第22話 化け物には化け物をぶつけんだよォ!

「何やってんだ! 敵は初期機体だぞ!? ガキに舐められやがって、貴様ら厳しい訓練を耐え抜いたエリートとしての自覚はないのか!!」



 激怒する【アスクレピオス】指揮官の怒りを宥めようと、恐る恐る隊員たちが声を上げる。



「その……おそらくあれは初期機体を偽装した高性能機ではないかという声が隊内からも上がっています」


「あ?」



 指揮官はギロリと睨み返すと、委縮する隊員は固唾を飲み込んだ。



「どのクソだ、その言い訳を考えたのは? 俺の前に連れてこい、殺してやる」


「は……その……」


「現場が上げる言い訳としては悪質だな」



 それはどうにもならなくなってから、上層部に対して現場指揮官が上げる言い訳だろうがと彼は内心でぼやく。

 つまりこのまま押されて万が一要塞を落とされることにでもなったら、彼自身が冷や汗をびっしょりかいて上層部にその言い訳を伝えなくてはならないのだ。


 それだけはなんとしても避けたいところだった。



「あの機体を何とかする方法はないのか?」


「幸いヤツは飛行中隊の相手に専念しています。【トリニティ】地上部隊の攻め手は弱く、クロダテ要塞を攻めあぐねている状態。このままタイムアップまで守り続ければ、判定勝ちで防衛は成功するでしょう。そうなればさらに増援を呼び寄せて、防衛を固めてしまえばいいのです」


「うむ……」



 参謀の言葉に、指揮官は顎をさすりながら頷く。


 山岳に築かれたクロダテ要塞は、まさに難攻不落。断崖と同化した形状は敵地上部隊からの攻撃に極端に強く、味方航空部隊による防衛には非常に適している。

 “ヘルメス航空中隊”をはじめとする航空部隊を多数擁する【アスクレピオス】にとってはうってつけの要塞であり、この拠点を足掛かりとして周囲の【トリニティ】支配地域を侵略するという今後の戦略の要となるエリアだった。


 現在は【トリニティ】から奪ったばかりで、【アスクレピオス】の戦力も多くは置かれていない。だからこそ航空戦力では【アスクレピオス】に劣る【トリニティ】が奪還するには今しかなく、【アスクレピオス】の戦力が充実してしまえば【トリニティ】はクロダテ要塞のみならず周辺地域も失うという未来が予想された。



(“ヘルメス航空中隊”がこれほどまでに頼りにならんとは思ってもみなかったがな……。やはりエース不在では駄目か。“腕利きホットドガー”に対抗するにはエースに限る)



 化け物には化け物をぶつけんだよォ!


 ……エリート部隊として名を馳せる“ヘルメス航空中隊”だが、エースと呼べる人材はいない。それは育成カリキュラムを重視しすぎて均一の人材しか輩出できないせいでもあったし、エリート意識を拗らせた一部の小隊長が将来有望な新人を潰してしまうせいでもあった。

 その欠点をまだ【アスクレピオス】は認識できておらず、なぜかうちが採用する人材からはエースが出てこないと不思議がっている状態なのだが。


 次は外部からスカウトしたエースがいる航空隊を呼び寄せようと指揮官は考えつつ、膠着状態に陥っている戦況マップを睨む。



「あの“腕利き”……兵からはSHINEシャインとか呼ばれていたな。あれが要塞への攻撃に参加する可能性はないのか?」


「その可能性は低いと断言できます」



 キラリと眼鏡を光らせなら、白衣を纏った参謀が薄く笑う。



「ヤツも波状攻撃を仕掛ける“ヘルメス航空中隊”の相手をするので手一杯。なおかつ敵総指揮官のペンデュラムは手駒に決まった役割ロールを与え、最後までそれを動かさない型通りの用兵を好む男ですからね」


「ふむ……」



 撃墜されてはリスポーンして突っ込むだけのゾンビアタックを“波状攻撃”とはよく言えたなぁ?


 なお、ペンデュラムの用兵が下手のように聞こえる言い草だが、兵に明確な役割を与えるのは決して悪いことではない。急な戦況の変化には対応しにくくなるが、兵の混乱を避けやすくなる。……指揮する兵があまり強くない場合には特に有効だ。



「よし、ならば引き続き要塞の守りを固めて、判定勝ちを狙う……」



 指揮官が言いかけたそのとき、別の参謀が悲鳴を上げた。



「シ、シャインです! シャインが要塞を目指して移動を開始しました!」


「チッ……! 今すぐに“ヘルメス航空中隊”を招集しろ! ケツを蹴り上げて要塞上空に集結させるんだ、集中攻撃で戦場から叩き出せ! ガキにはおうちでママのオッパイでも飲んでるのがお似合いだと思い知らせてやれッ!!」


「了解! 全機に伝達します!」


「……型通りの用兵を好む、だと? 面白い評価だったな」



 蒼白になって固まる眼鏡の参謀に嫌味を吐き捨て、指揮官はパイロットシートに背中を預けた。



(参謀も入れ替えねばならんかもしれんな。私のクロダテ要塞には、無能な人間はふさわしくない……)



 そうして彼が天井を見上げた瞬間。



 天井を破って降ってきた巨大なが、彼が搭乗する機体ごと作戦司令部を粉々に踏み砕いた。




※※※※※※




 要塞上空に集結しつつある“ヘルメス航空中隊”の雄姿に、スノウは舌なめずりして弾んだ声を上げた。

 シャインを討つために集まった勇士たち。

 眼下に広がる岩山と同化したクロダテ要塞から突き立つ、天を睥睨する対航空空母用砲台の威容との対比もまた、見事な絵になっていた。



「うーん、悪くない! 小隊単位じゃ物足りないけど、さすがにこれだけ集まるとなかなか歯ごたえがありそうだ」


『一般的に言って鉄壁の布陣ですけど勝ち目あります、あれ?』


「あるよ」



 スノウはあっさりと頷いた。



「小隊単位のチームワーク偏重の連中が密集したら、フォーメーションを展開しづらくなるからね。生半可な訓練じゃ逆にメリットを殺すことになる」


『なるほど……アクロバットな機動ですもんね、あの方々』


「でも、彼らが中隊規模で密集しながらフォーメーションを展開する訓練を積んでいたり、中隊ならではのフォーメーションを見せてくれるなら話は別だよ。そういうのを見せてくれることを期待したいな。弾幕は濃いほど面白い」


『騎士様はいつも狂気的ルナティックですね』


「いいや、ボクは常に浪漫的ロマンティックだよ。運命の出会いを求めてるからね」



 運命の王子との伝説の英雄との邂逅を待ち望む姫君のような死闘を待ち望む魔獣のごとき可憐な顔立ち。獰猛な微笑み。

 


「さーて、それじゃあお互いに死力を尽くして殺り合おうかぁ!!」



 バーニアを噴かし、スノウはフルスロットルで突っ込もうと操縦桿を握る。


 その瞬間。



 空から突然落ちてきた巨大な熊が、展開していた航空中隊の大半を巻き添えにクロダテ要塞を踏み潰した。



「は……?」



 さしものシャインも、ぽかんとして固まった。

 だがそれも無理はない。全長200メートルにも及ぶ機械仕掛けの熊が唐突に戦場に出現したら、誰だって困惑する。


 黒光りする鋼鉄の表皮。たてがみのように頭部の周辺に張り巡らされたアンテナのような突起。鋭く尖った爪は常に紫電を帯び、それを突き立てられた山肌をぶすぶすと蒸発させ続けている。ぐるる、と地の底から響くような咆哮。


 見るからにわかる、凄まじい攻撃性を秘めた暴力の塊。

 決して近付いてはならない。間違っても凝視し続けてはならない。

 敵として認識された次の瞬間、それは対象の身に余る破滅を与えるだろう。


 暴威の象徴のごときの姿を以て警告する、触れるべきではないもの。



【レイドボスが出現しました】


怠惰スロウス慟哭谷の羆嵐アンタッチャブル・ベア


“0/10”


『警告:“七罪冠位しちざいかんい”による特殊フィールドが形成されます。


神は微睡に堕ち、世はなべて事も無しフォーリング・ヘブン】』


『レイドボス撃退か制限時間経過、両軍の総コストがゼロになることでレイドボス戦は終了します』


『レイドボス撃退か制限時間経過までこの戦場は封鎖され、エリア外からのシュバリエの増援および離脱が禁止されます』


『レイドボス撃退報酬は攻撃に参加したプレイヤーのみが受け取れます』


『GOOD LUCK!!』



 高速でHUDを流れるメッセージを目で追いながら、スノウは眉をひそめた。



「なんだ、あれ……?」


『あれは要塞級エネミー……! レイドボス、“怠惰スロウス”“慟哭谷の羆嵐アンタッチャブル・ベア”です!! どうしてこんなところに!?』



 ガタッと腰を上げ、驚愕もあらわに叫ぶディミ。



「知っているのかディミちゃん!」


『知ってますけどその言い方やめてください』



 周囲のプレイヤーも突然戦場に乱入したレイドボスに動揺しているのか、ざわざわと声を上げている。

 【アスクレピオス】も作戦司令部や“ヘルメス航空中隊”の大半を粉砕される大被害を受けているが、決してレイドボスに手を出そうとはしなかった。


 ――あまりにも戦力差が絶望的すぎる。


 そんな矮小な人間どもをつまらなそうに一瞥した凶獣は、ふあああと大きな欠伸を上げて、その場にうずくまった。



「……寝始めたぞ、あいつ」



 そう言いながらレーザーライフルを手に取ったスノウを、ディミは鋭く静止した。


『い、いけません! 絶対に手を出しちゃダメです! あいつは手を出さなければ害はありませんが、一度でも攻撃を受けるとどこまでも追跡して、必ず撃墜します! 制限時間が終わるまでひたすら嬲り殺リスキルされ続けますよ!』


「性格が悪い奴だなあ……」


『そうですね。騎士様と同等程度にタチが悪いです』


「失礼な」



 めちゃめちゃ性格悪いじゃん。



「でもレイドボスって言うからには、歩く宝箱なんでしょ? 倒したらレア素材とかもらえるんじゃないの?」


『まあ、そうですね。倒せればの話ですけど』



 ディミは人差し指を立てると、言い聞かせるように解説を始めた。



『レイドボスというのは、このゲームの野良エネミーの中の最上級。シュバリエと比べてあまりにも巨大な要塞級のサイズと、比較するのもバカらしいくらいの攻撃力、装甲、HPを誇る大ボス格です』


「ボス格ってことは、つまり倒せるってことだろ? この世に倒せないボスなんているわけないんだから」


『一般的なゲームではそうかもしれませんが……。このゲームにおいてはバランスが崩壊してるレベルです。特に“怠惰”系統は装甲・HPともに極めて高く、生半可な装備ではHPがミリすら削れません。それなのに、レイドボスは必ず何らかの“フィールド能力”を持っていて、ただでさえ高い戦力差をさらに引き上げてきます』



 ですから、とディミは周囲を漂いながら様子をうかがっている【アスクレピオス】と【トリニティ】のシュバリエたちを指さした。



『御覧のとおり、レイドボスが出現したときは制限時間が過ぎるまで見守るのが定石です。現状のプレイヤーでは到底勝ち目のない天災として認識されていますから。突如として現れて、戦場をかき乱すだけ乱して消えていく。そういう存在です』


「なんで? 勝てないわけじゃないんだろ? お宝モンスターが目の前にいるのに、みすみす逃す手なんかある?」


『これまでレイドボスを撃破したケースもありますが、“怠惰”系統に関しては皆無です。何せしぶとすぎて、両軍が総戦力でゾンビアタックしても削り切れません』


「そんなのやってみなきゃわからないだろ!」



 そう言ってスノウはアサルトライフルに持ち変えると、巨大熊(アンタッチャブル)の頭部に狙いを定めた。ぺろりと唇を舐め、武者震いを抑え付ける。



(あいつは絶対に面白い! 楽しいバトルとレア報酬を逃す手なんてあるかよ!)


「やめろシャイン! レイドボスに手を出すのだけは許さん!」



 トリガーを引こうとしたスノウを、ホログラム通信で割り込んだペンデュラムが制止する。スノウはチッと舌打ちした。



「ディミ! 勝手にホログラム通信を受諾するな!」


『だ、だって……さすがに無茶ですし!』


「ディミの言う通りだ、シャイン! 今の戦力で勝てるものか!」


「【トリニティ】の最新武装なんだろ、これ!」


「それはそうだが……現状プレイヤーが生産できる武器ではまだ及ばんぞ!」



 【トリニティ】が擁する兵器生産技術の最先端は、現在解禁されているガチャ武器SSRとほぼ同等。

 このゲームではクランの生産技術レベルを上げ、膨大な生産コストと素材を消費すれば、ガチャ武器並みの性能を持つ武器を生み出すことが可能だ。


 ガチャはあくまでも生産技術レベルと生産コストをスキップするだけの時短要素でしかなく、それがこのゲームで武器利用権の強奪が許されている理由でもある。

 たとえば現在シャインが装備している【トリニティ】の高振動ブレードは、性能としては昨日アッシュから奪った課金SSR武器と同じものだ。


 だが、そのプレイヤー人類最先端の武器やパーツをしても、まだレイドボスの相手をするには荷が重いというのがペンデュラムの見解だった。

 そして、スノウを止める最大の理由は……。



「やらずに何がわかるのさ! もしかしたら効くかもしれないだろ!」


「ああ、かもしれんな。俺たちの武器は通じるかもしれんし、両軍総出でゾンビアタックすれば、ひょっとしたら勝てるかもしれん。だが、作戦は完全に破綻する!」



 修正不可能なレベルの、クロダテ要塞攻略プランの崩壊。


 ゾンビアタックによって両軍の戦力が壊滅に追い込まれることは疑いようもない。そうなってしまえば、もはやクロダテ要塞を攻略することは完全に不可能だ。



「クロダテ要塞を勝ち取るには、時間経過でレイドボスがいなくなるのを待つほかない。そうなれば作戦時間も終了して判定負けにはなるだろうが、まだ可能性は残る。明日になればまた同一エリアへの侵攻が可能になるのだ、また明日攻めればいい!」


「なるほど」



 頷くスノウに、ペンデュラムはほっと表情を緩める。



「わかってくれたか、シャイン」


?」



 まるで通じていなかった。



「それとボクからレイドボス戦なんてとびっきりの御馳走(楽しみ)を取り上げるのは、まるっきり別問題だよね」


「シャイン!!」


「それに、キミがそんな後ろ向きな戦略を口にするのも気に入らない」


「…………っ!?」



 スノウはニタリと挑発的な笑みを浮かべる。



「そんな戦いはキミらしくないなペンデュラム。キミはもっと覇道を行く男だと思っていたよ。ボクを失望させないでくれ」


「覇道……」


「組織の中で成り上がりたいんだろう? ならつまらない保身なんか捨てろ。前のめりに行け。目の前の選択はいつだって破滅か栄光の二択でいいんだ。無茶を押し通したその先にしか、たどり着けない境地だってある。ボクはそう信じている」



 聖者を破滅へと導こうとする悪魔のごとき囁き。

 悪魔と契約して得られるものは、刹那の栄光と確定した滅びと相場が決まっている。だが、その栄光が望んでも決して得られないものだとしたら。

 栄光を掴み取るには、悪魔と手を結ぶほかないのではないか?



「共に楽しもうじゃないか、ペンデュラム」



 黙り込むペンデュラムにそう言い捨てて、スノウは通信を切断した。



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あとがき特別コーナー『教えて!ディミちゃん』


Q.

無課金でも課金ユーザーと同じ武器を作れるのなら、課金するユーザーはいなくなるんじゃないの?



A.

“Pay to Win”という概念がございます。

このゲームにあてはめて、4ステップでご説明しましょう。



「無課金でも頑張れば廃課金プレイヤーと同じ性能の武器を生産できるよ!」

「生産できるまでに大規模クラン並みの設備と素材が必要だよ!」

「その間に先行の大規模クランがトップクラスの武器で殴ってくるよ!」

「自分たちのクランが大きくなる前に、彼らに対抗するには? そう、課金だよ」



こうして課金の輪は広がっていくのです。

運営側からは課金を決して強制しないのがコツだとか。

どうぞ皆様も課金沼にはお気をつけて、無理のない御課金を。

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