第32話 イキリメスガキシンドローム
スノウの背後から細い首を狙って繰り出される貫手は、必殺の威力。
パンチなどよりもはるかに高い貫通力を誇るその一撃は、リアルであれば頸椎損傷を引き起こして最悪死に至らしめる。その威力から多くの武道や格闘技で禁じ手に指定されている、致命の一撃だ。
VR空間であっても間違いなく死亡判定を引き起こすその一撃を、スノウは素早く反転して手首を掴み、逆手に返して少女の関節を
しかし少女は手首を掴まれた瞬間にもう片方の手で手刀をスノウの腕に叩き込み、それを察したスノウがすかさず手を放してヤクザキックを少女の腹に入れた。
前蹴りを腹に受けた少女だが、しかし少女故の体重の軽さを利用して後ろに飛び下がり、ダメージを殺す。貫手を前に突き出した構えで、ちろりと唇を舐めた。
「いい勘してるじゃねえか」
「そこまで殺気を駄々洩れにして、気付かないわけがあるかよ」
『殺気……殺気ってなんだ……?』
突然即死級の殺人技を繰り出した少女と、それをかわしたスノウの技の応酬に混乱しながらも、とりあえず突っ込むディミ。相変わらず理解不能であった。
「まあ端的に言っちゃうと、“違和感”かなあ。状況とか体内物質の分泌とかいろいろあるとは思うけど、今回の場合は……」
スノウは半身になって手を前に伸ばした構えでニヤリと嗤う。
「襲ってこないわけがないんだよなあ。これだけのパーツの山だぞ、尋常な手段だけで集められるもんじゃない。他のプレイヤーを襲って奪いでもしなけりゃ無理でしょ。他のプレイヤーを倒してからどうやってパーツをかっぱいでるのかは知らないけどね。コレクター欲を満たすためなら、そりゃ襲うだろ?」
『普通の人間は襲わねえよ、暴徒か?』
「でも襲ってきたじゃん」
「そこまで隙を見せてんだ、襲わなきゃ失礼ってもんだろ?」
礼儀の語義にケンカを売りながら、少女はにっこりと微笑む。あどけない顔立ちに浮かぶ野獣のような獰猛な闘志が、なんともいえない異様さを感じさせた。
自分よりもやや幼く見える少女のアバターを油断なく見つめながら、さあこの後どうしようかと考える。
まさかロボットVRアクションゲーで生身の格闘戦をすることになるとは思いもよらなかったが、先ほどのやりとりから察するに恐らくVR空間でもアバター同士の格闘戦は一般的な物理法則の元に成立する。
そして頸椎という急所を狙ってきたということは……。
「ジャアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
呼気を噴出して獲物に飛びかかる蛇さながらの鋭い声を出しながら、少女が一気に距離を詰めてスノウを襲う。前方に高速で跳躍する勢いを駆り、一直線にスノウの首元を狙う鋭い右手の一撃。
喉輪を極めて、身動きを封じる算段!
そうはさせまいと、その腕を左腕で振り払うスノウ。
しかし少女はそれを予期した動きでくるりと半回転しながら、遠心力の乗った左手でスノウの目を狙う。それをスノウが右腕でブロックし、一瞬止まった少女の腕を引っ掴んだ。
そのまま腕を引き寄せ、胸倉を掴むスノウ。
足を引っかけて体落としを狙おうとするが、すかさず少女が前に跳んでヘッドバットを繰り出し、スノウのこめかみに打撃を与えようとしてくる。
「チッ!」
少女が跳んだ勢いを逆に利用して、巴投げ!
その軽い体重からぽーんと空中に投げ上げられた少女は、カウンターへと頭から突っ込んでいく。
ドンッという鈍い音を立ててカウンターに激突する少女。
『やりましたか!?』
「やってない。受け身を取られてる」
ここが現実で少女が見た目通りの外見であれば、すぐさま救急車を呼ばなくてはならない状況。重篤な後遺症を残しかねない、勢いの乗った投げだった。
しかしスノウの言葉通り、少女は何事もなかったかのように体を起こし、ゆらりと立ち上がる。いや、何事もないことは言いすぎだ。少なくとも脚にはきている。
だがその表情は、歓喜と興奮に震える笑顔は、紛れのない凶相。
咥えてきたキャンディをガリゴリと音を立てて噛み砕き、ペッと棒を吐き捨てる。
「ククッ……こんないたいけな小学生に、随分容赦のない投げをするじゃねえの」
「何がいたいけだよ、急所ばっか狙いやがって。リアルなら破門だぞ」
「悪いな、ちょっと手違いでこんなアバターになっちまったもんでよ。オレも心苦しいんだが……一撃で殺してやるしかねえよなあ?」
キキッと楽しそうに喉を鳴らす少女。ふぁさっと帽子のウサミミが揺れる。
あどけないその口元から、ギラリと牙が輝くのが見え隠れする錯覚。
「なーにが因幡の白兎だよ。むしろサメの方じゃないの? 何てったってシャークトレードがお好きだもんね」
「オレはウサギさんだぜ? まあ撫でてきたら頸動脈を噛みちぎってやるけどよ」
そう言いながら少女はぷっくりした手をちょこんと頭に乗せ、うさぎさーんがぴょんっ♪ とお遊戯する仕草で煽ってくる。
『うわっ、煽るぅ……。ウサギはウサギでも、
「
スノウが得意とする投げ技は、基本的に相手の自重を破壊力に変える技だ。その点を考えると、体重が軽い少女などというのは非常に相性が悪い。
相手が何らかの格闘技を修めていて、高確率で受け身を取ってくるのであればなおさらのことである。
(貫手を使うことからして、空手……いや、合気道? 総合古武術という線も)
面倒だな、とスノウは歯噛みする。とんでもなくやりにくい相手だ。
思えばこういう攻めにくい局面を、かつては稽古のたびに味わってきた。高校時代にはそれこそ親友の家の道場で何度もこういった苦い試合展開を……。
「待てよ。因幡……
その言葉に、ぴょんぴょん飛び跳ねて煽っていた少女の動きが止まる。
まさか、と口にする。
「そっちこそ、その気味が悪いほどの勘の良さ……。まさか……シャイン?」
「じゃあ、キミは……バーニー?」
ぽかんとした表情でスノウが呟くと、バーニーと呼ばれた少女は目を輝かせた。
「マジか? 本当にシャインなのか……!?」
「そっちこそ、本当に!? 本当にバーニーなのか!?」
「おうよ! 嘘だろ、まさかもう一度会えるなんて……」
そこまで言ったバーニーは、視線を下げて自分のちんまりとしたボディを見た。
そして瞬間的に真っ赤に顔を染め、もじもじと縮こまる。
「み、見るなぁ!! このアバターは違う、違うんだ! 好き好んでこんなロリコンが喜ぶようなのを選んだんじゃなくて……!!」
バーニーが何やら言っているが、スノウは構わずにその体に抱き着く。
「バーニー! 生きてたんだな……!! よかった、本当によかった……。みんな君が死んだなんて言って、学校にも来なくなって……。ううっ……」
ぽたり、ぽたりと熱い液体がバーニーの頬を濡らす。
「シャイン……?」
スノウは膝を折り、すがりつくようにバーニーに抱き着く。
まるで少しでも手を離せば、幻のごとく消えてしまうのではないかというように。
「ばーか、オレがそうそう簡単に死ぬかよ。なんたって、オマエのダチだぜ? 何度一緒に死線を潜ったと思ってんだ。死んだとしても化けて出てやるさ」
バーニーは軽く鼻を鳴らすと、ぐすぐすと音を立てるスノウの頭を撫でた。
女子小学生が、少し年上のお姉さんを慰めているような不思議な光景。
「ただいま、シャイン」
「おかえり、バーニー……」
そんな仲の良い姉妹のような2人を、ディミは戦慄した顔で見ていた。
『メスガキが2人に増えた……!?』
【学名】ネカマメスガキ
ネットゲームに生息し、愛らしい少女に擬態するホモサピエンスの亜種。
極めて攻撃性が高く、呼吸をするように煽る。
一部の学説では、これは求愛行動の一種なのではないかとも言われている。
同類と出会った場合、激しく敵対するかべったり仲良くするかに反応が分かれる。
仲の良いネカマメスガキの交友関係を百合と呼ぶかBLと呼ぶかについては、研究者の間でも激しく議論されている。
研究者仕事しろよ。
※※※※※※
バーニーの中の人は、名を
虎太郎の高校時代の同級生でもある彼は、高校生になるまでゲームをやったこともなかった虎太郎にゲームを教え、この道に引き込んだ親友でもあった。
今はこのゲームの運営会社にバイトとして雇われているのだという。
『この人が諸悪の根源ですか……』
「大恩人だよ?」
「よせやい、照れるじゃねえか」
ひょいぱくと口に運んだマシュマロをカフェオレで流し込みながら、バーニーは帽子のウサミミを揺らしてまんざらでもなさそうに笑った。
「バーニーの家は古武術の名門で、たしかどこかの……まあお金持ちの家で一族代々ボディーガードを務めているくらいの腕利きなんだよ」
「ああ、
「ボクも一時期バーニーの家に通って、技を教えてもらったっけ」
「ああ、アレな。柔術の技を少しだけ教えたが……」
バーニーはさらにマシュマロを掴み、ひょいぱくと次々に口に投げ込む。
「VRゲームで使いたいからリアルで技を教えてくれ、なんてやつ初めて見たわ。しかも敵の武器を奪って戦いたいから素手で頼む、とかぬかしてさぁ」
『……何やってるんですか、騎士様? 昔から頭おかしかったんですね』
「いやだって、ゲーム内で技を覚えたら
スノウはにっこりと笑う。
「それなら……リアルで覚えた方が、他のことにSPもお金も回せてお得でしょ?」
「オマエのゲームの遊び方はおかしい」
『普通はリアルでできないことをゲーム内でやるためにSPを振るんですけど』
ようやく一緒に突っ込んでくれる人材を得て、ディミはほろりと涙をこぼした。ちくしょう、今日のカフェオレはやけにしょっぺえじゃねえか。
飲んだの今日が初めてだけど。
「まあ、お前は昔からマンチキンだからな……。前作でも随分ゲームの仕様の穴を突いて好き勝手してたからなあ」
『やっぱり常習犯じゃないですか!』
「穴のある仕様にしてる方が悪いんだよ」
「まあなあ。それに、穴があっても普通は真似できんわ」
そう言って、バーニーはハンガーに直立するシャインを眺め、改めてぷっと噴き出して肩を震わせた。
「いやー、ほんっとひでえわアレ。よくあんなので戦う気になったな」
「カワイイと思うんだけどなぁ」
先ほどスノウとの再会を喜び合ったバーニーは、せっかくだから機体をみてやると言ってハンガーにシャインを召喚させたのである。そしてシャインの姿を一目見るなり、ぶひゃひゃひゃひゃと腹を抱えて笑い転げたのだった。
「初期パーツの原型もなくなるようなステ振りするかぁ、普通? いや、武器メモリに一切ステを振らないのも頭おかしいんだけど、いくら装甲・スピード重視だからってあんなマシュマロのお化けみたいな……ぷっくっく」
ずんぐりむっくりの体型で真っ白なボディのシャインは、言われてみれば機械の力でお化け退治する往年の映画に出てくるマシュマロお化けそっくりだった。
「よくあんな力業で解決したなぁ。強引にパーツをいじりすぎてユニーク品みたいになっちまってるぞ、レア度は最低だけどな」
『苦労したんですよぉ、めちゃめちゃなオーダー実現するの……』
「いや、あれは役に立ってくれたよ。おかげでレイドボスも倒せたし」
スノウが言うと、ほうとバーニーは感心した声を上げた。
「もうレイドボス倒したのか、さすがだな。何をやった? この機体でなんとかしたってことは“
「いや、クマだよ」
「……クマ?」
『“
ディミの言葉に、バーニーはぶふっとカフェオレを噴き出した。
ゴホゴホと咳き込みながら、ツナギの袖で口元を拭う。
「七罪冠位!? あの機体で倒したのか!?」
「倒したといっても、300人弱で囲んでゾンビアタックだよ。ボクひとりで倒したわけじゃない。定員大幅オーバーだ」
憮然とした口調で、スノウはカフェオレをずずーとすする。
バーニーは呆れたようにそんな親友を見て、ククッと笑った。
「まあ、そうか。そりゃ定員狩りは無理だわな……にしても大したもんだ。ゲームマスターがどう思っていようが、オレはすげーことやったなって思うぜ。さすがオレのダチだ、誇らしいぜ」
「ありがと。でも、あのときキミがいてくれたら、もっと簡単に勝てたんだけどな。現地で見つけた見込みがある子とボクで何とかするしかなかったよ」
「つっても今運営側の雇われの身だからなぁ。プレイヤー側に加担するのもなかなか制約が厳しいが。……で、レイドボス倒したってことは、当然MVPだろ? 何を手に入れたんだ?」
「ああ、そもそも今日はそれを鑑定してもらいに来たんだよ。ディミ、なんだっけ?」
『はいはい。銀翼“アンチグラビティ”ですね』
インターフェイスを操作したディミが、中空にパーツを表示させる。
腕を組んでそれを見たバーニーが、ふーんと顎をさすった。
「なかなかいいパーツだな。レア度自体は高くないし、性能も大したもんじゃない。初期パーツよりはそりゃいいが、中規模クランなら同等の性能のパーツを量産できる。だが付いているアビリティ“重力操作(LV1)”こいつはいい」
「重力操作か。そういえばあのクマが重力砲やら重力の盾やら、いろいろ使ってきてたけど……あれをボクも使えるようになるってこと?」
「残念だが、そこまでじゃない。なんせLV1の低レアアビリティだからな」
そうだなあ……とバーニーは人差し指を立てた。
「自分、および触れた物体にかかる重力を少しだけ軽くしたり、重くしたりできる程度だな。ちなみに言っておくが、いくら使ってもLVは上がらねえぞ。上げたきゃ同じシリーズの高レア品を拾わねえとな」
『……なんだか微妙ですね? 元のアンタッチャブルが強かった割には』
「うーん……」
スノウはやや小首を傾げてから、なるほどと頷いた。
「確かにそれはボク向きだ。つまり飛行速度を上げられるってわけだね?」
「おうよ。自分にかかる重力を少し遮断できるってことは、速度が上がる。空中戦が得意なオマエ好みだ。お前、前作から飛行魔法でびゅんびゅん飛んでやがったろ」
『ああ、それで飛ぶのが異様にうまいんですね……』
「あとはまあ、飛行速度上げる以外にも使い道はあるだろうが……。そいつはお前が実戦で見つけりゃいい。何せ、オマエネタバレ大嫌いだろ?」
「もちろん」
スノウは我が意と得たり、とニコニコして頷いた。
「自分で攻略法を発見したときが快感なんだよ。さすがバーニー、よくわかってる」
「そりゃ前作でネタバレして、ひどい目に遭わされたからな……」
そう言ってバーニーは机の上の棒付きキャンディを口に含み、ひとつ伸びをした。
「んじゃやるかぁ」
「うん? やるって、何を?」
「決まってんだろ、ここをどこだと思ってんだ。パーツ屋だぞ?」
バーニーは自分の薄い胸を叩き、ニッと笑った。
「任せろ、ダチ公。オレが少しはマシな機体に作り替えてやるぜ」
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