第66話 いつまでも無敵だと思うなよ

 【騎士猿ナイトオブエイプ】の攻略拠点。

 ホログラムのように青いフレームがシャインの輪郭像を形作り、ついで白銀の機体として実体化した。

 シャインのコクピット内で、スノウが周囲を見渡しながらふぅんと呟く。



「これが初デスか。リスポーンの感覚も前作とあんま変わんないな」


『とはいっても自爆ですけどね。キル取られたと表現するかどうかは微妙なところですが』


「まあ、むざむざ敵にやられるのは癪だもんね。切腹を選ぶサムライの心ってやつがよくわかるよね!」



 そんな侍を舐めた発言をするクソジャリに、ディミが呆れて突っ込む。



『えぇ……? 侍ってそんな負けず嫌いな子供みたいなメンタルです……?』


「実際そんなもんじゃないかなあ。でっかい子供みたいなもんでしょあんなの」


『夢枕にご先祖様が総立ちしそうな暴言ですねぇ』



 さすがに大学生になっても子供の心を捨てられないヤツは言うことが違うな。


 さて、とスノウは周囲を見ながら小首を傾げた。



「こっからどう挽回したもんかな。大分押されてるみたいだけど」



 その言葉通り、周囲には【騎士猿】の機体が拠点の水際で防衛網を敷くべく走り回っている。みんなスノウと同じく前線から退いてきた兵たちだ。

 要するに【氷獄狼フェンリル】にボッコボコにされてリスポーンしたのだが。


 フリーモードにおいて、リスポーンのルールは通常のクラン戦とは異なる。

 通常のクラン戦ではリスポーン地点はクランの本拠地となるが、フリーモードではクランを問わず最後に登録した拠点がリスポーン地点だ。


 【無所属】のスノウも【騎士猿】の攻略拠点に登録しておけばそこにリスポーンできるし、【氷獄狼】のこの拠点に到達して登録さえしてしまえばここにリスポーンする。だからこそ【氷獄狼】をここに到達させるわけにはいかない。

 到達されたが最後、リスキル地獄される上にレイドボス戦にも乱入し放題になってしまう。



「まあ、それでもレイドボスがリスポーン地点の真上に出現して無尽蔵にリスキルされるとかいうふざけた事態になるよりはマシだろうな」



 スノウはそう言って、クロダテ要塞の司令部の真上に出現したアンタッチャブルとかいうそびえたつクソモンスを思い返した。



『ああ、あれはアプデで修正されました。もうモンスターがリスポーン地点になりうる場所に直接出現することはありませんよ、安心してくださいね!』



 そう言ってにっこりと笑うディミ。

 これにはさすがのスノウも、ジト目で見つめざるをえない。



「……キミのところのモンスターは、運営のルールの穴を突いてマンチ行為してくるのか……?」


『う、ウチのモンスターはみんな賢いのが売りなので……! でもちゃんとひどすぎる行為はルールの穴を塞ぎますから! ええ、プレイヤーとモンスターは対等ですよ! 神ゲーです! 神ゲー!!』



 相変わらず神ゲー連呼するときだけ真顔になる運営の手先ちゃんである。



「普通のゲームだとモンスターはプレイヤーに狩られるためにいるのであって、断じて対等じゃないと思うんだよね……」



 そう呟きながら、スノウはこれでひとつはっきりしたなと内心で思う。

 このゲームにおいて、レイドボスはプレイヤーに狩られるためにいるわけではない。いや、運営的にはやられ役として配置しているのだろうが、当のレイドボスどもはそう思ってはいない。

 奴らは明確な知能を持ち、人類を敵視する知性体AIである。


 どう考えてもゲームに出す敵キャラとしてはやりすぎじゃないかなーと思いつつも、まあそれも悪くはないなとスノウは薄く笑う。

 スノウが一番好きなのは、プレイヤー同士の知力と技量を尽くした競い合いだ。互いの総力を駆使して戦うからこそ、そこに面白さが生まれると思っている。


 だからモンスター狩りというのはそこまで好きな遊びではない。知能も感情もない相手と戦っても、難題をクリアした達成感こそあれ競い合う喜びがない。


 だがモンスターが人間と同等に賢く、かつ全力で抗ってくるというのであれば話は別だ。相手が人間であろうとAIであろうと、死力を尽くして競い合えるのであればスノウには何の文句もない。


 その楽しい遊びをするために、まずは【氷獄狼】の相手をしなくてはいけない。

 アッシュとの戦いもまた死力を尽くした戦いであり、それはそれで楽しいし。いやあ楽しいことばっかで困っちゃうなあとスノウはニコニコする。



「アッシュもそろそろボーナスキャラとは呼べないな」



 その発言に、ディミがええっと目を丸くした。



『そ、そんな! あの課金武器を無限に運んできてくれるよわよわアッシュさんが、ボーナスキャラを卒業しちゃうなんて!?』


「いや、課金武器はこれからも運んでくる限り無限にいただくけど」



 無慈悲な発言であった。



「もうよわよわでもないからね。今日の動きはなかなかよかったよ。あいつも我慢ができるようになったんだねぇ。なんか【氷獄狼】って強くなった割に内部でごたごたしてるっぽいし、あいつって追い詰められるほど強くなるのかもしれないな」



 そう言いながら、スノウは細い顎に手を置いて小首を傾げる。



「いや、待てよ。じゃああいつを追い詰めれば追い詰めるほどもっと強くなって、ボクを楽しませてくれるようになる……? あいつをもっと逆境に追い込むにはどうしたらいいかな」


『やめたげてよぉ!!』



 真顔でアッシュをさらに不幸にする方法を模索し始めたスノウを、思わず制止するディミちゃんである。あまりにも不憫すぎた。

 余計なことしなくても、スノウと関わってる限り不幸になり続けるんじゃねえかな。


 まあそれはそれとして、とスノウは自分の顔をパンッと張る。



「まだ相手は100騎以上残ってるわけだ。ここからどうやって削っていくかが考えどころだな。まだアッシュも総指揮官のドクロ顔も健在なわけだし」


『えっ、さすがにお腹を爆破されたら修理に戻るんじゃ?』


「戻るわけないでしょ。今が絶好の攻めのチャンスだよ。どう考えたってそのまま突っ込んでくるに決まってる」



 バーサーカーチンパンバーサーカーチンパンを知るのである。

 というか完全に同じ思考パターンであった。



『あなたたちって、最初から同じ陣営に属してたら無二の親友になってたんじゃないですかねぇ』


「それはどうかなあ」



 遠い目をするディミに、スノウが笑い返す。



「その枠はバーニーがいるからね。あいつ結構嫉妬深いからなぁ」



 結構どころの騒ぎじゃないけど大丈夫ですかねそれは?

 そもそも男同士の友情に嫉妬という表現は普通挟まってこないんだよなあ。



「それに、友達枠じゃないからこそ思う存分り合える。あいつと前作で知り合っていなかった運命に感謝したい気持ちでいっぱいだよ……!」


『感情が迷子になりすぎて迷宮入り事件の域に……!?』



 獰猛な笑みを浮かべながらウズウズと手をわななかせるスノウに、ドン引きするディミである。ディミの理解を超える感情が働いていた。



『人間の感情は、AIには難しすぎるのかもしれませんねえ……』


「ただの闘争本能だよ。これほどシンプルな感情が理解できないなんて、AIにはまだまだ霊長の座は譲れないな」


『私たちは賢いので無駄な戦いなどしません』


「人間は競い合うから成長するんだよ」


『競い合わないと進化できない原始的知性って可哀想……』



 そんな言葉遊びをしながら、スノウとディミは空中から迫りくる【氷獄狼】の群れを見つめる。

 ガンナータイプが多い【氷獄狼】は、これまで陸上を移動する機体がメインだった。しかし与えられたばかりの重力制御オモチャを使いたくて仕方ないのか、今回は空を滑走する機体がかなり多い。

 レッグパーツを輝かせて飛ぶ彼らを見つめ、スノウは目を細める。



「シャインみたいに銀翼に重力制御を持ってる機体はいないのかな」


『“アンチグラビティ”は曲がりなりにも“七罪冠位”のドロップ品ですからね、レアパーツですよ。いずれ技術ツリーが解放されて作れるようになるでしょうが、それは結構先の話になるかと』


「つまり彼らはレッグパーツを換装した。得意の陸上の足の速さを捨てて、慣れない重力制御なんかに飛びついちゃったわけだ」


『まあ、そうとも言えますね』



 そこにつけ入るスキがあるかもな、とスノウは薄笑いを浮かべた。


 【騎士猿】は重力制御で飛行する敵についてデータ不足で後れを取ったようだが、【氷獄狼】の機動力は恐らく下がっている。



「ディミ、ボクの戦闘データを【騎士猿】に渡してエイムアシストをアップデートさせることはできる? 重力制御飛行なら、ボクの方がはるかに経験豊富だ。ボクのデータを参照すれば、【氷獄狼】のひよっこ飛行なんて簡単に当てられるようになると思うんだけど」


『えっ、それはできますけど……。いいんですか?』



 ディミは眉をひそめて問いかける。

 つまりそれは【騎士猿】にこれまでシャインが蓄積した戦闘データを譲ってしまうということである。一般にエースパイロットの戦闘データは門外不出の虎の子だ。

 それを解析されれば、もし今後【騎士猿】と戦うときに不利になってしまう。


 そんなディミの懸念を、スノウは鼻で笑った。



「いいよ別に。だって明日のボクは今日のボクより確実に強いからね」


『また大きく出ますねぇ……』


「事実だよ。この機体だっていつまでも使うとは限らないんだ。それに、彼らのことは気に入ったからね。今日を共に勝つためなら、昨日までのデータくらい分けてやるさ」


『了解です。エイムアシストのアップデートに適した形にデータを出力しますので、少しお待ちを』



 ややあってキューブ状に成型したデータボックスを、スノウは【騎士猿】の防衛隊長に呼び掛けて送信する。



「ほ……本当にいいんですか!? こんな……貴方の戦いの結晶を……」



 まさか“腕利きホットドガー”から戦闘データを譲られるなど予想もしなかったようで、防衛隊長はいたく感激していた。

 最敬礼を取り大切に使わせていただきます、と目尻に涙を浮かべながら言う彼に、スノウはめんどくさそうな顔でそっぽを向く。



「ああ、いいからそういうの。末端までどんどん配って、ボクを楽させてよね」


『……騎士様って、素直に感謝されるとツンデレになりますよね』


他人ヒトの内面を覗き込んでこないでよ」



 唇を尖らせるスノウを眺めて、ディミはクスクスと笑う。

 スノウは頬を赤らめながら、ぶっきらぼうにため息を吐いた。



「さて、これで【騎士猿】も【氷獄狼】となんとか戦えるだろ。……アッシュやあのドクロ以外は」


『そういえば、彼らは陸上仕様のままでしたね』


「やっぱりアッシュはさすがだよ。他人から与えられた慣れない技術には飛びつかない。地道に磨き上げた自分の技術だけが信用できるってわかってるんだ」



 余程今日のアッシュの動きが気に入ったのか、やたら褒めるスノウである。

 でも多分自分がアッシュを認めたって自覚はないんだろうな、とディミは思った。きっと指摘したらムキになって否定するに違いない。指摘しない方が面白いからしないけど。


 わずかな時間だったが、シャインの戦闘データはすぐさま末端までいきわたり、エイムアシストにアップデートがなされたようだ。ディミのデータ抽出が優れていたのだろう。


 2人が後方から見守る中、拠点の前方に布陣し直した【騎士猿】たちが迫りくる【氷獄狼】に長距離からのビーム射撃で応戦する。

 スイスイと空中を滑空して避けようとする【氷獄狼】の機体たち。しかしその軌道を予測した先に【騎士猿】のビームが照射され、数機が爆発する。


 まさかこの短時間の間にエイムアシストが格段に進化したとも思わず、先ほど同様に簡単に回避できるとたかを括っていた【氷獄狼】が悲鳴を上げた。



「な、何!? 嘘だろ!? どうして重力制御に対応できてんだ!?」


「いける! いけるぞ、これなら当てられる!!」



 【騎士猿】たちが興奮して歓声を上げる。彼らはビーム射撃を繰り返してさらなる被害を出そうと勢い込み、幾条もの青白いビームが地上から空へと走った。


 最初の数機の撃墜に関しては【氷獄狼】が悪いのではない。普通、軽く一戦した程度で戦闘データのアップデートなど為されるものではないからだ。



「落ち着け! もう相手は戦闘データが蓄積してる! エイムアシストでも当ててくるぞ! お前ら本腰入れて回避行動しろ、接近して拠点にリスポーン登録しちまえばこっちのもんだ!!」



 スカルの号令で、浮足立った彼らが落ち着きを取り戻す。

 流石に彼らも大手クランの精鋭である。チンピラ同然の連中といえども、戦いの勘所は抑えていた。

 指揮官がマトモに制御できていれば、かなり手ごわい連中なのだ。いつもは好きなようにやらせている放任主義のスカルも、今日に限ってはマジモードで指揮していた。



「やっぱ指揮官を落とさないときついか……」



 スカルの指揮に従い襲い掛かる敵を見て、スノウは唇を噛んだ。

 ようやくエイムアシストでも当てられるようになったのはいいが、やはり武器とパーツの性能、そして数が違いすぎる。

 戦いは守る側が有利とはよく言うが、それはあくまでも技術と数が同格の場合の話であって、そのどちらの要素も敵の方が上回っていた。



「撃て! 撃てッ! 到達されたら何もかも終わりだぞ!!」


「くそおおおおおおお! いつまで防衛すりゃいいんだ!? 守り切れねえ!!」


「スノウさんの好意を無駄にするな! 耐えるんだ!! 目にモノ見せろッ!!」



 その叫びを聞きながら、シャインが空へと舞い上がる。

 【騎士猿】のプレイヤーでは対抗できないであろうアッシュの襲来に備えて拠点に待機していた彼女だが、その我慢にも限界があった。

 自分の名を呼びながら奮闘する者を見捨てられるほど、彼女の堪忍袋の緒は細くはない。



『いいんです? 雑魚に構ってて。大物を狙うのでは?』


「だって仕方ないでしょ、お兄ちゃんたちよわよわなんだから……! ボクが手を貸してやらないとまともに戦えないんだもんね!!」


『おっ、そのセリフメスガキ度高いですね』


「はっ……!? な、なんでもない!!」



 顔を紅潮させながら、スノウは殺到する【氷獄狼】のシュバリエたちに“ミーディアム”を構える。

 しかし、大物を探していたのは向こうも同じこと。



「シャイイイイイイイイイイイン!! そこにいたかあああああッッ!!」



 直接トドメを刺し損ねた黒き魔狼ブラックハウルが、今度こそ赤ずきんシャインを喰らおうと敵の群れから飛び出してくる。



「ちぇっ、アッシュ……! 今はキミに構ってる場合じゃないんだけど!」


「悪いがこっちはお前以外眼中になくてなぁ! 一緒に踊ろうぜェ!!」



 ロケット弾を連射しながら距離を詰めてくるアッシュに、スノウは舌打ちした。

 どんどん距離を縮めて接近戦に持ち込むつもりだ。



「アッシュ、距離を詰めすぎだ! そいつには自爆があるんだぞ!!」


「そうだよアッシュ。ボクに近付いて、またどかーん☆ってされたいのかい?」



 スカルの警告の尻馬に乗って煽る……本人的には牽制しているつもりのスノウを、アッシュが鼻で笑う。



「やってみろよシャイン! ピッカピカのおニューの機体を撃墜させたきゃな! お前が自爆してからリスポーンする間に、何人の味方がそっちの拠点にタッチするんだろうなぁ?」


「…………」


「ははっ、黙り込んだな! 黙ったってことは効いてるってことだ! はっはぁーー!! 口喧嘩レスバでもまたまた勝ちをいただいちゃいましたぁん!!」


「はー!? 負けてないが!? さっきのは計画通りの自爆なんだけど!?」


『マジでこの2人の思考回路すごい似てる……』



 呆れるディミの呟きをよそに、2人の機体が激突する。

 シャインは青白い高振動ブレードを、ブラックハウルは電磁クローを手に交錯し、白昼の空に火花が散る。


 そしてそうしている間にも、次々と防衛網を突破した【氷獄狼】の機体が拠点へのタッチダウンを行うとしていた。



「まずい……まずいぞ……! どうする……!?」



 眼下の光景を見ながら、スノウは一筋の汗を流す。

 その表情を見て、アッシュは歓喜の声を上げた。



「ククッ、焦ってるなシャイン? いいぞ! こっちはテメエのその顔が見たかったんだ! いつも余裕たっぷりに煽ってくるテメエのその焦り顔が見たくて! 見たくて見たくて見たくてッ!! 俺はずっとあがいてきたんだからなあ!!!」


「ハッ! 腕前で上回ったわけでもないくせに、もう勝ったつもりなワケ!?」


「勝ちってのは大体個人の腕じゃなくて、戦況で決まるもんだぜ!!」


「ボクを撃墜してから言うんだなッ!」


「やらいでかよぉッ!!」



 互いの攻撃を全力で回避しながら、隙を見つけて致命の一撃を叩き込む。

 まるで姫君と王子が踊るかのような、白と黒の騎士が決闘するかのような、戦乙女と魔狼が血みどろで争い合うような激しい攻防。


 いつ終わるともしれない全力の戦い。そして終わりがなければ、戦況でアッシュが勝利する戦い。

 その均衡を破ったのは、1号氏からの通信だった。



「さあ、もう囮は十分ですぞ! シャイン氏、出番です!!」


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