第114話 せいへきはかいばくだん

「そういえばジョンってなんでそんな貧弱な武装で戦ってるの? あ、もしかして初期装備縛りプレイとか?」


「は?」



 弟子入り2日目。

 今日も今日とてスノウとトレーニングルームで待ち合わせたジョンは、いきなりケンカを売られた。

 いや、スノウ本人は別に思ったことをそのまま口にしただけなのだろうが。



「ジョンなりにハンデをつけて自分の腕を高めようとしてるんだね、えらいえらい。だけど初心者のうちからそういう縛りするのはあまりオススメできないかな。やっぱりそういうのはある程度慣れてから手を出した方がいいと思うよ」


「……いえ、これは単にお金がなくて武器を買えないだけです」


「え、どうして? 武器とかそこらへんの雑魚プレイヤーから奪えば?」



 というかアンタがそう勧めたのを真に受けて実践して、ボコボコにされてるんですけどねえ!?


 ジョンはそう言いたいのを我慢して、小さく首を振った。



「いえ、敵の武器庫を何回か狙ってみましたが……うまくいかなかったので」


「え、もしかして武器庫とか毎回狙ってたの?」


「はい」



 するとスノウは呆れた顔で、ぷぷっと笑った。

 くっそムカつくこのメスガキ……!



「ジョンは本当に何も考えてないんだなあ。武器庫なんて毎回狙ったら警戒されるに決まってるじゃないか。ああいうのは滅多にやらない奇襲だから意味があるんだよ。なんだか最近流行ったらしいんだけど、それを警戒してみんな武器庫の周りを厳重に守り始めたから、もう誰もやってないよ。ボクもやめたし」


『明らかに騎士様が動画で勧めたせいだと思うんですけど……!?』


「ん? ボクが動画でやったのをみんな真似してたの? そっか、人気者は辛いな~。やっぱボクってカワイイから影響力あるんだね。うふふっ」



 ディミのツッコミを受けて、スノウがケラケラと笑う。

 動画でインフルエンサーが勧めた戦術をこぞって真似して、結果としてその対策で定石が変わるという現象は、2038年になってもいまだに続いていた。というかぶっちゃけ紀元前から戦場なり碁なりチェスなり、あらゆる分野でずっと繰り返されている現象なのだが。


 困ったのはジョンである。



「えっ……だ、だって師匠。あれなら初期装備でも勝てるとか言って……。だから僕はこれなら真似できると……」


「というかジョン、別に僕は初期装備で戦うために武器庫を襲ってたわけじゃないよ。確かに手っ取り早く武器がほしかったってのもあるけど、一番の目的はボード盤面コントロールだからね」


「ボードコントロール、ですか」



 これまで思ってもみなかった概念を口にされて、ジョンが困惑した顔をする。



「そそ。要は相手をひっかき回して指揮系統を混乱させてやろうってのが目的なんだよ。いくらボクが強くたって、一度に敵の全軍から襲い掛かられちゃひとたまりもないでしょ。少人数でも味方がいればまだしも、単騎って複数の敵に囲まれるとすっごく弱いんだよね」


「ええ、まあそれは昨日充分味わいましたけど……」


「だから戦場をかきまわして、少人数ずつ相手取れるように立ち回るわけ。前線で敵の主力と戦ってるときに、後方の補給施設が襲われた、敵が自分たちの武器を奪って使っている……なーんて聞いたら、みんな浮足立って少数の兵を後方に回してくるからね。そうやって徐々に戦力を削ったんだ」



 まあでも、とスノウはんーっと伸びをして、首をコキコキと鳴らす。



「最近はみんな警戒して後方に警備部隊を残すようになったからね。ボクも別のアプローチを取るようになったよ。というか自前の強い武器を持ってるに越したことはないでしょ。やっぱり慣れた武器の方がパターンを引きだして使えるしさ」


「はあ……。でも、それじゃ僕はどうすれば……」



 困り顔のジョンが乗る、ほぼ初期装備のポンコツを見て、スノウは顎をさする。



「ジョンにはボクの助手をやってもらいたいし。あんまり弱い機体に乗っていられても困るんだよね……。よし、用立ててくるからしばらく自習してて」


「えっ……し、師匠!? 用立てるって、僕、持ち合わせが……」



 皆まで聞かず、スノウはディミをひっつかむ。



『ちょっ……そんな雑な触り方しないでくれません!? 羽が痛むんですが!』


「まあいいからいいから」



 そのままひょいとワープして、スノウはその場を立ち去ってしまった。




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 パーツ屋“因幡の白兎ラッキーラビット”。


 パーツ屋とは名ばかりのコレクション陳列所の暗いロビーで、店主はソファに寝そべりながらもしゃもしゃとクッキーを齧り続けていた。

 その目は虚ろで何も映していない。ただその手だけが機械的に動き、食えども食えども無限にクッキーが湧き続ける菓子盆からクッキーを口に運んでいる。

 スノウがこの店に訪れていない間、バーニーはいつもこうやって食っちゃ寝するだけの時間を過ごしていた。



「………………」



 バーニーはふと、気まぐれに左手を持ち上げて億劫そうにスライドさせる。

 するとロビーの周囲にごまんと積まれていたパーツの山が一瞬で消えて、代わりに無数のコミック、アニメや映画のDVD、ゲームのパッケージ、フィギュア、未着手のプラモの箱、その他ありとあらゆるオタク向けの娯楽が収められた本棚が姿を現わす。



「………………」



 バーニーは物憂げに溜め息を吐き、もう一度手を振ってそれを閉まう。

 元通りのパーツの山が再びそびえ立ち、バーニーを見下ろした。


 ああ、ダメだ。何もする気にならない。


 もうマンガもアニメも全部見た。やりたいゲームもとっくの昔になくなった。フィギュアもプラモもジオラマも作り飽きた。

 それでも現在進行形で増え続ける古今東西のマンガとアニメとゲームを収集し続けているし、だらだらと消費はしているが、かつてのように何が何でもそれを楽しみたいというがっついた気持ちになれない。

 かつての……そう、リアルの中で生きていた日々。


 昔はよかった。今の外見からはかけ離れたじじむさい繰り言だが、そう思う。

 とても不自由な場所だった。娯楽に触れること自体が命がけで、社会すべてが抑圧されていて、ロクでもない思い出しかない世界。

 それでも命がけだったからこそ、何とか検問の目を潜り抜けて手にする娯楽は宝物のように感じられて。収集することがとても楽しかった。

 それに何より、その秘密のコレクションを自慢できる親友がいた。真面目でとてもピュアな奴で。マンガを見せてやると、眼を輝かせて夢中で読み耽っていた。

 危険な秘密を共有できるその親友とは、何をしても愉快で。こいつに新しいおもちゃを見せてやろうと思うと、いつもの収集も何倍も楽しく感じられた。

 それは今も変わることなく。



「シャイン……」



 遭いたい。あいつに遭いたい。


 この電脳の牢獄に囚われて、どれだけの時が流れただろう。娯楽品を外の世界より取り寄せども、そこにはもう新たな発見も喜びもなく。

 この世界の装備品を新しくデザインしても、全体の進捗はいまだシーズン1で止まっていて、消費は追いついてくれない。

 虜囚の日々に精神はただ摩耗して。不老不死の電脳体と成り果てようが、心は緩やかに死んでいく。


 そんな中で再会できたシャインと過ごす時間だけが、バーニーの救いだった。

 まだリアルで生きているシャインは2年間しか経験しておらず、バーニーの記憶の中の彼と寸分変わっていなかった。違いと言えばアバターが少女になっていたことくらいか。そんなのバーニーにとっては大したことではない。


 シャインがこの店に訪れたときだけ、色褪せたはずの世界が色づいた。

 シャインが笑うと、世界が輝いた。

 シャインと話すと、枯れた精神が瑞々しく潤った。

 シャイン。シャイン。俺の一番星シャイン


 そのシャインが、最近来てくれない。

 もう一週間もシャインと話していない。前は毎日のように来てくれたのに。

 どうして。


 シャインと再会して世界に瑞々しさが戻ってから、世界の時間が過ぎる速度は明らかに変わった。シャインと再会するまでの年月よりも、シャインが来てくれない1週間の方がずっと長く感じられる。


 シャインにとってはこの世界は新鮮で楽しく、交流する相手もいっぱいいるのだろう。

 だけど俺にはシャインしかいないんだ。それをもっとわかってほしい。



「おーい、バーニー! ちょっと頼みごとがあるんだけど」


「! シャインッ!!」



 おっとご本人様ご来店~!


 心の中で気味の悪いイカレポエムを詠唱していたバーニーは、スノウの声を聴くなりガバっと飛び起きる。

 そのままソファの上で跳ねて、スノウの胸の中にダイブ!



「シャイン! シャインシャイン、バカ野郎! なんでもっと顔を見せないんだこん畜生ッ!」


「えへへ、ごめんね」



 バーニーの奇行をわかっていたように、シャインはその軽くて小柄な体を抱きとめると、その場でくるくると回った。

 ウフフアハハと笑い合う2人。



「最近弟子を取ってさぁ。やっぱ初弟子ってカワイイよね。それでその弟子のことで相談があって」


「……弟子って男か?」


「? うん、そうだよ」


「へぇ、そう……」



 浮かれていたバーニーが一瞬でスンッとなって、地上に降りた。



「俺が一人で寂しく過ごしていた間に、お前は弟子を楽しくシゴいてたってのか……」


「えっ……? どうしたのバーニー。最近来なかったから怒ってるの?」


「はぁー!? 怒ってないですけどー! 怒る理由もないですけどー! ふーん」



 バーニーはフラフラとソファに戻ると、そのままスノウに背中を向けて寝そべってしまった。

 その態度の理由がわからず、スノウは困惑した顔でその背中をゆさゆさとゆする。



「ねえバーニー、機嫌直してよ。どうして怒ってるの?」


「なんでもねえよーだ。ふんっ……お前にとって俺はたくさんいる男のうちの一人なんだな」


「??? そりゃ世の中に男はたくさんいるとは思うけど……」



 そして、その2人のやりとりを言葉もなくずっと見ていたディミがようやく呟く。



『……キモッ!? なんだこいつら……!!』



 何って外で遊び回ってる親友(中身男)に嫉妬して拗ねる幼女(中身男)ですよ。

 ……最高にキモいな!



「あのね、バーニーに組んでほしい機体があるんだ」


「ふーんだ。そんなのそこらのパーツ屋行って勝手に組めばいいじゃん」


「バーニーに組んでほしいんだよ」


「なんで俺なんだよ。別に俺がやらなくたって、パーツさえあれば誰でもできるだろ。好きにやればいいだろー」


「だってボク、バーニーの作った機体のファンだもん」



 バーニーのメカニック帽に取り付けられたウサミミがぴこっと跳ねた。



「バーニーの機体ってやっぱセンスの塊だよね。見た目もカッコいいし、性能も抜群だよ。どんなに激しい戦闘でも撃墜寸前まで思うように動いてくれるって信頼感がある」



 ぴこぴこっ。



「バーニーはやっぱり天才だよ。最高のメカニックだ。ボクはもう自分の機体をバーニーにしか弄らせたくないと思ってるし、バーニーの考えるアセンブリがボクにとって最高の機体だと思うんだよ」



 ぴこぴこぴこっ。



「そんなバーニーの新しい機体が見たいなと思って来たんだけど……迷惑だったかな」


「迷惑だなんてことあるわけないだろ~♥」



 体を起こしたバーニーは、デレデレと顔を緩めながら激しくウサミミをピコピコさせた。というか今更だけどそれ動くのかよ。



「しょうがないなシャインは~♥ そんなに俺様に機体を弄ってほしいのか~♥」


「うんっ! バーニーの仕事を見たいな!」


「仕方ないな~♥ じゃあ俺の本気を見せちゃおうかな~♥」


「やったー! バーニー大好き♥」



 喜色満面のスノウに抱き着かれ、幼女はデヘデヘとだらしない笑みを浮かべた。



『……騎士様ってメスガキのくせにすっごい女たらしですよね……』


「ん? 何が?」



 きょとんとした顔で、スノウは小首を傾げる。



『まさか……この口説きが素だと!? 恐ろしい子……!』



 愕然として白目を剥くディミちゃんである。

 ショタっ子専用ホストクラブとかあったらナンバー1になれそう。

 客も男というのが致命的に世も末だが。



「で、どういう機体を作って欲しいんだ? 今の機体も十分いいアセンブリだと思うが……もうちょっとピーキーに寄せたカスタマイズとかがいいか?」


「あ、ボクが乗るんじゃなくて、弟子の機体なんだ」



 スンッ。



「ジョンっていってね、見た目12歳くらいなんだけどすごい真面目な子でね。中国拳法が得意なんだよ。反面射撃はあんまりだから、格闘に寄せた機体がいいなって思うんだよね」


「…………」


「中国拳法って気功っていうか、要は踏み込みの衝撃で一気に攻撃を浸透させるのが持ち味じゃない? それをどうにか再現できれば、面白い戦い方ができそうだなって思うんだ。師匠として、そういう機体をあげられたらなって」


「…………」


「そんなわけで……バーニー、よろしくね!」



 バーニーはふらふらとソファに崩れ落ちると、頭を抱えて咆哮を上げた。



「ああああああああああああああ!! 俺の! 俺だけのシャインが、知らないところで男の弟子を作って! こともあろうにその男のための機体を俺に作らせようとするううううううう!! 頭が! 脳が破壊されるうううう!!!!!」


『相変わらず本当にキモいですねこの人……』

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