第19話 メスガキ毒婦VS薄幸系少年

6/6の投稿2本目です。昼投稿の18話もよろしくお願いいたします。

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「初期機体だって……!?」


「油断するな、第二小隊をひとりで食った相手だぞ! 初期機体に似せた高性能パーツで擬態しているのかもしれん! フォーメーションA展開ッ!!」



 第三小隊は襲撃してきたシャインを視界に捉えるなり、四方向に分かれて展開して上下左右からの包囲網を描こうとする。

 ベテランの僚機のうち1騎が正面で囮を務め、残り1騎と新人のジョン1騎が左右から包囲、本命の隊長が下から仕留める必殺のフォーメーションである。


 一番危険な正面からの囮は、隊長が隊内で最も技量が高いと評価しているベテランパイロットに任せている。これまで数多のシュバリエを葬ってきた、この連携の前に敵はいないと言っていい。


 唯一の不安点は最近補充要員として入ってきた、新人の練度だが……。

 頭上を眺めた隊長は、憎々しげに舌打ちした。



(チッ、また出すぎてやがる! 言われたこともまともにこなせねえのかガキが!)



 まあいい、タイミングが合わない新人をサポートするのは上司の役目だ。

 それよりも今の問題は……。



(クソッ! あの野郎、全力で後ろに下がってやがる!)



 シャインは4騎が展開した瞬間に、こちらを向いたまま即座に後方に空中ダッシュ。レーザーライフルで牽制しながら、距離を保ち続けている。



「野郎、こっちのフォーメーションパターンを知ってやがるのか!? どっから漏れた!?」


「これじゃ包囲できません、隊長!」


(泣きたいのはこっちだぜ……!)


「クロスアタックだ! 左右から挟み撃て!」



 部下たちの悲鳴を受けながら、隊長はフォーメーションの変更を指示。


 左右2騎ずつに分かれ、弧を描きながらの高速移動を開始する。

 右から来た機体は左へ、左から来た機体は右へ、高速で駆け抜けながらの射撃を叩き込むこのフォーメーションは、2つの軌跡がXの文字を描くように敵の前面で交わることから、クロスアタックと呼ばれている。

 左右からの挟み撃ちで敵を幻惑し、仮に後方に逃げられても高速で追尾が可能。これも初見殺しの強力なフォーメーションだ。



 案の定、シャインは咄嗟の動きが取れず、左右のどちらから来る敵を迎撃すればいいのか迷って棒立ちになってしまっている。



「もらったあああああああああああああッ!!!」



 空中でクロスを描きながら、隊長は勝利を確信して雄たけびを上げる。


 そしてそれとほぼ同時に、唐突にシャインが前方へと突進!

 2つの線がクロスする瞬間に相手4騎にまとめて体当たりを繰り出す。



「なっ……!?」



 予想外の動き。さすがにこれでダメージが通るわけではないが、不意を突かれて動きが鈍ったところに高振動ブレードを抜き放ち、一番前にいた機体に袈裟掛けに斬りかかる。



「……このっ!!」



 だが、後列にいたジョンが咄嗟に手にした電磁シールドをシャインの頭部へと投げつけて、攻撃をひるませる。本来はビーム兵器を防ぐための兵装だが、磁場を展開したまま投げれば近距離なら投擲とうてき武器としても利用可能だ。


 電磁シールドを切り払ったシャインは、素早くバーニアを噴かせて上空へと急浮上。レーザーライフルで牽制しながら、距離を取ろうと加速する。



「追え!!」



 隊長の指示でシャインを追って、第三小隊4騎も上昇を開始する。



「ジョン! このクソボケ!! 囮はアイザックがやると言っただろうが、何しゃしゃり出てやがんだ!! シールドまで失いやがって!!」


「す、すみません……でも危ないと思ったので」


「危ないかどうかは新人が判断することじゃねーんだよ!! ベテランに任せとけ、すっこんでろ!!」



 飛びながら高ぶった感情に任せて怒鳴り散らす隊長。ジョンの気弱な態度が、そしてそんなジョンだけが反応したことが、どうしようもなくカンに障っていた。



「ま、まあまあ隊長……私も実際危なかったので」


「何が危なかっただ、アイザック! てめえがしっかりしねえといけねえんだよ! 新人ごときに助けられてんじゃねえ!!」



 間の悪い沈黙が小隊の間に広がる。


 ジョンは唇を噛んでうなだれた。

 ありがとな、と助けられた僚機がプライベート通信でこっそり感謝を伝えてくれたことが救いだった。



 編隊を飛んで追いすがる小隊を見下ろしながら、スノウは呟く。



「あのパイロット、なかなかいいな。シールドで反撃してくるのは予想外だった」


『騎士様が褒めると、なんだかサメ映画で唐突に大写しになった登場人物みたいな不安感が醸し出されますが……あの子、死ぬんですか?』


「そりゃ最終的には全員殺すけど」



 頭の回線が2、3本イッちゃてる返しをしながら、スノウはレーザーライフルで牽制射撃を入れていく。



「ほら、あの最後尾の機体だけ反応がいい。最小限の動きでかわしてるだろ」


『ということは、あれがエース機ですか? 一番警戒が必要ですね』


「まさか。入りたてのルーキーだと思うよ」


『……ルーキーが一番動きがいいんですか?』


「そりゃそうだよ。だってあの隊長機へったくそだもん」



 あっけらかんとスノウは言った。



『……下手なのに隊長が務まることなんてあるんですか?』


「そりゃあるよ。ネットゲームでチームを率いる適性は3つ。ひとつは腕が良くて、黙っててもみんながついてくる奴。ひとつは指示出しが上手い奴。最後のひとつは、声がでかくて他人を威圧で押さえつけるのが上手な奴だ。大抵複合してるんだけど、あいつは3つめだけだね」


『なんでそんなことがわかるんです?』


「見りゃわかるよ。他の僚機2騎の動きが隊長にぴったりと合わせた動きをしてる。あれは委縮した動きだな。ヘタクソに合わせさせられて、すっかり反応が鈍っちゃってる。その点、ルーキーはまだ慣れてないから動きがいい」


『……なるほどぉ! 正面からぶつかれば辛いと言ってましたけど、そこを突けばなんとかなりますね!』


「いや、ならないけどね?」



 ディミが空中ですてーん! と転んだ。



『ならないんですか!? あんなに自信満々に解説しておいて!?』


「いや、あの子うまいなーと思っただけ」



 これはひどい。



『さっきもフォーメーション破ってたし、なんとかなるんじゃないんですか!?』


「と言っても、あいつらのフォーメーション強いんだよな。逃れることはできても、なかなか1騎ずつ撃墜するのが難しくて……いっそ制限時間いっぱい逃げ続けるのもありかなーと思えてきた」


『ええー、タイムアップまで3時間ありますよ。他の機体も集まってくるでしょうし、逃げ切るのは難しいのでは?』


「それなんだよねー。まあ、種は撒いたし……いっちょかましちゃうか」



 そう言うと、スノウは加速を辞めて追いすがる第三小隊に向き直った。


 何をしてくるのかと警戒する4騎に向けて、スノウが通信を入れる。



「やあ、キミ! 上手く“ヘリオス飛行中隊”に潜り込めたみたいだね。フォーメーションパターンをリークしてくれてありがとう! おかげでさっきの小隊はうまく処理できたよ」


「「「「……は?」」」」



 呆然としている敵機に向かって、スノウはにっこりと微笑む。



「成果はさっきその目で見てもらったとおりだよ。【トリニティ】は完全にフォーメーションを破るメソッドを学習できた。これで“ヘリオス飛行中隊”はもう怖くないよ! ああ、もちろん約束の報酬はたっぷり用意してあるからね。【アスクレピオス】を抜けても問題ないよ」


「……ジョン……!! 貴様ァッ……!!」



 激昂する隊長の叫びが、ジョンの耳朶を打つ。

 驚愕したジョンは、必死に弁解しようとした。



「ち、違います!! あいつの言ってることはデタラメです、信じちゃいけません!ぼくは裏切り者なんかじゃない!!」


「じゃあ何で俺たちのフォーメーションを、あいつが把握してるッ!? お前が漏らしたに決まってんじゃねえか!!」


「そ、それは! あいつに見切られたのでは、と……」


「嘘を吐けッ! 俺たちの必殺のフォーメーションだぞッ!! 一目で見切れるわけがあるかよッッ!! じゃあてめえにそんなことができんのかッッ!?」


「で、できます! ぼくにもそれくらい……」


「なんだとテメエッッ!?」



 ジョンは自分の失言に気付いてはっと口をつぐんだが、既に手遅れだった。

 激昂する隊長は、完全に自分が裏切り者なのではないかと決めつけ始めている。

 僚機2騎のパイロットたちも、何か言うわけではなかったが、猜疑さいぎに満ちた瞳をこちらに向けていた。



「ま、待ってください! これは謀略です! あいつの口車ですよっ! 騙されないでください、さっき突然現れた敵を信じるっていうんですか!?」


「てめえは怪しいんだよ、ジョンッ! お前も信用できねえ!! 親父が病院に入院してるってのも本当かぁ? どうせそれもフェイクなんだろッ!」


「そ、そんな……!!」



 隊長は完全に頭に血が上っている。折からのジョンへの不満も彼の不信感を煽り立てており、もはや妄想と現実の区別が付いていない。



「おやおや、おやおやおや……。軽い気持ちでやった煽りだったけど、ここまで図に当たるとちょっとヒくなあ。よっぽど内心であの新人の元来の筋の良さに嫉妬してたんだろうね」


『ドン引きするのはこっちですよ、人の心とかないんですか?』


「あるに決まってるでしょ。だからどうすれば仲違いさせられるかわかるんだ」



 のんびりと会話しながら成り行きを見ているスノウに、ジョンはキッと鋭い視線を向けた。



「……いいです、見ていてください。あいつを倒して、身の潔白を証明します!」


「ジョンッ! てめえ、この上勝手なことをしようってのかッ!!」


「潔白は行動で示します!」



 ジョンは背後の隊長にそう言い捨てて、ブレードを抜くと単身でシャインに飛びかかる。バーニアを急速に噴かし、すれ違いざまを狙う一閃。



「いいね、かかっておいでよ! 相手してあげるからさぁ!!」


「毒婦が、人の心を弄んでッ!!」



 しかしジョンが突撃してくるのを見たスノウは、同様に前方へと加速して高振動ブレードを合わせようとする。

 ブレードと高振動ブレードがかち合った場合、ブレード側がへし折れるのを狙った動き。だがそれはスノウの狙いを誘導する、ジョンのフェイク。

 高振動ブレードを振りかざすシャインに向けて、ジョンはブレードを格納キャンセルしてアサルトライフルの接射を叩き込もうとする。



「キャンセル技かぁ、いいじゃない! でも、高振動ブレードが当たれば一撃だよ!」


「黙って斬られるかよっ!」



 アサルトライフルを片腕でシャインの顔面に叩き込む。銃の反動を殺しきれずにアサルトライフルが跳ね上がるが、ジョンはそのままアサルトライフルを振り上げ、シャインの高振動ブレードを握る手を殴りつける。


 まさかの格闘戦!



「……っ!!」



 銃把で殴りつけられた衝撃で、スノウは高振動ブレードを取り落とす。


 一方ジョンはその勢いに乗って、アサルトライフルをぶん回してシャインの顔面を二発三発と殴り飛ばす。

 殴られるたびにHPを削られつつも、スノウは素手でジョンの腕を掴み、投げ飛ばす。しかし投げ技が優秀なのは、あくまでも地面というてこの原理を働かせる支点と、叩きつけられる鈍器を兼ねた存在があってのこと。


 空中でバーニアを噴かして踏みとどまったジョンは、そのままショットガンを抜き放つとシャインに向けて散弾を浴びせた。

 少しでも散弾の被害を少なくしようと、シャインは急上昇して弾幕の被害を逃れる。そこに追いすがり、さらにショットガンを浴びせようとするジョン。



「もらったああああああッ!!」


「なんてねッッッッ!!」



 叫び返しながら、スノウが振るった高振動ブレードが追い付こうとしたジョンの左腕を切り飛ばした。



「くそッ! もう1本あったのか……!?」


「2本あれば、油断を誘えるからね! 現に油断したでしょ!」



 さらに返す刀で斬りつけようとするスノウ。

 だが、ジョンは咄嗟にシャインの胴体を蹴り付け、バーニアで後退して距離を取る。

 瞬時の攻防の緊張に、ジョンはぜぇぜぇと肩で息を吐く。



「き、汚い奴っ!!」


「汚くて結構! 勝てば官軍だからね!」



 HPを随分と削られてしまったスノウは、警告で赤く染まるHUDの表示に囲まれながら、とてもうれしそうに笑った。



「いいセンスだね。まだまだけど、キミのHPなら一撃必殺になりかねない高振動ブレードを見て、あえて格闘戦を挑んでくるのは本当に勇気がある。まさか銃で殴りつけてくるとは思わなかったよ」


「初期機体なら、その程度のダメージでも十分だろうからね。でもそのまま殺せなかったのは大失敗だ」



 憎悪を込めて罵るジョン。

 スノウは、そうだねと頷きながらその言葉を受け止めた。



「キミを甘く見たことを詫びるよ。もうその手は通じない。キミはこれまでボクが見た中で一番強い、だから油断はしない。……まあもっとも、ゲームを始めてこれが2日目なんだけどね」


「……化け物め」


『いや、もっと言ってやってくださいよ。ホントこの人おかしいので、頭も腕前も』



 ……これが2日目? ぼくが数カ月間、学業とバイトと並行して血反吐を吐きながら繰り返してきた修練以上の腕前を、たった2日目で得ている? 睡眠不足とVR酔いに悩まされ、何度も嘔吐しながら這い上がったあの努力はなんだったのか。


 いや、このゲームが2日目だからといって、他のゲームの経験者でないとは言えない。言えないが、2日間だけでこのゲームの機体の挙動をここまで把握しているとは。

 ジョンは全身を襲う戦慄に、歯を食いしばって耐える。



「休憩はもういいかい? なら、第二ラウンドと……」


「くたばれやあああああああああッッ!!!!」



 スノウが口を開いたそのとき、3条の熱線がジョンの背後から襲い掛かった。

 貫通属性のあるレーザーライフル!

 ジョンを貫き通せば、その射線はスノウからは死角となる。


 第三小隊隊長は、部下であるジョンを死角を作る盾として使い、シャインを不意を打って仕留めようと試みたのだ。


 通信を通した叫びに、咄嗟に振り向いたジョンは自分に迫る熱線を見て硬直する。



「そんな……隊長……!」



 ジョンの反射神経が及ばなかったのではない。

 自分は切り捨てられた。潔白を証明したいという、その思いは聞き届けられなかった。そのショックが、ジョンの身をこわばらせたのだ。


 だから、ジョンの反射神経が及ばなかったのではないのだ。

 ジョンが振り向くその仕草を見て、何が起こりつつあるのか悟ったスノウは、即座の反射で動くことができたのだから。


 バーニア全開のフルスロットルで加速したシャインが、ジョンの機体に体当たりして大きく吹っ飛ばす。

 そしてジョンの機体の脇からレーザーライフルを抜き、第三小隊3騎の機体に向けて容赦なく乱射した。


 乱射という名の、精密射撃の嵐。



「う……うわああああああああああッッッ!?」


「雑魚どもがァッ!! ボクの楽しみを邪魔したな!? 束になってもこいつひとりにすら及ばない有象無象の分際でッ!! くたばれ、ここから消え失せろッッ!!」


 激昂したスノウは、3騎のHPがゼロになるまでレーザーライフルを叩き込む。


 そして3騎が爆発するのを見届けると、深々と肩で息を吐いた。


 ぽかんとして見つめるジョンに向き直る。



「待たせてごめんね。さっ、続きをやろう!」


「……いや、いやいやいや……。君、無茶苦茶だぞ……」


『私もそう思います』



 地の文もそう思います。

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