第7話 その手は救いの手に似て

「これは厳しいな……」



 索敵特化装備の僚機から渡された、工業都市ミハマの市街全域のマップデータを睨み、《トリニティ》幹部のペンデュラムは唸り声を上げた。

 色分けされたマップは、都市の支配権が急速に《氷獄狼フェンリル》に奪われつつあることを如実に示している。このままでは満足な応戦もままならず、都市は《トリニティ》の手から奪われてしまうだろう。



「戦力を分散して戦うのはもう無理だ。いったん兵を集める必要がある」


「バリケードを構築して耐え、敵の勢いが落ち着くのを待ちますか?」


「ああ。だが……」



 下知を待つ腹心の部下たちにちらりと視線を向け、考える。



「しかし挽回は難しいだろう。何しろ兵力は圧倒的に向こうが上だ」



 兵器工場が大量に置かれているミハマエリアは、支配下に置くことでクラン全体の武器生産や供給価格に有利な補正バフが付く戦略上の重要拠点だ。《トリニティ》にとっては決して落とされるわけにはいかない。


 そのミハマエリアが敵クランからの強襲を受けたのは、ほんの3時間前のこと。

 このゲームでは隣接するエリアが敵クランに占領されていなければ攻撃されることがないのだが、今回《氷獄狼》は平日の昼間から大量のプレイヤーを集めて隣接エリアを攻め落とし、電撃戦を仕掛けてきた。


 《トリニティ》の正体は一般クランではない。

 その実態は国内有数の巨大企業グループコングロマリット五島いつしま重工によって組織された企業クランであり、当然日中から稼働できる警備兵プレイヤーを確保している。

 もちろん何も知らない一般プレイヤーも所属してはいるが、基本的な意思決定は五島重工サイドが握っており、一定以上の腕を持つプレイヤーはみな五島重工に所属する警備兵であった。


 だが、その腕利きの警備兵たちをもってしても劣勢に追い込まれるほどに、今回の強襲の敵軍は質・量ともに圧倒的だ。



「せめて援軍を動員できるのなら話は違うのだがな。

 やはり、どこかからかき集められることは不可能か?」


「なしのつぶてです。同時多発的に複数のクランが強襲を仕掛けてますから。

 これは連中、帯同して攻めてきてますな」



 今回の強襲が嫌らしいのは、攻めてきているのが《氷獄狼》だけではないという点だ。

 《氷獄狼》自体は確かに優秀なエースプレイヤーを多数抱える強力なクランではあるが、仮にも国内有数の企業クランである《トリニティ》を終始圧倒できるほどの地力があるわけではない。


 それがこうまで苦境に追い込まれているのは、他の有力クランと共に平日の日中を狙って別方面からの電撃戦を仕掛けてきているためである。


 常時オンライン上の情報に目を光らせている《トリニティ》の諜報網にこの作戦が引っかからなかったということを考えれば、今回の帯同作戦はオフラインで各クランがやりとりをしている可能性が高く、彼らの本気をうかがわせる。


 そもそも平日の昼間っから仕事やら学校やらをサボってオンラインゲームという時点で、ガチさしか感じないのではあるが。



「傭兵は? 《ナンバーズ》の連中は動員できないのか。使えるツテはすべて使え」


「連絡が付きません。恐らくは敵としてどこかの戦場に参加しているかと」


「チッ、どいつもこいつも……。四面楚歌だな。よほど五島ウチが嫌いと見える」


「一強は嫌われる……ということですかね」



 まあ確かに、とペンデュラムは内心で同意する。

 《トリニティ》はかなり強引な手段も使って使えるプレイヤーをかき集めている。金にものを言わせてスカウトしたケースも数多い。

 そうした行為を嫌うプレイヤーから見れば、まさに悪の帝国主義クランと言える。

 悪役とみなして領土を奪うなら、これほど心が痛まない相手もいない。



(それがどうした。金が嫌いなら無課金でも貫いてろ。

 私は何としても成果を出さないといけないのよ!)



 天翔院てんしょういん家の一族ともあろうものが、有象無象の雑種イヌの群れに噛みつかれたくらいで動揺を見せられようか。

 彼/彼女は、内心天音を見せず、傲岸不遜な司令官ペンデュラムとして配下に指令を下す。



「戦力を集中させ次第、撤退戦の準備に移れ。

 退きながら可能な限りダメージを与えていく。工場も可能な分は焼き払うぞ。敵に戦力を回復させる隙を与えるわけにはいかんからな」


「ミハマを放棄されるのですか!?」


凡骨ポンコツじみたことを言うな。すぐに取り返す。

 もう少ししたら警備兵も夜勤のメンバーに入れ替わるからな。

 相手も24時間体制で攻めてこられるわけじゃない。電撃戦の弱点は持久力だ。勢いが落ちたところで、改めて奪還作戦に移る」


「なるほど……了解しました。ただちに友軍に伝達します」



 戦略的にはこれで間違ってはいないが、とペンデュラムは人知れずため息をつく。


 ……だが、一時とはいえミハマを敵の手に渡したのは失点だ。

 焦土作戦で工場を焼き払う都合上、取り返したところでミハマの生産力も落ちてしまう。この件は間違いなく社内の敵対派閥にとって格好の攻撃材料になるだろう。



(私は負けないわよ)



 VRポッドの中で、天音は憎むべき弟の……五島グループ次期総帥候補筆頭、天翔院てんしょういん牙論がろんの顔を思い浮かべていた。



(私には助けの手なんて差し伸べられない。

 だからどうした。

 私は絶対に自分の手で這い上がってやる……!)



 西暦2038年4月27日。

 この日は後に“純白の烈日事件”として『七翼のシュバリエ』の歴史に名を残すことになる。


 野望に身を焦がす少女は、この日予想もしなかった出会いを果たす。

 だが、それが助けの手と呼べるものであったかは極めて疑わしい。


 天災との遭遇エンゲージまで、あと30分。

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