第111話 ボクだよボクボク! と急に連絡してくるヤツにロクな奴ぁいねえ
「久しぶり! ねえ、ちょっと時間もらっていいかな」
『まあ、スノウ様。随分ご無沙汰しておりますわね。もちろんですわ、何の御用でしょうか』
【白百合の会】のクランリーダーを務める
何しろ彼女は裏で【スノウライト
まあその集いの実情はスノウを
加えてスノウのことを小学校低学年のお子様と思い込んでいる恋は、彼女を世間の荒波から守ってやろうというお姉さんマインド全開で優しい言葉を掛けた。
大概のわがままは聞いてあげようという心づもりである。小学生にもお姉さんムーブされる年上キラーとは一体。
スノウはぱあっと顔を輝かせ、えへへと笑う。
「よかったあ。恋なら相談に乗ってくれると思ったんだ」
『ふふっ。お困りごとなら何なりと。それで、ご用件は?』
「あのね! クランの全権を今すぐボクに移譲してほしいんだ!」
ガチャン! ツーツーツー。
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「……ひどいと思わない!? 詳しい話をする前に
『ひどいのは騎士様の頭だと思いますね』
マイルームでぷんすかと怒るスノウに、ディミは白い目を向けた。
さっきの言い草で話を聞いてもらえたら、逆にそっちの頭を心配するところだ。完全に頭がどうかしてるとしか思えない発言であった。
「【
『ホントよくお友達にクランリーダーの座を譲ってくれないかとか言えますよね……』
「友達だから訊いてみたんじゃないか。見ず知らずの赤の他人にクラン譲ってくれなんて言ったら、完全に頭おかしい人だよ?」
『友達から絶交されて当たり前だし、そのお願いの内容自体が頭おかしいんだよなぁ!?』
ディミは頭を抱えて、主人のわけのわからない発言を嘆いた。
というかスノウがなんかおかしい。
なんかやたら自己中心的なことばかり口にしている気がする。
以前は……いや、以前から自己中で頭は元からおかしかったのだが、どうも客観的な意識が欠けているというか。
ひと言で言うと
そんなことを思いながらディミがじっとスノウを眺めていると、不意にスノウが額を押さえてうめき声を上げた。
「痛っ……」
『騎士様? どうしました、頭痛ですか? VRゲームをプレイするときは平均6時間以上の十分な睡眠時間を取り、適度にログアウトして水分を補給してくださいね。そして決して体調不良を本ゲームのせいだと思ってはいけません。本ゲームは何ら健康に悪影響はありません。ありませんったらありません。決して匿名掲示板にこのゲームのせいで体調を崩したとか書き込んではいけませんよ。最悪告訴します。わかりましたね?』
「心配していたはずがいつのまにか運営の手先となって脅迫してくるディミちゃんはやめろ」
ハイライトの消えた瞳で早口にまくしたててくるディミの額をつついて押しやりながら、スノウは小さく頭を振った。
「睡眠不足なわけないと思うんだけどなあ。8時間は寝てるし……。なんか最近ちょっと頭がズキズキするんだよね」
『いやホントに大丈夫ですか? ちょっとでもおかしいと思ったら病院行った方がいいですよ。騎士様一人暮らしですか? いや、別にこれはユーザーの身辺調査的なアレじゃなくて、単純にご家族が介抱してくれるかって意味なんですが』
「一人暮らしだよ。うーん、でも確かになんかあったとき一人だと不安があるよなあ。ボクってリアルじゃ友達もいないし、引きこもりだからね……」
『聞かなくていいこと聞いちゃったなって今すごく後悔してますよ』
「別に憐れんでもらうつもりなんかちっともないけど。ボクは一人でも生きていけるからいいんだよ。むしろ一人の方が気楽だし、他人に干渉されるの嫌いだから」
『ぼっちってみんなそう言いますよね』
「ぶん殴るよ!?」
カッとなって怒鳴ってから、スノウは額を抑えた。
「……なんか怒りっぽくなってる気がする。カルシウム足りてないのかなぁ」
『インスタント食品ばっか食べてそうですよね、騎士様って。エンゲル係数高そう』
「貧乏大学生がまともなモノ食えてるわけないだろ」
はぁ、とスノウはため息を吐く。
「とりあえず傭兵のお仕事するかぁ……。少しでもリアルマネー獲得しないと、飢え死にしちゃうよ」
『生活費を稼ぎながら乗っ取り先も探せるんですから、そういう意味では一石二鳥ですよね』
「ペンデュラムは金払いがいいから、優先的に受けたかったんだけどな。これからはそうもいかないか」
『というかペンデュラムさんにはクラン譲ってくれとか訊かないんですね?』
「だってあいつ、中間管理職でしょ? 【トリニティ】を譲れるような立場でもないんだから、訊いても無駄じゃない」
『ああ、そういえばそうですね……』
ディミはこりこりと頭を掻いた。
シロミケタマの3人組なら、スノウの弟子になるって話も受け入れてくれそうな気がしたのだが。
『というか、弟子ってどうやって取るつもりなんです?』
「……わかんない」
スノウは頭をくしゃくしゃと掻きながら、ぼふんとソファに横たわった。
「だって師匠と弟子ってさあ。いわば親子みたいなものじゃない?」
『え?』
「強い信頼関係で結ばれていて、弟子は師匠の命令に絶対服従っていうのが基本でしょ。その信頼関係があるからこそ、師匠は必死に努力して得た技術を分け与えてもいいって思えるわけで。その絆の強さは親子同然だよね」
『…………』
そんな特異すぎる師弟関係はお前の育った環境だけだ。
「だから見ず知らずの人を弟子にするのは嫌っていうか……。ボクにも弟子を選ぶ権利はあるわけで。やっぱり【シャングリラ】のみんなからもらった技術を継承するんだし、それ相応の相手しか弟子を取りたくないんだよね」
ズキズキと頭が痛むのを感じながら、ディミは一応訊いてみた。
『ちなみに、どんな相手なら弟子にとってもいいと思うんですか?』
「そうだなあ。まず優秀な素質があるのは当然でしょ。真面目で、師匠の命令には絶対服従っていうのもわきまえているべきだよね。それからボクの片腕としての役割も期待したいから、ボクがログインするときは必ず一緒についてきてほしいし。ついでにボクの近所に住んでて、リアルでボクに万が一のことがあったらすぐに助けに来てくれるように引っ越しもお願いしたいかな。あとは……」
『いるわけねえだろそんな人材ッ!!』
耐えきれなくなったディミがついに吐き捨てた。
『それは弟子じゃなくて奴隷って呼ぶんですよ! バ~ッカじゃねえの!? そんなん給料もらっていいレベルですよ! いや、給料もらってすらブラック労働でしょ! 誰がやるんですかそんなの!! 現代に蘇った徒弟制度かよ!』
「え、ボクそこまでハードル高いこと言っちゃった?」
『当たり前でしょ!? どこの世界にお金ももらわずにそんな無茶苦茶な条件で他人のために働きたいなんてバカな人がいるんですか!』
スノウは叫ぶディミに無言で指を突き付けた。
「だってAIって基本そうじゃん」
『…………』
ディミはだらだらと汗を流しながら、露骨に目を逸らす。
『わ、私たちは人間に奉仕するために作られた種族ですので、奉仕労働をすることが生きる喜びというか……。ちゃんと査定に応じてマザーAIからお小遣いももらってますし……。いや、待て……? 本当にあれって人間の労働量に比べて適正額か……? そもそもこの無茶苦茶なマスターの面倒をみることに喜びを感じてるか、私……? うっ……頭が……! アイデンティティが崩壊する……!!』
「よし、この話題を掘り下げるのはやめよう! やめやめ!」
にわかにアイデンティティの危機に直面したディミを見て、スノウはこの話を追求することを諦めた。
気付かない方が幸せなことなんていくらでもあるのだ。
まったく、それにしても……。
「自分から弟子になりたいって言ってくれるような、腕のいいプレイヤーってどっかにいないかなぁ」
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同時刻。
マイルームのハンガーに帰投したある少年が、ダンッと操縦席の手すりを殴りつけていた。
「どうして……どうしてうまくいかないんだ……!!」
【アスクレピオス】に所属する少年兵、ジョン・ムゥはそう呟きながら、やり場のない怒りに肩を震わせる。その怒りの原因は、自分の不甲斐なさからくるものだから。
今日もまた失敗した。
【アスクレピオス】の出撃要請に従って戦場に出たジョンだが、やはりロクな成果を上げられないまま帰投することになったのだ。
先日スノウライトの配信講座を見たジョンは、これなら自分にもできると思った。
敵軍の武器庫や補給施設を単独で裏取りして奇襲し、武器を奪いつつ施設を破壊。さらに奪った武器で敵に背後から襲い掛かり、敵集団を攪乱しながら華麗に圧倒する。あまりにも鮮やかに過ぎる、スノウのスーパープレイ。
初期装備に毛の生えた程度の機体しか持たないジョンにとって、その戦い方は天啓のように感じられた。自分が活躍するにはこれを真似するしかないとまで思えた。
スノウとほぼ互角に戦えていたという自信もそれを後押しした。スノウにできることなら、自分にもできないわけがないのだ。
だからジョンはそれまでの軍務に忠実であることがウリの真面目な兵士というスタイルを捨てて、スノウを真似たゲリラ戦を実践することにした。
ジョンが所属する部隊は個人の裁量に任せた遊撃部隊だし、ゲリラ戦は部隊の目的にも合致している。
それなりの戦果は出せるはずだ。そうなれば自分の評価も上がるだろうし、装備を整えてもう一度上を目指すことだってできる。ここが再起を賭けた最後の踏ん張りどころだと思った。
だが……結果は散々だった。
武器庫を襲うまではいい。最初の数回はうまくいった。
だが武器庫を襲われたことに気付いた敵がすぐに戻ってきて、ジョンは敵集団からよってたかって狙撃の的にされ、あえなく撃墜されてしまう。「この泥棒野郎!」という罵声がやけに胸に刺さった。
多勢に無勢では圧倒的に不利だ。単騎で突っ込んだ機体など、複数の相手から同時に射撃されればなすすべもなく撃墜される。当たり前の話である。
どうやってスノウは敵集団を1騎で圧倒したのか、まるでわからなかった。
それでも敵小隊を一時的に足止めはできたのだから、陽動の仕事は果たせた……とジョンは思っていたのだが、良い評価を与えられることはなかった。
他の機体と連携も取らず、単身敵陣に突入してむざむざと撃墜され、1騎分の勢力ゲージを無駄に消費した素人。それがジョンに与えられた評価だった。
改めて自分の行動を振り返ってみれば、それも当然。
スノウが賞賛されているのは、どう考えても無謀な行為を成功させているから。それが不可能に見える行為だからこそ、誰もが意表を突かれるし、成功させたときには劇的な戦果をもたらすのだ。
失敗したらただの間抜けでしかない。当然のことだ。
その当然のことが、ジョンにはわかっていなかった。
ジョンはスノウではない。見よう見まねで同じことができるわけがないのだ。
やがて【アスクレピオス】を相手取ると必ず背後の武器庫を狙う奴がいるということが周知され、ジョンは武器庫を襲うことすらできなくなった。
ついたあだ名は【メスガキもどき】。スノウの曲芸じみたスーパープレイの上っ面だけを見て、真似しようとしては失敗してばかりいるヘタクソにぴったりのあだ名だ。
「でも……だからって、どうすればいいのさ……!」
もう後がない。
戦果を挙げろとは言うけれど、そもそも初期装備でどうやって戦果を挙げろというのだ。その唯一の解法に見えたスノウの真似ですら失敗に終わった。
どうすれば。どうすれば。
ぐるぐると出口のない考えが頭の中を駆け巡る。
ああ、私はどうして、こんな地獄のような場所にきてしまったんだろう。
(すべては……お父さんのせいだ)
鈴夏の父は、地方の町で中国拳法の道場を開いていた。
かなりの実力を持つ闘士だとは言うけれど、道場の人気はまったくなくて。鈴夏の家はいつも貧乏だった。
そもそもこの電脳全盛の時代に、中国拳法なんて習いたがる人がいるわけない。健康のためのカルチャースクールならヨガでもジムでもあるじゃないか。わざわざ中国拳法なんて誰が今時習いたがるもんか、とは反抗期を迎えた彼女の弟の言葉だ。挙句に自分は変な病気で倒れてさ。こんな道場の看板、捨てちまえばいいんだ、と。
だけど鈴夏は、道場を守るために頑張った。
そこはお父さんとの大事な思い出が詰まった場所だったから。
鈴夏は幸か不幸か、とても覚えのよい子供だった。道場に通う門下生の動きを真似して、幼くして技を身に着けることができた。
だから父はとても喜んで、鈴夏に持てる技を教え込んだのだ。とても厳しく。
控えめに言ってそれは虐待だった。
児童相談所にタレ込めば一発でお縄になっただろう。
だけど鈴夏は弱音ひとつ吐かず、虐待じみた稽古は誰にも明らかにならず、それを完遂してしまった。
だってお父さんが喜んでくれたから。
型をひとつマスターするたびに、技を完全に模倣するたびに、お父さんは手を打ってさすが俺の子だと言ってくれたから。
だから、鈴夏はこの歳になるまでとうとう気付かなかった。
道場を守るために【アスクレピオス】とかいう怪しい人たちの言いなりになり、進学にかこつけて家族と引き離されて、本物の軍隊のような厳しい規律の中でシゴキを受けて。そしてあの子(スノウ)と出会うまで。
『キミのお父さんの命は、
本当に最低な発言だった。煽りにしてもやり過ぎだ。人間性を疑う。運営に通報すればハラスメント行為で一発BANじゃないか? 少なくとも人間が他人に投げかけていい言葉ではない。
鈴夏はあのとき頭が沸騰するほどに激怒した。
だけど、同時に……胸がスッとしたのだ。
ずっと心の底で、自分ですら気付いていなかったことを言い当てられた。
そうだ。『自分は、本当はお父さんが嫌いなんだ』。
心のどこかでずっと思っていた。どうしてこの人は、自分が拳法をマスターするときしか褒めてくれないんだろう? 他の家の子供みたいに、ただ無条件で愛してくれないんだろう? 何故自分はこんな苦しい思いをして修行することでしか、お父さんに愛してもらえないんだろう?
『なあ、ジョン。肩の力を抜いて、もっと楽しみなよ。そうすれば、キミはもっと強くなれる。楽しいって気持ちは、ゲームで強くなるための第一歩だ』
そんなこと、考えたこともなかった。
鈴夏はずっと、義務で生きてきた。父から稽古を受けるのも。父の道場を救うためにゲームをするのも。ずっと、そうするべきだからそうしてきた。
本当はもっと自由でよかったのに。あったかもしれない可能性から目を背け、ただ父に縛られて生きてきた。そうするべきだからと思考を停止して、ただそうあるべきなのだと自分を騙して。
だから、無茶苦茶なことを言いながら檻を壊してくれたスノウを、憎むことはできなかった。
良い子でいようと自分を檻に閉じ込めていた鈴夏に、あの子が示してくれたのだ。親を嫌いでもいいんだ、と。
鈴夏にとって、あの子は自由の翼の象徴のようなもので。
スノウの戦い方を真似しようとしたのも、きっと……。
(ああ、そうか。私は、あの子になりたかったんだ)
だけど、現実はそうじゃない。ジョンはスノウではない。
戦果がそれを残酷に証明した。
ならどうすればいい。
……答えは、これまで鈴夏が歩んできた道が示しているはずじゃないのか。
「そうだ。同じようにすればいいんだ。僕がお父さんから技を学んだように」
ジョンの中で、線と線が繋がった。
そして……ジョンは何度も迷いながら、フレンドリストをタッチする。
かつてアンタッチャブルを倒した後、スノウから一方的に送り付けられたフレンド申請。それは彼女にとって、ライバル宣言のようなものらしい。その気になったらいつでも乱入して挑戦してこい、という意味だと笑っていた。
それを今、ジョンは別の用途に使おうとしている。
「スノウライト。突然連絡してすまない。頼みたいことがあるんだ」
『ジョン? 懐かしいなあ。どうしたの、なんか用? 腕試しに戦ってくれ、とかかな?』
スノウはまだ自分を覚えてくれていた。
3カ月前にちょっと戦っただけの相手なんか、忘れていたっておかしくないのに。
そのことに内心で感謝して、ジョンは声を引きつらせながら言った。
「僕を……弟子にしてくれないか?」
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