第112話 メスガキ先生がショタ弟子をシゴく回

 『七翼のシュバリエ』にはトレーニングルームと呼ばれるモードがある。

 ここでは所持しているパーツや兵器を手軽に組み替えて、ダミーの敵機と戦闘することが可能だ。ダミーとは言ってもカカシ相手だけではなく、それなりの精度で回避したり撃ち返してくる戦闘プログラムとの模擬戦を行なうこともできる。

 複数のプレイヤーで入って共同訓練をすることもできるので、結構多様な用途に対応しているのだ。


 そんなトレーニングルームで、スノウが柔道着姿で腕組みしていた。



「よくぞ来た、ジョン! 今日からはボクが稽古をつけてやろう!」


「はい、よろしくお願いします!」



 スノウの言葉に応え、ジョンが一礼する。

 こちらはカンフー服で、一礼も左の手の平に右手の握り拳を合わせながら頭を下げている。



『師弟なのにいきなり流派が合ってない……!』



 横でせんべいの袋を片手に見ていたディミがツッコミを入れるが、無視してスノウは話を進める。



「いいか、ジョン! ボクを師匠と仰ぐからには、今後ボクの言うことには絶対服従! 師匠がカラスは白いと言ったら、弟子もカラスは白いと言うものだ! ボクの指導についてくるつもりはあるか!」


「は……はい! あります!」


『今、ちょっと言いよどみましたね?』



 当たり前だろ、このメスガキだぞ? 生殺与奪の権を最も委ねてはいけないタイプの他人じゃねーか。


 スノウは「よし!」と重々しく頷き、びしっ! とジョンに指を突き付ける。



「よく言った! ボクがキミを一流のプレイヤーに育ててやる! ボクを信じてついてこい!」


「はい! 師匠!」


「技術を教える代わりに、今後ボクが戦うところにはどこだって助手としてついてきてもらうよ! いいね!」


「もちろんです! 地獄の底までもお供します!」


『えー。そんなこと軽々しく言っちゃっていいんですか? 超ブラック労働させられますよ?』



 ディミの言葉に、ジョンは軽く笑った。



「いえ……どうせ今の環境がブラックなので」


『聞いちゃいけないこと聞きました』


「それによそのクランに傭兵として参戦しちゃいけないって規定もないので。上納金を納めさえすれば、好きにしていいそうです」



 むしろ【アスクレピオス】が出撃枠をあてがってやらなくて済む分手間が省ける、という方針らしい。

 随分フリーダムに感じるが、これはきっとジョンがもう彼らから見放されているからだろう。不出来な飼い犬が自分で餌を取ってくるならそれでいい、というわけだ。彼らにはもっと優秀で目をかけるべき猟犬がいっぱいいるのだから。


 そんなジョンの事情には頓着せず、自由に使える助手が手に入ったことにスノウは満面の笑みを浮かべた。



「じゃあまずはジョンがどこまでやれるのかを見たいから、CPU相手に模擬戦をしてもらおうかな」


「わかりました! 難易度設定はどうしますか?」


「? もちろん最高設定に決まってるじゃないか」


『ええ……?』



 見ていたディミがいやいや、と話に入った。



『いや、無理ですよ。このトレーニングモードの最高難易度って、CPUが操作入力に反応して避けるんですが。一発だって当てられるわけないし、何の参考になるっていうんです?』


「えっ……調整が雑……」



 思わず小声で呟くジョンをよそに、スノウは不思議そうに小首を傾げる。



「相手がこっちの入力に反応するなら、逃げられないように壁際に誘導して追い詰めるなり、フェイントかけながら絶え間なく両手で襲い掛かるなりすればいいだけじゃん。AI知性体ならいざ知らず、所詮はただの戦闘プログラムなんだから思考ルーチンに穴はあるでしょ。ボクはこの前そうやって当てたし」



 そこまで口にしてから、スノウは不満そうにぷくっと頬を膨らませた。



「……あーもう、ディミが変なチャチャ入れるから答え言っちゃったじゃないか。そこも含めて腕を見せてもらおうと思ったのに」


『あーはいはい、それはすみませんね』


(スノウにはできるのか……じゃあ僕だって)



 密かに拳を握るジョンに、スノウは何でもないように付け加える。



「ネタが割れちゃったから、敵を増やすね。とりあえず3体でいこう」


「はえっ!?」




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「はぁ……はぁ……!」



 コクピットから降りてきたジョンは、膝に両手を置いて身をかがめながら、荒い息を吐いた。

 VRの中とはいえ、ほんの十数分の間に激しい操作を行なわされて相当疲労していた。一騎の敵に狙いをつけて戦っている間にも、他の敵から容赦なく襲い掛かられて、緊張の糸を緩める隙などまったくなかった。

 しかも嫌らしいことに、1騎をロックオンするとそれを感知した敵が高速で移動してロックを外し、他の2騎が視界の範囲外から攻撃してくるのだ。AIではないはずだが、どうにも戦っていて悪意を感じるプログラムだった。


 ジョンはほとんどいたぶられるようにボコボコにされ、撃墜判定が出てもスノウはやめろとは言わず、何度も復活してはそのたびに袋叩きにされたのだ。

 十数回目にジョンが撃墜されて、ようやくスノウは「もういいよ」と模擬戦を打ち切った。


 そのスノウは、出力されたジョンの戦闘データをふーんと眺めている。



「なるほどねえ。近接戦闘適正A、遠距離戦闘適正B、反射力A、空間認識能力B、空中戦闘適正C……」



 戦闘プログラムによる戦闘評価を読み上げながら、スノウはコリコリとおでこを掻いた。



「ボクから付け加えるなら、思考力E-ってところだな」


「は!?」



 いきなり悪し様にそんなことを言われて、ジョンは思わず憤慨の声を上げた。



「どういう意味ですか」


「どういう意味も何も、キミ戦いながら何も考えてないだろ。あんな空飛ぶカカシに好き放題十数回も撃墜されてさ。頭からっぽなの? もっとちゃんと勝てるように考えなよ」



 具体性のまったくないことを言われて、ジョンはムッとする。

 こっちは精一杯やったのだ。戦いながらどうすれば当てられるか、前の失敗を踏まえてどう修正すればいいのか。ちゃんと考えたし、戦いながらそれを取り入れた。それを頭ごなしに適当な言葉で否定されたら、腹だって立つ。

 指導してくれるというのなら、はっきりどこが悪いか指摘してほしい。


 そんな不満が瞳に出ていたのか、スノウは軽くため息を吐いた。



「あのさ、そもそもなんでロックオンなんかしたの? 相手はこっちの操作に反応して避けるって言ったじゃないか。ロックオンなんて、今からお前を狙いますから避ける準備をしてください、って言ってるようなもんだよ。無誘導で墜とすんだ、あれは。そこからまず間違ってるんだよ」


「あ……」



 ジョンは思わず口に手をやった。

 だが、それでもやっぱり納得できない。スノウの言っていることが異常すぎる。



「ちょ、ちょっと待ってください師匠……。それじゃあの高速移動する機体に目視で当てろと? 他の敵も襲ってくるのに、どうやって狙いをつけろって言うんですか」


「狙う? まさかジョン、キミって戦闘中にわざわざ狙いながら戦うっていうの? 冗談でしょ、相手はこっちの操作に反応して回避するんだよ。狙ってる暇なんかあるもんか。反射神経とパターンで撃つんだよ。あそこにあの速度で動いてる敵がいたら、自分の得物でならどうやったら当たるかをパターンとして体に覚え込ませる。あとはそれを臨機応変に引きだせば、狙わなくたって勝手に当たるんだ」


「…………」



 確かに言ってることは理解はできる。

 理解はできるが、納得はできない。


 パターン化しろというのはまあわかる。確かにそれができれば、相手が誰だろうと高精度で当てられるだろう。

 だけど敵の速さや機動も千差万別だ。

 どれだけの修練を積めば、その無数のパターンを体に覚え込ませられるのか。



「だから稽古だよ、ジョン。体で覚えるまで何度でも何度でも同じことをするんだ。キミの得意のカンフーってのは、そういう稽古が重要なんでしょ?」


「……その通りです」



 微笑むスノウに、ジョンは頷く。


 自分の領分を引き合いに出されれば、よくわかった。

 つまりスノウは、そのパターンを稽古で学習したのだ。

 拳法で同じ型を何度も何度も繰り返して、体に染み込ませるように。

 射撃戦で当たるパターンをひたすら何度も繰り返して、反射行動として刷り込んだ。毎日毎日、飽きもせず、折れもせず。



「そうやって攻撃をパターン化してしまえば、攻撃に必要以上に意識を割り振ることもない。すると戦闘の盤面全体がよりくっきりと見えてくるんだ。それぞれの敵はどこにいるのか、フィールドの終端はどこにあるのか、武器の装弾数はいくつ残っているのか……そうしたらもっと考えられるだろ? 勝つための方法をさ」


「……はい」



 改めてスノウにそう言われてみると、自分はどれほど考えていなかったのかと顔が赤くなるばかりだった。


 確かにジョンなりにさっき失敗したから、今度はこうしようと考えてはいた。

 だけど、それは全然低次元の話だ。まったく視野が狭いとしか言うほかがない。自分の戦力を把握したうえで、戦況を俯瞰的に考えるくせをつける。

 だからこそスノウは戦場で次から次に戦術やトラップを思いつけるのだろう。



「師匠って……すごかったんですね。そんなに考えながら戦っていたとは。今の僕には到底そんな境地で戦うなんてできそうにないです」


「でしょう? ボクはすごいんだよ」



 そう言って薄い胸を反らしてから、スノウはクスッと悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 そして気恥ずかしそうに頬を掻く。



「なんてね、ボクだって最初からできたわけじゃないし。ボクの師匠たちが、ちゃんと考えろって何度も何度も教え込んだり、パターン化できるまで同じことをやらせたりしてくれたんだ。昔のボクは相当腕もひどかったから、きっと師匠たちも苦労したんじゃないかな。その点、ジョンは下地がいいからずっとマシな生徒かもね」


「……どうでしょうか」



 そう言いながら、ジョンは自分のこれまでの経験は全部忘れなきゃいけないなと思った。特に【アスクレピオス】で学んだ技術はすべて。

 戦闘スキルをパターン化して体に覚え込ませるというスノウのやり方は、ジョンが学んできたものとはまったく異なる。スノウの戦闘術を学ぶうえで、これまでのやり方はむしろ邪魔になるだろう。だからそれはいっそすべて捨てる。

 そのうえで、ジョンはスノウが持つすべての技術を自分のものにしてやるのだ。


 スノウはジョンの戦闘データを虚空に投げ捨てて、「さて」と小さく呟く。



「戦闘中にどうやって考えればいいか学んだところで、もう一戦やってみようか」



『ええー? 攻撃をパターン化できたらようやく考える余裕が出るって話だったんじゃ? 自分で言ったこと忘れちゃったんですかー?』


「少なくとも視界はちょっとクリアになったろ。応用力ってやつを見せてほしいな。ジョンが教えたことを少しも活かせないバカなのか、少しはお利口なのか。そこを見せてもらわないとね」



 そう言ってから、スノウはにやっと唇の端を上げた。



「言い忘れたけど、ボクの教えはスパルタだよ? 何分師匠たちから厳しくしごかれたもので、それ以外のやり方を知らないんだ。……もしかして、逃げたくなっちゃったかな?」


「いいえ」



 ジョンは真面目な顔だちを引き締め、首を横に振った。

 これくらい、お父さんから受けた修行に比べれば。



「スパルタなら慣れています。いくらでもしごいてください」


「よく言った! その言葉を後悔するくらい厳しく教えてやる!」



 薄い胸の前で両腕を組み、スノウは不敵な笑みを浮かべた。



「まずは1騎でも撃墜してもらおうかな。それができるまでログアウトなんかさせないぞ! できませんなんて弱音を吐くくらいなら死ねッ! 死んでもうちょっとマシな虫けらに生まれ変わってこいッ!!」


「はいッ! やりますッ!!」



 そんな2人を見て、ディミはついてけないとばかりに肩を竦めるのだった。



『完全にスポ根のノリじゃん……』



 ログアウトさせないも何も、健康上のために数時間経てば強制ログアウトさせるようになってるんですけどねぇ。

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