第116話 この世の終わりのような人間関係
「というわけで機体作ってもらったから、うまく使いこなしてね」
「ふわぁ……!?」
ジョンはハンガーに鎮座する機体を見て、ぽかーんと口を開いた。
全体的にかなりがっしりと重厚感がある重装甲仕様で、背中には巨大なスラスターモジュールが3基取り付けられている。
さらに両腕両足にも小型のスラスターが取り付けられており、「無数のスラスターを重装甲でカバーしたらこうなった」といわんばかり。
「結構ガチムチな感じでしょ? カテゴリーとしてはタンクタイプなんだけど、定番の遠距離の砲撃戦は捨てて、スラスターによる高速移動での一撃離脱を重視した【重装甲・高機動・近距離戦】の3本柱が持ち味なんだ」
そう言いながら、スノウは新たな機体の背面に取り付けられた巨大な三連スラスターを指さす。
「あのスラスターと重装甲で敵の懐に一気に飛び込んで、肉弾戦での強烈な一撃を叩き込む。3連スラスターを段階的に起動することで、カタい装甲の相手にも浸透突破で大ダメージを与えられるんだ。両腕両足にもスラスターが付いているから、足場がない空中でもジョンの得意の気功を使えるよ。もちろん地上でならスラスターの推力をそのまま攻撃に回せるから、破壊力はパワーアップする」
「! 僕の拳法をシュバリエでも使えるように、と……?」
「そういうこと。さらに必殺技として、掌から熱線を放出するヒートブラスターを格納してある。数千度の熱線で至近距離の敵の装甲を吹き飛ばす、必殺のビーム砲だ」
「ひ……必殺技!?」
ジョンはキラキラと瞳を輝かせながら、新たな機体を見つめる。
女の子にはロボットのロマンは理解できないとは言うが、
中国拳法って気功でビーム撃てるんだろ、撃ってみろよと小学生の頃いじめっ子の男子にからかわれて、どれだけ悔しい思いをしたことか。そんなの撃てるなら自分が一番撃ってみたかったわ!
「……ジョン、この機体でキミに何をやらせたいのかわかるかな?」
「ええと……」
ジョンは興奮でカラカラに乾いた唇を湿らせながら、頭を回転させる。
ここでスノウをがっかりさせるわけにはいかない。
「一撃離脱によって敵集団の指揮官を的確に撃墜して回るのと……あとは砲台の撃破、でしょうか?」
「ビンゴ!」
スノウは我が意を得たり、とパチンと指を鳴らした。
「現状このゲームの戦争の環境は、砲撃戦で固まってるんだ。両陣営が重装甲砲撃仕様のタンクタイプを横に並べて、ひたすら相手陣地に砲撃を打ち込むのが定石。だから勝敗を決する要因は大体が物量だ。相手より1機でも多く動員できた方が勝つ。まあ確かにそれは有効な戦術だとは思うよ。だけど、それだけじゃつまらないよね?」
そう言って、スノウはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「砲撃で勝ちたいなら戦車でも乗ってりゃいい。せっかくのロボットバトルなんだ、高機動ならではの勝ち筋をボクらの手で見せてやろうじゃないか。ボクの考えでは高機動・大火力・近接戦の一撃離脱は、これまでの砲撃戦という定石をひっくり返すほど強烈なメタ戦術だ」
「敵の射撃を装甲と高機動でいなして、急所に一撃を叩き込んで粉砕し、即座に逃げ去る……というわけですね」
「そう。戦闘中には決して足を止めちゃいけない。ただひたすらに敵の急所を抉り続ける。そうすることで、キミは破壊の申し子として戦場に君臨する」
「なるほど……。しかし、それは師匠の戦い方とはずいぶん違いますね」
言外にジョンの戸惑いが現われていた。
ジョンはこう言いたいのだ。自分はスノウと同じ戦い方をやりたくて弟子入りしたはずなのに、全然違う戦い方を勧めるんですか、と。
言われたスノウは、眼をぱちくりとさせた。
「チームプレイで同じ役割を2人でやっても仕方ないだろ。それぞれ違う役割をやるから効果的に戦術を組み合わせられるんだ。そうじゃないか?」
「あ……」
「ボクとキミはチームだ。ボクが高機動と戦術で敵を混乱させて、キミがその隙を突いて敵の心臓を破壊する。戦況によっては逆の役割にスイッチすることもあるだろう。相手を信じて自分の役割を果たすことで勝利に近付ける、チームプレイってのはそういうものだよ」
「はい。そうですね。そうでした」
ジョンは俯いて、赤くなった顔を隠した。
そんな当たり前のことをすっかり忘れてしまっていた。あれほど飛行中隊で躾けられたことなのに。……もっとも、あれは隊長の言うことには絶対服従しろ、何も考えるな、言われたとおりにしてればいいんだというザルにもほどがある教育だったが。
元来、ジョンはチームプレイというのが苦手なのだ。
父から教わった拳法は孤にして完成するというものだったし、学生の頃は身体能力が人より優れすぎていて、球技などもスタンドプレーでなんとかなってしまっていた。
そして飛行中隊で教わった教育もあの程度の始末。
自分の頭でちゃんと考えながら、他の相手と連携して戦うという経験はほとんど積んできていない。
だけど……これからは違うのだ。師匠を信じて戦っていかなくてはいけない。
大丈夫だ、スタンドプレーなんてもういらない。自分がどんな動きをしたって、スノウは必ずついてきてくれる。だって彼女は自分の師匠なのだから。
「ちなみにサブ武装として、スラスターハンマーを用意してあるよ。鉄球にスラスターが付いていて、鎖を振り回して高速でブチ当てられるんだ。使いにくい武器ではあるけど、威力は折り紙付きだよ。ジョンは銃火器でのエイムは苦手みたいだから、こっちの方が合うんじゃないかと思うんだけど……どうかな?」
「……ありがとうございます。確かに銃の扱いは、あまり良くないと思うので。使いこなしてみせます」
仕様の細かいところにまでスノウの心遣いを感じながら、ジョンはもう一度機体を見上げた。
胸に取り付けられた、東洋龍のエンブレムがキラリと光る。
スノウは自分を信頼して、この特注の機体を託してくれた。
その信頼に応えるだけの働きをしてみせなくてはいけない。そうでなくては申し訳が立たない。今度こそ他者からの信頼に報いるのだ。
「……この機体、名前は何というんですか?」
「いや、まだないよ。ジョンが好きに決めるといい。キミの機体なんだから」
「えっ……そうですね」
ジョンは与えられた機体をじっと見上げる。
胸のエンブレムから、やっぱり竜にまつわる名前にしたい。
それなら“
いや……。
ジョンはゆっくりを首を横に振った。
自分の腕で手に入れた機体でもないのに、自分が名前を付けるなんておこがましい。やっぱりここは師匠に託そう。
師匠から与えられた贈り物だということを自戒させなくてはならない。僕はまだ、自分の手で何ひとつ成し遂げてはいないのだから。
「師匠が決めてください」
「え、ボクが? うーん……ボク、あんまりネーミングセンスよくないからなあ」
「そうですか……」
2人でうーんと頭を悩ませていると、ディミがちょんとスノウの頭の上に座って呟いた。
『じゃあ作った人にちなんだ名前とかでいいんじゃないですか? なんか騎士様得意げに性能語ってましたけど、ぜーんぶバーニーさんが考えたものですし』
「うぐ」
その通りであった。
この機体の設計は全部バーニーが考えたものなのである。
スノウは弟子の手前いかにも自分で仕様から戦術まで考え抜きました感出していたが、バーニーが考えた設計を聞いてから、あっじゃあ一撃離脱でもやらせようかなーと後から戦術を当てはめただけなのだった。面の皮の厚いメスガキである。
「……というか、結構バーニーの肩持つんだねディミ。バーニーのこと嫌いじゃなかったの?」
『別に嫌ってないですよ。性癖は心底キモいと思ってますけど、腕はいいと思いますし。あと一途みたいですから』
「一途?」
スノウは何のことかわからず首を傾げた。わからなくていいよ。
「バーニーさん、とおっしゃるんですか」
「あ、うん。ボクの親友なんだ。腕はいいんだけど、人嫌いで外に出ようとしないんだよね」
「そうですか。いつかお会いしてみたいですね。……ちなみに男性の方ですか?」
『そこ聞く意味あります……?』
ディミのツッコミをよそに、スノウは頭に手を置いて唸り声を上げる。
「男性……? うん……いや……? そう、部分的にそう……?」
「『部分的にそうって何!?』」
名前当てが得意なランプの魔人に対するような返答をせざるを得ないスノウである。
いや、あいつ本当にどう表現していいのかわかんねえな。もういっそ性別バーニーでいいのかもしれない。
まあそれを言ったらスノウやジョンも見た目通りの性別ではないのだが。
ジョンはよくわからないことは聞かなかったことにして、眉間を揉んだ。
「でも制作者の方の名前からいただくというのはいいですね。バーニー、竜……バニ竜……番、龍。うん。“
「“番龍”、かぁ」
そう呟き返して、スノウは少し考える。
ジョンの口から番という字が出てきたのは、ちょっとびっくりした。
バーニーの生前の名前は稲葉恭吾。そこからもじって、店の名前は“
“番”は“因幡”の“番”でもある。二重の意味で、バーニー由来の名前と言えるだろう。因幡製のボクの仲間、“番龍”か。悪くない。
「うん。いいと思うよ」
「でしょう。僕も気に入りました」
そう言いながら、ジョンは新しい愛機“番龍”を見つめる。
「これからよろしくな、“番龍”。僕は必ずキミを与えてくれた師匠の信頼に応えてみせるぞ」
「ふふっ……そんなにかしこまらなくてもいいんだけど。でも、期待してるよ」
その呟きにくすりと笑うスノウに、ジョンは真面目な顔を向けた。
「いいえ。この機体だってオーダーメイドで、けして安くはなかったでしょう」
「まあそれはそうだね。確か2000万
「に、2000万JC……!!」
ジョンはごくりと唾を飲み込む。
リアルマネーで賄おうとすれば、20万円もの大金。
もちろん今の鈴夏には逆立ちしたって出せる金額ではない。リアルでもゲーム内でもド貧乏を極めているのだ。
そしてそんな持たざる者である自分を信頼して、大金を懸けて機体を用意してくれたスノウのありがたさに改めて心から感謝する。
本当に、僕はなんて素晴らしい師匠を得たんだろう。
この人になら一生ついていける……!!
無責任で煽り屋で性格ド腐れのメスガキなどと思っていた過去の自分が恥ずかしい。この人はこんなにも頼りがいがあって慈悲深い人だったのに。
「改めて金額を聞くと、心が引き締まります。そんな大金のかかった機体を僕に預けてくださるなんて……!」
「何言ってんのさ、この機体はもうキミのものだよ。まあ……出世払いでいいさ。これからキミには、懸けた金額以上にこの機体で働いてもらうんだから」
「はい! 誠心誠意頑張ります、師匠!!」
そしてスノウとジョンは、にこやかに笑い合うのだった。
『…………』
そんなやりとりを、ディミは無言で見つめている。
彼女は知っている。
師匠から『出世払い』と言われたジョンは、マンガなんかでよくあるなんやかんやで支払いが
もっと言えば、スノウは2000万JCなんて金を持っていない。前回同様、バーニーに親友のよしみでツケ払いにしている。
つまりジョンはバーニーから勝手に2000万JCを借金させられているのである。
そして、バーニーはスノウを信用してツケ払いを受け入れたのだが、スノウ自身はそれを自分の借金などとはこれっぽっちも思っていない。あくまでジョンのために口利きしてあげただけで、ジョンの借金だと思っている。
現時点でスノウにもジョンにも、借金を返すつもりなどまったくなかった!!
『ひっでえ……!!』
さすがのディミちゃんもバーニーに優しくしてあげたくなるってもんである。
まあ、そのディミちゃんもジョンに真相を告げる気はさらさらないのだが。
『(だってその方が後で面白そうだし……!!)』
こいつもこいつでひどかった。やっぱりメスガキの血は争えんな。
まあ開始早々に荒稼ぎしたバーニーにとって2000万JCくらいは小銭同然なので、そこまで熱心に取り立てるつもりもないのが救いだが。
もし返ってこなかったからスノウにたっぷりとご奉仕させられたらいいなーなどと妄想してグヘヘしているので、実はスノウの身は結構危ないし、それを知ったらディミは間違いなくキレる。
メスガキたちの複雑な借金関係……!!
借金と愛欲で結ばれた、この世の終わりのような人間関係であった。
「あ、そういえば……ジョンってどこに住んでるの?」
「えっ……あの」
「よかったらさ……リアルで会わない?」
不意にスノウが口にした質問に、ジョンが目を白黒させる。
即座に反応したディミは、ホイッスルを鳴らしながら飛び込んできた。
『ピピピピーピピー!! はい、それNGでーす! ネットリテラシーに反することをゲーム内の力関係で無理やり聞き出そうとかダメダメでーす!!』
「えー、いいじゃん……別にここ他に誰が聞いてるわけじゃないし」
『ダメでーす!! このゲームは出会い系アプリじゃないので! とっても健全なゲームなので絶対許しませんよ!!』
「じゃあオフ会やろうぜってときどうするの? 外部の掲示板にでも書き込むわけ? それじゃ結局同じことじゃない?」
『ぐぬぬ……』
ちなみに別にゲームの規約で個人情報を聞き出してはいけないと決められているわけではない。
単にディミちゃんが許せないだけであった。
だってそんなの仲間外れじゃん。抜け駆けじゃん。許せねえよなぁ!?
「僕は別に……いいですけど。時期尚早じゃ、とか……まあ思わなくもありませんが」
「やった!」
顔を赤く染めたジョンの呟きに、スノウはにっこりと微笑んだ。
「ジョンと一緒にリアルでも訓練できたらいいなって思ってたんだよね。やっぱり反射神経を磨くのとか、日常的にやらないとだし」
「えっ……ああ。なるほど、そういう意味ですか……」
少しがくりと肩を落としたジョンに、目ざとくディミが眼を光らせる。
『は? どういう意味だと思ったんですかムッツリエロ小僧』
「ムッツリエロ小僧!? キミ、なんか僕に対して辛辣じゃない!?」
「ディミは基本世界中のすべてに悪意を撒き散らしてるよ。ねー?」
『私を世界の敵みたいに言うのやめてくださいませんかねぇ!?』
そうだぞ、ディミちゃんが辛辣なのはスノウ本人とスノウに粉をかけてくる奴だけなんだ。そこを誤解しちゃいけないな。
ちなみにペンデュラムとのカプは推している。ペンデュラムが童貞力を発揮してるのが笑えるので。
「ジョンとは弟子入り前からリアルでも手合わせしたいって思ってたんだ。ね、いいよね? 一緒に汗を流そうよ」
スノウの上目遣いのおねだりに、ジョンはニコッと爽やかに笑い返した。
「もちろんいいですよ。僕は都心住みですが、師匠はどちらに?」
「え! そうなんだ、ボクもだよ。じゃあ明日待ち合わせしない?」
「ええ! 明日が楽しみですね!」
その師弟のやり取りを、ディミはぷくーっと膨れながら見ていた。
リアルで虎太郎が他人と交流するのは、正直言うとあまり面白くはない。
仲間外れにされるのはやっぱりつまらないものだ。
だが、ディミはもうそれ以上止めるつもりはなかった。
規約に違反してもいないし、迷惑行為として通報もされていないのなら、サポートAIが止める権利はない。
そしてそれ以上に。
『(なんだか面白いことになってきましたしね……!)』
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