第1章 傭兵稼業のはじめかた
第4話 抽選あたりました
――壁ドン事件から遡ること3カ月前、4月27日。
「これでよし……っと」
六畳一間のアパートの隅に設置されたVRポッドの威容に、
一畳ほどのスペースを占有するVRポッドによって、ただでさえ狭っ苦しい部屋はベッドと机以外は足の踏み場もないような状況になってしまっているが、本人は特に気にした様子もない。
これから繰り広げられる、夢のようなゲーム付きひとり暮らしに目を輝かせている。だがそれも無理はない。
地方から身一つで上京して貧乏暮らしを送る身にとって、これは思ってもみない幸運だった。
「本当にラッキーだったなあ、まさかVRポッドがソフト付きで当たるなんて」
このVRポッド、そもそもはアパートを契約するときについでで契約したネット回線業者の抽選キャンペーンで当選したものだった。
契約の際、業者が「抽選キャンペーンをやってるので、後でいいものが当たるかもしれませんよ」とは言っていたのだが。
「しかし太っ腹だよね。こんな高いものをくれるなんて」
VRポッドとは、現時点でのVRコンテンツの最先端端末だ。
2メートルほどのポッドに横たわる形で使用するこの端末は、セミ・フルダイブ型VRシステムを搭載している。
これによって従来の視覚・聴覚だけでなく嗅覚や触覚、味覚といったほぼ五感のすべてを通じたバーチャルリアリティ体験が可能。
2030年代初頭に実用化された
そして新たな技術につきものだが、これがとてもお高い。
スタンダードモデルはおろか、エントリーモデルですら貧乏学生にはとても手が出ないほど高価な端末なのだ。
……最低でも二桁万円もすんだぜ!!
それがまさか抽選キャンペーンで無料でもらえるとは……今年1年の幸運を使い切ったのではと疑うほどのラッキーであった。
しかも、超人気ゲームソフト『七翼のシュバリエ』付きで!
「これやってみたかったんだよなあ……! スマホで何度PVを見返したことか」
『七翼のシュバリエ』。
それは“シュバリエ”と呼ばれる人型機動兵器を操縦して、戦場で敵対するライバルプレイヤーとの熾烈な戦いを繰り広げるロボットアクションである。
あまり難しいことは気にしないタチの虎太郎は、PVを見て憧れるだけでいまいち仕様について深く理解してはいないのだが、とりあえず翼があるロボットを超高速で飛ばせたり、地上型のロボットが大火力の武器で敵部隊を殲滅したりと、派手な
一般的に対戦要素に特化したゲームはそこまでライトユーザーには向いていないとされるが、この作品は例外的に非常に高い人気を博している。
リアルな操縦体験や武器やパーツの換装による成長要素、自由度の高いキャラメイクなど、人気の出る要素を多数備えているが……それだけでは説明のつかない何かが、このゲームにはあった。
それこそ、普通なら高価で二の足を踏んでしまうような
「どれほど面白いのかは、自分で確かめてみるに限るよね!」
<ダイブ・イン!>
※※※※※※
――『七翼のシュバリエ』の世界へようこそ、騎士様。貴方の参加を歓迎します――
頭上から響く謎の声に導かれ、虎太郎は眼を開く。
そこに広がっていたのは、光に満ちた暖かな空間だった。オブジェクトは何も置かれていない、見方によっては殺風景な景観ではあったが、どこか心落ち着くような雰囲気を感じる。
今のVR技術というのは大したもので、ゴーグルやコントローラーの存在をまったく感じず、裸でその場にいるような臨場感があった。
「いや、裸どころの騒ぎじゃないわ。なんか自分が青くてスケスケなんですけど?」
虎太郎は青い影法師のように見える腕を振り上げ、困惑の声を上げた。
なんか往年のペンションで殺人事件が起こる推理ゲームに似てますね!
――まだこのゲーム内での貴方の分身となるアバターを設定されていませんので、便宜上このように表現させていただいております――
頭上からの声が説明してくれる。
「なるほどなるほど。ところでキミはサポートAI? それともチュートリアル用のメッセージプログラム?」
――このチュートリアル専用のサポートAIです。騎士様が初めての戦場に出ていかれるところまで、私が責任もってサポートさせていただきます――
「親切な仕様だねえ」
ひと昔で言えば、プレイヤーのチュートリアルに専属のオペレーションスタッフがつきっきりになって付き合ってくれるようなものである。
人間にやらせれるとなれば人件費的にまず不可能な仕様だが、これもオンラインでAIをほぼ無限に常時稼働させることを可能とする7G環境の賜物といえるだろう。
「じゃあとりあえず、どんな姿をしてるのか見せてよ」
――え? チュートリアルとは関係ありませんよね、それは――
唐突に意味不明なオーダーをする虎太郎に、困惑するサポートAI。
「だって姿もわからない相手と会話するなんて味気ないじゃない?」
――ゲームのヘルプメッセージってそんなものではないですか?――
「でもキミAIなんでしょ? ただのヘルプとは違うところを見せなきゃ」
――と、言われましても。そもそも形など用意されていませんから――
「あるでしょ、こういう場合いろいろさぁ。妖精さんとか緑色のタマっころとか。なんかそういうマスコットキャラっぽい感じでいこう」
――はあ……そんな要求をされたのは初めてですが。では妖精をベースに――
サポートAIはしばし困っていた様子だったが、やがて頭上にオブジェクトの破片が集められ、球体を形成し始める。
そして中からトンボのように透き通った羽を持つ、手のひらサイズの小さな女性が姿を現した。人間ではありえない緑色の髪をサイドテールにまとめ、ヘッドドレスを載せている。群青色のドレスに白いエプロンをしたその服装は、ヴィクトリア朝時代のクラシックなメイド服にとても良く似ていた。
妖精のように愛らしい格好だが、端正でどこか冷たさを感じさせる理知的な顔立ち。その表情はAIというイメージによく合っていると虎太郎は思う。
『騎士様の従者ということになりますので、ペット型オプションパーツのメイドタイプの外装を流用してみましたが……こちらでよろしかったでしょうか?』
「うん、すごくいいよ。露出が少ないのが特にいい。よくわかってる」
虎太郎はにこにこと(といっても影法師状態なので見えないのだが)笑顔を浮かべ、内心でひとりごちた。
(随分と機転の利くAIだな。自分で学習したのか?)
『では、早速貴方の分身となるアバターを作りましょう』
「マイキャラクターってわけだね。どんな容姿にしてもいいの?」
『はい。ですが、性別に関してはできるだけリアルと合わせることを推奨しています』
「どうして?」
『その方がいろいろとトラブルを避けやすいですから』
近年ではLGBTに関する議論も入り混じり、根本的な解決は難しい。
だからこそ運営的には余計なトラブルを避けたいのだろう。
「でも僕は女性キャラを選ぶね! 何が悲しくて男のケツを見ながら遊ばなきゃいけないんだ!」
『VRゲームなのですから、自分のお尻は見えないのでは?』
「言葉の綾だよ! 高校生までならそりゃ女キャラなんて恥ずかしい……っていうのはあった。他人の目もあったしね。だけど僕はもう大学生だ! リア友もいないし、誰はばかる必要もない! 僕はたっぷり時間をかけまくって、とびっきりカワイイ女キャラを作るぞおおお!!」
『はあ……まあ、そこまで希望なさるのでしたらご自由に、としか……』
そして、本当にたっぷりと時間をかけた。
※※※※※※
『あのぉ……もうかれこれ20時間が経過してますけど、まだキャラメイクに時間をかけるおつもりですか?』
「なんだよ、途中で休憩落ちしたし、ご飯も食べてるんだから文句ないだろ」
まったくVRポッドってのは5時間連続プレイするごとにログアウトを強制してくるのが面倒だな、かーちゃん気取りかよと虎太郎はぶちぶち言いながらキャラ造形を練り続ける。
サポートAIはそんな虎太郎にドン引いた表情を浮かべながら、口を挟んだ。
『……そこまで手間かける必要ありますか? このゲーム一応ロボットアクションなんですけど。アバター作り込んでもゲームプレイの大半に関係ないですよ』
「でもロビーで他のプレイヤーと会話したり、通信するときに顔出るんだろ?」
『そりゃ出ますけど』
「じゃあ妥協しない。とことん作り込むわ」
『えぇ……? 後から整形チケットでキャラメイクし直すこともできますし、とりあえずスタートしてみるというのも……』
「嫌だよ」
虎太郎はサポートAIに向き直ると、びしっと指を突き付けた。
「いいか? 僕はゲームに絶対妥協しないタチなんだ。とにかく遊ぶからには、本気の本気でやらないと気がすまないんだ。僕の邪魔をしてくれるなよ」
『……私、チュートリアルが終わらないと消えられないんですけど……』
「プレイヤーに付き合うのがサポートAIの仕事、いや、存在意義だろ?」
『サポートAIにも、お付き合いする人を選ぶ権利を認めるべきだと思いません?』
「そりゃ確かにね」
クスッ、と虎太郎は小さく笑う。
「じゃあ少しでもこの退屈な時間がマシになるように、何か音楽でもかけてよ。ゲーム中のBGMで、オススメなのあるでしょ?」
『チュートリアルも終わってないのに本編のBGMを聴きたい? ここはサウンドテストモードですか? ああ、こんなことならDJの衣装を選んでくるべきでした』
いいな、このAI。
ぶつくさ皮肉を垂れつつBGMを選ぶ羽根付きメイドを横目で見て、虎太郎は目尻を緩めた。
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