第25話 ネバーギブアップ!
なんでそんなことをしたのか、自分でもわからない。
ただそのときジョンの心を満たしていたのは、激しい怒りだった。
すべてを諦めてアンタッチャブルの砲撃を受け入れようとしたスノウを見た瞬間、激情に突き動かされたジョンの体は勝手に機体を全力で動かしていた。
――何を勝手に諦めてるんだ。ぼくをここまで巻き込んでおいて、自分勝手に。
ぼくにゲームの楽しさを教えてくれるのではなかったのか。
お前が見ている世界の一端でも、ぼくに知らしめてくれるのではなかったのか。
こんなわけのわからない巨大な熊なんかに見下されるだけ見下されて、負けを認めるのがお前の言う“楽しさ”なのか?
これではぼくがこれまで見てきたものと同じ。
理不尽に見下され、侮蔑され、軽視される環境と何も変わらない。
そんなはずはない。
これが“楽しさ”であるのなら、その瞳は陽の光のように輝いてはいないだろう。
なら、君はまだ戦わなくてはいけないはずだ。
最後の最後まであがいて戦い抜いて、楽しさをぼくに見せないといけないはずだ。
「まだ終わるんじゃない、スノウ! “楽しさ”をぼくに見せるんだろッッッ!!」
叫びながら、バーニアを瞬間的にフルスロットルまで入れたジョンの機体が、その勢いを一点集中させて掌打をシャインの胴体に入れて打ち上げる。
父が病に倒れる前に得意としていた型、形意拳が龍形“龍砲”。
アンタッチャブルが展開する特殊フィールドは、あらゆる実弾兵器と飛行能力の使用を禁止する。だが、これは飛行ではない。
上空へと吹き飛ばされているだけなのだから、飛行とはカウントされない。
『自分が飛行能力を封印しているのだから、万が一にもシャインが飛んで逃げることなどありえない』。
アンタッチャブルのその大前提を突き崩し、鋼鉄熊の顔の横を通り越してシャインが吹き飛んでいく。自分の能力に絶対の自信があったからこそ、意表を突かれたアンタッチャブルは呆然とそれを見送るしかない。
超火力故に一度放てば自分ですら途中で止めることができないグラビティキャノンを放ち始めていたことも、アンタッチャブルの裏目に出ていた。
既に大ダメージを受けていたシャインが“龍砲”に耐えられるかどうかが一番の賭けだったが、どうやら自分はその賭けに勝ったようだ。
侮蔑だけが浮かんでいた瞳に驚愕を滲ませるアンタッチャブルに、ジョンはニヤリと嗤い返した。
「ざまあみろ熊野郎。何もかも思い通りにいくもんか。これが人間様の底力だ」
『GRRRRRRRRRRRRAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!!!!』
愚弄されたと感じたアンタッチャブルが、憤激のままにグラビティキャノンを発射して、ジョンの機体ごと砲台制御施設を分子の塵へと変える。
(さあ、次こそ君の番だぞスノウ。今度こそちゃんと、良いところ見せろよ)
※※※※※※
空中に打ち上げられて崖下へと転落したシャインは、アンタッチャブルの特殊フィールドの影響範囲内から出たところで急制動を掛け、態勢を整えた。
スノウが見上げる遥か頭上には、アンタッチャブルの巨体が見える。
「くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」
スノウは激情を抑えきれず、コクピットに両手を叩きつけた。
「ボクが! ボクとしたことが諦めたッ!! 理不尽な暴力に、見下した目に膝をついて、
――“楽しさ”をぼくに見せるんだろッッッ!!
「借りを作らされたッ! もう二度と……二度とゲームで誰にも恩なんて作りたくなかったのに! 今度こそ自由気ままにひとりで遊ぶと決めたのにッ!!」
コクピットに顔を伏せたスノウは、肩を震わせてうずくまった。
一分……二分……そのまま微動だにすることなく、時間が過ぎる。
やがて顔を上げたスノウは、静かな口調で呟いた。
「このままじゃ済まさない。返せない恩なんて作れないし、見下されたまま終わるわけにはいかない……」
パンッ! と音を立てて自分の顔を叩き、気合を入れ直す。
それから深呼吸して、少しためらいながら
【装備:サポートAI ディミ】
ぽんっと音を立てて空中に現れたディミは、きょろきょろと左右を見渡す。
『あれっ!? まだ撃墜されてない! 絶対やられたと思ったのに!』
「まあ、おかげさまでね」
『……ジョンさんは?』
「彼のおかげさま、だよ」
『そうですか……』
スノウは軽く息を吸い、方針の変更を告げる。
「砲台作戦は失敗だ。あれじゃアンタッチャブルは倒せない。別の作戦を取る」
『何か他に案が?』
「ある。でもボクひとりじゃ無理だ、ペンデュラムに応援を要請する」
『わかりました。……ああ、そうそうその前に』
ディミは小首を傾げる。
『さっきなんで私をOPから外したんですか?』
「……前に言ってただろ。『死ぬほど痛いのに死ねない苦しみがわかるか』って。ボクにとってはこれは痛みもないゲームだけど、キミにとっては紛れもないリアルだ。誰だって痛いより痛くない方がいいだろ? 僕には“
『へえ! 騎士様にも少しは人の心があったんですねぇ!』
「うるさいな。ボクはゲームとリアルの区別が付いてるだけだよ」
『えっへっへ、照れなくていいんですよぉ~』
ディミは肘でうりうりとスノウの腕を突いてからかう。嫌がるスノウの顔をひとしきり眺めて普段の溜飲を晴らしてから、何でもないように言った。
『でも次からそんな気遣いはいりませんからね。何もしなくていいです』
「……なんでだよ。痛い方がいいの?」
『痛いのはもちろん嫌ですよ、当たり前でしょう?』
でも、とディミは続ける。
『私は騎士様の“相棒”ですからね。相棒であれば苦しいのも楽しいのも共にするものですよ。もちろん、悔しさもね。負けるときは一緒です、違いますか?』
「…………」
『まあ、負けないに越したことはありませんけどね! だから騎士様、私を逃がそうなんてするヒマがあったら、最後まであがいてくださいよ? お願いしますね』
「ちぇっ、わかったよ。わかりましたよ。まったく、気を回して損した」
スノウがべーっと舌を出しておどけると、ディミはお腹を抱えて笑った。
ふたりでしばらくはしゃぎ合う。
いつしかスノウの肩からは、重苦しい気負いが抜けきっていた。
「さてと。では改めて、ペンデュラムに応援を要請する。通信を入れてくれ」
『了解しました』
※※※※※※
ホログラム通信に浮かぶペンデュラムは、腕を組んで尋ねる。
「首尾はどうだ?」
「25%ほどダメージを与えたけど、砲撃を防がれて致命傷には至らなかった。まだピンピンしてる」
「で、あろうな。正直アレで倒せるのであれば、もう誰かが倒している。これまで誰にも倒せなかったのは、伊達ではない。それで……代案はあるのか?」
「あるけど、ボクだけじゃ無理だ。ペンデュラムに頼みたいことがある」
「……聞こうか」
スノウは居住まいを正し、真剣な瞳で言った。
「クロダテ要塞を崩落させたい。力を貸してくれ」
「またしても突飛なことを言い出したな……。その心は?」
「調子に乗ったクマ公を地べたに叩き落とす」
「なるほど……そういうことか」
実弾兵器は通じず、ビーム兵器もグラビティシールドで防がれてしまうのであれば、もはや兵器による攻撃で葬ることはできない。ならばどうするか?
「環境ギミックを利用する。クロダテ要塞を崩落させて奴を崖下に叩き付ければ、さすがに大ダメージは逃れられないということだな?」
「そう。落下ダメージは実弾兵器でもビーム兵器でもないからね。グラビティシールドでの減衰も不可能だ」
『えっ!?』
ディミは驚愕を顔に浮かべた。
そんな……!? このふたりの意思が通じている!?
ディミの驚きを他所に、ペンデュラムはとんとんとこめかみを叩いて難渋を示す。
「ううむ。しかし、それはな……。要塞を破壊してしまってはここを攻めた意義がなくなってしまうぞ。いくらなんでもそれはまずい」
「レイドボス撃破の功績じゃ埋め合わせはできないかな? ドロップ素材で何か新兵器とか作ればいいじゃん」
「確かにそれは欲しいが……」
レイドボスを撃破して得られた素材でクランの技術LVを上げることができれば、新兵器やパーツも開発可能になる。そうなれば【トリニティ】内でのペンデュラムの発言力も上がるだろう。しかしそれはあくまでも皮算用だ。
「要塞を破壊することのデメリットも大きい。提案は受け入れられないな」
「くっ……」
スノウは悩んだ。悩みに悩みまくった。
なるべくならやりたくはないが、ジョンへの恩義がある。それを返さないまま引き下がることはできない。
(かくなるうえは……やるしかない!)
ボクの最強の必殺技……色仕掛けを!!
スノウは両手を胸の前で組むと、ウルウルとした瞳で上目遣いに訴えかけた。
「お願い、ペンデュラム! ボクのお願いを聞いて! あと2、3回ほど連続で出撃に付き合っても構わないから!! ボクのために要塞をぶっ壊すのを手伝って! あ、もちろん料金はちゃんといただきます」
『それは騎士様が新しい仕事を得られるだけで、何も損してませんよね!?』
こんな太えお願いがあるかよ。世の中ナメすぎではなかろうか。
ほら見ろ、さしものペンデュラムもうむ……? と考え込んでるじゃないか。
「……いや、待てよ。2、3回……か。フフ……そういうことか」
『えっ?』
えっ?
「あいわかった! いいだろう、俺になしうる全力を以て、要塞を破壊してやろうではないか」
「やったぁ! ありがとう、ペンデュラム!!」
「ククク……礼には及ばん。貴様にはしっかりと働いてもらうからな」
『えぇ……マジかよ』
わけがわからなさすぎて理解を放棄したディミを他所に盛り上がる2人。
「では、勝利をここに誓って!!」
「ああ、今度こそ勝利を!!」
※※※※※※
「聞いての通りだ。これより我らはクロダテ要塞を破壊する!」
スノウとの通信を終えたペンデュラムに、恐る恐る副官や参謀が疑問を挟む。
「あの……本当によろしいのですか?」
「そうです、要塞を破壊しては戦略が崩れてしまいます」
「要塞を再占領して、周囲のエリアへの睨みを聞かせるのが目的だったのでは」
「やれやれ……お前たち、もっと視野を広く持て」
呆れた表情のペンデュラムは、クロダテ要塞の周辺エリアのマップをもう一度よく見るように告げた。
「クロダテ要塞を占領する意義は、確かに周辺エリアへの攻撃をたやすくするためだ。クロダテ要塞は地上からは攻めにくい難攻不落の基地であり、ここを拠点に航空戦力を展開すれば周辺エリア攻略は有利になる。だがそれも航空戦力が充実していればの話だろう?」
「確かに私たちの軍は航空戦力は乏しく、地上部隊がメインです」
「そうだ。ならば占領したクロダテ要塞にこもるよりも、いい手がある」
ペンデュラムの指摘に、副官はハッとした表情になった。
「そうか! 2、3回の出撃というのは……この後に電撃戦を仕掛けて、クロダテ要塞付近のエリアをどんどん奪ってしまおうという提案なのですね!?」
出来の悪い生徒がやっと理解できたかと言わんばかりに、ペンデュラムは笑みを浮かべた。
「その通りだ。クロダテ要塞周辺のエリアは平地ばかりだからな。我々の地上部隊を活躍させるなら本来こういう地形が望ましい。そして周辺エリアの制圧さえ終わってしまえば、クロダテ要塞はもはや無用の長物。いや、再占領されたときの厄介さを考えるならば……」
「いっそこの場で破壊してしまった方が、後顧の憂いを断つことになる……!!」
「そういうことだ。故にクロダテ要塞はアンタッチャブルの墓標として利用する」
おおおおおっとどよめきながら、副官や参謀たちは目を輝かせた。
「さすがはペンデュラム様です! 我々の理解の浅さをお許しください!」
「あの短いやりとりで、そこまでの戦略を共有されていたなんて!」
「お2人で薄い本を書いてもいいですか!」
ペンデュラムはフフッと苦笑を浮かべる。
「俺とてシャインに言われるまで気付かなかった視点だ。まったく、シャインときたら戦いに強いだけでなく、戦略眼にも秀でているとはな……! どれだけ俺を驚かせれば気が済むのか……やはり奴は俺の傍に必要な人材だ。あと薄い本は勘弁しろ」
その謙遜の言葉に、さらに盛り上がる部下たち。
「ペンデュラム様、謙虚!」
「これはエモい! シャインさんがメイドになったら張り切って指導します!」
「薄い本がダメならSSをブログにアップしますね!」
大丈夫なのか、こいつら。
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