第35話 人間にもできるチンパンジー会話

6/23の投稿2話目です。

昼投稿のエクストラアーカイブもよろしくお願いします!

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 『七翼のシュバリエ』の世界にも、現実とリンクして四季が設定されている。春には花が咲き、夏には青々とした草原が広がり、秋には紅葉が山々を彩り、冬の寒さはすべてを凍てつかせるのだ。

 温帯に位置する日本サーバーでは、特にその再現度が重視されている。


 しかし一部のマップには、そうした四季の再現が適用されない。たとえばここ、キザキ雪原などはそうだ。年中を通じて降雪があり、雪景色がもたらされる。ときには吹雪も吹き荒れる、厳しい自然環境を持つエリアである。


 そしてその設定は、一部のVRユーザーにとって特別な意味を持っていた。そう、スキープレイヤーやスノーボーダーである。

 従来のVRゲームに比べて高精細なグラフィックや物理法則の再現度を持つこのゲームにおいて、こういった雪原マップは冬季以外でもリアルとほぼ同じ精度で楽しめる、絶好のゲレンデとしての価値を持つのだ。


 【鉄十字ペンギン同盟】は、こうしたVRスノースポーツを愛するプレイヤーたちが結成した中堅クランである。本来は大した野心も持たない彼らは、積極的に他のクランと戦うことはない。そんな暇があればゲレンデを滑っていたい。


 だが、今回においては別だった。何しろ念願の雪原マップを手に入れるチャンスなのだ。【氷獄狼(フェンリル)】から共闘を持ち掛けられた彼らは、嬉々としてこの千載一遇のチャンスに乗った。それが【トリニティ】の怒りを買う行為だとしても、雪原マップでの戦いなら自分たちに有利だと考えたのである。


 その判断が恐るべき魔物を招くとも知らずに。




※※※※※※




 1騎のシュバリエが、雪に覆われた林の茂みからわずかに頭を出した。


 黒く塗装されたボディに、関節部が凍結することを防ぐための白のコートと灰色のコサック帽を被っている。そのフォルムはまさに彼らのクラン【鉄十字ペンギン同盟】の名にふさわしく、ペンギンのようなシルエットに見えた。



「距離5。【トリニティ】の攻撃部隊が接近してきます。ガンナー3、タンク2。防寒OPを装備しているようですな、雪中行軍ですがスピードはあまり落ちていない」


「さすがに大手企業クランは金を惜しまんか。だが塹壕戦ならば我々が有利だ」



 雪原に掘られた塹壕で斥候からの連絡を聞いた隊長ペンギンが笑みを漏らす。

 常に降雪がある雪原で、雪で作られた塹壕を視認することは慣れてない人間には難しい。さらに機体が保護色で塗装されていればなおのこと。


 こちらは塹壕の前に敵が来るまで待ち構え、先制攻撃で仕留めればいいのだ。


 中堅クランとはいえ雪中戦のスペシャリストである【鉄十字ペンギン同盟】にとって、雪原の環境に慣れていない相手などいかに大手企業クランといえど狩りやすい獲物でしかない。



 敵影が近付いて来るのが見えてきた。

 黒に塗装された騎士甲冑のような姿は、雪中では非常に目立つ。


 今回の戦闘もあっさりと防衛に成功することだろう。一応念のために援軍も要請しておいたが、彼らの出る幕はなさそうだ。

 勝利を確信した隊長ペンギンは、クカカカカカカと機体の喉を鳴らす。それに続き、周囲の隊員ペンギンたちも唱和した。その機能いる?



「さあ、者ども! 哀れな騎士どもに雪場のペンギンの強さを思い知らせるのだ!」


「「「キュイイイイイイイイイイイイイ!!!」」」


「撃ち方、始めェ!!」



 ペンギンたちがそれぞれの武器を手に塹壕から身を乗り出した、その瞬間。

 何かの影が音もなく自分たちの上を通過した。


 ……鳥か?


 誰かが訝しんで顔を上げた、その瞬間。

 上空から飛来した炎の弾が爆炎となって塹壕を焼き尽くした。




※※※※※※




「あはははははっ! 見ろディミ、メカペンギンどもが穴倉から出ようとバタバタもがいてるぞっ! 塹壕なんかに隠れるから、逃げ場がなくなるんだよぉ!」


『わー、なんだかじたばたしてて可愛いですね……なんて言うと思います?』



 上空を飛び回りながら、シャインが地上に向けてバズーカ“レッドガロン”を叩き込む。ゆるゆるとした着弾スピードだが、その攻撃範囲は通常のバズーカよりもはるかに広い。ちょっとした爆弾トラップくらいの有効判定がある。

 塹壕の中にいたペンギン兵は着弾のたびに爆風を浴びて軽く吹っ飛ばされ、塹壕の底に叩き付けられることを繰り返していた。もはや逃げるどころではない。熱風吹きすさぶ塹壕は、そのまま彼らの墓穴となった。


 ミッション【試作バズーカ“レッドガロン”実用試験】の進行度が10機分上昇する。事実上これをキルできたかどうかのチェックに使えるのも便利だ。



 塹壕前に接近していた黒い機体から連絡が入る。



「こちらシロ。レーダー上では塹壕内の敵の反応はなくなりましたよ」


「こっちも目視で確認したよ、残敵ゼロ。じゃあ次の索敵をお願いね」


「了解いたしましたー」



 真っ白なロングヘアに赤い瞳を持った、神秘的な雰囲気の少女がぺこりと一礼する。おっとりと間延びした口調だが、索敵作業自体はてきぱきと機敏にこなしている。

 彼女はペンデュラムの副官・シロ。

 強力なレーダーを搭載したサポート特化機を駆る、索敵のスペシャリストだ。


 彼女が統率する小隊は、彼女以外はすべて彼女を守るための護衛機である。

 そう、塹壕に接近していたのは攻撃するためではない。塹壕内の情報を収集して上空のスノウに与えつつ、敵の狙いを自分たちに引き寄せる囮役デコイ、ついでに航空攻撃の観測役を引き受けるためであった。もっとも最後の観測役についてだけはほぼ仕事の必要はなかったが。



「たまには地上部隊と連携するのもいいもんだな。意外と役に立つじゃん」


『普通は航空戦力ってこうやって使うものなんですけどねー』



 さすがのスノウも、慣れない雪原マップで雪に同化して潜む敵を探すのは容易ではなかった。何かいい案はないかとペンデュラムに相談した結果、ペンデュラムが自分の副官のシロを貸し出してくれたのである。



「シャインさん、3時の方角に別の塹壕があります。ただし近くの林にも敵の反応がありますから注意してくださいな。狙撃兵かもしれませんねぇ」


「ラジャー、サクッとヤっちゃおう」



 スノウは方向を変え、指示された方向へと飛翔する。



「ところでボクの名前はシャインじゃなくてスノウライトなんだけど?」


「私たちの主人がそのように呼ばれておりますから。あの方がスノウさんと呼ぶようになれば、私たちもそれにならいましょう」


「それはそれは、忠誠心が篤いようで何より」


「お褒めに与り光栄の極みですー」



 スノウの嫌味に、シロはふふっと微笑みを返す。

 やんちゃな子供をあやすような態度に、スノウは少し居心地の悪さを感じた。



「……あのさ、なんかキミたち前回と態度違わない? 先日武器を渡しに来たときは、もっとつっけんどんだったよね?」


「ペンデュラム様が貴方を信頼していらっしゃいますから。さらに将来の妹ともなれば、態度も他人に対するものとは違って当然ですー」


「ん? 今なんて?」


「いえいえ、何でも。ふふふっ」



 聞き違いか“妹”などという単語が聞こえたような気がする。

 チャット機能にバグでもあるんだろうか?



『ああ~、いいですよこれ~』



 ディミもなんだかニマニマしているし。なんか電子戦でもくらってんのか?。

 まあいいか、とにかく敵を手あたり次第排除すれば終わりだ。


 そう考えて塹壕にバズーカの砲塔を向ける。

 その瞬間、横方向にブーストを噴かして緊急回避!


 強い殺気を感じたスノウの予想を裏付けるように、先ほどまでシャインがいた空間をビームが貫いた。



『攻撃を受けています! 熱源は塹壕そばの林! スナイパーです!』


「チッ! 塹壕をエサにこっちを呼び寄せたか」



 さらに先ほどの狙撃に追随して、塹壕の敵が対空攻撃を繰り出し始める。

 射程の長い実弾ガトリングガンやアサルトライフル、果てはRPG対戦車榴弾による雨あられの攻撃。



『完全に釣られてませんかこれ!? ど、どうします!?』


「どうしますも何もないでしょ、こういう場合……」



 スノウはさっと機首を翻し、バーニアを噴かした。



「逃げの一手に決まってる!!」



 銀翼が白く輝き、反重力の推力となってシャインの機体を突き動かす。



『えっ、いいんですか!?』


「当たり前でしょ、奇襲できなかった時点で作戦失敗だ! シロに回線つなげ!」


『わかりました!』



 眼下を見れば、既にシロ率いる小隊は来た道に向けて逆走している。シャインが撃たれたのを見て、作戦失敗を悟り後退を始めたのだ。

 スノウは小さく口笛を吹いた。


 いいね、ペンデュラムはちゃんと判断できる部下を持ってる。

 戦闘自体はできないという話だったが、その判断力は優秀だ。


 ホログラムに映ったシロは、手を頬に当ててあらあらと小首を傾げた。



「あららー、奇襲は失敗しちゃいましたか」


「残念ながら。こっちが来るのを待ち構えていたような動きだった」


「実際、貴方を待っていたんでしょうねぇ。追ってきてますよー。後方にご注意を」


「……ッ!!」



 背面のカメラを一瞥したシャインは、銀翼を操作して急上昇する。

 少々慣性の法則を無視したアップリフト! その予想外の動きに、シャインを狙っていたビーム射撃はむなしく虚空を切り裂く。



「シャイイイイイイイイイイイイイインッ!!! 逃げるなああああッッッ!!!」



 高速走行しながらビームライフルで狙撃してのけた追手がパブリック通信で吠える。


 全身真っ黒に塗装されたボディ、足裏に嵌めたスノータイヤを全力で回転させ、背後の4つの大きなマフラー型ブースターはフルスロットル。

 まるで唸りを上げる全長10メートルの超絶大型バイクのような姿。



『アッシュ!? 騎士様、あれ【氷獄狼フェンリル】のアッシュですよ!』


「あーん? 誰だっけ、そんな雑魚忘れちゃったなあ」


「そっちが忘れても、こちとら忘れてねえんだよぉぉぉぉッ!! 復讐に来てやったぞ、畜生がッッ!!!」



 そう叫びながら、アッシュは長距離仕様にカスタマイズしたビームライフルでシャインを狙い撃ってくる。それを“アンチグラビティ”の重力制御による上下移動で回避しつつ、スノウは意外そうな顔をした。



「あいつ、エイムがよくなってない? 前はもっと弱かった気がするけど」


『というかこれが本来の腕前なんですよ! 仮にもエースですよ、あの人。前は2回とも不意打ちで倒してるじゃないですか……』


「今度は全力だッ!! クソが! 気持ち悪い動きでかわしやがって……!!」



 それを聞いたスノウは、可憐な美貌にニヤッと笑みを浮かべる。

 ウキウキと浮き立つ表情。上機嫌になった合図。



「なーんだぁ、油断しなけりゃいい腕なんじゃないか。最初からその態度で来てくれれば、もうちょっと楽しめたのにさぁ……!」



 そう言いながら、スノウは新調したビームライフル“ミーディアム”でアッシュを狙い撃つ。

 しかしアッシュの地上での機動力は、速度・旋回速度ともに非常に高い。雪上といえどもその機動を遺憾なく発揮して難なくかわし、ジュッと音を立ててビームを照射された雪が蒸発する。



「いいね! チンピラの割にはやるじゃないか!! わざわざオオカミフェンリルからペンギンにジョブチェンジしてまで追ってくるとは感心感心。前回ビビって逃げたとは思えないガッツだねっ」


「クソが! ストライカーフレームを落とされた後、上に出撃禁止されてなきゃ復讐できたんだッ! 挙句、敗戦の責任を押し付けられてエースの地位も剥奪され、今やただの一般兵だよッ! それもこれも全部、てめえのせいでなあッ!!!」



 煽りながら攻撃し、回避しながら罵倒する武力行使の口喧嘩レスバトル

 相手の精神を削るのが被弾させるためのテクニックであるが故に、熟練プレイヤーチンパンジー同士の戦いは多くの場合、攻撃・回避と共に煽りが繰り出される。



「責任かぁ、オトナって大変だねぇ。ボクには全然わかんないやっ!」


「クソガキがよぉぉぉぉッ!!! だが降格して良かったこともある、こうやって傭兵としてテメエに今度こそ身の程をわからせられるんだからなァッ!!」


「へえー!? ボクがキミより上だって、まーたわかりたいんだぁ!!」


「ぬかせよやああああああッッッッ!!!!」



 ひとりは空、ひとりは地。両者ともに高速機動で駆け回りながら、相手の隙を狙ってビームライフルを互いに撃ち放つ。直撃すれば致命傷となりかねないその一撃を、一歩も譲らず繰り出し続ける2人。


 撃っては避け、避けては撃つ。それは優雅なダンスのように。

 一撃必殺の射撃と、それと共に繰り出される醜い煽り合いがなければの話だが。



「ざぁこざこ♥のくせに、エイムと回避だけはやるじゃん!!」


「見下してんじゃねええええええッッ!!! 俺だって『グラファン前作』プレイヤーなんだよッ、イキリクソガキがよォッ!!!」


「へぇ、前作プレイヤー? でも戦争モードで見たことないなぁ! 冒険モードに引きこもって震えてたの? それともお・に・い・ち・ゃ・んったらザコすぎて記憶に残らなかったのかなぁ♥」


「テメエみたいな戦争狂イカレばっかじゃねえんだよッ!!」


「弱い者いじめが大好きな卑怯者に言われたくないなあっ!!」


「何が卑怯だクソボケカスがあっ!! 悪質な罠使いトラッパーの癖しやがってよぉ!!」


「戦術だよっ!! 頭使って戦わないととバカになるぞ、チンパンヤンキー!!」


「ああん!? 誰がヤンキーじゃメスガキがよぉぉぉッ!?」


「はーー!? メスガキじゃないですけどぉぉぉぉぉッ!?」



 脊髄反射で煽り合いながら、スノウの思考能力はすべて目の前の敵との戦闘に向けられている。戦い慣れたゲーマーは言語野に思考のリソースを割くことなく、相手を煽ることが可能なのだ。ゲーセン動物園のチンパンジーは、人間に進化しました!!



『人間とはなんて醜いのでしょうか……』


「人間を真似た姿のキミが言えたことでもないと思うよ」


『いえ、これは妖精を真似たのです』



 あくまで自分は人間とは一線を画すと信じたいディミである。反抗期かな。



「にしても、長射程ビームライフル同士じゃ埒が明かないか……」



 射程と威力の代わりに連射性能を犠牲にしている武器で長距離戦をしている分には、やはり決着が付かない。高機動機体を駆るエースプレイヤー同士の千日手である。


『ですが、これでシロさんたちを逃がす時間は稼げたはずです』


「はぁ? まさかボクがあの子たちが逃げるための時間稼ぎをしていたとでも?」


『してたんでしょう? 味方には意外と優しいんですねぇ』


「……うざっ」



 ニマニマするディミから顔を背け、スノウは舌打ちした。

 アッシュの背後から、塹壕にいたペンギン兵たちが姿を現す。高速で追跡したアッシュにようやく追いついてきたようだ。


 ――今の自分の手持ちはビームライフルとバズーカだけ。

 手札のカードは悪いが、塹壕からのこのこ敵が出てきたのは好都合。

 この武器では高機動機のアッシュの相手は向かないが、塹壕から出てきたペンギン兵を蹴散らして、いったん退けばいい。



「……とでも思ってるんだろシャイン? だがそうはいかねえぜ。さっき逃げた連中が今どうなってるか、わかるかい?」


「何だって?」


『騎士様! シロさんと……本拠地が!!』



 ディミが受諾したホログラム通信が、危機を告げる。



「こちらシロ、後背からペンギンさんたちの伏兵が……。退路を断たれました」


「シャイン、こちらペンデュラム!! 本拠地が強襲された! すぐに戻ってくれ!」



 クックック、とアッシュがほくそ笑む。



「わかるかぁ、シャイン? たった1騎の敵に、戦術レベルで戦局をひっくり返された俺の悔しさが。この屈辱、お前1騎を撃墜して晴れるもんじゃあねえ。俺の屈辱は、戦術レベルで完全勝利しないと晴れねえんだよおおおおおおおおおッッッッ!! ヒャーーーーッハハハハハハハァ!!」



 スノウはごくりと唾を飲む。


 なんてことだ……。



「このチンパンジー、人間語だけじゃなく戦術も使えるぞ!?」


「誰がチンパンじゃボケコラカスゥゥゥゥゥ!!!!!」


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