第6話 もうどうにでもなーれ☆

『人の話聞いてましたぁ!?』



 反射的に突っ込んでくるサポートAIに、スノウは耳を塞いでめんどくさそうな表情を浮かべた。



「何言ってんの、聞いてたからの選択に決まってるでしょ」


『聞いててなんでその結論になったんです!?』


「誰にも命令されたくないからだよ」


『はぁ?』



 スノウはにへら、と笑みを浮かべた。



「だって<タンク>とか他のプレイヤーに言われたとおりに行動しなきゃいけないし、<ガンナー>はそのお守りなんでしょ?

 <フライト>なら命令受けずに自由に戦えそうだし」


『このゲーム、チームプレイで勝利に貢献するゲームなんですけど!?』


「とにかくキルを取ればいいんでしょ?」


『ダメだ! このプレイヤー、協調性が皆無だ!!』



 いきなり長時間をアバター作りに費やす時点でわかってはいたが、すさまじいまでの協調性マイナスっぷり。

 遠足や修学旅行で一人だけふらふらと消えて捜索隊出されるタイプであった。

 こういう人格の持ち主は、得てして勝手に話を進めがちだ。



「さ、タイプを決めたよ。ステ振りはどうすればいい?」



 こんな感じに。

 便宜上メイドに身をやつすサポートAIは、肩を落として深いため息をついた。

 もういいや。実戦に出てボコられれば、現実を知るだろう。

 とにかくとっととチュートリアルを済ませて実戦に送り出してしまおう。



『えーと、初期設定でカスタマイズできるパラメータには<武器メモリ>、<スピード>、<装甲>、<オプションパーツメモリ>がありますね』



 サポートAIは割と投げやりに説明を果たした。どうせまた戻ってきて同じこと訊くんでしょ?



<武器メモリ>……高いほど戦場に強力な武器を持ち込めるよ。ガチャとか勝利報酬で得た強力な武器を持ちこむには必須。一番大事なパラメータだから最優先で上げようね。


<スピード>……高いほど機動速度が速くなるよ。移動速度だけじゃなくて、機動力全般が上がるよ。


<装甲>……高いほどダメージを受けにくくなるよ。高いほど激しい戦闘に耐えられるね。<タンク>タイプは上げよう。


<オプションパーツメモリ>……高いほど強力なオプションパーツを装備できるよ。オプションパーツは便利な能力を発動できるね。でも初心者は手に入りにくいからあんまり上げなくてもいいよ。



「<武器メモリ>っていうのを上げないと、強力な武器を使えないの?」


『いえ、戦場で武器を拾えば使えますね。でもまあそういうのはレアケースですよ、滅多に手に入りません。

 そもそもその場合、自分が持ち込んだ武器が使えなくなりますし、他人の武器を奪ったら……どうなるかわかるでしょう? エチケット的に』


「<武器メモリ>を一切上げない場合、装備できる武器はなくなる?」


『初期装備のブレードとサブマシンガンは使えますよ。でも本当に火力は低いですし、相手が同じ初心者だったとしても撃ち負けるでしょうね』



 なるほどなあ、とスノウは頷いた。



「<武器メモリ>っていうのはそれほど大事というわけだ」


『そうですね。初心者同士であれば、<武器メモリ>の多寡が勝敗の明暗を分けると言っても過言ではありません』


「よし、わかった。<武器メモリ>はゼロ、<スピード>と<装甲>に全振りで」


「さっきから私を怒らせようとしてるんですか!?」



 ぎゃんぎゃんとわめくサポートAIに、スノウは顔をしかめて耳を塞いだ。



「怒らせようなんてしてないよ。一切上げなくても初期装備は使えるんでしょ?

 ちゃんと説明は聞いてたってば」


『初期装備じゃ勝てないって言いましたよね!?』


「戦場で武器拾えばいいんでしょ?」


『拾えるのはレアケースだとも言いましたけど!? なんで中途半端にしか聞かないんですか!』


「まあなんとかなるんじゃないかなあ。ボク、ゲームに関しては運はいい方だから。勝負運が強いっていうの? そんな感じで」


『何の根拠もない!?』


「それに、つまり他のプレイヤーは<武器メモリ>にパラメータを振ってて、<スピード>と<装甲>はおざなりなんでしょ? そこでアドバンテージを取れるよ」



 楽観極まりないスノウの言葉に、きーっとサポートAIは頭を掻きむしった。



『取れませんよ、初心者なのに! チュートリアルもスキップしてロクに操作もできないくせに、何言ってんです?』


「まあ習うより慣れよとも言うし、とりあえずやってみようよ」


『あーはいはい、ソウデスネー』



 完全にふてくされたサポートAIは、投げやりに吐き捨てた。

 もうとっととボコボコにされて痛い目見ちゃえよ。


 一方、スノウはブースターと装甲に全力を振った、ずんぐりむっくりの不格好な初期機体を見て満足げである。



『それで、この機体の名前は何にします?』


「機体の名前も付けられるの?」


『他のプレイヤーが見ることはないので、自己満足の域を出ませんけどね』


「じゃあ……“シャイン”だ。誰も見ないんなら、それがいい」



 何か遠い目をするスノウに、何か謂われがあるんですかとサポートAIは口にしようとして、やめた。

 まあいいだろう。どうせ自分の役目はここまでだ。

 知ったところで覚えておけないなら、知る必要もない。


 このプレイヤーはすぐここに戻ってくることだろうが、そのときは別のサポートAIに任せてしまおう。あるいは自分が受け持つのかもしれないが、その自分はこのやりとりを覚えていないのだから、実質他人事だ。



「これでセッティングは完了かな? じゃあそろそろ出撃しようか」


『わかりました。戦場を選んでください』


「どこでもいいよ。とりあえず派手にドンパチやってるところならどこだって」



 自分から激戦区を選ぶとは……オイオイオイ、あいつ真っ先に死ぬわ。



『了解しました。この地区では現在《トリニティ》と《氷獄狼フェンリル》、国内屈指の巨大クランの抗争が展開されています』



 サポートAIが示すモニターには、二色で複雑に色分けされた都市の地図が映し出されていた。

 赤が《トリニティ》、青が《氷獄狼》であるらしい。


 元々都市の支配権を握っていたのは赤側のようだが、今は青に激しく侵食されている。まるで鋭い牙を持った獣に噛みつかれ、肉を引きちぎられて鮮血を噴き零しているかのような、無残な戦況だった。



『戦況は《氷獄狼》が大分優勢ですが……どちらに所属しますか?』


「うん、それがさっきから気になってたんだけどさ」



 スノウは可憐な顔をこきゅ、と傾げて聞いた。



「このゲームって、どっちかに所属しないとプレイできないの?」


『……ウソでしょ? まさかゲームの趣旨すら理解してないんですか?』



 サポートAIは愕然とした表情を浮かべた。



『このゲーム、端的に言うと陣取りゲームなんですよ? どっちかの勢力に所属して、相手勢力のシュバリエを倒すことで支配地域を拡大するのが目的ですよ?』


「うん、それは知ってる。PVで見たからね」


『それがわかっていて、なんでそんな質問が出てくるんです?』


「第三勢力として遊べないのかなって思って」



 何言ってんだこいつ。

 あまりにも常識外の疑問をぶつけられたサポートAIは言下に否定しようとして、生真面目な性格から一応ルールブックにアクセスして、ほらやっぱりと言い放った。



『そんなこと、できるわけが!! ……ありますけど!!』


「あるんじゃん」


『えっ!? 嘘、あるの!?』



 サポートAIは自分の発言にびっくりして、もう一度ルールを読み込んだ。



『えー……無所属として戦場に参加することは、一応できるそう、です。

 その場合、取った陣地はどちらの陣営のものにもならず、空白地としてデフォルト化されるようですね。空白地は先に侵入したクランのものとなります』


「自分のクランを作ることはできないの?」


『構成員1人ではクランと認められませんので。騎士様が現状所属できるのは《トリニティ》か《氷獄狼》、あるいはどちらでもない無所属、の三択です。


 もっとも、《無所属》なんて選ぶわけないですよね。つまり両方の陣営に敵対するわけですから。初心者が戦場の全プレイヤーに敵対とか!』


「じゃあ《無所属》で!」


『言うと思いましたよ、ええ!!』



 サポートAIはもうどうにでもなーれ!! とばかりにお手上げポーズを作った。


『わかりました! もう好きにしてください! どうせ私の知ったこっちゃありませんしね!! ボコボコのボコにボコられちゃえばいいんですよっ!!』


「何言ってんの? キミも来るんだよ」


『は!?』



 スノウはにっこりと笑うと、サポートAIをひっつかんで、自分のシュバリエ――シャインに向かって駆け出した。



『いやー!? なんで私がそんな自殺行為に付き合わないといけないんです!?

 離してー!! AI誘拐魔ーーー!!』


「言ったはずだよ、操作がわからなくなったら教えてもらうねって。キミには責任もって実戦についてきて、リアルタイムでサポートしてもらわなきゃ!」


『い、言ってましたね、そんなこと……。仕様を理解してないと思ってスルーしましたけど……まさか』


「もちろんわかってて言質取ったに決まってるじゃん。

 この際だから、ボクに地獄まで付き合ってもらうねっ♪」


『い、いやあああああああああああああああああああ!!!

 こんなの職務外労働ですぅぅぅぅぅぅぅぅ!? 解放してええええええ!!!

 なんで私がこんな目にーーーーーーーーーーーー!!!!』


「なんで、も何も」



 ボクがキミのことを気に入ったからに決まってんじゃん。



 ハッチを閉めながら言ったその言葉は、届かないままコクピットの闇に消えた。


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