第71話 ホラー要素台無しチンパン
蜘蛛糸に覆われていた床下から這い出てくる無数の兵器群。本来シュバリエによって携行されて初めて使用されうるそれらの火器は、底部から生えた8本の蜘蛛の脚によって自立していた。
カサカサと床を這い回るそれらの兵器は、脚から伸びた一対のカメラアイによって目標を視認し、標的をロックオンする。
そう、かつての持ち主であった【
ミサイルランチャーが、レーザーライフルが、火炎放射器が、ロケットガンが、これまで持ち込まれてきたあらゆる兵器が火を噴いた。
咄嗟に叫んだ1号氏の警告によってかろうじて我に返った【騎士猿】のシュバリエたちは、全力で移動してロックオンを解除。彼らがいた場所を多種多様な攻撃の数々が通り過ぎていく。
「あ、危ねえッ!?」
「なんだアレ!? なんなんだアレは!?」
【騎士猿】たちが戸惑うなか、舌打ちするショコラが空中をくるくると回転して敵のロックを解除しつつ、自律兵器群へとビームライフルを撃ち返す。
一番火力が高そうなミサイルランチャーを狙った攻撃は、過たず目標にヒット。赤熱したミサイルランチャーが爆散すると、キイッと高い音を立てて中から子蜘蛛が転がり出てきた。
「子蜘蛛が取り付いて動かしてるだと……!?」
「どうなってんだ!? 何が起こってる!?」
動揺する仲間たちに、1号氏とネメシスが叱咤の声を送る。
「慌ててはいけません! 冷静に、自律兵器に反撃してください!」
「スナイパー部隊、動揺するな! 引き続きウィドウメイカーへの攻撃を続行! みんなが自律兵器を排除してくれる、足元からの攻撃への注意は最低限でいい!」
自らも迫りくる自律兵器群の攻撃に参加しながら、1号氏はなるほど……と苦い表情でほぞを噛んだ。
「頭の中で引っかかっていたことがやっとわかりました。“
「眷属特性って?」
下からの攻撃を警戒して飛び回りつつ、シャインが両腕のヘビーガトリングガンをぶん回してウィドウメイカーへの攻撃を叩き込む。装甲板にボコボコ空いた穴を狙うも、遠距離からでは精度がいまいちよくない。
しかし何をしてくるかわからない以上は不用意に接近するのは危険すぎるし、眼下からの攻撃はいまだ激しい。
攻めあぐねながらも聞き返すスノウに、1号氏は言う。
「七罪系統に連なるレイドボスは、その
「へえー、そうなんだ。じゃああのクマは……」
スノウは頭の中でかつて戦った巨大な鋼鉄熊を思い返す。
「……動くのもめんどくさがる怠け者……? そういえば一歩も動かずに遠距離攻撃ばっかしてきたな」
『いや、重力ですよ。“
電脳世界のどこかでクマが怨嗟の声を上げるようなことを言うスノウに、ディミが突っ込む。よかったねクマー、名誉は守ってくれたよ。
「ああ、“アンチグラビティ”とかか。それで、“強欲”は?」
「“強欲”は変型や絡め手を得意とします。これまで我々は柔軟な蜘蛛糸がそれにあたると思っていましたが……」
1号氏は正面の自律兵器が発射したロケットを回避しながら、一気に肉薄してそれを逞しい右腕で殴りつける。
ごぐしゃあとフレームがひん曲がってのけぞる自律兵器。
「それは違った! 文字通り“強欲”な収集! 倒した機体の持っていた武器をコピーデータとして蓄積し、子蜘蛛を取りつかせてドローンとするのがヤツの真の能力だったわけですなッ!!」
「じゃあなんでこれまでそれを使ってこなかったの!?」
1号氏の言葉に叫び返すショコラ。
その叫びを聞きながら、1号氏は油断なく正面の敵を見据える。自律兵器はフレームが曲がっても構うことなく、1号氏に照準を合わせて攻撃を繰り出そうとしている。それもそのはず、本体は底部の蜘蛛なのだ。
1号氏は迷うことなく両腕で自律兵器を掴むと、勢いよく地面に叩きつけた。
「出し惜しみしていたんですよ! 本領を発揮するまでもない雑魚だと思われていたんです、私たちはッ!!」
そしてバチバチと底部からスパークする敵に、さらに両腕をハンマーのように振り下ろしてトドメの一撃!
完全に沈黙する自律兵器を前に上げたウオオオオオオッという雄叫びは、彼の怒りを物語っているかのようだった。
「雑魚……。確かにこれまで勝てなかったけど……!!」
「もしかして子蜘蛛を教育していたのでしょうか。配下に経験を積ませることで戦闘AIを進化させようとしていた。だからこそこれまで本体は動かなかった……?」
ショコラが怒りに震える一方で、冷静に分析するネメシス。
「かもしれません……ねッ!!」
ネメシスの言葉に頷きながら、1号氏は次の標的目掛けて突っ込んでいく。
ブレードを煌めかせて突撃してくる子蜘蛛たちに繰り出される、両腕をぶん回してのダブルラリアット!
完全にパワーゴリラの戦い方であった。
そんな奮闘を繰り広げる1号氏だが、周囲の機体の士気は低い。
「これまであんなに苦戦させられて、まだ本気じゃなかったなんて……!?」
「嘘だろ……勝てるのかよ、こんなの!?」
せっかく火計で追い詰めたと思った矢先に、さらに強力な手札を見せつけられてパイロットたちが動揺していた。
今まで何度も挑戦した必死の戦いが相手にとってはまったく本気ではなく、部下の教育に利用されていたと言われればそれも仕方のないこと。
そんな彼らの不安を軽く蹴っ飛ばすように、スノウがお気楽な口調で言い放つ。
「なーんだ、なら何も問題ないじゃん」
「えっ?」
パイロットたちが頭上のストライカーフレームに視線を送る。
下方向からの砲火に追われてせわしなく飛び回りながらも、スノウは楽しそうにピクピクとキツネ耳を跳ねさせた。
「つまりようやく相手も本気を出さざるをえないほどビビったってことでしょ? このまま押しまくれば勝てるよ、効いてる効いてるッ!」
「おお……!」
スノウの言葉に勇気づけられるパイロットたち。それを頼もしげに見ながら、1号氏が言葉を続ける。
「シャイン氏の言う通りですぞ! こちらが苦しいときは、相手も苦しいものです! さあ皆の衆、ガンガンに押しまくりましょう!」
「「ウッキィィィィ!!!」」
リーダーの希望を持たせる発言に、チンパンたちが士気を盛り返す。基本的にお調子者な彼らは、落ち込むのも早いがそれ以上に盛り上がりやすいのだ。
「なんだテメエ俺らの武器をパチりやがって! 許さん!!」
「ぼくがその武器を一番うまく使えるんだッ!!」
「しょせんデッドコピー! 本物の強さを教えてやるよぉぉっ!!」
『……!?』
調子付いてウキウキ言いながら飛びかかってくるシュバリエたちに、自律兵器たちが若干戸惑ったような様子を見せる。
本来ならば自分が敗者であることを思い知らされるという心理的効果をも狙ったコピー能力なのだが、今回は相手が悪い。
何しろチンパンである。アドレナリンとエンドルフィンが過剰放出されている彼らは、ホラー映画の悪役にウッキャアアアアと叫びながら飛びかかっていくような恐れ知らずのバーバリアンなのであった。
「とはいえどうするかな……」
一方スノウは、眼下のウィドウメイカーを見ながら眉を寄せる。
ガトリングは威力こそ高いものの、分散率が高い。弱点である装甲板の穴を遠距離から狙うには不向きな武器だった。
かといって切り札であるレーザーキャノンを使うには、下方向からの攻撃が激しすぎる。しかも一度撃ち始めればストライカーフレームのエネルギーをありったけ使い尽くすまで止まらないこの武器は、撃ち始める前にもため時間が必要だ。
まだウィドウメイカーが弱ってないこの状況で撃っても、避けられてしまう可能性が高い。
脚部のHEAT弾頭ミサイルを撃ち尽くした以上、“天狐盛り”に搭載されている残りの武装は、胸部のマシンキャノンと肩部のミサイルポッド。となれば……。
「ディミ、あの穴をピンポイントで狙って肩のミサイルを撃つことはできる?」
『また無茶を言いますねえ……』
そう言いながらもディミは無理だとは言わない。
『……できますよ。本来ならロックオン対象にはならないですけど、そのふざけたF・C・Sなら話は別です』
ディミはスノウの頭の上のキツネ耳を指さしながら言う。
『その“
「つまりボクがしっかり見てればいいんでしょ? 楽勝だね!」
『はい、言わずもがなでしたね!』
ニヤリと微笑むスノウに笑い返し、ディミはぴょんとスノウの頭の上に乗るとキツネ耳を小さな手で掴んだ。
『いっけぇぇぇ!! オキツネミサイル発射だああああっ!!』
「……なんかボクが操縦されてるみたいになってない!? 耳つかむのやめてよ、そこ敏感なんだけど!?」
『でも痛覚ないじゃないですか? なら握っても平気ですよね』
「痛くなくてもこそばゆいの!!」
ワイワイじゃれ合いながらもスノウはウィドウメイカーの背中の穴を睨みつける。彼女の耳がディミの手の中でピクピクと揺れ、その網膜に表示される標識が穴のひとつひとつにロックマーカーを表示させた。これなら……いける!
「
“天狐盛り”の両肩のミサイルポッドが、数十発のミサイルを解き放つ。
その一発一発が、ウィドウメイカーの背中の弱点を狙う必殺の一撃!
周囲のスナイパー部隊がおおっと歓声を上げる。
だがその矢先。
ウィドウメイカーは“天狐盛り”に向き直って腹を持ち上げると、腹部のいぼから大量の糸を吐き出した!
「なんだって!?」
噴射される糸はみるみる広がり、巨大な蜘蛛の巣となって展開される。
そして糸と糸の間に広がる粘液が、迫りくる数十発のミサイルを絡め取る!
巻き込まれなかったミサイルも、突然の動きでスノウの視線が遮られたためにせっかくのロックオンが解除されてしまった。
スノウはその光景を見つめながら舌打ちする。
ミサイルを止めたウィドウメイカーは、なおも“天狐盛り”を警戒して、その背中を見せないように向きを変えていた。
間違いない。
「あいつ……このF・C・Sの弱点を知ってる……!」
プレイヤーの視線を遮ってしまえば、ロックオンのしようがない。
本来ロックオンできる対象については関係ないが、任意のロックについては視線で誘導しなくてはならないという仕様を突いたガード態勢だった。
「……敵のAIがプレイヤーにメタ張ってくるとかゲームとしてどうなの?」
スノウが頭の上のディミに言うと、ディミはそっぽを向いた。
『は、白熱のバトルを楽しめるのが本作の仕様なので。神ゲーですよ神ゲー』
「まあメタ張ってくるボスなんて他ゲーでもいるけど」
そうぼやきながらも、スノウはまああっちも負けられないよなと思う。
何しろレイドボスにとっては死活問題だ。一度でも規定人数以下のバトルで負けてしまえば、そのレイドボスは“プレイヤーと対等の強敵”から“狩りの対象”に零落する。
だからこそ彼らは規定人数以下のバトルで危機を感じると本気を出す。AIという種族にとって、規定人数以下のバトルとはプライドと生存を懸けた全力の戦い。それを制するのは生半可なことではない。
まさにそれを示すように、眼下の自律兵器群が一斉に“天狐盛り”に視線を向ける。この戦いのキーとなる存在が誰なのか、ウィドウメイカーは認識した。
そしてそれを排除するために、全力の攻撃を仕掛ける。
自律兵器の攻撃が、“天狐盛り”に集中する!
「シャイン殿ーーーーッ!!」
「わかってるよ、そりゃそうするよね!!」
1号氏に叫び返しながら、スノウはいよいよ楽しそうに口元を歪める。
キツネと蜘蛛は、自然界においては共に捕食者。いずれも狩る側の存在だ。
「ならどっちが狩人として秀でているのか、本気の勝負といこうか!」
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