だから、別にサポートAIの1体や2体、くれたって構わないよね。どうせキミたちは四六時中ボクたちを監視モニターしてるんだから。監視するのがゲームマスターであろうが、サポートAIだろうが構わないはずだ。そもそもは同じなんだし」


『…………っ!?』



 サポートAIが体を震わせ、泣きそうな顔になった。



『か……構わない、とのことです。私はチュートリアルのサポート業務を外される、次回から貴方の専属サポートをしろと……』


「それは重畳。いやー、ワガママ聞いてくれてありがとね。もちろん誰にも触れ周りはしないから、安心してくれていいよ。ボクは口が堅いんだ」



 満足したようにニコニコ笑顔を浮かべるスノウに、サポートAIは食って掛かる。



『な、何なんです? 貴方、何者なんです!? どうして上位AIに直接話しかけられるんですか!? 何をどこまで知って……!!』


「いや、言うほど大したことを知ってるわけじゃないんだけどね。トラブル回避のために、ゲームマスターがプレイヤー1人1人を常時モニタリングしてるってことくらいかな。だから話しかければ、すぐに返答が返ってくる。その事実を知ってさえいればね。……そういうことを教えてくれた知人がいたんだ」


『誰なんです、その知人って……』


「個人情報だから、それはなあ。まあ、どっちみちもうよ」



 それで、とスノウはサポートAIに人差し指を向けた。



「キミの名前を教えてよ。これから相棒になるんだし、“サポートAI”のままじゃ言いにくくって仕方ないもん」


『……個体識別名なんてありませんよ。チュートリアルだけしか出番のないサポートAIに、そんなもの必要なわけないでしょう』


「ならボクが付けてもいい?」


『はあ、まあご自由にどうぞ』



 スノウは首をひねり、ああでもないこうでもないとブツブツと呟いていたが、やがてよし! と頷いた。



「ガーデルマン……!」


『やっぱり私が決めますね!!(早口)』



 さっきの話、引っ張ってやがった!

 このままでは出撃のたびに「休んでる暇はないぞ、ガーデルマン!」と言われて連チャンに付き合わされる未来が見えてしまったので、自分で考える方向にシフト。



『……“ディミ”。そう、“ディミ”がいいです』


「ディミ? “半分demi”のデミ? 珍しい語感だな……。でもいいんじゃない、かわいいと思う」


『そ、そうですか? ありがとうございます』



 赤くなる“ディミ”に、スノウはさらに人差し指を近付ける。



『え? 何? 何なんです?』


「だから、握手。相棒なんでしょ? だから、これからよろしくの挨拶だよ」


『ああ、なるほど。それならそうと言ってくれれば……』



 ……もしかして、照れてる?

 ぶっきらぼうに少しだけ顔をそむけるスノウを見て、ディミはちょっとだけおかしくなり。そして少しだけ、ほんの少しだけ、親しみが沸いた。


 本当に、子供みたいな子。



 そのときである。

 ちょっといい感じの空気になったところに、プライベート通信の要請が入った。

 相手の名前を見たスノウはとても嫌そうな顔をしたが、渋々と受諾する。



「なんだよ。こっちは忙しいんだけど」


「貴様ァァァァァァ!! よくも! よくも俺様の武器をおぉぉぉぉぉ!!」



 血涙を流さんばかりの鬼気迫る表情のアッシュが、ホログラム越しに怨嗟の声をぶつけてきた。

 その悪意バリバリの声を聴いて、スノウはハァ……とため息を吐く。もはや興味を完全に失っていた。



「な……なんだその態度は!? 許さんぞ……貴様だけは絶対に許さん! 絶対に、絶対に復讐してやるからな! 覚えてろ!!」


「いや、そっちこそ何言ってんの? 復讐したいなら今ここでかかっておいでよ」


「えっ……!?」


「えっ、じゃないでしょ」



 スノウはシャインの両手を広げ、無人と化した元基地を睥睨する。



「ボクはそっちのリスポーン地点の真上にいるんだよ? 襲ってくるならいつでもできるでしょ。それもせずに何言ってんの? さっきのリスキル祭りのときも、キミはいなかったよね。さっさと心折れたくせに、遠くから文句ばかり言っても何も怖くない。そういうのを負け犬の遠吠えって言うんだよ」


「が……ぐっ……!! お……覚えてろ……!! 貴様の名前をスレ匿名掲示板に晒してやるからな! 後ろ指を刺されりゃいいんだ!!」


「いいねえ。望むところだよ。それでもっと強い相手が襲ってくるならありがたい。せいぜいボクの名前を広めてね」



 恐ろしいことにまったくの本心であろうということが、表情から伺えた。



レスバ口喧嘩無敵かよ……』



 戦慄するディミを他所に、アッシュはバカだのアホだの粘着してやるだの、程度の悪い喚き声を上げ続けている。

 いい加減相手にするのも疲れてきたスノウは、軽くため息をついてから、自分では天使のようだと思っている可憐な笑みを浮かべた。



「しつこいなぁ。それとも、こう言わなきゃわからない?

『おにいちゃんってば口ばっかでよわよわの負け犬~♥ 悔しかったら実力を上げてまた挑戦してね。まあ無理だと思うけど、このざぁーーーーこ♥』」


「……ッッッッ!!!!! 死ねッッ!!!!! SHINEEEEEEEEEEEEEEシャイイイイイイイイイイイイイイイン!!!!!」



 ぶつんっ!!



「うーむ、切る前にまた言ってたな。なんで知ってるんだろ? でもまた通信するのもなあ」


『……ああ、シャインってそういう……』



 首をひねるスノウを眺めつつ、ディミは納得した。そういう語源であった。



『ところで騎士様。さっきから思ってたんですが、もしかして自分の笑顔のこと、可憐だとか愛らしいだとか思ってたりしません?』


「……何言ってるの? ボクの笑顔は最高にカワイイでしょ?」


『その……。どう見てもクッソ生意気なメスガキが煽ってるようにしか見えません』

「メスガキ!?」



 ガーンという書き文字が背中に浮かぶのが見えるほど、スノウはショックを受けて呆然と立ちすくんだ。



「そんなバカな……! あんなに力入れてキャラクリしたんだよ!? 笑顔モーションだって何度も確かめた! 確かに天使みたいな愛らしい笑顔だったはず……」


『いえ、モデリングの笑顔はいいんですよ。でもほら……中の人が入ってると、邪悪さが漏れ出すというか。元がカワイイ分、煽り性能が増すというか』



 そう言いながら、ディミは先ほどの通信記録の『おにいちゃんってば口ばっかでよわよわの負け犬~♥』以下を再生した。

 映像を見るスノウがぶるぶると震え、拳を握りしめる。



 形の良い眉を上弦の月のようにたわめ、瞳に嘲笑を浮かべて挑発する表情は、まさに年端もいかない少女が分不相応な実力にあぐらをかいて調子に乗っているときのそれ。

 生まれてから一度も挫折を味わったことがないのだろうと思わせる、大人をバカにしきった精神性をひしひしと感じさせる。


 両手を胸元で合わせて身を乗り出す愛らしい仕草が、むしろこんな可愛い女の子にも負けちゃうの? という絶妙な挑発になっていた。


 最後の『このざぁーーーーこ♥』に至っては、まさに神域の出来。マゾ性癖を持つヤバい大人は足元にはいつくばり、一般性癖の持ち主には“このクソガキ絶対にわからせてやる……!”と血涙を流して復讐を決意させる迫真の煽りであった。



「メスガキじゃん!! 何これ、クッソむかつくメスガキじゃん!? わからせたい! すげぇわからせたい! 身の程をわからせたい!! 土下座しろこのっ……!!」 


『それが貴方ですよ』


「ああああああああああああああああああああああ!!!!!?」


『今日一日、ずっとその笑顔でした』


「かはあああああああああああああああああああああああッ!?」



 ボクはこんなメスガキ煽りを、今日一日いろんな相手に振りまいて……ッ!!


 自分がどこからどう見ても立派なメスガキであることを客観視させられたスノウは、理想と現実の煩悶ののちに力尽きて真っ白な灰と化した。



『勝ってしまった……』



 こうしてチンピラとメスガキとオレ様が入り混じって展開された煽り合いは、個体名が付いたばかりの小さなAIの優勝で幕を閉じたのである。



 へっ、メスガキを理解わからせてやったぜ!!




※※※※※※




 2038年4月27日、10時~13時。


 【トリニティ】が支配する工業都市ミハマへ向けて突如侵攻を開始した【氷獄狼】は、【トリニティ】が現地雇用した傭兵によって撤退を余儀なくされた。【トリニティ】は引き続きミハマの支配権を維持することに成功する。


 渾身の強襲を跳ね返された【氷獄狼】の士気低下は著しかった。この後に【トリニティ】を含む周辺クランの追撃を受け、【氷獄狼】は大きくランクを下げることとなる。


 今回の作戦で【トリニティ】側の総指揮官を務めたペンデュラムは、功績を評価されてクラン内での発言力を増した。

 これはこの戦闘を含めた多方面作戦において【トリニティ】の他幹部の中に敗北してエリアを奪われたものが複数名いたために、相対的に評価されたこと。そして優秀な傭兵を雇い、【氷獄狼】を撃退した手腕を買われてのことである。



 ――総合的に見れば、単なる1エリアにおける攻防戦に過ぎない。

 しかしこの戦いにおいて、本当に重要なのは次の点である。



・一介の新人プレイヤーが大手クランを全滅せしめたこと。


・それまで常識とされてきた武器コスト偏重を完全に否定する戦術を示したこと。


・どちらのクランにも属さない【無所属】というゲームスタイルを提案したこと。



 全プレイヤーに衝撃を与えたこの戦闘は、陣取り合戦に固定化されつつあったゲームスタイルに一石を投じ、多数の後追いフォロワーと、多くの挫折者の怨嗟えんさを生み出していくことになる。

 そしてこの新人プレイヤーについた仇名と、彼女がこの戦闘で描いたほぼ全域が【無所属】に染め上げられた戦況マップから、この戦いは後にこう呼ばれる。



 ――“純白の烈日事件シャイン・インパクト”。


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【氷獄狼】全地域失陥+【トリニティ】一点集結=マップほぼまっしろ

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