第94話 ジャイアントキリングにゃ!
「見つけたぞスノウライト! 覚悟ッッッ!!!」
通路のただなかで浮遊するシャインを発見した【ナンバーズ】の刺客たちは、早速手柄首を獲ろうとそれぞれの武器を構えて殺到した。
通路に大穴を開けたはいいものの、その轟音が探知されるとは思ってもみなかったようだ。やはりガキのおつむということか。
だが、こちらを迎え撃とうとする肝の据わり方だけは認めてやってもいい。もっとも、これから我々に身の程をわからせられることが前提の無謀さだが。
彼らは獲物を前に舌なめずりしながら、そう考えた。
オクトからシャインの首を獲った者にナンバー9の座を与えると約束された彼らはやる気に満ちあふれており、その士気も非常に高い。
とはいえナンバー9になれるのはたった1人なので、腹の中ではどうにか同僚を出し抜いて自分の手でシャインを撃墜したいと考えている。
しかしオクトの手によって徹底的に鍛えられた彼らは、フォーメーションを崩すことなく前衛と後衛に分かれてシャインに襲い掛かった。
それにしてもこちらの接近を予期していたのか、シャインはこちらを見据えたまま動かない。よほど抜き撃ちに自信があるのか、と先陣を切ったシュバリエのパイロットの脳裏にちらりと違和感がよぎる。
だが……戦場において迷いは禁物!
高い士気によってそれをねじ伏せ、ブレードを抜き放つ。
「単騎でこちらを迎え撃とうなどナメられたものだな! 地獄で後悔するがいいッッ!!」
裂帛の気合と共に抜かれたブレードが、シャインの体を一閃する。
だがしかし、手ごたえがない。
かわされた? いや……。
目を凝らす彼の前でシャインの機体にノイズが走り、その中心から立像を投影していた銀色の球体がバチバチと火花を上げた。
「立体映像……!?」
「忍法
その言葉と共に、大穴の上から本物のシャインのビームライフルが火を噴いた。狙いすました一撃は綺麗にクリーンヒットして、斬り付けたシュバリエの動力部を的確に撃ち抜く。
標的が断末魔を上げる余裕もなく大爆発を起こすなか、スノウは周囲の機体に向かって高振動ブレードで斬りかかった。
奇襲は相手が動揺している間にてきぱきと終わらせるに限る。
奇襲による動揺と僚機の爆発光で目をやられているなら、相手がいかに“
しかし彼らもただのカカシではない。視界を奪われたらすぐさまその場を離脱しようと後方へ移動しようと試みる。賢く訓練されたエリートカカシなのだ。
「くそっ! この……!!」
「闇雲に撃つな! 味方に当たる! いったん引いて態勢を立て直……」
「立て直す時間なんて与えるわけないでしょ!」
もっともその対応くらい、スノウだって予測している。
彼らが後方に離脱しようとするや否や、すかさずバズーカに持ち替えて追撃!
広範囲に渡る爆風を受けて大ダメージを受けた彼らに高速で追いすがり、ブレードでトドメの一撃をお見舞いしていく。
さらに銃で立ち向かおうとした相手は腕を叩き切り、反撃を許さない。
高振動ブレードの刃は、【ナンバーズ】の高クオリティな腕パーツであってもやすやすと刎ね飛ばす威力を発揮した。
「こ、こいつ……速い……!? どうなってるんだ、何故こっちの動きの先を取ってくる!?」
「速いんじゃなくて、動きの先を読んでるだけなんだよね」
そう言いながら、シャインの一閃が前衛最後の1騎の首を落とした。
何しろスノウは彼らの師に当たる人物に、彼らよりもみっちりと訓練されたのだ。文字通り手取り足取りで手管を仕込まれたスノウは、彼らの危機対応のセオリーをきっちり理解している。
だからこそ、スノウには彼らの行動が予測できる。
剣術では相手の動きに対応して技を仕掛けるカウンター技を“後の先”と呼ぶが、スノウにとってはこと接近戦においてはすべての行動が“後の先”も同然。
何しろ同じ流派の先輩のようなものなのだから。
もっとも、それはあくまで接近戦でのこと。遠距離戦ともなればまた話は違う。
そう、今まさに前衛を片付けているスノウに向けて照準を合わせている後衛の敵機のように。
いくらシャインが素早いとはいえ、前衛と戦っているなら隙が生じる。さらに後衛にいた彼らは、爆風による目くらましの効果も受けていない。
「もらったぁッ! 足止めご苦労ッ、少しなら分け前もくれてやるぜ!!」
喜び勇んでライフルを構えた後衛の3騎は、シャインに向けてトリガーを弾いた。
しかしその瞬間、彼らの腕がぐいっと後方に引っ張られる。銃弾は天井へと飛んでチュインと火花を散らした。
「なっ!?」
「忍法こっそりクモさんの術、大成功でござる♪」
彼らの背後から忍び寄ったペンデュラムの配下のメイド隊機が、腕に仕込まれたワイヤーを飛ばして彼らの右腕を絡め取っていた。
「絶対に離しちゃダメにゃ! 体重全力で掛けるにゃー!」
「わかってますぅ!!」
そのワイヤーを死んでも離すものかと言わんばかりに、メイドたちは全身の重量をかけて彼らの射撃を阻害していた。
戦闘力が低いメイドたちの機体といえども、シュバリエはシュバリエ。全力で重量を掛ければ、“腕利き”といえど動きを封じることはできる。
格下と見下していた相手に思わぬ妨害を受けた【ナンバーズ】のパイロットは、苛立たしげに口元を歪めた。
「クソッ、邪魔しやがって! いつの間に背後を取られたんだ!?」
「落ち着け! 所詮はペンデュラムの取り巻きの三下だ! 相手も身動きは取れない、空いている腕でワイヤーを切断して反撃しろ!」
後衛のうち最も序列が高いパイロットが、空いた左腕でブレードを抜き放ちながら叫ぶ。
確かに彼の言う通り、メイド隊の戦闘技術など彼ら【ナンバーズ】と比べればたかが知れている。正面から戦えばとても相手になどならないだろう。
だが、一時的に彼らの行動を封じることくらいはできる。それで十分だ。
何より戦闘が得意なヤツが、彼らに向かって全速力で迫っているのだから。
「メイドさんたち、ナイスプレイ! もらったぁ!!」
スノウが抜き撃ったブレードが、【ナンバーズ】の機体を次々と斬り裂く。
「う……うわああああああああっ!? ば、馬鹿な……たかがメイドなんかに脚を取られるなんて……!!」
「ナチュラルに見下してくる相手を一方的にボコボコにするのって超たーのしー!!」
メイド隊に足止めされた機体の動力部を的確にブレードで突き刺しながら、スノウはイキイキとした笑顔を見せた。
『ホントいい性格してますねぇ……』
「そんなに褒めると照れちゃうじゃないか、もっと褒めて♪
『そういうところですよ?』
ディミに呆れられながら、スノウは最後の1騎に向かってブレードを振るう。
しかし序列が最も高いその1騎は、スノウに攻撃されるよりも先にワイヤーを切断して素早く武器を持ち換えていた。
「あっ……! スノウちゃん! ワイヤーが!!」
「ナメるなガキがあああああああああああッッッ!!!」
最後の1騎のショットガンが至近距離からシャインを撃ち抜いた。
「……ッ!!」
『騎士様!?』
左肩を中心にショットガンの散弾が叩き付けられ、シャインの装甲に穴を開ける。バチバチと穴の中から火花が散り、がくんとHPが削れた。
銃撃を受けてのけぞるシャインに、最後の1騎はさらなる銃撃を叩き込んで仕留めようと咆哮をあげる。
「もらったァ!! くたばれッッ!!」
「……痛いじゃないかっ、このバカッッ!!」
銃撃が繰り出される寸前で、シャインの上段蹴りが敵機の腕を蹴り上げる。
ショットガンの銃弾がシャインの頭部より上をかすめて飛翔し、天井に向かって吸い込まれていく。
敵機が舌打ちしながらショットガンを構え直すのと同時に、シャインがヘッドバットを繰り出した。
「ぐうっ!?」
『七翼』において格闘戦は現状考慮されておらず、研究が進んでいない。
だからこそ頭突きというスノウの行動に意表を突かれ、敵機のパイロットが衝撃のままにのけぞった。
「“スパイダー・プレイ”!」
その隙を逃さずスノウは敵機を蜘蛛糸で絡め取ると、アームワイヤーでつかんで思いっきりぶん回した。
「必殺! 低重力ヨーヨー投げ!」
“アンチグラビティ”の効果によって、ワイヤーで接触している物体にかかる重力は低減される。
それをぶん回して勢いを付け、瞬間的に重力を掛けて一気に放り投げた。
何しろ遺跡の中だ、ブチ当てる先には困らない。
シャインがぶん投げた敵機は勢いよく放り出され、壁に叩きつけられて膨大な接触ダメージを受け、機能を停止した。
「ぜえ……ぜえ……」
コクピット内でスノウは荒い息を吐き、指先で額に浮かぶ汗を拭った。
勝利の余韻どころではない。瞬間的に肝が冷え、撃墜される危機感を味わった。
「完全に油断してた……」
相手は自分が接近する直前までわざとワイヤーに腕を取られていたのだ。
こちらの油断を誘い、至近距離からショットガンを連射して仕留めるために。
一歩判断が遅れれば、撃墜されたのは自分だったかもしれない。
相手はいずれ劣らぬ“腕利き”。だからこそトラップにかけて優位を取ったというのに、それを逆に利用してくるとは。
これまでの相手とはやはり格が違う。
「スノウちゃん、大丈夫!?」
「うん、大丈夫。ちょっぴりダメージは喰らったけど、戦闘には支障ないよ」
駆け寄ろうとするシロを制して、スノウは何事もなかったかのような口調でへらりと笑う。
通信画面の外のパイロットスーツが冷汗でびっしょりと透けていることなどおくびにも出さない。
そんなスノウの頭を、ディミがさりげなくよしよしと撫でた。
「…………」
スノウは若干不服そうな表情を浮かべたが、特に何を言うでもなく大人しく撫でられるがままにされていた。
※※※※※※
「私のウツセミキューブが役に立ちましたなぁ!」
効力を失った銀色の球体を拾い上げ、ミケは嬉しそうに笑った。
先ほどシャインの虚像を作り出したのは、ミケ機に搭載された特殊武器の効果だった。一定時間だけその場に立像を発生させる効果があり、ダミーとして使用することが可能である。
立像は間近でよく観察しなければ見抜けないほどの実在感を持つが、その代わりに一定のポーズしか取れないし、立像を攻撃されると効果を失ってしまう。
ミケは一般的な武器の代わりに、こうした一風変わった武器を好んで使っていた。
『やっぱりニンジャってすごーい!』
「いやあ……それほどでもないでござるよぉ!」
ディミにキラキラとした目で見られて、ミケが胸を反らす。普通サイズ。
「そーだにゃ。何しろ自分では使いこなせないんだから褒めるほどじゃないニャよ? 役に立ったのってこれが初めてじゃないかにゃー」
「そ……そんなことないし!? 役に立ってるし!?」
「そんな攻撃力がない武器にスロットを割くから戦闘力が低いって侮られるにゃ」
「タマは人のこと言えないでしょ!?」
肩をすくめるタマにぎゃーぎゃー抗弁するミケ。
そんな同僚をよそに、シロはウキウキと笑って手をぽんと叩く。
「でも初めて【ナンバーズ】の人に勝っちゃいましたねぇ。なんだかザマァって感じで胸がスッキリしましたよぉ」
「それな、ですな!」
「タマたちだってやればできるのにゃ! メイドの心意気にゃー!!」
シロの言葉を受けて、ミケとタマも嬉しそうに笑顔を浮かべる。
【ナンバーズ】のプレイヤーから戦闘力が低いお荷物集団としてずっと見下されていたメイド隊は、よほど鬱憤が溜まっていたらしい。
そんなメイド隊に、スノウは少し言いづらそうに口を挟む。
「でもやっぱり正面から相手するのは厳しいよ。やっぱり精鋭部隊って看板に偽りはないみたいだ。こんなところで痛手を負わされるとは思ってなかった」
「あー……そうですな。完全に動きを封じたと思っていたのですが」
シャインの左肩の銃痕に視線を向け、ミケが眉を寄せる。
『やっぱり騎士様でも苦戦するくらいの相手なんですねぇ』
「そりゃね。奇襲したからあっさり勝てたけど、練度がこれまでの相手とは全然違うよ。特に最後に倒した相手、あれは雪山で戦ったときのアッシュくらいの強さはあった」
『えっ……! アッシュさんと同じくらい強いんですか、あれ!? そんな相手がまだまだうようよいるなんて……! ほ、本当にこの先大丈夫なんですか!?』
まるでアッシュさんのバーゲンセールだ!
中ボスが雑魚として出てくるラストダンジョンに迷い込んでしまったようにあわあわするディミの顔を見て、スノウは慌てて首を横に振った。
「か、勘違いしないでよね! アッシュはあれからすごく強くなったんだから! さっきの奴なんか今のアッシュの足元にも及ばないんだからねっ!!」
『誰のために言ってんだよ、そのツンデレムーブ!?』
「ツンデレ……? よくわからないけど、あれが1アッシュだとしたら今のアッシュは5アッシュはくだらないかな!」
『待ってください、アッシュは天井課金の単位ですよ! 独自規格を持ち込まないでください! メートル法でいきましょう!』
アッシュはメートル法で規定されてないんじゃないかな。
「ちょっと待って、そのアッシュって誰にゃ?」
ピクンと頭の猫耳を動かしてタマが切り込んできた。
その耳はコイバナに反応するレーダーか何かなのか。さすが脳内恋愛お花畑である。
「えっ……まあ、ボクのライバルだけど」
「男かニャ?」
「うん」
顔を強張らせたタマは、シロ機とミケ機の肩をガッと掴んで顔を寄せた。
「由々しき事態ニャ……!? あの子、他の男の影があるニャよ!?」
「うーん……でもスノウちゃんはあれだけ可愛いから当然といえば当然ですよねぇ」
「ペンデュラム様にぞっこんメロメロじゃなかったのかニャ……!? いや、でも最後にデートに誘ったのは先月……。押しが足らなかったニャ!? もしやデートに誘わなさすぎてせつなさボンバー炸裂しちゃった!?」
「いや、タマ。今はそんなことを心配しているような事態ではなかろう……」
常識に囚われたミケに向かって、タマがくわっと目を見開いた。
「は!? それ以上に大事なこと他にあるのかニャ!? 重要さの順序考えろや!!」
「そうですよミケちゃん」
「えっ、私が悪いの!?」
嘘でしょって顔でミケが目を丸くする。
強いて言えばこの集団の中に身を置いていることが悪いんじゃないかな。
「内緒話してるとこ悪いけど、話を進めてもいい?」
「「「あっはい」」」
スノウに突っ込まれ、そそくさと戻ってくるメイド隊。
そんな彼女たちに、スノウはシャインの銃痕をさすりながら告げる。
「そんなわけで、さすがにあいつらを正面から相手するのはキツい。だからさっきは罠にはめて奇襲したけど、毎回毎回うまくいくとも限らない」
「そうですな。先ほどは私の隠形と地形を利用しましたが……」
ちらりとミケは壁のレリーフに目を向ける。
先ほどまでロボットの頭部が敷き詰められていたそこは、ぽっかりと穴が開いていた。
ここに潜んだメイドたちはミケ機の静音・遮光フィルターを使って身を隠し、【ナンバーズ】の背後を取ったのである。
実はこのレリーフ、並んだロボットの頭部を決まった順番で触れることで隠し通路が開くようになっていた。
その順番はやはり設定資料に隠されており、開くためには膨大な設定資料を読み込んで暗号を解読しなければならなかったが……。
「タマが設定資料読み込んでてよかったニャ~」
えっへんと胸を反らし、タマはそんなことを言う。
「タマちゃん、えらいですねぇ。設定資料全部覚えてるなんて。暗号もちゃんと解いてくれるし」
「あの暗号、結構歯ごたえがあって暇つぶしにはなったニャよ。設定資料もなかなか面白くて読み応えあったにゃ」
タマがぐしぐしと顔をこすって、のほほんと笑った。
その暗号、【ナンバーズ】が雇ったプロの解読班が1カ月かけて解いたんすよ。脳みそ恋愛ピンク一色の猫女に負けて恥ずかしくない?
「しかし、毎度毎度こうやって地形を利用できるとも限りませんな」
「そうだよね……。何かうまく戦闘を回避できる方法はないかな」
『ゲームの敵なら何か弱点がありそうなものですけど。何せ相手はプレイヤーですもんね』
ディミの言葉を受けて、スノウははぁと肩を落とした。
「そうそううまいこと弱点なんかあるわけない、か……」
「ありますよぉ?」
「……えっ?」
おっとりとしたシロの口調に、スノウの反応が遅れる。
「……あるの? 【ナンバーズ】に共通した弱点だよ?」
「ええ、ありますよぉ」
「ほ、本当かシロ殿!? 相手はプレイヤーだぞ!? いや、そんな弱点があるなら何故これまで報告しなかったのだ!? 私は初耳だぞ、そんなこと!」
「だって私たちには利用できない弱点でしたし~。でもスノウちゃんならできると思うんですよねぇ」
にこにこと笑うシロに、ディミはごくりと喉を鳴らした。
『騎士様には突ける弱点!? そ、それは一体……!?』
続きを促すディミに、シロは手を合わせたままニコニコと笑う。
「それはですね~……」
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