第105話 ニコニコ笑顔で地雷原をスキップ!
確定申告で時間食われて投稿時間に間に合いませんでした(懺悔)
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『この戦闘が終わったら、ゆっくり話そう』
撃墜される間際、オクトから入ったプライベート通信。
スノウがリスポーンして再戦を挑むことを選ばなかったのは、その通信のためだった。
元より勝利への執着心が強いスノウが、1度撃墜されたくらいでそうそう諦めるわけがない。むしろ即リスポーンしてボロボロのオクトを背後から殴り倒し、「はい1対1ー! これで引き分けだからー!」とか無茶な強がりを口にして、食い下がる姿が容易に想像できる。
本人もよっぽどそうしたかったのだが、退場する直前にオクトからの通信が入ったので考えを改めたのだ。
オクトの真意を確かめる。
そして、【シャングリラ】のメンバーが今どこにいるのか。
2年前のあの日、何があったのか。
喉から手が出るほどほしかったその情報を得ることは、スノウにとって目先の勝負よりもずっと価値があることだった。
「しかしここかあ……。オクトってお金持ってんだなあ」
そう呟きながら、あまりにリアルに……いや、現実ではありえないほどに豪奢を極めた摩天楼を見上げる。
五島クリスタルホテル。
国内最大の企業グループ、五島重工がVR世界で運営する巨大施設だ。
ホテルと名は付いていても、VRポッドによるログインにはプレイヤーの健康面を鑑みて制限時間が設けられているから、実際にこのホテルに宿泊できるわけではない。
その代わりにブランドの看板を掲げた高級レストランやラウンジ、コンサートホールにプール、およそ娯楽と呼べるものは何だって揃っている。そしてその利用額が目玉が飛び出るほどの高額なのは言うまでもない。
ここはホテルを模した上流階級の社交場なのだ。
以前ペンデュラムとのミーティングでスノウも中に入ったことがあるが、彼女の常識からはまったくかけ離れたゴージャスな空間だった。
あのときは顔に出さなかったが、本当は結構ビビっていたりする。虎太郎の実家もまあこのご時世に中流といって差し支えないが、それにしたってまったく身に慣れない空間だった。
前回はペンデュラムが迎えとしてシロを寄越してくれたので、彼女の後ろをついて歩くだけで中に入れたのだが、今回は特に迎えもいないらしい。
貧乏人お断り!
建物自体からにじみ出る金持ちオーラに気圧されたスノウは、意味もなく建物の様子を遠目からうかがいながら、その辺をしばらくウロウロしてみた。
本人はただの通行人ですよー、ここに居合わせたのは偶然ですよーみたいな演技をしながら様子をうかがっているつもりだが、誰がどう見ても圧倒的に怪しかった。ほら、守衛AIが怪訝な顔をしながらこっち見てるぞ。
「うーーーーーーっ……」
スノウはぴしゃっと頬を叩いて、気合を入れた。
ええい、こうやっていても埒が明かない。
ボクは招待された側なんだぞ、何か言われたらtako姉が悪いって言えばいいや。
そう割り切ったスノウは、自分を鼓舞しながら超高級ホテルに足を踏み入れた。
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フロントでオクトの名前と個室番号を提示すると、名前を尋ねられたのちにすんなりと案内してもらえた。
貧乏人は帰れ! なんてけんもほろろに追い返されるのではないかと内心ビクビクしていたスノウは、案内してくれるボーイAIの後ろを歩きながらほっと薄い胸を撫で下ろす。
……なんかこの子は金持ちに対して異様に偏見を抱いているようなのだが、一流のホテルマンがそんな配慮に欠けた対応をするわけがない。誰の関係者なのかもわからないのだから、相手がどんな見てくれだろうがまずは丁重に扱うのが当然。
おやおやスノウライトさん、自信たっぷりにメスガキムーブできるのは戦ってるときだけなんですかぁ?
とはいえ、今のスノウは大分素の虎太郎に戻っていた。
何しろついにtakoと再会できる。【シャングリラ】にいた頃は、本当によくしてもらった。
指導と戦ってるときはとても怖かったけれど、ログアウトしているときはいつもニコニコと目を細めて、楽しく遊ぶみんなを見つめていた。
年齢的には10歳上のお姉さんだったけれど、虎太郎は内心では優しいお母さんのように慕っていたのだ。
……今はどうかな、と廊下を歩きながらスノウは思う。
なんだかとても厳めしい老人のアバターになっていて、集団に対して檄を飛ばしていたようだった。『
『前作』ではリアルとさほど変わらない姿だったから、虎太郎はその可憐ともいえる顔立ちと鋭い戦いぶりのギャップにカッコよさを感じて、シビれていたものだが……。
“魔王”と呼ばれるなら、やっぱり今の姿の方がそれっぽい気はする。
でも、あのおじいちゃんの姿で優しいお母さんみたいなムーブされたら……。
その光景を想像して、スノウは思わず吹き出してしまう。
きっとあの頃みたいな対応はされないだろう。
それはそれで寂しいのは確かだ。でも、人は変わっていくものだから、関係性が変わってしまうのは仕方ない。
ゲームの中では無理でも、リアルで会えたらまた優しく抱きしめてもらえたらいいな……。
「こちらでございます」
「ど、どうもありがとうです」
目的の部屋の前で、ボーイAIが深々と一礼する。
相手がAIだろうと普段人から頭を下げられ慣れていないスノウは、若干噛みながら頷いた。
コンコンとドアをノックする。
「tako姉? 来たよ」
その途端、バンッと音を立てて扉が勢いよく開き、スノウの顔が柔らかい何かに包み込まれた。
「!?!?!?!?」
「きゃーーーー! シャインちゃん、久しぶり~!! 元気にしてた? 病気とかしてなかった? ちゃんと高校卒業できた? お腹空いてない? 眠くない?」
そう言いながら相手はぎゅーーっとスノウを抱擁し、すりすりと頬ずりしながら頭をいいこいいこと撫でまくった。
ふわっ……といい匂いが、スノウの鼻を刺激した気がする。
このVR空間で、相手の体臭なんてするわけがないのに。
だとしたら、それはきっと記憶の中から薫った匂いに違いない。
かつて、このような長身の女性に抱きしめられ、胸元で抱擁してもらった経験が確かにあった。
「……うん。
そう返しながら、スノウはぎゅっと相手にしがみつく。
目尻に浮かんだ雫を見られないように。
相手の胸元に顔を寄せてうっすらと流れかけた涙を拭い、スノウは顔を上げた。
「ただいま、tako姉」
「お帰りなさい、シャイン」
その顔は2年前と変わらない、優しいお姉さんのままだった。
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「何飲む? ここのホームバー、とっても充実してるから何でもあるのよ~。あ、シャインちゃんはココア好きだったわよね。久しぶりに作ってあげよっか?」
「んー、今は夏だからいいよ」
「あら、そうね~。空調がついてるポッドも多いから、基本夏でも冬でも関係ないけど……。やっぱり季節感ってあるし。じゃあオレンジジュースにする? それともレモネードがいい? クリームソーダもあるわよ~」
「tako姉と同じのがいいな」
「そう? じゃあレモネードにするわね。ここのは美味しいのよ、旬の瀬戸内レモンの味を完全再現してるんだって」
ウキウキと弾むような声で、オクト……いや、takoはスノウのためにホームバーで飲み物を作っている。
エプロン姿の彼女は、その作業ができることが嬉しくて仕方ないようだった。
まるであの頃に戻ったみたいだ、とその姿を見ながらスノウは思う。
その姿はあの頃のtakoと同じ。
あんまり変わっていない、どころではない。完全にまったく同じだ。オクトが『前作』のアバターで使っていた、takoのアバターそのままだった。
リアルでの彼女に似た、可憐で温厚な顔立ち。
身長もほぼリアルと変わらない、女性にしては長身なタッパ。リアルと手足の長さが変わると戦うときに勘が狂うとか言っていたと思う。
髪の色はピンク色だが、髪型も2年前のtakoと同じで流れるような長髪を腰のあたりで束ねている。
服装は白いブラウスにグレーのスカート。それに黄色いエプロンを着けていて、とても似合っていた。
一見すると春の妖精を思わせる、優しく可愛らしい女性だった。
「そのアバター、さっきの戦闘が終わってから用意したの? さっきはおじいちゃんだったよね」
「そうよー。あっちの方がみんな素直に命令に従ってくれるから。でも、シャインちゃんと会うんだから、やっぱりふさわしい格好じゃないとね~」
「そっかぁ。やっぱり、tako姉ってそういう格好いいおじいちゃんが好きなの?」
「やっぱりって何~? 単に、戦ってるときの私に似合うのはこういうアバターだなって思っただけよー」
そう言いながら、takoはレモネードのグラスを両手に持って戻ってくる。
「はい、めしあがれ」
「ありがとう」
takoが勧めてくれるレモネードに口を付ける。
とても爽やかで、酸っぱいけど甘い。なんだか夏っぽい味だなと思った。
「あんまり瀬戸内レモンって食べたことないけど、おいしいね」
「そうねえ。私たち海には近いところに住んでたけど、内海じゃなくて太平洋の方が馴染みがあったものね」
「うん」
故郷の話題に一瞬触れて、スノウは話を続けようか迷う。
あの日何があったのか。takoは、みんなは、今どうしているのか。
何故僕を置いて、みんないなくなってしまったのか。
しかしそう切り出す前に、takoは話題を変える。
「シャインちゃんはどうしてたの? 今も“特区”にいる……わけじゃないわよね」
「ああ、うん。高校は卒業して……」
そう言って、スノウは周囲にちらりを視線を向ける。
ネットの中で身バレするような情報は絶対に口にするな。
あまりにもネット文化に対して無知な虎太郎に、師匠のひとりが口を酸っぱくして言っていた。takoと再会して、スノウはその教えをにわかに思い出す。
いつも病室の向こうから、モニター越しに話しかけてくれた少女の言葉を。
そんなスノウを見て、takoは軽く笑った。
「大丈夫、ここは防諜はバッチリ。プライベートは完全に保証されているから、何を言っても外には漏れないのよ~。五島のお偉いさんが商談や後ろ暗いお話にも使うくらいなんだから。……まあ数少ない例外はいるかもしれないけど……気にしなくていいわ~」
ちらりと虚空に視線を投げかけてから、takoは幼子を安心させるように頭を撫でる。
スノウは気持ちよさそうにその手を受け入れ、かつての虎太郎と同じようにニコッと素直な微笑みを浮かべた。
「うん。高校は卒業して、東京に出てきたんだ。今は私大に通ってる」
「へえー。どこの大学?」
「えっと」
虎太郎が大学の名を告げると、takoはポンと両手を鳴らして嬉しそうに笑った。
「まあ、有名どころじゃない。偏差値も国立と並んでるし、シャインちゃん頑張ったのね~」
「……うん」
そう言って、スノウははにかんだ笑みを浮かべた。
そんなスノウの頭を、いい子いい子とtakoが撫でる。
いつか、takoたちに褒めてもらいたかった。故郷を離れて、自由に巣立てたことをよくやったねと言ってもらいたかった。
大学合格が決まったとき、両親はひどくがっかりした顔をしたものだ。
地元の国立大学を受けろ。いい成績で卒業して、地元に就職しろ。
自分たちの敷いたレールから外れるな。すべてお前のためにお膳立てしてやったんだ。そうしないと人生の落後者になるぞ。
常々虎太郎にそう吹き込んできた両親は、地元の国立大学に落ちたけどセンター受験で東京の有名私大には合格したという息子に、浪人して来年もう一度地元の大学を受けろと言い放った。この出来損ない、という言葉は今でも耳の奥に残っている。よくやった、頑張ったね、そんな言葉は一切なかった。
冗談じゃない。
それじゃ何のためにわざと地元の大学を落ちたのかわからない。
貴方たちから自由になる絶好の機会を奪われてたまるか。
虎太郎は全力で立ち回った。親戚を回って頭を下げて、親と警察に隠れて“特区”の外の親戚に何とか連絡を取り、涙ながらに苦境を訴えた。
そしてなんとか同情してくれる親戚を見つけて、奨学金制度に申し込み、検問の目をくぐり抜けて本土にたどり着いた虎太郎は、東京の六畳一間のボロアパートに転がり込んだのだ。
すべては親から自由になりたい一心で。
そして、“特区”のあまりにも歪んだ思想に何の疑問も抱かなかったかつての自分に、新しい世界を教えてくれた恩人たちにもう一度会うために。
……やっと報われた。
会いたくて仕方なかった仲間たち。その中でも、一番会いたかったトップ7のひとりに頭を撫でてもらいながら、虎太郎は微笑む。
「tako姉がいるってことは、みんなもいるんでしょ? バーニーにはもう会ったんだ。なんか小っちゃくなってたけど、相変わらず元気だったよ。ハルパーやエコーはどこ? エッジはどっかに引きこもってそうだよね。教授はやっぱりあんまりログインしてなかったりするのかな。でもあの人、ロボットとか好きそうだから案外ノリノリだったりして」
ぴたり、と頭を撫でるtakoの手が止まった。
そんな彼女に向けて、スノウはニコニコと無邪気な笑みで続ける。
「ねえ、【シャングリラ】はいつ再結成するの?」
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