第44話 金粉ばらまき系お嬢様
「しつこい婚約者と別れる手伝いをしてほしいのです」と依頼人の少女は言った。
場所はペンデュラムがいつも会談に使っている高級レストラン。
最近忙しいらしいペンデュラムが斡旋してきたのは、彼の知人からの依頼だった。“
ついては正式に依頼する前に実際に会っておきたいという希望だったので、スノウは相手の奢りということを確認したうえでこのレストランに足を運んだ。
そこで待っていたのは、ウェーブがかった見事な金髪をロングヘアにした、いかにも“私はいいとこのお嬢様です”と主張するかのような髪型の少女だった。
年齢は16、17歳ほど。仕立てのよいブルーのブラウスとフレアスカートに身を包んだあまめのガーリーファッション。ビスクドールが人間の少女として生まれ変わったらこのような姿になるのかもしれない。
名前を
「一応聞いておくけど、それ本名じゃないよね」
「アバター名に決まっているでしょう。本名でログインするほどネットリテラシーに疎くはありませんわ、子ども扱いしないでくださる?」
ムッとした恋が髪をかき上げると、ふわっと金色の光の粒子が舞った。
キラキラとした粒子に高級なライトの光が反射して、瀟洒な雰囲気を漂わせる。
『(騎士様、あれレアなアバターパーツですよ。かなりいい値段がします)』
そっとディミが耳打ちしてくる。
どうやらそういうエフェクトを出すアバター用のパーツがあるらしい。
そのひそひそ話の内容を察したかのように、恋はふふっと笑った。
「淑女たる者の当然の身だしなみですわ」
「そっか。なんだかお姫様っぽいよね」
「ふふ……見え透いた世辞ですこと」
口ではそう言いながら、恋はまんざらでもないようにおほほと笑う。
本当は「成金くせえな」と言いたかったスノウも、にっこりと微笑み返した。
驚くなかれ、なんとスノウにも他人の機嫌を取るために暴言を慎むだけの理性というものが存在していたのである。
金をくれそうな相手に対してだけにしか使わないが。
そしてとりあえず依頼の内容について話そうとした矢先に、依頼人が口にしたのが冒頭の一言であった。
「しつこい婚約者と別れる手伝いをしてほしいのです」
「はあ」
スノウは小首を傾げながら生返事をする。
相手が何を言っているのかいまいち理解できない。
ゲームの助っ人がほしいというからやって来たのに、何故他人の婚約者の話など聞かされなくてはならないのか。
「ボクは傭兵であって別れさせ屋とかじゃないけど、そこわかってる?」
「わかっております。順を追って説明しますわ。
実は私には婚約者がいるのですけど、正直に言って虫唾が走るような相手ですの」
「……普通にフればいいじゃん。嫌いだ、って言えば?」
「言って済むならそれで解決してますわ!」
恋は紅茶に角砂糖を5つ放り込み、苛立ちも露わにカチャカチャと音を立ててかき混ぜた。このお嬢様、これまでテーブルマナーは学んでこなかったのだろうか。
「親が決めた相手ですの。私の一存で解消できる婚約ではありませんわ。ですからせめて顔も見なくて済むように近付かないでほしいのですが、向こうから寄ってくるのですわ……汚らわしいことに」
「つまり、向こうからは好かれてるってことじゃん」
「やめてくださいます!? 怖気が走りますわ!」
そう言って恋は自分の二の腕を掴み、ぶるぶると震えた。本当に嫌いらしい。
「そこまで嫌いなんだ……」
『逆にどんな相手なのか興味湧いてきましたよ。40代の職歴なしひきこもりとかですかね?』
「いえ、私と同年齢ですわ」
『じゃあブサメンでニキビ面でメタボでフィギュア収集が趣味とか?』
「顔はイケメンですし、スポーツマンでやせ型ですわ。趣味はフットサルで、暇があったらそればっかりしています」
現代に生きる
『婚約したはいいけど実家が没落して貧乏とか?』
「上り調子の大手家電メーカーの令息ですわ」
何が不満なんだこのアマ。
ディミがそんな表情を浮かべると、恋はだんっとテーブルを叩いた。
「根本的に人間として価値観が合わないのです! 交友関係から料理・ファッション・好きな映画・音楽、何から何までまったく趣味がかぶらないのですわ!」
『あ、これシリアスに重い話題ですね』
「……ボクたちが関わるには重すぎない、これ?」
『いっそ匿名掲示板の家庭板にでも相談したらどうです?』
ディミがあははと笑うと、恋がバシバシとテーブルを叩いて叫び返す。
「婚約者について書いた時点で贅沢言ってんじゃねえよとか釣り乙とかフルボッコにされましたわ!! なんなんですの、あの暇を持て余した主婦の群れは!! こっちは
『本当に相談したのか……』
「家庭板って何?」
『騎士様は知らなくていいことですよー』
きょとんとするスノウにセーフガードをかけるディミ。
時々スノウは現代人とは思えないほどネットに無知なところを見せるから困ってしまう。時として知らないことを知らないままにしておく方が良いこともあるのだ。万能サポートぶりを見せるディミちゃんであった。
「まあいいや。それでその婚約者と、ボクへの依頼がどう関係するわけ?」
「……ああ、そうでしたわね」
怒りのあまり肩で息をしていた恋は、こほんと咳払いをする。
「実は私と彼は、お互いにクランのリーダーを務めていますの。そして先日、『お互いのクランで勝負して、私が勝てばもう私にちょっかいを出さないようにしてほしい』と伝えたのですわ。この試合は絶対に負けられません。ですから、何とか腕のいい助っ人を用立てられないかと考えていたのです」
「なるほどね。そこで白羽の矢が立ったのがボクだと」
「左様です。知人のペンデュラムにいい人材を借りられないかと打診したところ、それなら“腕利き”がいると言われましたので」
「うん、まあボクはすっごく強いからね! ボク1人で全キルしてあげるよ」
薄い胸を反らせて、自信満々のスノウ。
「あ、いえ。そこまではしなくていいです」
しかし直後に恋から真顔で否定されて、がくっと態勢を崩した。
「えー、なんで?」
「だって助っ人が全キルしても、向こうは負けたって納得しませんもの。あれは無効試合、もう一度勝負しろと食い下がられては面倒です。ですからある程度は私たちが戦いますわ」
「ふぅん? キミって強いの?」
「まあ……それなりには。これでもそこそこの大手クランを率いておりますから。少なくとも、あいつのクランのメンバーに負ける気はしませんわね」
ブラウスの上から胸に手をかざし、不敵な笑みを浮かべる恋。
そんな彼女に、ふーんと頷いてスノウは紅茶を啜った。その口角が上がっている。
凶相を浮かべた主人をフォローしようと、ディミはあわあわと立ち上がった。
『で、でもそんなに自信があるなら、騎士様に依頼しなくてもよかったのでは?』
「いえ、彼は卑劣な男です」
そう言うと、恋はぐっと拳を握りしめた。
「あいつも自分のクランの実力では私たちに勝てないことは承知のはず。きっと金にあかせてよそのクランから“腕利き”を助っ人として呼び寄せてきますわ! それに対抗するには、こちらも一騎当千のプレイヤーを用意しなくては!」
「へえ……よそからも助っ人が来るんだ」
スノウは可憐な顔立ちに浮かぶ凶暴な笑みを深くする。
「いいね、それは。楽しめそうだ」
「ええ! ですから、よそからの助っ人の相手をお願いしますわ! もし万が一、私たちが劣勢になるようなことがあれば追加で援護もお願いするかもしれませんが」
「おっけー、いくらでも持ってきてよ! その分追加報酬はもらうけどね。お金ももうえるうえに、さらに戦える……いいことづくめだね!」
「まあっ! 頼もしいですわー! 百人力ですわー!」
強敵との戦闘を保証されて喜ぶスノウと、パチパチと拍手する恋。
キャッキャッと盛り上がる2人を、ディミは半目で眺める。
――結局助っ人を用意して予防線まで張るんなら、お前も卑怯とちゃうんかい!?
『(どうも危ういというか、このお嬢様どっか幼い気がするなあ……。もしかしてこのお嬢様がおかしくて、婚約者はまともな人なんじゃ……)』
本当にこっち側に味方してもいいのかと不安になるディミであった。
※※※※※※
そして翌日。
璃々丸恋率いる【白百合の会】と、恋の婚約者の……えっ? これ本当に読むの?
…………マジで?
……えー。
璃々丸恋率いる【白百合の会】と、恋の婚約者・サッカーゴッド率いる【俺がマドリード!!】の試合の時がやってきた。
凄まじいネーミングに硬直するスノウとディミの前で、恋とサッカーゴッドのやり取りが繰り広げられる。
「ウリィィィーーーッッス!! へへへ、レンちゃん逃げずによく来たなぁーー? せんきゅーっす! よっぽどオレ様のモノになりたかったんだなっ!?」
耳にピアス穴をジャラジャラと開け、染色で傷んだ金髪。それなのになぜか服装はフットサルのビブスを着用しているという、すさまじいファッションセンス。
そんなチャラ男が腕を交差させる謎ポーズを取りながら婚約者に軽薄な声を掛ける。
恋はその言葉を耳に入れるのもおぞましいと言わんばかりに眉をひそめ、吐き捨てるように拒絶の言葉を吐いた。
「汚らわしい男……! 今日この日をもって貴方との縁を切らせてもらいますわ!」
「うーわ、その反応超バビるわ。安心してよレンちゃ~ん! 約束通りオレ様が勝って超可愛がってあげるからさぁ~っ!!」
そう言って口の端から舌を出しながら、わきわきと手と動かすサッカーゴッド。
その下品な仕草に、恋がひきつった顔で絶叫する。
「おくたばりやがれですわ下衆野郎!!」
ブーブーとシュプレヒコールを上げる【白百合の会】と、リーダーに追従してゲラゲラと笑い声を上げる【俺がマドリード!!】のメンバーたち。
ディミはその地獄のような光景を見ながら、思わず口走る。
『やっぱこっちで正解だった!!』
いや、どっちも不正解だろ。
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ここから数話ほどすげー知能指数が低くなりますが、作者が発狂したわけではありません。
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