第27話 こんなケーキカットにやられ……クマー!

 ペンデュラム配下の工作員たちによってクロダテ要塞の基部が爆破され、断崖をくり抜かれて建造された要塞が支えを失った。

 アンタッチャブルの巨体に踏みつけられていた要塞はこの大質量に耐え切れず、重力に引かれて滑落していく。


 “281/10”。


 暴威の限りを振るったアンタッチャブルの足元は崩壊し、ガラガラと崩れる瓦礫と共に崖に向かって零れ落ちていった。

 元々アンタッチャブルが足元を何度も攻撃していたため、脆くなっていたのだ。そこに加えてアンタッチャブルの自重が加われば、崩れるのは自明の理。



『GRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR!!!?』



「やった! やったぞ! アンタッチャブルが落ちる!!」


「……いや、待て! まだだ!」



 アンタッチャブルは紫電をまとう爪を地面に食い込ませ、転落を防ごうとしていた。憎悪に燃える瞳に羽虫どもを映し、じりじりと這い上がろうとしている。

 なんという執念。


 その瞳の怖気のする悪意に晒され、人間たちが後ずさる。

 人類という存在そのものに対する、圧倒的な害意。

 自然界に存在しないはずの天敵に睨まれて怖れを抱くのは当然のこと。それは生物の本能に刻まれた、得体のしれない怪物への恐怖。


 だが、その恐怖を打ち破る者がいた。



「押し込めええええええええええええええええええええええッッッッ!!!」



 それは赤い全身甲冑のような派手な機体をした、【トリニティ】の指揮官。

 バーニアを噴かし、フルスロットルで飛び出したペンデュラムは、大楯を手に全力でシールドバッシュを敢行する。


 民衆を鼓舞し、率い、勇猛な兵士に変える資質。それは英雄の器と呼ばれるもの。


 生き汚い怪物を今度こそ奈落の底へと封じ込めようとする指揮官の雄姿に、ハッと我に返る兵士たち。

 恐怖から解放された彼らは互いに頷き合うと、雄叫びを上げてペンデュラムに続いてアンタッチャブルに体当たりする。



「うおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


「落ちろッ!! 奈落の底へと落ちやがれ化け物ッッッ!!!」



 もちろん“ヘルメス航空中隊”も負けてはいない。我先にと要塞の上へと飛来すると、アンタッチャブルへと決死の突撃を行う。

 ここまでで撃墜された者たちもリスポーンして全速力で駆け付け、力技で最後の一押しを仕掛けようとしていた。


 人間と大熊がプライドを懸けて争う、決死の大相撲。


 その光景を遠くからスノウが見守っていた。



「ペンデュラムのとこの連中も、やるときゃやるじゃん」


『騎士様は参加しないんですか?』


「まだ最後の詰めがあるからね」



 そんなやりとりをしている2人の元に、1騎のシュバリエが飛来する。



「スノウ!」


「お帰り、ジョン」



 この期に及んで助けてくれてありがとうだの、諦めてごめんだのは言わない。

 言うべきことはただひとつ。



「さあ、約束の時間だ。ボクの“楽しさ”を見せてやる」



 スノウがそう言ったとき、ついに力押しに決着が付いた。

 200騎を超えるシュバリエに押され、腕で巨体を支えきれなくなった悪鬼の熊は、崖の下へと突き落とされる。


 勢い余ったシュバリエたちも崖下へと転落していくが、もはや関係ない。


 “怠惰スロウス”の系統であるアンタッチャブルには、他の七罪のように空を飛ぶ機能はない。それはその身に付きまとう生まれながらのカルマ

 山の上から真っ逆さまに落ちたとしたら、いくらレイドボスが膨大なHPを持っていようが、頑強な装甲を誇っていようが、落下ダメージは免れない。



「やったぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」



 崖の上から聞こえる、羽虫どもの歓喜の声。

 それもまた、鋼鉄熊の体が重力に引かれて加速していくにつれて遠ざかる。


 アンタッチャブルは静かに目を閉じ、冠する“怠惰”にふさわしく、我が身を待つ運命をただおとなしく受け入れ……。



 ぎらり、とその瞳を見開き、嘲笑を浮かべた。



『GRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRUUUUUU!!!』



 転落しながらも暗黒球体を呼び出したアンタッチャブルは、それを平べったく引き伸ばし、グラビティシールドとして自分の体の下に展開。

 空中に足場を作ったアンタッチャブルの落下速度は急激に目減りしていく。



 ――ああ、まったくこれはたまらない。



 アンタッチャブルは随喜に満ちた邪悪な笑顔を浮かべた。



 ――羽虫どもが確信した勝利を踏み潰した、その瞬間の絶望は最高だ!!



 さあ、さっそくグラビティキャノンをぶっ放して、羽虫どもを殺し尽くしてやろう。絶望を刻み込んで、その身がいかに卑小なものかを教え込んでやろう。


 そう思ったアンタッチャブルが頭上を見上げた、その瞬間。



「ああ、まったくたまらないね。裏をかいた奴のさらに裏をかいた瞬間ってのは!」



 蒼く輝く刃を手に急降下して迫る2騎のシュバリエが、アンタッチャブルの双眸を貫き、そのまま後頭部まで突き破った。




※※※※※※




 1分前。


 スノウは崖から落下しつつあるアンタッチャブルを見ながら言った。



「一言でいえば、まだ足りない。奴は重力を制御する能力を持ってる。このままだと何らかの手段で落下ダメージを防ごうするはずだ……。だから、ボクとキミで最後のひと押しをする」


「でもどうやってヤツに接近する? いや……そうか、上からなら」


「そう、さっきジョンがボクにやった“抜け道”と同じだよ」



 アンタッチャブルの近くでは、特殊フィールドによって一切の飛行能力が封印されるため、飛行して接近することはできない。

 だが、真上から勢いを付けて急降下するのであれば、それは

 あくまでもそれはただの“落下”なのだから。



「ヤツの弱点は瞳だ。ボクとキミの2人で同時に左右の瞳を貫き、地面に叩き付ける。そのための手段も既に揃っている」



 そう言って、スノウはジョンに高振動ブレードを手渡す。

 一切の装甲を無視して固定ダメージを与える高振動ブレードならば、アンタッチャブルがどれほど強靭な装甲を持っていようが貫通できる。なんといっても、クロダテ要塞の天井を突き破ったほどの万能工具だ。


 ブレードを受け取ったジョンは、わずかなためらいを見せた。



「……ぼくでいいのか? 正直、きみと動きを合わせられる自信がないんだ」


「はぁ……まったく。あのさあ、フォーメーションっていうのは、技量が同程度の相手と組んでこそ意味があるんだよ。まあジョンはボクには及ばないかな、うん。だから同程度というには語弊があるけど……」



 スノウは軽く笑って、親指を立てた。



「ボクがこれまで見た中で、一番ボクに近い腕前はキミだ。だからボクはキミと組む。さあ行くぞ、ボクとキミとのぶっつけ本番フォーメーションだ!」


「……うん!」



 そして2人は下向きにバーニアを入れ、本日2度目の崖下への急降下を開始する。猛烈な速度で流れゆく崖の断層。



「まったく、今日はよく自由落下する日だ。これで4度目か5度目かな? これだけ落ちたことはボクの人生で初めてだ」


『普通の人生を送っていれば、0回か多くて1度だと思うんですけどねえ』


「安心しなよディミ、多分最高記録は更新されるぞッ!」


『騎士様といると退屈しませんね。ありがたくて涙が出そうですッ』



 遠ざかりつつあったアンタッチャブルが、みるみる大きさを取り戻していく。

 アンタッチャブルは吠え声を上げ、足元に何やら黒い板を展開しようとしていた。


「ほーら、やっぱりな。悪い奴の考えることなんて、大体わかるのさ」


「悪い奴が言うと説得力があるね、スノウ!」


「お褒めに与り恐悦至極! いくぞジョン! クロスフォーメーションだ!!」


「任せろッ!!」


『レイドボス“怠惰スロウス慟哭谷の羆嵐アンタッチャブル・ベア”、ラストエンゲージッ!!』



 頭上を見上げて硬直する悪鬼の熊の双眸に、高振動ブレードを手にした蒼き閃光となった2騎のシュバリエが突き刺さる。



『GRRRRRRRRRAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!?』


「「『貫けええええええええええええええッッッッ!!!!!!』」」



 鋭角を付けて眼球へと突貫した2騎は、そのまま眼球レンズを叩き割ってアンタッチャブルの頭蓋を粉砕。

 さらに奥に詰まっていた電子頭脳をも破壊して、なお止まらない。

 アンタッチャブルの頭蓋の中でエックスを描くように交差して、再び頭蓋を抜けて後頭部を貫通する!



 世界が引き裂かれるかのような断末魔の声を上げるアンタッチャブルは、もはやグラビティシールドの維持どころではない。今度こそ真っ逆さまに崖下へと転落する。

 だがそうなれば飛行能力を失ったシャインとジョンもただでは済まない……。

 いや! 後頭部から這い出て、レーザーライフルを手にさらに追撃を繰り返す!



「あばよ、クマ公ッッッ!!!!!!」

「地獄の底に帰れッッッ!!!!!!」



 そしてアンタッチャブルの巨体が崖下の大地に激突。

 過たず計算された落下ダメージによって、HPゲージが枯渇する。


 ここに勝敗は決した。

 恐るべき怪物は、人間の手によって討たれたのである。




※※※※※※




 もはやピクリとも動かなくなったアンタッチャブルに銃口を向けたスノウとジョンは、ふうと息を吐いて腕を下ろす。


 アンタッチャブル諸共に崖下に落下したシャインとジョンの機体もまた、落下ダメージを免れなかった。HPがゼロになった機体は最後の力を使い果たし、活動限界を迎える。



 スノウは眼窩から血涙を流すかのようなアンタッチャブルの死に顔を眺め、小首を傾げる。物言うこともないその顔を見ていると、何故だか直接ヤツが語り掛けてきているような気がした。



 ――無様な勝ち方だな、羽虫。

   数を頼みに無理やりでもぎ取った、みっともない勝ち方だ。

   これではとても評価に値せぬ。まして冠位など以ての外。

   自らの無力に苦しみ、悔むがいい。



 身の毛もよだつような怨念に満ちた呪詛に、スノウはハンと鼻を鳴らして煽り返す。



「負け犬の遠吠えだね。いや、負け熊かな? 忘れてもらっちゃ困るんだけど、こっちはただの初期機体なんだよね。そんな機体に負けて恥ずかしくないの? まあ震えて待ってなよ。じきに装備を整えて……“正規ルール”で叩き潰してやる」



 悔し気なアンタッチャブルの唸り声が遠ざかっていく。


 これはただの独り言。撃破されたエネミーがしゃべるわけもない。

 ディミはそんなスノウを、何も言わずじっと見つめていた。


 スノウはふっと息を吐くと、ディミに尋ねる。



「ねえ、ディミ。あいつのHPゲージの上に出てた“0/10”って数字。あれは“定員数”でしょ。10人以内の挑戦者で倒せば、何かが起こるという意味だと思うんだけど……違うかな?」


『ご推察の通りです』


「つまりボクたちは奴との勝負には勝ったが、このレイドボス戦を仕組んだ何者かとのゲームには“負けた”わけだ」


『そう表現することもできます』



 ディミの言葉を聞いたスノウは、コックピットの中で笑い声を上げた。

 フフフ、ハハハハハ、アハハハハハハハと無邪気に笑い続ける。



「ああ、悔しいな。すごく悔しい。全然足元にも及ばなかった。なにせ“281/10”だもんな。281人がかりでなりふり構わず殴りかかって、なんとか辛勝できた程度だもんな。そりゃダメだ。全然ダメだ。ちっとも及んでない」


『騎士様……?』


「よかったよ、安心した。本当によかった」



 スノウは笑いすぎて零れた涙を指先で拭い、グッと握り潰した。



「これが初めて2日でボスに楽勝できるような“ヌルゲー”だったらどうしようかと思ってたところだ。もしかしたらもうログインしなかったかもしれない。ああ、よかったよ。まだまだボクに勝てない敵がわんさかいて、ボクを見ている“何者か”は今のボクでは届かないハードルを設定している……」



 瞳に闘志をみなぎらせて、スノウは笑う。



「上等だよ、やってやろうじゃないか。吠え面をかかせてやる。強い装備とパーツをかき集めて、手当たり次第に殴り込んでやる。このゲームをとことんまでしゃぶりつくして、征服してやる。“誰か”とボクのどちらが上回るか、勝負を付けよう。それまでついておいでよ、ディミ」


『……もちろんです!』



 そんなスノウの言葉を聞きながら、ジョンは目を見張っていた。


 飽くなき闘争心と未知への探求心。ここまでの情熱を注げるものなのか。

 その熱意は底知れず、自分にはとても真似ができそうにもない。


 だが……彼女の見ている景色の一片は、確かに垣間見られた。


 ぼくはこれで大丈夫。

 この身を待つ運命は恐らく厳しく、その道は平坦ではないだろう。だけどもう挫けることなく、まっすぐに歩いていくことができる。

 どうあるべきかの理想は、確かにこの胸の中に宿ったから。


 そんなジョンの胸の内を知ってか知らずか、スノウは訊いた。



「ジョン、楽しかった?」


「ああ。すごく……すごく楽しかったよ」



 ホログラム越しに親指を立てて、笑い合う2人。



「そうか。ああ、よかった。今度は恩を返せたんだな」



 やがてHPゲージがゼロになった2騎の姿が薄くなり、光となって消えていった。




【レイドボスMVP報酬:銀翼“アンチグラビティ”を入手しました】

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