EXTRA ARCHIVE 鈴夏の雑念まみれランニング

気が向いたので日曜日ゲリラ投稿! こっそり昼にも投稿しちゃいます。

夜の定時投稿もありますのでそちらもよろしくお願いします。

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 チュチュチュン、チュチュチュン!



「うー……うーるーさーいー……」



 枕元でけたたましく鳴き声をあげる小鳥の囀りに、鈴夏は眠そうな声を上げて寝返りを打つ。



 チュチュチュン、チュチュチュン! チュンチチュンチュン!!



「ううー……」



 延々と鳴き続ける小鳥の声に根負けして、ついに体を起こして枕元をごそごそとまさぐった。スマホを操作して、アラームをOFFに。

 小鳥の鳴き声が止まり、静寂が戻ってくる。窓の外から、本物の雀の声が小さく聞こえた。


 眠いけど、もう6時だし起きなきゃ……。


 ずるずるとベッドから抜け出す。

 鈴夏はアラームを鳴らしてもなかなか起きないが、一度ベッドから出てしまえばすっきりと目が覚める方だ。

 そもそも実家にいた頃は毎朝5時に起きていたのだから、随分と怠け癖がついちゃったなと自分でも思う。


 顔を洗い、ジャージに着替える。ドライヤーで寝癖も少しだけ整えておく。

 朝食はまだ食べない。これからランニングに行き、公園でストレッチと型の練習をして、帰ってきてから食べるつもりだ。


 ふと部屋の隅のカーテンを見て、少し顔を赤らめる。



「まさか警察を呼ばれるなんて……」



 昨日ログアウトした後で警察が自宅を訪ねてきたことを思い出して、鈴夏は恥ずかしさに身をよじる。

 どうやらVRポッドをしっかりと閉じていなかったらしく、ゲーム中で柄にもなく「死ねー」と叫んだのが近隣一帯に漏れてしまっていたらしいのだ。しかもそれが殺意に満ち溢れたドスの効いた声だったと言われ、恥ずかしさも2倍である。


 幸い優しいおまわりさんだったので「ちゃんと防音して遊ばないといけませんよ」とお説教を受けただけで済んだのだが、鈴夏はいたたまれない気持ちでいっぱいだった。これからはVRポッドを閉めたのを絶対に確認するぞ、と心に決めている。



「いってきまーす」



 誰もいない部屋に小さく声をかけて、鈴夏はボロアパートの自室を出る。

 ちらっと隣の部屋の玄関のドアを見たところ、カギがかかっているようだった。まだ隣人は眠っているのだろう。朝にトレーニングする習慣はないのかな。


 朝のランニングの時間は、いろいろ考えごとをするにはもってこいだ。

 どこからかトースターがチンとなる音と、パンの匂いが漏れてくる。空腹を誤魔化すように、走りながら鈴夏は思いを巡らせた。


 昨日はいろんなことがあった。

 隣人の男の子と出会い、ゲームの中でとんでもなく強い女の子と戦って、びっくりするくらい大きなクマをやっつけて、おまわりさんに怒られて、隣人の男の子と一緒にトレーニングする約束をした。


 あの女の子、スノウは本当に強かったなと考える。

 ゲームの腕前だけの話ではなく、心も強い。あんな無茶苦茶な遊び方をしたらとんでもなく多くの敵を作ってしまうだろうに、彼女はそうして敵を作ることすら楽しんでいるように思えた。

 他人から嫌われたって構うことなく、自分が楽しいと思うことを優先する思考。その強さは自分には欠けていたもので、だからこそ彼女の行動は鮮烈だった。他人の顔色をうかがってびくびくと生きていた自分とは全然違う。


 そしてそんな眩しい少女が、自分なんかに目を留めてくれたのも嬉しかった。こんな自分のことを、いつか彼女に匹敵するほど強くなれるかもしれないと言ってくれた。

 彼女はきっと腕前が強くなると言っていたのだろう。しかし鈴夏には……ジョン・ムウには、心も強くなれるとエールをもらったような気がした。


 いつかあの子ともう一度会いたいなと思う。



 あのレイドボスとの戦いの後、ジョンは【アスクレピオス】をクビになるのではないかと覚悟していた。レイドボスを倒すためとはいえ、待機命令に違反して勝手に動き、味方機を撃墜して砲台を占拠してしまったのだ。裏切り者として追放処分を受けても何もおかしくはない。

 事実、総指揮官は怒り心頭でジョンの追放を訴えていた。


 しかし【アスクレピオス】の上層部が記録されていたジョンの動きに目を留め、追放処分を差し止めたらしい。らしいというのは鈴夏をスカウトしたエージェントから電話口で聞いた伝聞だからなのだが、シャインと共に戦ったジョンを評価した人物がいたということだ。


 未だ誰も倒したことがないというレイドボスを倒して、【アスクレピオス】に新しい武器やパーツを解放したことが大きな評価点になったらしい。命令違反も総指揮官が真っ先に撃墜され、その後一切指揮をとらずにログアウトしたことで、そもそも総指揮官の能力自体に疑問が呈されているのだという。


 しかしジョンは“ヘルメス飛行中隊”に戻ることは許されなかった。上官がジョンの原隊復帰を断固拒否したのである。上官には元々嫌われていたが、同僚たちが腫れ物に触れるように二度と口をきいてくれなかったのは少々堪えた。


 今のジョンの身分は宙ぶらりんだ。みんなジョンをどう扱ってよいのか困っているそうだ。これから配置転換によって、一般兵に回されるらしい。

 父の容体や、今後の実家の道場の行方は見通しが立たず相変わらず不安だ。状況はさらに悪くなったと言える。……だが、それでもなんとか頑張ろう。


 スノウはジョンにゲームの楽しみ方を教えてくれた。

 それはきっと、このリアルにだって同じことが言えるのだ。


 何故なら鈴夏ジョンが暮らすこの西暦2038年の世界は、現実リアル仮想ネットが不可分なほどに混じり合ってしまっているのだから。




 鈴夏はふと顔を上げ、朝の住宅街の空を見上げた。

 そこには電線など一本も見当たらない。かつて鈴夏が生まれた時代には、日本の街の空には電線が複雑に通っていたのだという。

 電波による電力送信が実現された現在では、よほどの田舎にでも行かなければ街の空を覆って絡み合う電線など見ることはない。


 2020年代後半からの急速な文明の発展は、それまでの生活を一新した。


 7G通信網の整備によって秒間テラバイト単位の無線データ通信が可能となり、生活を支えるAIがネットに常駐し、ワイヤレス電力送信が実現した。VRポッドが生み出され、水素電池を搭載したエコカーが普及し、電柱は消えた。

 街は日々変容を続けている。

 そして街が変化するということは、人間の暮らしもまた変わっていくということ。


 今や大学生が毎日大学に通う必要もない。WEBを通じて自宅から講義を受けられるし、出席できなくてもアーカイブから講義を聞くこともできる。一部の古い世代の教授はリアルの生講義に拘っているが、淘汰も時間の問題だろう。

 今やVRポッドを使って講義をする大学すら登場しているというのに。


 まあ7G通信網はまだ不安定なところがあり、日によって6G通信網相応の秒間ギガバイト単位に落ちてしまうこともあるが……。WEBで講義を受ける程度なら、6G通信網でも十分だ。



 でもそんな時代に、リアルでしか営業できない拳法道場など存続させることに何の意味があるんだろうと鈴夏は思ってしまう。

 父の命は救いたいが、家業の拳法道場は閉じてしまってもいいのではなかろうか。元よりそんなに門下生がいたわけでもないのに……。



 ダメだダメだ、もっと気持ちが上向きになることを考えようと鈴夏は頭を振る。

 トレーニングはポジティブな気持ちでやるに限る。

 ポジティブなこと……楽しいこと……うれしいこと……。



(虎太郎くんって、結構筋肉あったよね)



 昨日抱きしめた虎太郎の思わぬ肉付きに、鈴夏はにへっと頬を緩めた。

 中学生の男の子みたいに思っていたのに意外に体は締まっていて、腹筋も硬そうだった。あれはかなり鍛えている。一見して華奢に見えるが細マッチョだ。

 可愛い顔立ちなのに筋肉は付いてるなんて、それは結構鈴夏の好みに近くて……。



「はっ……! だ、ダメダメ! 何考えてるの私!」



 鈴夏は真っ赤に茹だった顔をぺちぺち叩いた。


 出会ったばかりの男の子の感触を思い出してニヤニヤするなんて、こんなのエッチな女の子みたいじゃない。そんなことを考えちゃダメだよ。

 虎太郎くんはすごく純真そうだし、私が困ってると知ってありがたい提案だってしてくれたのに。そんな出会ったばかりの親切な後輩を邪な目で見るなんていけないことだよ。


 自分の好みの男の子像なんて、アバタージョンを作るくらいで満足しておかなきゃ、うん。

 ……でもあの子と一緒に稽古とか、考えただけでちょっとウキウキする。

 うん、これきっとポジティブ思考だよ。いい感じだよ。


 自らを納得させた鈴夏は、走りながらうんうんと頷く。



 そうだ、今日のお昼は虎太郎くんにおいしいお店を紹介しちゃおうかな。バイト代も入ったばかりだし。

 ちょっとおごっちゃって、先輩おねえちゃんとしていいとこ見せちゃおうかなぁ。



 にへにへと頬を緩めながら、鈴夏は朝の街角を走り抜けていく。

 その足取りは軽く、スキップするかのようだった。


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今後、本編の補足になるようなエピソードをエクストラアーカイブとしてゲリラ投稿していきます。

お楽しみに!

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