第45話 【この単語は表示できません】ですわ!!
「レンちゃんさぁ、オレ様たちのチームに本当に勝てるつもりぃ? こっち激ヤバな助っ人たっぷり揃えてるんすけどぉ?」
「はあ~っ!? 助っ人頼りで何が自分のチームに勝てるつもり、ですの? 男として恥ずかしくないのかしら?」
挑発されてイラッと青筋を額に浮かべた恋が、サッカーゴッドを煽り返す。
しかしサッカーゴッドはそれを鼻で嗤って、軽く流した。
「いやぁ、オレ様たちいつもフットサルで忙しいからさぁ! こんな陰キャのやるゲームなんかマジメにやってらんねーんすわ」
「陰キャですって!?」
恋のこめかみに浮かぶ青筋が、ビキビキと深みを増す。
「こっちはお父様から任された仕事をこなしていますのよ! 私たちがエリアを増やすことで会社が自由に使えるインフラが増えて、貢献できる! 与えられた仕事もこなさずにフラフラと遊び歩いておいて、何を得意げな顔をしているのかしら!!」
「ほぉ~? 親の言うことをハイハイと聞いてるイイコちゃんは言うことが違うッスねぇ~?」
サッカーゴッドが周囲に顔を向けると、それに追従するように【俺がマドリード!!】のパイロットたちがゲラゲラと笑い声を上げた。
いずれもゴッドと同じような服装に、パーマを当てた安い金髪やらツンツンに固めた髪やら、ホスト崩れみたいな髪型をした連中ばかりである。なんだか最終幻想なRPGの十五作目みたいな感じに似ていた。
「そうですよねぇ~! 自分のイシってのがないっていうかぁ~!」
「親の言う通りにするしかないってカワイソー!!」
「女のくせに生意気だわ! おとなしくゴッドの嫁やってろっつーの!!」
それを聞いた【白百合の会】のパイロットが、憤怒の声を上げる。
「男女差別ですわ! 男のくせに生意気でしてよ!!」
「女を尊重するつもりがない男などおくたばりあそばせ!!」
「【この単語は表示できません】もげろ!!」
「【この単語は表示できません】腐れ落ちろ!!」
「【この単語は表示できません】ですわ!! 【この単語は表示できません】ですわ!!」
西洋人形のように整った顔立ちのお嬢様たちが、VRポッドの倫理規定に触れる用語を連発して口汚く罵り返す。一言言われたら3倍くらい言い返していた。
表示できないのでまったく通じていないはずなのだが、お嬢様たちの口汚い罵倒の勢いだけは通じたようで、【俺がマドリード!!】のプレイヤーたちがややたじろいだ。
そもそも男が女に口喧嘩で勝てるわけがないのである。
その雰囲気を払拭しようとしてか、サッカーゴッドは髪をかき上げて挑発的な笑いを浮かべた。
「まあと・に・か・くぅ~? 普段からゲームばっかしてるそっちに勝てるわけないしさぁ。パパの会社のエース借りてサクッと片付けさせてもらうわ。まさか親の力借りるのが卑怯だなんて言わねえッスよねぇ~?」
「……確かにそうですわね」
サッカーゴッドの言葉を、恋は否定しない。
そもそも恋が大手クランを構え、その幹部を付き合いのあるお嬢様たちばかりで固められているのも、親に会社の手伝いをするという口実で資金提供をねだっているからだ。いわば趣味と実益を兼ねており、自分の力だけでは大手クランの維持など不可能だっただろう。
一方、【俺がマドリード!!】側は普段からサッカーゴッドや取り巻きたちが真面目にプレイなどしていないことは親も重々承知であり、別途企業クランを擁している。そのエースプレイヤーをドラ息子に貸し出すのも、親にとっては当然の采配であった。
「いいですわ! 私たちの力をとくとご覧に入れましょう! 普段から真面目にプレイしている私たちの実力が、そこらのエースになど劣らないことを証明してさしあげましてよ!」
「おっとぉ? ヤル気じゃあぁ~ん? んじゃまあ、オレ様の力がお嬢様のお遊びになんか簡単にねじ伏せるところを見せてやるッスかねぇ~!! お前ら、かかれっ!!」
その号令をもって、戦端が開かれる。
【俺がマドリード!!】に一時編入された傭兵たちが、群れを成してお嬢様たちに襲い掛かった。
※※※※※※
そして、それよりも先に1人でさっさとゲームを始めていたプレイヤーがいた。
言うまでもなく、スノウである。
【白百合の会】と【俺がマドリード!!】の頭の悪い通信を聞き流しながら、スノウは今回の戦闘エリアとなる【ガハラ平原】のマップを開いて手早く作戦を考える。
「今回の敵はエースプレイヤーが率いる集団ってことだし、手持ちの武器だとちょっと厳しいな」
『“ミーディアム”は威力と射程は良くても連射性能に難がありますし、“レッドガロン”はエースには当てづらいですからね』
「というわけで、定石通り敵の補給施設を占拠するところから始めようか」
『……そんな定石、騎士様しかしませんけどね』
お互いの本拠地が表示されたマップを眺めて、スノウは素早くアタリをつける。
「敵の本拠地がここってことは、多分ここらへんに補給物資が来るはずだな」
そう言ってスノウが指し示したのは、両クランの本拠地を結ぶ線のちょうど半分から、やや後方あたり。地図上には何も配置されていない場所だった。
『そこ、マップデータでは何もないですけど……?』
「ないよ。というか、このマップそもそも開発度が低くて施設がそんなに置かれてないからね。だから
開発度が高い都市マップなら補給拠点をふんだんに配置できるが、こうした開発度の低いマップでは補給拠点の数も限られる。それを補うのがトランスポーターと呼ばれる輸送ユニットである。
そんなスノウの推理に、ディミは小首を傾げた。
『トランスポーターをそんな最前線近くに配置するものでしょうか? 撃破されたときのことを考えると、もっと後方に配置するものでは?』
「【俺マ】の機体データをあらかじめレンから見せてもらってただろ。速度重視の快速型を中心にしてた。一方で【白百合の会】はタンク型が多く鈍足中心だ。ということは最前線となるのはやや【白百合の会】の本拠地に近いあたりになる。大体このへんだろうね」
スノウがマップの一点を指す。
そこから見れば、確かに最初にスノウが示したトランスポーターの位置は十分後方の位置だった。
『なるほど……。でも【俺がマドリード!!】は傭兵に任せて戦うのですから、あらかじめ見せてもらったデータは参考にならないのでは?』
「そんなことないよ。だってあれはブラフだもん」
スノウは涼しい顔でディミの疑問に答えた。
「【俺マ】は傭兵部隊に任せず、肝心の決着は必ず……サッカーゴッドだっけ? あのふざけた名前のクランリーダーが直接レンと戦って付けようとするはずだよ。傭兵部隊はサッカーゴッドをレンの元に確実に送り届けるための露払いさ」
予想外の言葉に、ディミはぽかんとした顔を向ける。
『ええ? なんでそんなことがわかるんです?』
「レンが言ってたでしょ。ボクが【俺マ】全員を倒しても、相手を納得させられないって。逆も同じだよ、親に借りた傭兵部隊でレンを倒しても彼女は納得させられない。だからサッカーゴッドは最終的には自力でレンを倒そうとするはずだ。……いいねえ、男の子らしくってさ」
クスクスとひとり笑うスノウ。
「でもそれを愚直にやろうとするとレンに潰される。だからサッカーゴッドは親からエースを借りて、ブラフをかけたうえで電撃作戦でレンのところに向かおうとする、というわけ」
『あの人、そんなこと考える頭あります? 言っちゃなんですけど、相当なボンクラに見えましたけど』
なにせあんなアホみたいなネーミングセンスだしな。スノウでも正式名称口にするの拒否るレベルである。
しかしスノウは小さく頭を振って、ディミの疑問を否定した。
「このマップ選んだのは向こうだよ。相手は自分たちの機体が得意なマップを熟知してる」
ガンナータイプ、陸上の快速型。
サッカーを連想させる彼らのクラン名にぴったりの機体は、起伏が少なく障害物もない平原マップでの電撃戦でもっとも有効に扱える。
わざわざこのマップを選んだからには、自分たちの機体を投入してくることはスノウの目には明白だった。
『な、なるほど……。推論の塊みたいですけど、説得力はありますね……』
「ああ、推論じゃないよこれ」
スノウはニヤリと笑って、操縦桿を握った。
「“勘”っていうんだ、こういうのはね。ことゲームに関してなら、ボクの勘は良く当たるぞ!」
空中に静止していたシャインが、全速力で加速を開始する。
並みの機体とは異なる摂理で空を駆ける白銀の機体。その翼が白く輝き、音もなく凄まじい勢いで加速していく。
目指すはスノウが示した予測ポイント。
だだっ広い平原を眼下に、シャインは空を疾駆する。
遥か遠くには【俺がマドリード!!】の傭兵部隊の群れが先陣をひた走り、その最前線ではビームライフルの銃火が織り成す閃光が灯る。
そして傭兵部隊の群れのさらに向こう側に、平原を疾走する【俺がマドリード!!】の機体の集団が小さく見えた。
『本当にいました!』
「まあそうだよね。ってことは本隊の反対側のこっちで合ってるな」
その言葉通り、地平線の向こうから巨大な車両が姿を現わす。
全高15メートル、換装武器や給弾機能、修理機能を兼ね揃えた自走型ハンガー。ちょっとした地上戦艦ほどの威容を見せる、大型トランスポーターであった。
「ビンゴ!!」
楽しそうに叫んだスノウが、ビームライフル“ミーディアム”を長距離から連射。トランスポーターのタイヤは多少の岩など踏み壊せる強度を持つが、ビームライフルの熱に耐えられず、たやすくパンクを起こす。
驚いたのはトランスポーターを護衛していた傭兵小隊だ。
「な、なんだ!? 何が起こった!?」
「敵襲だ! 警戒しろ!!」
「どこだ!? どこから撃たれた!?」
動揺する彼らは、やがて高速でこちらに接近してくる【無所属】機体に気付く。
「【無所属】……? なんだ、あれ?」
彼らの中の多くは呆気にとられながらも、ゆるゆると銃を握る。
しかしその中の一握りが、絶望的な悲鳴を上げた。
「シ、シャインだ!! “強盗姫”の野郎、敵についてやがったのか!!」
「“強盗姫”……? 何です、それ?」
「知らねえのか! この1カ月で大暴れして悪名を高めてるバケモン傭兵だ! お前ら、武器を絶対に手放すなよ!! 奪われたが最後、二度と戻ってこねえ!」
「ヒエッ……!」
「撃て! 撃て撃て撃て!! 絶対に近付けるな!! 盗まれるぞ!!」
自分も被害に遭ったことがあるのか、鬼気迫る表情で手持ちのアサルトライフルを連射して迎撃する傭兵。彼の叫びに呼応して、他の傭兵たちもめいめいの武器を連射する。トランスポーターに備え付けられた機銃も合わさり、展開される即席の弾幕。
しかしシャインは翼をひと際白く輝かせ、その弾幕の隙間を縫うようにしながら高速でトランスポーターに接近する。
「な、なんだあいつ!? 慣性を無視してるぞ! UFOかよ!?」
「あの不気味な動きしてるのがシャインだ!! 人間の動きじゃねえ、一説には運営が生み出した試作AIだと言われている……!!」
「くっそおおおっ!! 来るな化け物め!! 俺の武器は奪わせえねえぞおおおお!!」
『すごい言われようですねぇ』
妖怪か悪魔のように恐れられるスノウに、皮肉気な笑みを向けるディミ。
しかしスノウはそれを意にも介せず、楽しそうに彼らにホログラム通信で愛らしい微笑みを送り付ける。
「化け物だって? こんなに可愛い化け物がいるわけないだろっ! 人知を超越した超絶美少女って意味なら許すけどねっ♥」
「えっ……可愛い……!!」
何人かの傭兵が戸惑った表情を浮かべるが、シャインの脅威を最初に警告した傭兵がそれを叱咤する。
「騙されるな! 美しい顔で男を誘惑して殺す系の化け物だぞ!! しかも武器も盗まれる!!」
「ハーピーかセイレーンの一種なのか……!?」
ディミが空中で腹を抱えて笑っている横で、スノウが操縦桿を倒す。
「安心しなよ、キミらのしょぼい武器なんて欲しくもないからさぁっ!!」
「まずいッ! 侵入されるッ!?」
トランスポーターは背面のハッチが射出口になっており、ハンガーから直接出入りすることが可能だ。
そちらに向けて加速するスノウの狙いを悟った傭兵の1人が慌ててハッチに回ろうとするが、それがスノウにハッチの位置を教えることになった。
飛翔しながら“ミーディアム”から発射された光条が、傭兵の機体を撃墜する。
「いっただきぃ!!」
シャインが発射した“レッドガロン”が、トランスポーターのハッチを吹き飛ばした。黒煙を上げる穴と化したハッチに、間髪入れず飛び込むシャイン。
「止めろッ!! あのガキを撃墜しろっ!!」
「し、しかし……流れ弾でトランスポーターの内部が傷付いては、ハンガーの用をなさなくなってしまいます。私たちの任務はあくまでトランスポーターを警備することで……」
命令に戸惑う傭兵の1人が抗弁するが、シャインの恐ろしさを知る傭兵がそれを押さえつけるように叫んだ。
「いいんだよッ!! トランスポーター1つと引き換えでシャインを撃墜できれば儲けものだッ!! いいから早く……!!」
そう口にし終わるより先に、トランスポーターが内部から爆発する。
その爆炎に紛れながら飛翔する白銀の機体が、彼らにガトリングの銃口を向けていた。傭兵部隊が本来所属する企業クランから供与された、彼らにとっての最新兵器。
「じゃあ、試し撃ちさせてもらおっかな♥」
「言わんこっちゃねえ……」
その威力を知る傭兵が口元を引きつらせ、次の瞬間に撃墜された。
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