第115話 必殺!セクハラAI天誅ディミちゃんキック
「オマエが言う通り、
“
もはやどこに何があるのかを知り尽くしたブラインドタッチ。バーニーが指を動かすたびに、目の前のハンガーでホログラムのパーツが出現して、機体を構築していく。
機体を設計するときは、こうやってホログラムのパーツによって機体を仮組して、実際の動作やパーツの相性をシミュレートするのがバーニーのやり方だ。
「それが科学的に説明できる現象である以上は、このゲームでも再現できる。中国拳法の『気功』とは自分の体重を質量とみなし、関節のしなりによってそれを運動エネルギーに変えて破壊力として叩きつける。それをシュバリエで実践すれば、兵器にも劣らないダメージソースとなる」
「ボクが投げ技で相手の重量をダメージに変えてるのと似てるね」
バーニーの小さな背中を眺めながらスノウは相槌を打つ。
「そうだ。機動兵器であるシュバリエは、その質量自体が既に暴力だ。だがオマエの弟子はそれをうまく扱えてなかった。理由は言うまでもねえな、空中では『踏み込めない』からだ。中国拳法に限らず、あらゆる武術は脚が接地していることを前提としている。大地という不動の石盤を踏みしめることで、体のバネから運動エネルギーが出せるんだ。オマエの場合は“アンチグラビティ”で重力を操作しているから、空中でも無理やり投げ技を出せるが……」
「他のシュバリエはそうじゃない。空中戦が主な戦場となるこのゲームでは、格闘技はそもそも相性が悪いんだね。このゲームで格闘が流行ってないのはそういうわけか」
「現状そういうことだな。だから空中で十分な威力の格闘技を出すには、特殊なアプローチを考えないといけねえ。たとえば……」
そう口にしながら、バーニーはいくつかのパーツをシミュレーション上で仮組された状態のシュバリエにあてがってみせる。
「“
バーニーが苦笑交じりに手を振ると、それらのパーツは再び虚空へと消える。
「このへんのパーツはまだ今の市場には流通してない。技術ツリーが先に進むまで、こういった技術を利用するのは不可能だな」
なら、その流通していないはずのパーツを手に入れているバーニーは何なのか。
「持ってるならそれを使えばいいのに」
「ダメだ。これは俺のコレクションだからな。オマエの弟子であろうと、人に譲るつもりはこれっぽっちもねえ。使うのは一般市場で流通しているものだけだ……。それとも、レアモンスターでも狩って材料を集めて来るか? 何十時間とかかるだろうが」
「やだよ。そんな地道な狩りは性に合わない。雑魚モンスターなんて狩るより、人間と戦った方が何十倍も面白いもん。まあ、あのクソ熊とか鋼鉄蜘蛛くらいのレイドボスなら相手してもいいけど」
「ま、オマエはそう言うだろうな」
そう言ってバーニーは肩を竦める。
本当に地道に強くなっていきたいのなら、雑魚モンスターを狩って得られた素材をパーツショップに売却するという手もある。実際そういう稼ぎをしているプレイヤーは多い。
彼らにとってクラン対抗戦は一種のお祭りのようなものだ。日頃集めたリソースを一気に吐き出して、全力を尽くして戦い合う。そのために日常ではちまちまとモンスターを狩って、装備を整えるのだ。華々しさはないが、堅実なプレイスタイル。このゲームのほとんどのプレイヤーは、このゲームはそうやって遊ぶものだと捉えている。
だが、スノウが見すえているのはトップクラスの戦場だ。そんな虫けらが地面を這うような歩みでは、スノウが求めるレベルの戦いは望むべくもない。
一番派手で歯ごたえがある戦場で全力を振り絞って
装備を整えるために地道な稼ぎなどしていては意味がない。
そもそも、いくら装備を整えたところで最終的にはプレイヤーの実力が物を言うのだ。ちょっと性能がいい程度の装備のために無駄な稼ぎをする必要はない、というのがスノウの持論だ。
バーニーもまったく同じ意見だ。というか、バーニーたちがよってたかってそういう考え方を
「まあ何にしろ、ちょっと工夫すれば一般市場に流通しているパーツでもなんとかなるもんさ。たとえば……ショートブースターをたっぷり積んでみる、とかな」
そう言ってバーニーは銀翼とブースターのパーツを組み替え、
「ショートブースターを3連続で発動できるビルドだ。空中でも疑似的に踏み込みを行なえるし、厚い装甲を持つ相手でも接触した状態で連続発動することで、装甲を浸透突破することができる。装甲を完全無視とはいかないが、カタい相手でもある程度ブチ抜いてダメージを与えられるぜ」
「いいね! 装甲貫通とか、フィクションに出てくる中国拳法っぽい!」
「だろぉ? しかもそれだけじゃないんだぜ」
バーニーは背後のスノウを振り返り、ニヤリと得意そうな笑みを浮かべる。
「腕パーツの掌には高出力ブラスターを内蔵してある。射程距離は短いが、至近距離まで接近してぶちかませば、数千度の熱線で敵の装甲を融解させられるぜ」
「おおっ! すごいやバーニー! すごく“っぽい”! 中国拳法といえば謎ビームだよね!」
「だろぉ? やっぱロマンって必要だからな!」
お前らの中の中国拳法はどうなってるんだ。
「まあ、代償としてライフルとかが握りにくくなるから、遠距離戦は弱くなるが……戦闘適性を見た限り、元々遠距離はちょい苦手っぽかったしな。不得手を補うより、長所を伸ばした方が役立つもんだ」
「うんうん! さすがバーニーだ! やっぱりキミに頼んでよかったよ!」
「ふふん。まあそうおだてるなって。じゃあ設計はこんなもんでいいな。パーツ一式を一般市場から集めるから、ちょい待ってろ」
そう言って、バーニーは再び仮組された機体に向き合うと、左右の投影型スクリーンを操作し始める。
一般市場からお手頃価格で売られているパーツを探すフェイズに入ったのだ。
そんなバーニーの小さな背中を見つめながら、スノウは小さく呟いた。
「……tako姉に会ったよ」
びくん、とバーニーの肩が震える。
それぞれ独立した生き物のように動き回っていた左右の可愛い手が止まり、バーニーは振り返らないまま口を開いた。
「そうか。……元気そうだったか?」
「うん」
「……俺のことを聞いたんだな」
「聞いた。バーニーのこと、偽物だって言ってた」
バーニーは小さくため息を吐き、コリコリとメカニック帽の上から頭を掻いた。
「偽物……か。まあ、俺がAIなのは確かだな」
「そうなんだ」
「……目覚めたときには何もない空間にいてな。もうすべてが終わってた。オリジナルはとっくに死んでて、俺はその記憶を引き継いだAIだって言われてさ。頭がどうにかなりそうだったぜ」
スノウに背中を向けたまま、ひとりごとのようにバーニーは呟く。
その顔にどんな表情を浮かべているのか、スノウにはうかがい知れない。
「最初からtako姉に嫌われてたの?」
「いいや。tako姉と再会したときは、そりゃ喜ばれたさ。信じられない、って顔してたっけな。向こうにとっちゃ死人が蘇ったようなもんさ。こんなナリにはなっちまったが、それでもバーニーが帰って来たって泣いて抱きしめられてさ。……俺も嬉しかった」
かつての日々を懐かしむように、バーニーは続けた。
「エッジとtako姉と3人で、いろんなとこへ行ったよ。まだゲームが始まった直後で、そんなに強いクランもいなくてな。俺TUEEEEEE! とか、【シャングリラ】の暴威を再び知らしめん! とか言ってさ、めちゃめちゃに暴れたりしたな。まあでも、やっぱやべえモンスターと戦うのが一番楽しかった。ロクな装備も揃ってないのに、格上に挑むことばっか考えててな。3人で頭を突き合わせて、あんなトラップを仕掛けようとか、装備を作って来ようとか、いやいや他の【シャングリラ】の仲間を探した方がいいとか……。そうそう、お前を絶対探し出したいってtako姉はそればっかり言ってたっけ」
「…………」
それが、どうして憎まれるようになったの?
スノウはその言葉をあえて口にしなかった。
バーニーはひとつ溜め息を吐き、スノウが口にしなかった言葉に応える。
「……死んだときのことを覚えてなかったのが、一番堪えたらしい」
「死んだとき?」
「ああ。俺たちはオリジナルがどうやって死んだか知らねえんだ。なんせそれ以前に脳をスキャンしたときのデータから作られてるからな。まあ脳ってのは死んで酸素が届かなくなったらすげえ速度で劣化するから、死体からはAIを作れねえんだ。しかも火を着けられて誰が誰だかわからない状態まで損壊されてたっていうしな。だからAIとして複製された俺たちは、オリジナルの死を伝聞でしか知らない」
一拍置いて、バーニーは続ける。
「だけど……それがtako姉にはダメだったらしい。目の前で死んだ俺たちこそが本物で……俺たちは生前の俺たちを真似る偽物だと言った。
ふふっとバーニーは自嘲を浮かべ、やれやれというように両手を持ち上げた。
「そんなわけで、tako姉に嫌われちまった俺たちの冒険はそこで終わり。俺はなんもかんもめんどくさくなって、この穴倉に引きこもり。エッジはどっか行っちまった。そんなこんなで今に至るってなわけよ」
「…………」
おどけてみせるバーニーに、スノウは何も応えなかった。
その沈黙に、バーニーは小さく笑う。
「おいおい、こうやっておどけたら笑い返せよ。ダチだろ? 空気読めってんだ」
「…………」
「なんかいえよ」
「…………」
スノウはその言葉に応えないし、笑いもしない。
それっきりバーニーも何も言わず、じっと沈黙を貫いた。
……やがて。バーニーは深い深いため息を吐いた。
「お前も……俺を偽物だと思うか? tako姉みたいに……いや。俺自身がそう思っているように」
「…………」
「俺は……何なんだ。稲葉恭吾の記憶を引き継いだって、俺本人が体験したことじゃない。飯なんて本当はいらない。睡眠だって必要ない。この世界が続く限り、何もしなくても永遠に生きることを約束された俺は、まだ人間なのか? それともとっくに人間じゃないのか? 人間でもない、稲葉恭吾の記憶は持ってるけど本人じゃない。じゃあ俺は誰なんだ?」
「…………」
「俺は……いない方がよかったのか? 俺の存在が稲葉恭吾の死を侮辱しているというのなら……いっそ生まれない方がよかったのか? 俺が生まれた意味ってのは、どこにあるんだ? AIは人間に奉仕するのが存在意義だって言うのなら、人間のtako姉を悲しませた俺には存在する意味がないのか? もう……何もわからねえよ……」
そして、スノウはそんなバーニーにそっと近づくと……そっとその首に腕を回し、柔らかく抱きしめた。
「バーニーはバーニーだよ。ボクの大切な親友だ」
「……俺が偽物でも、か?」
「偽物?」
スノウは不思議そうに小首を傾げると、ゆっくりと首を横に振った。
「偽物じゃないよ。だってバーニーは人間だったときの記憶を全部持ってるんでしょ? じゃあバーニーはバーニーじゃないか」
「……だが、本物はとっくに死んじまってるだろう」
「バーニーの記憶を全部持ってるなら、それが本物のバーニーだよ。もしオリジナルの稲葉恭吾とキミがここに並んでいたとしても、ボクはどっちも本物のバーニーだって言うよ」
「…………」
「それで、どっちのバーニーにもこう思ってる。『どっちのバーニーも、ボクの大切な親友だよ』って。ボクと友達になってくれてありがとう。ボクに楽しいことを教えてくれてありがとうって、心からそう言えるよ」
「ぐっ……ううっ……」
後ろを向いたまま肩を震わせるバーニーを、スノウは背後から優しく抱きしめ続ける。
「AIだから価値がないなんて言うなよ。AIだってちゃんと生きてるんだろ? じゃあ胸を張って、俺がバーニーだ文句あるか! って言っていいよ。少なくともボクがこれまで見てきたAIは、俺様が人間ごときに負けるかって感じのふてぶてしい連中ばっかだったよ? ねえ、ディミ?」
『そこで私の名前を出さないでくれます!? 私までふてぶてしいみたいじゃないですか!』
瞳を潤ませながら流れを見守っていたディミが、勢いよくノリツッコミを入れた。
いや、キミが人間よりもふてぶてしいAIじゃなくて何なんだよ。
『まあ……そうですね。アンタッチャブルもウィドウメーカーも、人間以上にプライド高かったです。というか少なくともこのゲームでの基本性能はプレイヤーとは比べるのもおこがましいですし。やっぱり私たちAIは、人間なんかよりもずーっとハイスペックで頭もいいのでっ! 私たちは人間の上位互換ですからっ!!』
「ほらね? 隙あらばこういうこと言うからAIって」
『……はっ!?』
えっへんと腕組みしたポーズのまま、ディミはがびーんとなった。
そんな彼女をよそに、スノウは腕の中のバーニーに優しく囁きかける。
「だから……バーニーも自信持っていいよ。俺はAIのバーニーだ! 文句がある奴はかかってこい! って。ボクはそういう、自信たっぷりのバーニーが好きだな」
「……ああ。ありがとよ、ダチ公」
ぐしゃぐしゃに潤んだ声で、バーニーは頷く。
「今、顔見るなよ。すぐにいつも通りに戻るからな……」
「うん」
そうして、スノウはいつまでもバーニーを抱きしめていたのだった。
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……一時間くらい経っても。
『いや、さすがに長すぎだろ』
「も、もうちょっと……! もうちょっとで泣き止むからこのままで!!」
ジト目になったディミの指摘に、バーニーが慌て気味の声を上げる。
『こ、こいつ隙あらば……! 騎士様、この人に情けとかいらないですよ! ポイしちゃってくださいポイ! 何が「俺に存在意義はあるのか」ですか、めちゃめちゃふてぶてしいわ!』
デレデレしまりのない顔しやがってよぉ!
「えー、でも泣き言言って甘えてくるちっちゃいバーニーとか可愛いじゃない? もうちょっと抱っこしてあげてもいいかなって」
「ふおーー! 控えめだが温かい感触が頭にむにゅっと……。いいぞ! この調子なら泣き止むから、俺をもっと抱きしめてくれシャインッ!」
『セクハラAI天誅ディミちゃんキィーーーーック!!!』
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